2016年3月8日火曜日

しだれる梅にしだれる桜・・・しだれる男なんていうのはいけませんね

6時ちょっと過ぎにシャッターをあけると、周囲は激しくけぶっていました。近くの日枝神社の木々も濃霧の中にうっすらと浮かび上がっており、幻想的な様相をていしておりました。
それでも3月のはじめとは思えないぐらいに暖かく、室温は20℃ちかくもありました。寒いよりは暖かいほうがずーっといいし、冬の間に縮こまっていた細胞がそれぞれニカニカと伸びをしていることを感じます。

しばらくの間ブログを休んでおりました。別に体調が悪かったこともないのですが、なんとなくこのまったく中味のない空疎でヘタクソな文章を晒し続けることがとてもつらくなってきたからに他なりません。
だからブログをサボっていたからといって、誰にも迷惑をかけるわけでもないし、本人の精神にいちじるしく異常をきたすなんてことはまったく無かったわけであります。
誰にもなんの影響を与えない、空疎なシロモノなのだから、別段なんの考えもなく書き散らしても誰かに「厳重注意をされる」なんてこともないわけでありますから、再び空疎な言葉を垂れ流していくことにしました。

いささか時を悦してしまった感がないわけはないのですが、買い物途中でみるしだれ梅というものがあります。だいぶ白い花は落ちてしまっていますが、まだまだなんとかの深情けよろしく咲き続けております。
もうすこししますと「しだれ桜」なんていうのが登場してきますね。ここ市川では真間山弘法寺の境内に、その存在感をどーんと現して咲き誇るのが「伏姫桜」という銘木であります。しだれ桜とはいいますが、かなりの大木でありますから、それこそ姥桜と呼んでも失礼にあたらないぐらいのお年を召しているようであります。
どうも「しだれる」なんていうのは女の人に似合うのであって、しだれる男なんてのはいけません、やはり男というものは、時としてしだれたくなるのではありますが、そこでしだれてはいけません。男にはやはり直立不動というものが似合っているものなのであります。


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