2009年1月26日月曜日

文章推敲はデバッグ作業なのだと気づいた

 以前にプログラマーの真似事のようなことをやっていました。新しいプログラムを組むことは胸がワクワクしてとても楽しいことでありました。特に新しい技を発見してそれをそっと忍ばせて置くなんてことになったら、もう胸キュンで寝食を忘れて夢中になってやっていました。
 考えたロジックがうまく動作したときには天にも昇る気持ちです。そうです自分は天才かとも思います。しかし、動作テストを何度も繰り返すうちにイレギュラー処理が発生した時の動きが致命的におかしいとなった場合から3日天才はたちどころに地に堕ちてしまいます。
 そして、それから延々とデバッグが始まるわけであります。すぐに不具合が見つかる場合もありますが、なかなか発見できずに何日でも問題が解決するまで会社から帰れないなんてこともあったわけであります。

 とここまでは前置きであります。ずいぶんと長い前置きなのでありますが、最近ある文章を作成してまして、なんども推敲を重ねていました。以前から推敲というものがキライでありまして、文章は一発書きを信条としていたのであります。このブログもほとんどが一発書きであります。
 で、今回はなぜかしらその信条を無視して嫌いな推敲を重ね続けたのです。そこで気づいたのは、今更のことだと思うかも知れませんが、文章推敲作業ってデバッグ作業だったのだと。
 なんだそんなことかと思われるかも知れませんが、私にとっては大発見であります。だからといってこれからもマメに推敲をやるかと問われても怪しいものですけれども
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