2010年10月29日金曜日

そこには予想だにしなかった家族という強力な伏兵が立ちはだかったのです

 昨晩は結局野菜炒めも作らずに、ご飯と味噌汁だけを作って轟沈してしまいました。一夜明けた今朝はまた元気が戻ってきたようであります。そこで、いつもどおりに、まずは台所の大掃除から始めました。居間の大きなテーブル・台所のカウンターに自分の部屋の大きめなパソコンディスクは、一日に一度は必ずリセットするように決めているのです。リセットするとは上に置いてある読みかけの本や書類に台所の炊事道具及び諸々小物類やその他余分なものは元あった場所にきっちりと返却収納し、処分するものはゴミ箱へ捨てて、きれいサッパリと何もないいさぎ良い状態にしてから、必ず拭き掃除をするのです。
 この拭き掃除というのが特に重要だということが最近わかってきたのです。ただ単に片付けるだけでは駄目なのです。きっちりと固く絞った台拭きで拭かなければ不完全だということです。少なくても一日一回これをやると整理整頓清掃という3Sが行われることになります。これを毎日やりますと、掃除の時間がものすごく短くて済むことになります。それは一日や二日やっただけでは簡単には成就しません。毎日少しずつ積み重ねることによって自然と整理整頓清掃が本物に近づいてくるのであります。
 要はリセットの際に片付けるものが極端に少なくなっていますので、拭き掃除が実に簡単になってくるのです。最近は3分から5分ぐらいで済ますことができるようになっています。最初の頃は半日かけても終わらないなんてことは普通でありました。毎日やり続けてきたおかげで片すものがほとんど無くなってきているからです。片すものがほとんどないということはある程度整理整頓ができてきたということです。しかし、それは表面的なものであります。棚な引き出しの中まできっちりと整理整頓されているというところまではいっていません。それでも、これこそ私が理想としていた整理整頓清掃に近づいたことであります。
 以前にも書きましたが、3Sにはゾーンディフェンスという考え方が必要不可欠です。最初から全部をやろうとして気負っても深い挫折を味わうだけであります。世の中には私と違って生まれついてから整理整頓が得意で掃除好きなんて方もたくさんいると思いますが、私はその真逆です。まず、実に怠惰な性格でありますし、別に整理整頓などなされていなくも何も困らないと考えている奴でありまして、いや、その整理整頓という言葉自体が私のなかにはまったくと云っていいほど無きに等かったのでありす。まして掃除などはどうでも良くて、いくらゴミやホコリのなかにいても人間は死にはしないということを信念にしていたくらいであります。実際死ななかったしね。これからも死ぬことはないでしょう。たぶん。
 あれ?話がいつものようにアラヌ方角にいってしまいました。そうです、一挙に整理整頓掃除をしようとしても、それは絶対に無理なのです。だから最初はほんの小さなスペースだけをやるのです。そこだけが片付いていれば良しとするのです。他がいくら汚れていても乱雑に散らかっていても一切気にしないのです。そかし、いったんその場所を確保したならば徹底的に維持していくのです。例えば自分の部屋の机の上とか、台所のシンクとか、玄関の踊り場とか、どこでもいいのです。そのゾーンを魔の手から守りぬくのです。そうしたのちにその周辺に少しずつ守るべきゾーンを広げていくのです。これを短期間でやってはいけません。1週間とか2週間でもいけません。1ヶ月2ヶ月場合によっては半年から1年ぐらいの期間を取るのです。
 いくら自分の部屋が短期間で整理整頓掃除がなされたとしててもその時点ではたいした意味を為さないのです。それは見た目が短期間に良くなっただけで、自分のなかに、しっかりと3S(整理整頓掃除)の精神が根付いていないのです。3Sの精神がしっかりと身につくまでには膨大な時間を必要とするものなのです。スポーツでも習い事でも人間は何度も何度も反復訓練することによってしか、その技術を身につけることができないから、自分のなかで格別意識しなくても自然と余分なものを整理し整頓するというところまで持っていって本物に成り得るのです。
 それで、偉そうにおしゃべりしている私の場合はどうなのかといいますと、これまで思っても見なかった伏兵がいたのです。それは何かといいますと、家族という侮りがたい強力な伏兵であります。自分独りだけで生活しているのであれば、自分の考えだけでなんとかなりますが、他の人間が多数関わってくるとなりすと、もう自分自身だけを習い性に改革しても、どうしょうもないことだということに直面することになるのです。このことについてはまた別の機会にお話することにします。
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