2009年4月26日日曜日

運転免許試験場のヨシオ

私の若い頃は、って急に年寄りじみた語り口になってしまったわい。とにかく俺が若かったころの話であります。私といってみたり俺といってみたりワシであったりとここらあたりの統一性がいまいち取れてないが、あえてかまわず話をすすめることにするのだ。

その俺の若い時は免許収得年齢の18歳になったら当然のごとく男はすべからく運転免許を取るということが暗黙の取り決めであったのよ。とにかく免許証を持ってないと一人前の男として認められなかったわけなのである。

現在と違って出会い系サイトだのブログだのプロフだのってものを想像することさえできなかった時代なのでありますから、携帯電話を持っていれば女の子にもてるとか、ワシラ遊びには困らないケンネなんてことはまったくなくて、だいたいにおいて携帯電話もパソコンもインターネットも影も形もなかったし、こんな風になるなんて想像もつかなかった時代であったわけでありますから、尚更運転免許証が必要だったのであります。なんかかなり強引な結論づけだけど、ま、とにかくとりあえず、そういう事情ってものが背景としてあったわけであります。

とにかく車が運転できるということは男として世の中とキッチリ勝負するための最低限の必須アイテムでもあったわけであります。しかし、免許証と車を持っていれば誰でももてたかというと・・・・・・。

ま、そこらへんの細かい事情にはこれ以上突っ込まないでいたほうが我が身のためでもあるからモテるモテないの話はこのぐらいにしておくことにしよう。

現在はどうなのかといいますと都会と地方ではかなりその様子が違うように思います。自分の息子たちをみていますと、車に興味はないことはないけど、ワシラの時代とはかなり違っていて、どうしても免許が欲しい、いますぐ欲しいゼッタイほちい、車がホチイなんていう切羽詰まった状態はまったく見受けられませんね。

とりあえず就職するためには、ま、一応取っておいていいかなぐらいのことしか感じていないようであります。もっとも都会で自家用車を所有するというのはとんでもなくお金がかかりますから、そこいらあたりを冷静にかつニヒルにはっきりムダと割り切ってもいるようでもあります。

しかし、地方での事情はまったくもって逆パターンになっておるようでありま。運転免許を取るのはしごく当たり前のことで高校を卒業したらすぐに自動車学校に入学するというコースが敷かれているのです。大学入学準備や予備校の選択準備、就職活動や会社訪問なんかよりも最優先させなければいけないのが自動車学校の入校手続きなのであります。このあたりの事情はワシが青春していた時と実によく似ているわけであります。

すこしだけ違うのは、以前は高校をでてすぐに免許証を取るのは男だけだったのですが、現在は男女を問わなく等しく免許証収得にいっきに向かうのであります。

ま、このあたりの事情はワタシの青春していた時代とはかなり違うのであります。今はとにかく生活というものがかかっておりまして、とにかく、田舎では車の運転ができなければ一人前とは認められないのは昔と違わないようなのであります。というのも公共交通機関がほとんど全滅している状態での田舎暮らしは何をするにも車がなければ生活が成り立たないのであります。

車はゾウリでありゲタでもあるのです。車がゾウリやゲタであったら、ゾウリ屋で車は売っているのかなんていうツッコミはなしですよ。ですから一家に車が4台なんてのは別に珍しい光景ではなく、5台6台なんてのはしごく当たり前のことなのであります。このあたりもワシの青春していた時と違って女の子もおばあちゃんもすべからく自動車運転免許保有者とあいなるわけであります。

ですから、リヤカーとか一輪車とか自転車で間に合っている時代からの住居に代々住んでおって、最近どうにも駐車するスペースが取れなくて引越しを余儀なくされたなんていう笑えない話は山形県の村山市あたりにはゴロゴロ転がっているのであります。

そりゃあそうでしょう、兼業農家を営む海老名忠則(仮名)は農業用のトラック2台とトラクターに6人家族それぞれの自動車6台分の駐車スペースに悩みそれに来客用のスペースも2台から3台ぶんぐらいは欲しいなんて思ってしまったのが運のつきで、いやはやどうにもこうにもここに進退きわまれりといった状態に突如として陥ってしまうわけであります。しょうがなくもっともっと駐車スペースの取れる引越し移住を余儀なくされてしまったなどという笑えない本当の話なのであります。

私が始めて運転免許を手にしたのは郷里の東北山形でのことです。高校卒業してすぐに当然のこととして自動車免許試験の練習を開始したのであります。当時はまだ一発免許なんてのは当たり前のごとく挑戦する人が多かったのです。自動車学校に行くのは50パーセントで無認可の個人で教えている隠れ個人教習所に行くのが30パーセントで残りの20パーセントがどこにもお世話にならずに自分で練習して挑戦していったのであります。

でそれでも一発免許の壁は厚くて私は運良く7回ほどで合格しましたが、知り合いの中には15回20回それも合格できずに、隠れ個人無認可教習所で10回ほど受験してもダメで結局自動車学校に入り直してようやくやっとの思いで免許証を手にしたなんていう涙無しでは聞けない話もそこいらにゴロゴロと転がっていました。

話はますます横道に反れていきますが、はじめて運転免許の試験に行っていた頃のことを思い出してきたので、話のそれついでにもうひとつ番外編を。大体運転免許を取る時期なんてのは同年代の連中は同じころなので小学校中学校の同級生などと試験場と会うことも多いのです。そのなかにヨシオという小学校時代からの同級生の顔がありました。


ヨシオは懐かしげにもう何回受験にきているのかと聞いてきました。

ワタシ:「もう今日で6回目なんだよ結構メげているよ」
ヨシオ:「俺なんかもう15回目だよ、6回ぐらいなんだい」


その後よもやまの世間話をしたような気がするが次の言葉に私はギャフンとなったのであります。


ヨシオ:「しかし、俺なんて学科さえ受かってしまえば実技は一発なんだけどな・・・・」



ワタシ:「・・・・・・汗;」




それまでわからなかったがヨシオは学科試験だけで落ち続けてすでに15回目なんだということであった。彼は生来のホラ吹きであったのを思い出した。自分の実技は素晴らしく見事であり、その腕はレーサー並であるようなことを永遠と話続けたのであります。私はその後3回ぐらい挑戦してめでたく運転免許試験場にさよならしたので、その後のヨシオのことはまったくわからずではありますが・・・・。

その後のヨシオはあれから30数年の間受験しつづけて現在にいたり、まだ学科試験に合格せず、会う人会う人に学科試験に合格さえすれば、俺の実技の腕をもってすればと言いつづけているらしい。

なんてことはないよね。いやそんなことのないように祈るばかりであります。この話結構怖いな。
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