2009年1月30日金曜日

大学はでたけれど

 再び就職氷河期を迎えようとしてますね。迎えようとしているのではなく、もう始まっているのか。自分の子供らもあてはまるので他人ごとでは無いのですけれども。来年あたりになると、内定取り消しではなくて、内定そのもさえ無くなるっていう話を聞きます。

 今年内定を貰えなかった学生はそのまま留年して来年新卒と採用されることを目指す人もいるようです。それでもダメだったら、また留年するのか。なんともいいようのない空しさを感じますね。
 主立った企業は新卒しか採らないようで、1年就職浪人した人なんて最初から相手にされないようですね。学生には何の罪もないのにね。
 学生に何の罪もないし、企業にだってなんの罪もないんですよね。なんだかんだいっても商売が儲からなければ人を雇う余裕もないし、雇う必要がないのですから。それを企業の社会的責任だなんていう方にも無理があると思うのですが間違っていますかね。
 こうなってくると、結局派遣労働だの期間労働・アルバイト等に流れるしか無くなってきますよね。その仕事があれば、まだめっけもんなのにこの状態ではそれもないでしょうから、結局パラサイトシングルになって親のところから離れられないってことになるんでしょね。

 新卒採用とか派遣切りだなんて騒いでいるときに、正社員の地位だってかなり危なくなってきているんじゃないのかな。何十年も会社のために一生懸命に働いてきたのに突然解雇だなんて酷すぎるよなんてことを良く聞きますが、やはり無い袖は振れないってことですよね。

 結局無事に生き延びたのは団塊の世代までってことで、これからは何があってもおかしくない時代に突入したようですね。

「大学はでたけれど」のタイトルですけど、昔も就職氷河期ってのが何度かありまして、その頃に使われた言葉ですが、現代はちょいと違うと思うのですね。今や大学も全入時代となって、入ろうと思えば無試験で入れるようになっています。ということは重宝されるのは一部の有名大学だけなんじゃないかなと思うのですが。大卒っていったって初めて聞くような名前の大学が最近は多くて、一昔前の高卒と同じぐらいにしか扱われないんじゃないかなと思うのですが、どうなんでしょうか。
 いいですよ名も無き三流大学でも、そこで4年間みっちりと学問のイロハとか知識を得てくれば。本当はどうなんでしょう。高校レベルの基礎学力も無くて、たんに4年間学費を納めていたずらに時間を浪費してきただけなんて学生が多いのではないでしょうか。そのあたりはアザトイ企業はすでに見抜きまくっているのだと思いますね。

 官僚の天下り「渡り」が問題になってますけど、渡りを続ける官僚は「悔しかったらな、お前らも東大に入ってないい成績を収めて官僚になればいいんだよ」って声が聞こえてきそうです。まったくそのとおりだと思います。現在そういう制度になっているのですからね。悪いのはそういう制度にしてしまった私たち国民だってことですよね。

 それにしても働くところがないというのは、本人も荒れるし、社会も荒れますね。なんだか人ごとみたいにしていってますね。この私
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