2011年8月19日金曜日

とにかく西の空の下へ

 いつものごとく早朝に目覚め、トイレに向かう。思いがけない足のふらつきに昨夜の酒が少し残っているのがわかる。なにこれしきの酒は時間の経過とともに解消されてしまうだろう。

 作夕温泉に寄ったときに数人のおばんたちの会話が耳に入ってきた。その言葉は紛れもなく関西独特のイントネーションと訛りがあり、そこで初めて自分が西へやってきたのだという事実を自覚することができた。過度に恐れていたほどの違和感はそこにはなかった。テレビで垂れ流されている、あのコテコテの邪悪な関西弁とまったく違っていてほんのりとした心地良ささえ感じてしまった。

 これまで誰にも明かさなかったが、母方の何代か前のルーツは京都にあると聞かされていた。京都がルーツだとすれば誰もが公家様がご先祖かと想像を逞したくなるが、その実態は東北寒村の無名の村に都落ちした禅僧に金魚の糞よろしく張り付いてきた寺男であったらしい。このことは家族の誰にも明かしていない。別にそれを恥じているわけではない、話すきっかけがなかっただけのことである。
 父方のもともとのルーツは茨城であり、桶職人として現在の荒川区あたりに細々とした生計を営んでいたらしい。これは別の親戚筋に聞いた話ではある。これらの話を総称すれば基本的に俺の血筋は流れ者であって現在下総の国などに定住していることが稀有な事であることがわかる。
 上記2件の話で強引に自分の放浪癖を正当化するつもりは毛頭ない。流浪な民に堕するにはそれ相応の理由があってのことであると思う。そんなことはあずかり知らないことでもある。

 さきほど開け放された車のドアの間をぬって数的の雨が膝に落ちてきたが、それ以降激しくなることもなく珍しく心地よい風が室内を吹き抜けていく。気温は26.7℃湿度は80%時刻は4時56分である。ひぐらしがひとこえ鳴いた。そろそろ凶暴な暑さの終焉なのだろうか。

 本日はお伊勢詣ででもしようかと思っているが、それは直前までわからんことである。

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