2015年3月23日月曜日

歴史をまじめに勉強してみたいと思っています

以前にもどこかに書いたのだが、最近は歴史というものに興味がでてきました。以前に時代小説が好きだと書いたのですが、確かに時代小説も好きなのでありますが、歴史小説というものにも興味があります。

最近は嫌中論とか嫌韓論なるものが大流行であります。そのなかの数十冊を読んでもみました。確かにそれらの中には納得できる事もたくさんあったような気がします。しかし、それら数十冊の本だけで納得してはいけないような気がしてきたのです。ま
た私の周りには左翼系の人もいますし、右翼系の人もいます。それぞれの言い分を聞いています、それぞれになるほどなとも思います。でも私の中には、本当にそれだけの話しであろうかという大きな疑問が存在するようになったことも確かなことなのであります。
これはやはり、自分の頭で徹底的に考えてみるべきなのではないかということになったわけであります。それには、歴史を知らなければならないような気がしてならないのであります。歴史書というのは書く人の立場によって大きく違ってくるものだと思います。だからこそ、できるだけたくさんの歴書を読んでみる必要があると思いいたったわけであります。
人の言葉の受け売りではなくて、自分の頭で考え、自分の言葉で話せるようになるまでは、寡黙であるのが一番のような気がします。
そうはいってはみたけれども、しょっぱい頭ではどこまでできるかはわかりませんが、最初に頂を見てしまってはやる気も失せてしまいますから、これも最近の手法である小分けにして実行するようにしたいと考えているのです。

思い出してみると、はじめて歴史小説に出会ったのが、司馬遼太郎の「国盗り物語」だったと思います。果たしてこれを歴史小説というのかどうなのかはわかりませんけれども。それからは一連の司馬遼太郎ものを読みふけりました。「坂の上の雲」・「龍馬がいく」等々としばらくの間、司馬遼太郎の歴史の世界にどっぷりと浸かっていたわけであります。
それと同時に吉川英治のものにもハマりましたね。「平家物語」・「宮本武蔵」等々であります。そして今ふたたび、Kindleを購入して「平家物語」がKindle版であるのを発見して購入して読みました。なかみはほとんど忘れてしまっていたので、新しく読んだのと同じぐらいですね。
そしてまた、懐かしい本を発見したのです。それが山岡荘八の「徳川家康」であります。これ全部で何巻あるのか、まだ調べていません。どうせ読むと決めたのですから、何巻あろうが関係ありません。ただただ愚直に読み進めていくだけの話でありますから。ようやく13巻目まで読み進んできました。先はまだまだ遠い気がします。


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