2013年3月13日水曜日

ブロンド・オン・ブロンド 本日の目覚めはこのアルバムから


今朝の目覚めの曲は久しぶりのディランのアルバムBlonde on Blondeです。この時代以降のディランが結構好きみたいです。ディランの曲を聞いていていつも思うのは英語がわかればなということであります。これまで英語がわからなくて困ったなんてことはほとんどないけれども、ディランの曲を聞いている時ばかりはまじめに英語をやって置くべきだったと深い後悔に襲われてしまいます。

何年か前に晩酌をしていて結構酔っ払ってディランを聞いていた時であります。傍らには妻がいたのですが、「この曲の内容はね、・・・・・・・」と、突然に曲の解説を始めたのであります。もちろん英語がわからないのですから、すべてデタラメな解説であります。
それを妻が「アホくさ!」と一蹴して立ち去ればいいのに「オモシローイ、じゃあ今の曲はどんな内容なの?」なんて乗ってくるのです。
もちろん妻は私が英語なんてひとつも理解してないことを知っています。しかし、どこまで本当らしいデタラメの解説ができるのかカラカッタに過ぎないのでありますけど、そうなればそうなったでこちらも負けてはいられません。まったくデタラメな日本語の詩をつけて物語をでっち上げて話すというのも結構オモシロイものだとその時発見したのであります。

そのデタラメ解説からしばらくたってから、同じ曲が流れてくると「この歌詞に出てくる、新小岩の小次郎爺さんはその後どうなったの?」などとどんでもない事を聞いてくるのです。もちろん以前にほざいたデタラメなんて当の昔に忘れさっていますから、また話をデッチ上げて解説するのです。私はデタラメとはいいながらも結構四苦八苦しながら辻褄が合うように、オチるところでオチルように苦労するのでありました。

今朝はまったくとんでもない話から入ってしまった。今日から以前に作って放り投げてあったホームページの改造をやりはじめます。あまり気乗りがしないのですがちょっと不都合な部分がでてきたのでいつかはやらなくてはならないので始めることにします。

ブロンド・オン・ブロンド』(Blonde on Blonde)は、1966年にリリースされたボブ・ディラン7作目のスタジオ・アルバム。ロック史上初の二枚組アルバムである。
ディランのロック転向後3枚目のアルバムで、前作に続いて商業的にも成功し、ビルボード・トップ LP's チャートで最高9位、全英アルバム・チャートで3位を記録した。RIAAよりダブル・プラチナ・アルバムに認定されている。
1999年グラミーの殿堂入りを果たしている。『ローリング・ストーン』誌が2003年に選出した「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」では9位にランクされている。


『ブロンド・オン・ブロンド』はミックス違いや曲の長さなど少なくとも11種類の異なるヴァージョンがリリースされた。そのいずれもが標準的なヴァージョンとして確立されていない。ヨーロッパの一部では二枚のシングル・アルバムとしてリリースされた。アルバムの発表日時さえ疑問とされる。コロンビアはアルバム・リリースを1966年5月16日として公式に発表しているが、幾人かのディラン研究家はその正確な日付を研究している。1968年にコロンビアはジャケットを改訂している。内側に使用されたチュニジア生まれのモデル、クラウディア・カルディナーレの写真が許可無しで使用されたためであった。
A面4曲目「スーナー・オア・レイター」のバックはザ・バンド(当時はホークス)である。リヴォン・ヘルム以外の4人が参加している。Side 4の「ローランドの悲しい目の乙女」はLP一面にこの曲のみ収録しており、そのことはロック史上では初めてとされる。また、二枚組アルバムと言うのも当時、ロック・アルバムとしては珍しいものであった。

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