2015年6月10日水曜日

枯れ木も山のにぎわいでいいじゃないか

ここ関東地方も、とうとう梅雨入りしたようですね。昨日は終日雨が降り続いていたようであります。なにせ筋金入りのニートでありますから、ほとんど外の天気を気にかけていませんので、どの程度の雨なのかは自信を持っていい切ることはできませんけれども。

ちょっとでも油断をしていると時間はどんどんと過ぎ去ってしまいます。若い時には感じたことのなかった感覚であります。だからといって、そんなに年がら年中緊張感に包まれて暮らしていけなくなっていることも確かです。
老いていくことは誰にもとめることはできませんから、どこかでほどよく自分で折り合いをつけるしかないのでしょう。老いれば握力がなくなります。これホントのことです。それにね、指に脂分がなくなっているのも驚きのひとつですね。
老いれば目も悪くなります。私の場合は昨年までは老眼鏡も必要とせず、裸眼で1.0ぐらいの視力がありましたが、糖尿病の合併症で緑内障の手術をしてから、極端に視力が落ちてしまいました。不幸中の幸いといっていいのかどうなのかはわかりませんが、今はPCのシステム文字列を読む時だけ、老眼鏡を使わないと煩わしくなる程度まで、ほんのちょっとだけ視力が快復してきていますけれども。
記憶力だって・・・・。このことについては一概に老いたからとはいえない部分ではありますが、ついでだから、老いたから記憶力や脳の働きが衰えたことにしておいたほうが無難なような気がしますけども。
{あれ」だとか「それ」だとか、咄嗟に言葉がでてこないことはしょっちゅうなのでありますが、さすがにブログを書くときは、{あれ」「それ」「これ」の連発では文章にはなりませんけどね。会話とちがって文章は思い出す時間が取れるので助かっている面はありますね。

そして誰も老いた人間にそれほどの期待も寄せなくなります。当然のことであります。だから却っていいのです。誰にも過大にも、いや過小にも期待されないって素晴らしいことではないですか。そのぶんだけ解放されて自由になれたということですから。

枯れ木も山のにぎわいでいいじゃないですか。もっとも私の場合は瓦礫も山のにぎわいになってしまっていますけど。

コメントを投稿