2016年3月15日火曜日

なんでもないことが

日の出の時間が少しずつではあるが早くなってきています。最近ではとうとう6時前になりました。6時前となると雨戸の代わりになっているシャッターをあげるのに躊躇いの気持ちが生まれてしまいます。
シャッターの開閉に伴う音というのは案外大きなものであります。あまり音がでないようにそろそろと開けるのも主義ではないような気がして、いつしか日の出とともに雨戸をあけるという習慣を私のなかから消してしまったのであります。
雨戸を開けて青空が広がっていたのはいつの日だったか思い出せないぐらいにここ数日なかったことであります。濃い霧が立ち込めていたり、どんよりと思い雲が零れ落ちそうになっていたり、実際に冷たい雨がジトジトとたえまなくこぼれ落ちていたりであります。春先の雨は余計に冷たく感じるものでもあります。

特に外にでて仕事をするわけでもないのに、最近やたら天候のことが気にかかってしょうがない。なかでも気になるのは温度であります。
もう少し暖かくなったら日の出散歩を生活の中に取り入れようとも思っているし、家庭菜園もやってみようとなどと盛り沢山な計画を立ててはいるのであります。
それもこれもちょっとでも寒さを感じるようでは外にでる気はまったくおきてこない。
「あーるき始めたみおちゃんが、おんもへでたいとまっている」という完全にみよちゃん状態になってしまっているのであります。

しかし、昨日の天候は最悪でありました。いつから降りだしたのかは知らないが、気がついた時にはジトジトと氷雨が降り注いていた。そうなると完全に外にでる気力は雲散霧消になってしまい、買い物散歩も中止となりました。
散歩を毎日続けるというのは難しいものであります。少なくても私にとってはということでありますが。
自分で決めたことは何があってもやり抜くなんていう気持ちはどこにも持ちあわせていないのです。散々これまでも散歩を断続的にやってきましたが1年以上続いたことはありません。もっとも半年以上続いたということ事態が私にとっては奇跡に近いものがありますけれども。
散歩を中止する理由はすぐに見つかります。不思議なくらいにたくさんの理由が湧出してくるのであります。
であるならば、散歩をやる理由なり目的を明確なものを持っていないと続けられないのではないかと思い、散歩をすることが目的ではなくて、買い物をすることが目的であって、その結果散歩をやっていたという風に持っていったのであります。
これは毎日やるというのが原則なわけでありますから、余分なものはなるべく買わない、買いだめなんてものは絶対にしないという事にしていたわけであります。そうしないと毎日のように買い物に行く理由付けが無くなってしまうからなのであります。
さて、ここで昨日のジトジト雨に戻ることになります。そんなものですから散歩は中止となりました。最近は朝ごはんは別にして昼食および夜の晩酌のつまみは自分で用意して食べるようになってしまっていました。次の日の買い置きなんてものは一切やってなかったものですから、こういう場合にはたと困るのは食事の準備する材料が何もないという状況になってしまいました。にわか料理人というものはこういう時に困るわけであります。料理の基本技術を抑えていないものですから、冷蔵庫や床下収納の食料庫を点検してアドリブで料理を作ってしまうということができないわけであります。ま、たった2回分の食事なわけでありますから、冷蔵庫を探しまわってなんとか凌いだわけではありますけれども。
男の俄(にわか)料理人というのは、まずレシピから入るわけであります。ネットなりレシピ本をみて、どんな材料が必要なのかを調査して、その材料を買い物にいくところから始まるわけであります。これが案外お金もかかるし、時間もかかるものなのだと気づくのはかなり後になってからの事であります。達人というものはちょちょと冷蔵庫を確認にしただけですぐに料理に取り掛かってしまい、調理時間もかなり短いのに私がどう逆立ちしたって敵わないような逸品を、さも当然なような顔をして出してくるのですから・・・・。

話がいつものごとく脱線してしまいました。そこで雨戸になっているシャッターを7時近くになって勢い良く開けましたら、この数日見たこともないような青空がひろがっているではないですか。
たったそれだけでウレシクなってきます。気温もそれほど上がっていないのにその瞬間から春の暖気に包まれてしまっているような気がしてくるから不思議であります。
今日はそれだけで、満足してしまいました。こういうなんでもないことがシアワセというものなのでしょうね。きっと
コメントを投稿