2016年4月4日月曜日

一般常識としてもう少し歴史のお勉強を

きっちりと正真正銘の4月になっておりました。さすがに暖かくなりまして「寒くてどうにもならない」なんていう何ら意味のないボヤキも口からついて出ることもなくなったのでしょう。たぶん
現在午前3時12分ですけれども、室温がなんと21℃もあります。まだ寒い時のまんまの服装ですから暑さを感じて上着を一枚脱ぎました。
歳をとると暑いんだか寒いんだか自分の感覚があてにならなくて、ちょっと暑いなと感じて、本当に暑いのかと温度計をみたわけであります。ま、そんなもんです。

私も生まれて始めて、この高齢を体験しているわけでありますから、若い時にはわからなかった、たくさんの発見をするといったわけであります。急にこのフレーズが思い浮かんでどこかで使ってみたかったのですが、こんな言い回しは誰にもあてはまることで大したことではなかったというのが今になってわかりました。
話はちょっと違うが、ガキの頃にあんな大人にだけはなりたくないなと思ったことは一度や二度ではなかったはずなのに今では、あんな大人ってなんだっけと想い出すことすらできない始末であります。忘れているぐらいだから、一番なりたくない大人になっていたり、世の中の嫌われ者のジジイになっているのかも知れません。しょせんそんなものであります。
萌え萌えの四月ともなれば、ピカピカの1年生や新入社員の皆さんが期待に胸膨らませて、それぞれの職場や学校へと通い始めますね。私にはあまりにも昔のことで、ほとんど思い出せない事柄になってしまっていますが、その時の期待と不安がまた少し記憶しております。頑張って欲しいものであります。
そうそう昨日ようやく宮沢賢治傑作選をようやく読み終わりました。これ読み終わるまで結局一年近くはかかったような気がします。途中なんども挫折してしまって、放り投げては、また気を取り直して読み始めるの連続でありました。
放り投げるといっても私の場合は電子ブックですから、投げたら壊れる可能性大ですのでそのようなことはできませんけれども。
それにしても宮沢賢治は難解でありました。その内容はほとんど理解していないことを吐露しておかなければいけないでしょう。ほとんどが童話なんですけれどもね。なんとも情けない。

社会・政治・思想等々の事はあまり書きません。と言うよりもこのしょっぱい頭には、あまりにも難しくて書けないのであります。決して興味が無いわけではないのです。むしろある方だと思います。そのために、なるべく沢山の文献を収集して教養を深めようと努力もしています。しかし、それをやればやるほど世の中複雑怪奇過ぎて軽々に論評など言えなくなってしまうというのが正直な気持ちであります。世の中決して善と悪とか、天使と悪魔、右翼と左翼、赤と黒なんていう風に単純に二分できるものではないし、むしろ二分されるような単純話こそ疑ってかかるべきだと思うようになってきています。
また、政治家で汚職だとか、利権だとかの話がマスコミに載ったりすると、その裏にあるのはなんだろうかなんて穿っている考えるような体質になっています。
また困った事に、もし私があの政治家の立場だったら、やっぱり自分の懐を温めるために同じような事をやっていたかも知れないななどと思ってしまっているわけであります。正直そういう権力をもったら不正もやるかも知れないし、周囲にエバリちらしていたりするかも知れないなどと考えるわけであります。幸か不幸か今まで一度もそのような立場に立ったこともないので後ろに手が回る機会がなかったのでありますが。

最近は歴史というものに俄然と興味が出てきまして、なんとか自分なりに歴史を勉強してみようと思っているのですが、なかなか進みません。先日Youtubeで宮脇淳子さんの題名は失念してしまいました、歴史というのはラテン語のHitoryきていてある出来事の物語だった。それが英語で物語Storyになったという話がありました。
この言葉を聞いて胸にストンと合点することがありました。私たちは学校では日本史にしても世界史にしても歴史というものを学んでこなかったのです。私たちの学んだというか、学んだつもりになっていたのは、単なる年表だったのであります。
私が乏しい歴史の知識を少しだけ蓄積できたのは、全部小説を読んでの事だったのであります。あれは物語として面白いからその時代背景やら、登場人物の相関図や風俗等々まですーっと覚えられるわけであります。その小説が正しいかどうかを疑ってみる必要はありますが、同じような時代の小説を数冊読めば乱暴な話ですが多数決で、おおよそそんなことだったんだろうなということがわかってきますね。また、とんでもなく違うっていうのも「なるほど、こんな解釈の仕方もあったのか」と結構感動するものであります。
泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も眠れず」は黒船が日本にやって来た時の狂歌ですけれども、これで日本は大騒ぎしたと私たちは思い込んでいますが、実際は違うようであります。それほど当時の日本人はバカではなかったようであります。このあたりは丹念に文献あたってみますと結構新しい発見があって面白いところであります。

10年ほど前だったと思いますが、NHKでなんども再放送した「大草原の小さな家」の日本語の原作を読みました。これはテレビドラマとは内容が違っていて驚いてしまいました。原作本とあわせて関連本も購入できるものはすべて購入して読んでみました。今はこの点非常に便利になっています。原作本も含めてほとんどが絶版になっていますので古書を購入するしかないのですが、ほとんどの関連本を簡単に揃えることができたのであります。
あ、そうだ話はそこにあるのではなくて、主人公(作者)のとうさんチャールズが生きていた時代は日本の何時代なのだろうかと大きな疑問を持ったのです。そして驚いたのがなんと坂本龍馬と同じ年に生まれているわけであります。どうも私の頭の中では日本史と世界史がうまくリンクしていないのであります。世界史というのは日本とは遠くかけ離れたファンタジーの世界のように思っているところがあるのでありました。

そういったわけで一般常識としてもう少し歴史のお勉強をしておかなければいけないと思ったわけであります。
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