2010年9月3日金曜日

ラジオがここんとこの私のマイブーム

 どこかに置き忘れてしまって、ホコリをかぶったままになっていたおもちゃや道具を偶然に発見して、あらためてその良さを認識して再び虜になってしまうなんてことは良くある話でして、それが今回の私の「ラジオが欲しい」騒動に発展していったというわけであります。



 生家にテレビが運び込まれてきたのは、確か私が小学校3年生ぐらいの時だったと記憶しています。それまでは娯楽や情報の中心は俄然ラジオだったわけであります。ラジオが中心であった時代の生活はたぶん今よりはずーっと貧しかったと思います。でも子ども心に貧しかったと思った記憶はひとつもないのが不思議であります。夜の照明はもっともっと暗くて裸電球が1個とか2個だけのような気もしますが、このあたりの記憶は定かでないので断定はできません。現在の昼間の明るさに匹敵するような明るさでなかったことは確かです。そんな薄明かりの夕方から夜にかけていつもラジオが流れていた記憶があります。大抵の家にはラジオは茶の間の中心に置かれていて、頼りなげな灯のもとに家族が寄り添いながら食事をとり、雑音まみれのラジオの音を拾いながらを聞いていた記憶があります。

 そんな昔の記憶を呼び覚ましてくれるのが、AMのNHK第1放送ですね。山の中では他の放送局はなかなか入りにくく、かろうじでAMのNHK第1放送だけが雑音のなかから聞き取れるなんてことがあたりまえでありまして、淡いランタンのもとで聞き取りにくい音をじいっと息を潜め同時に耳をすませれば、急速に幼かったころのあの懐かしきころの情景が蘇ってきます。
 山の中で聞くのはFMであってはけっしていけません。クリアな音質で、ましてステレオ放送なんていうものは雰囲気が台無しになってしまいます。たくさんの雑音がガーガーと乱れ飛んでいなければいけません。できれば昭和歌謡なんてものが流れていれば最高であります。

 つい最近まではラジオなどというシロモノはこのIT時代に完全に取り残されて、そのうちに消滅していくシロモノだと思いこんでいたのであります。でもラジオって結構しぶとく生き残ってきたのですね。とくにAMラジオも元気であります。いつのころからだったのだろう、私のところには「FM市川」なんていう超ローカルな放送局さえあらたに登場しております。
 昨今のテレビ番組の醜悪化には目を覆うものがあるので、ラジオがことさらに新鮮に感じてしまうのでしょうか。ま、くだんらん番組もたくさんありますが、いずれもテレビほどではないような気がします。それにTwitterと連動している放送もあり、なるほどTwitterとラジオの組み合わせってのはかなり相性がいいように思われます。

 このようにラジオ礼賛をさんざん書いてきましたが、自宅にいるときはそれほど長い時間ラジオを聞いているわけではありません。ラジオの良さを感じるのはやはりアウトドアではないかなと思っています。
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