2012年6月26日火曜日

自分の心の窮屈さを垣間見た気がした。

結局1週間ほど一日も休むことなく散歩が続いてしまった。梅雨のど真ん中にあるといっても、それほど雨が降るわけではなく、散歩を続けるのに何の障害にもならないのである。これが早朝からの土砂降りで心の底から諦めざるを得ないという状況であったならばと・・・・、毎日のように思ってしまう。しかし、考えてみれば誰が毎日散歩をすると決めたんだい。いつそんなことを決めたんだい。
「不退転の決意で散歩生命をかけて、毎日歩き抜きます。」なんて宣言したことはなかったのであります。何気なく歩き始めた散歩がいつの間にか義務のようになってしまって、散歩をしない日は罪悪感を感じてしまうなんていう自分の精神構造は絶対におかしいと気づきはじめた。
それこそ、こういうのを根本から嫌っていたはずなのであります。「健康のために毎日1万歩は歩きます。」なんていうのは大キライであります。「健康のため」なんて口走る奴ってその時点で不健康な奴だと思ってしまうのであります。

ま、それはそれで放っとけばいいのですが、しかし、最初はカメラを手にしてブラブラのいい加減な散歩だったのが、いつの間にか自分のなかで一種の義務感のようになっており、それが膨張してしまって、悪いことなんて何ひとつやってないのにたかだか歩くのをやめたことに対して罪悪感を持ってしまうのだから。いかに自分の心が窮屈にできているのかということを思い知らされるようであります。

もっとおおらかに、もっともっといい加減に生きていくべきなのだと思います。それこそ毎日を「うろんな日々」ごとく生きるべきなのだと強く反省したのでありました。
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