2011年1月1日土曜日

あけましておめでとうございます

 昨夜は早めに寝てしまって、本日起床したときには家族全員がまだ起きていました。テレビをつけたら「朝まで生テレビ」をやっていたので、私も朝までダラダラ見てしまいました。1年ぶりぐらいにこの番組を見たような気がします。もしかしたらもっと前かも知れない。
 今年は初詣にいこうかな。と言っても50歩ほど歩けば日枝神社となんとか寺というお寺さんがあるから楽なのですが、その楽過ぎる初詣も滅多に行ったことがないから、この無精な性格は筋金入りなのだ。これこれ、そんなところを自慢してどうするのだ。
 年が改まったからといって、別に改まったことをやることはない。なにせ筋金入りの無精ものなのだからね。だいたい元日から何かをやろうなんて思うのは大きな間違いだ。自分が意志薄弱な三日坊主の典型だということを思い知らされるだけなのだから、なにもしないのが一番いいのだ。よって、朝から酒でも呑んでぐうたらぐうたら過ごすことにする。
 話はちいと飛ぶが、私は人後に落ちない酒飲みなのだが、(アルコール依存症ともいう)不思議と明るいうちに酒を呑むということはまずない。そりゃあ結婚式とかなんとかの行事がある時は別なのだが。今は絶滅してしまったけれども社員旅行とかがあっても、旅館について一風呂浴びて宴会の本番が始まるまで一切アルコールは口にしない。ところが一緒に行った仲間たちは違う、朝バスに乗り込んだ瞬間から呑み始める。そして本番の宴会が始まったころはぐでんぐでんの状態であります。私はそこから始まるので、ゲンキ一杯です。芸者さんとかコンパニオンさんともかなり楽しめます。(ムフフどうだマイッタか!)自分ではこれが正統な大酒呑みだと自負しているのであります。明るいうちに中途半端にアルコールを口にすると、なんか一日損したような気になる。夜になって、後は何もすることがないといった状態では大酒を喰らう。だから一年のうちで明るいうちにアルコールを口にするのは元日だけということになる。
 一年に一度つながりでいえば、日本酒もそうですね。日本酒は基本的に好きなのです。しかし、日本酒を口にした時には要注意であります。これまでの人生で人に語れない数多くの失敗をしているのは全て日本酒を呑んだ時のような気がする。自分の核の部分が日本酒の酔いでドロドロに溶かされてしまうような気がするのです。だから日本酒は一切口にしない。逆にいえば酔うには最適な酒なのかも知れない。それに日本酒は高いような気がする。要は日本酒が日本酒を呼びすぐに酒瓶が空いてしまうのであります。
 で、本日は基本的に一年に一度だけのことを2つ同時にやることになる。なんだかなぁ、元日にする話でもないような気もするが、ま、これでいいのだ。

 これまでお屠蘇とは正月に呑む日本酒だと思っていた。私の生まれ育った東北ではお屠蘇の習慣がなかったような気がする。アルバイトやっていた懐石料理さんで元日招待されて行ったときに始めて日本酒になにかを入れてお屠蘇ですと渡された時に始めて単なる日本酒じゃないことを知ったのでありますが、それ以来調べることもなく今日に至ったのですがちょっと気になって調べてみました。

屠蘇(とそ)とは、一年間の邪気を払い長寿を願って正月に呑む薬酒である。
「屠蘇」とは、「蘇」という悪鬼を屠(ほふ)るという意味である。数種の薬草を組み合わせた屠蘇散(とそさん)を日本酒に味醂や砂糖を加えたものに浸して作り、小・中・大の三種の盃を用いて飲む。昔から、「一人これを呑めば一家病無く、一家これを呑めば一里病無し」と言われ、伝統的な正月の祝いの膳には欠かせないものとなっている。
飲む人の順には地域間で差があるが、年齢の若い者から順に飲むのが正式である。これは中国の習慣からきたもので、若い者が毒味をするという意味があった。しかし日本では、明治もしくは昭和初期に家長から飲むことも行われるようになったようである。
屠蘇は、通常、屠蘇器(とそき)と呼ばれる酒器揃えによって供される。屠蘇器は、屠蘇散と日本酒・味醂を入れる銚子(ちょうし)、屠蘇を注ぐ盃、重ねた盃をのせる盃台、これらを載せる盆からなる。屠蘇器には、漆器製、陶磁器製、ガラス製など様々な種類がある。

 本年もよろしくお願いします。
コメントを投稿