2011年8月2日火曜日

吉田拓郎の「夏休み」は、これまで私が思っていた歌ではなかったのだろうか。

 8月に入ってからも結構涼しいようであります。「お盆を過ぎたあたりから急速に秋めいてきて・・・・・」なんて書いてみたいのですが、どうも近年の気象状況は違うような気もする。残暑というものがあって、お盆が過ぎたからとい〣て、安心していると飛んでもない目に合う場合があるから注意を要するところでもあります。
 夏休みの真っ最中でありますが、幾つになっても「夏休み」という言葉を聞くと胸ワクするものであります。そして、この時期になると歌いたくなるのは吉田拓郎の「夏休み」という歌です。正しくは歌いたくなっていたです。まずはお馴染みの歌詞を読んでみてください。
作詞/作曲 吉田拓郎
    麦わら帽子は もう消えた
    たんぼの蛙は もう消えた
    それでも待ってる 夏休み
    姉さん先生 もういない
    きれいな先生 もういない
    それでも待ってる 夏休み
    絵日記つけてた 夏休み
    花火を買ってた 夏休み
    指おり待ってた 夏休み

    畑のとんぼは どこ行った
    あの時逃がして あげたのに
    ひとりで待ってる 夏休み

    すいかを食べてた 夏休み
    水まきしたっけ 夏休み
    ひまわり 夕立 せみの声
 私はこれまで、この歌は情景的なものを歌いあげているものだとばかり思っていました。ところが、どこかでこの歌は反核の歌だと聞いたのです。これまでそんなことは露程も思ってもみなかったので、結構衝撃的でありました。
 本当かどうかその真䁽のほどはわかりません。でも、そう云われて改めて歌詞を読み返してみると、これって現在の福島の子供たちの状況にピッタリとあてはまるじゃないですか。それにヒロシマとナガサキの無差別大量虐殺もあの暑い夏になんの躊躇いもなく行われたのを思い出してしまいました。おそらく考え過ぎだとは思うのですが。どう思いますか。

 これまでカラオケなんかに行った時に自分のノスタルジーだけでガナっていたのですが、違う意味を考えた時から、あまりにも悲しくて歌えなくなってなってしまいました。


 
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