2011年5月16日月曜日

思うように写真が撮れないもどかしさ

 撮影する場所では、もっともっと光が乱舞していて白昼においても幻想的な光景を現出している時がある。

 「おお!これだ!これだ!!これは美しい・・・」と独り合点してシャッターを切るのだが、そこがほれ、素人の悲しさよ。

 自宅に戻ってパソコンに取り込んで確認したらそれほどのこともなかった。言うてみれば駄作のオンパレードだ。ほとんどの画像を削除する。最初はなかなか削除できなかった。100枚ほどを3回ぐらいに分けて削除していく。結局残るのは数枚ということになる。本当はそれでも多いくらいなのかも知れない。いくらデジタルで現像に金がかからないといっても、大量な駄作をそのままハードディスクの肥やしにしておくわけにはいかないという事情もあるが、撮りためるということも大事だが捨て去ることはもっと重要だということがわかってきたのです。削除したデータは取っておいてもおそらく2度と利用することはないし、あったとしても数十万枚に1枚ぐらいなものだろうと予想がつく、仮に数十万枚の画像を残しておいても、膨大なデータの中からどうやってその1枚を抽出できるというのだろうか。
 毎日大量の画像を削除していくと、削除される画像にはそれなりの傾向があることがわかってくる。それはあきらかなピンボケだったり、見るからに平凡なものであったりと、一目で誰でもが私と立場が同じであったらば躊躇いなく削除するであろうと思われるものがほとんどあるが、そこには自分で気がつかなかった自分らしい画像を残そうというものが見えてくる。見えなくするために削除しているのに、見えてくるものがあるというのも不思議な話ではあるが、最近ようやくそのことに気がつき始めている。しかし、今の段階ではそこからひとつも踏み出していないもどかしさを感じてしまう。

 おそらくプロだったら、自分のイメージとおりに光を取り込み風景をトリミングできるのだろうと思う。このあたりが今一番もどかしいところであります。
 もどかしいと思っている間は、まだまだ可能性はあるということだ。何も感じず見ることもなく、その風景の前を素通りするようではまったく処置なしということではないかとではないかと言い訳をする。もどかしいと思いつつもさっぱり上達しない自分が実にもどかしいのだ。
 ん??なんだか文章までもがもどかしくなってしまったわい。
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