2011年2月1日火曜日

とうとう「大草原の小さな家」の原文をこうてしまったわい。


 英語がまったく駄目な私でありますが、なぜか原文を読んでみたくなったのであります。自ら発起して英語の本を買うなんて生まれてはじめてのことでなのです。やはり異常気象の影響というものがボケ頭にも多少影響を与えているのでしょうか。翻訳されているものは小学生の低学年でも読める優れものの児童文学書であります。
 そこで、なぜか私は無謀にも、「うん、この程度の日本語であれば、すらすらとはいかないまでも、おそらく英文でも読めるのではないか」と大いなる錯覚してしまったのであります。Amazonにしては珍しく出荷が2週間先というものでありましたが、昨日メールがきていて、2月の2日から3日にはお届けしますとありました。この本を買った理由にはもうひとつ訳がありまして、朗読のCDがついてくるのであります。今更英語を勉強しようなどとはひとつも思わないのですが、英文をながめ英文の朗読のなかにどっぷりと浸りその響きの良さを心ゆくまで味わってみようと思ったわけであります。

 最近はまったくといっていいほどテレビをみなくなりました。それでもたまにはドラマや映画はみたくなります。そこでネット上の無料映画をみることが多くなりました。おもにGyaoですが、そこでの放映はほとんど字幕スーパー付きのものであります。それらをさんざん見て思ったのは、中国語と英語の発音って全体的に心地が良いというものであります。作品としてみれば、圧倒的に韓国ものが面白いです。出典されている作品も多いということもありますけど。だからどうしても韓国ドラマや映画を見る機会がおおくなります。これはあくまでも現時点でのまったくの私感ということにもなりますが、韓国語は全体的に発音が汚いというイメージを持ってしまいました。自分でも驚いたのですが、中国語ってのは案外美しい響きを持っていることを発見したのです。中国の映画は韓国のものに比較すれば、ほんとにつまらないし、幼稚でありますが、さくがに最近の韓国のものは洗練されつつあります。でも観ていてほんわかするのは中国語の映画であるのはどうしてなのだろうかと思ってしまいます。
 韓国語・中国語に比較して圧倒的に馴染みがあるのはアメリカ英語であります。確かに英語での読み書きしゃべりはできませんが、接していてなんら違和感がないのは戦後アメリカ統治の影響だと思います。たぶん考え方まで洗脳されているのだと思います。だから以前にも書きましたが、2回以上読んでいる私の蔵書の98パーセントぐらいがアメリカの翻訳本なのであります。
 だから常に隔靴掻痒感がつきまとうことは仕方がないことです。それは適わぬ夢なのかも知れませんがいつか原書に直接ふれてみたいということでありました。これで少しは自分の夢に近づくことができるかも知れません。楽しみであります。
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