2011年3月15日火曜日

大洗高校に娘を迎えに行こうにもガソリンが手に入らない

 大洗高校で避難生活をしている娘を迎えに行こうと思っているのだが、不覚であった。車の燃料がスカスカの状態であった。どのスタンドも長蛇の列であります。旅にでる時は決して燃料を半分以下にすることはないのだが、自宅にいる時は車にたいしてはまったくの無頓着であり、燃料の量など気にしたことがない。まさかこんなことになるとは夢にも思ってみなかった。今日一日かけてガソリンスタンドを探し回ってみようと思う。探し回れるだけの量が残っていればいいのだが。どのぐらいの時期に電車が動き始めるのかもまったくわからない。
 大洗町は津波警報は解除されたようですが、電気は停まったままだそうです。食べ物と飲料水はあるが、トイレの水はプールから汲んできて賄っているようであります。娘の電話はPHSであったのでこの普及はかなり遅く、昨日の朝にはじめて直接声が聞けた。夜は6時から8時までの2時間だけ自衛隊が差し入れてくれた発電機で灯があるが、それ以降トイレに行くのはかなり怖くてみんなで協力しあっているようであります。現在残っている寮生は6人だそうです。迎えに行こうかといいますと、仲間6人から1人だけ抜ければみんな寂しいからこなくてもいいと言われた。しかし、しかしだ・・・・。

 被災地から遠く離れたこの地にあっても、ガソリンを手に入れることが困難となっている現状にあって、被災地ともなればと想像がつきます。私としてもなるべく不要不急の燃料消費を抑えてできるだけたくさんの燃料を被災地に送るために協力をしたいのだが。ごめんなさい。とにかく今日一日探してみます。

 テレビの画面をみるたびに、涙がこぼれてきてしまって仕方がない。直接犠牲になった知り合いや親戚はいないのだが、どうしようもない。もう、テレビは見るのはやめようと思うのだが、どうしても目を離すことができない。仕事も手につかない。犠牲になった場所はすべて旅の思いでが残る場所である。最初はただ呆然としていたのだが、時間が経つにつれて悲しさと悔しさと無力感が同時に襲ってくる。
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