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2013年9月24日火曜日

性懲りもなく、またお絵かきの練習です。

ちょっと一休み
何時間かかけてようやく、出来上がったのが左の絵です。久しぶりのフォトショップです。もう使い方はほとんど忘れていました。ほとんど初心者と同じだったので愕然としてしまいました。
 だからといって、いちいち紙の解説書を開く気にもなりません。そんな状態ですから、少しも進みません。何時間ディスプレイとニラミっ子していたでしょうか。ネットでフォトショップの使い方を検索していましたら、YouTubeにたくさんの解説画像がアップしてありました。
 やはりお絵描きソフトは紙の解説書より、動画のほうが百倍ぐらいにわかりやすいです。それから何時間か解説動画を見まくりました。
 元の絵は秋田で超原始的な百姓をやっていた時に、ちょっと働いてはながーい休憩を取り、ちょっと働いては、またながーい休憩をといった感じであったのを思い出して、かなり昔に書いたものでありました。
 なんのことはない、一日の大半が休憩だったような気がします。ヒローイ畑の真ん中で誰が見ているわけでもないので、それはそれでいい思い出であります。

草むしりという作業も結構過酷な作業でありましたけれど、私は結構好きでした。小さい椅子を用意してドッカと腰を降ろして、ラジオを聞くともなく聞きながら結構没頭してやっていた事を思い出します。
 夕方は早めに上がって、日帰り温泉に一目散です。一日の疲れと汗を綺麗サッパリと流すと手早く晩酌の用意をしなくてはいけません。どんどんと日が短くなってきていますから、すぐに夜の闇が迫ってくるからです。畑のド真ん中に暮らし始めた時には、水道電気ガスが無かったのです。一番苦労したのが電気がないということです。
 灯りといえばエネループのLEDランタンが2つと懐中電灯が1個しか無かったのですから、これはかなり心細いものがありました。だから小屋の中全体が見えるうちに全ての準備を終わらして、急いで晩酌に入らなければいけなかったのであります。
 夜の娯楽はiPodの音楽だけであります。ラジオもありましたが、古いやつで感度が悪くてNHK-AMしか入らなかったのです。たまにはいいですけれどもつまらなく昼間だけ流していましたが、とても聞く気にはなれませんでした。
 そんなものですから1週間に一度ぐらいは知り合いの家に行き全乾電池やその他充電機器を充電しに行かなくてはいけなかったのであります。当時サブバッテリーを置いたりソーラーパネルを設置するなどという発想は無かったのであります。
 季節はどんどんと進み、ストーブ無しでは過ごせないぐらいの寒さになった時に、昔ながらの石油ストーブというものはいいものだと感動したことを覚えています。ストーブの赤い火は照明代わりになるのです。またヤカンをかけて置けばいつでもお湯が使えるし、加湿器代わりにもなるのです。それに煮炊きにも使えるのです。ファンヒーターなんてものはダメですね。大体電気がなければ使えないシロモノですから。災害やアウトドアには使えないものであります。

 こうしてアップしてみると結構アラが目立ちますね。もうしばらくこの絵をいじくってみようかと考えています。本当はIllustratorも触ってみたいのです。同じ原画をIllustratorで描いたらどうなるのかというのも試してみたいと思っているのであります。今の私にはフォトショップもIllustratorも、わからないという点においては同じようなものですから。

2013年9月21日土曜日

日清戦争

本日はいきなり日清戦争まで進んでしまいます。
以下はウィキペディアからの抜粋であります。
日清戦争(にっしんせんそう、中国語:甲午戦争、第一次中日戦争、英語:First Sino-Japanese War)は、1894年(明治27年)7月(光緒20年6月)から1895年(明治28年)3月(光緒21年2月)にかけて行われた主に朝鮮半島(李氏朝鮮)をめぐる大日本帝国と大清国の戦争である。

これはどう解釈していいのかはわかりません。実質的にはこの日清戦争の終わりを持って朝鮮は大清国から解放されるわけであります。ただ欧米列強諸国にとっては大誤算だったでしょうね。いずれは侵略しようとしていた極東の小さな島国がいきなり牙を向いてきたのですから。しかもそれまで鎖国をし、ちょんまげを結っていた国ですからね。

日清戦争が始まった1894年(明治27年)にはローラはすでに27歳になっています。この年にワイルダー一家、ミズーリー州マンスフィールドへ移住しています。
因みに1885年8月25日、ローラ・インガルスとアルマンゾ・ワイルダー、ダコタ・テリトリーのデ・スメットで結婚しています。

  • 1895年(明治28年)3月日清戦争終わる
  • 1894年(明治27年)7月日清戦争始まる。ワイルダー一家、ミズーリー州マンスフィールドへ移住する。
  • 1867年(慶応3年)大政奉還 ローラ・エリザベス・インガルス、ペピンで生まれる。
  • 1861年 南北戦争はじまる。
  • 1853年(嘉永6年)黒船来航
  • 1836年(天保7年)1月10日、チャールズ・フィリップ・インガルス(とうさん)、ニューヨーク州キューバで生まれる。1月3日に坂本龍馬が生まれる
  • 1775年から83年 アメリカ独立戦争
  • 1760年代から1830年代イギリスの産業革命
  • 1600年徳川幕府始まる

2013年9月19日木曜日

アメリカ独立戦争と黒船来航・南北戦争を追加する。




  • 1867年(慶応3年) 大政奉還 ローラ・エリザベス・インガルス、ペピンで生まれる。
  • 1861年 アメリカ南北戦争はじまる。
  • 1853年(嘉永6年) 黒船来航
  • 1836年(天保7年) 1月10日、チャールズ・フィリップ・インガルス(とうさん)、ニューヨーク州キューバで生まれる。1月3日に坂本龍馬が生まれる
  • 1775年から83年 アメリカ独立戦争
  • 1760年代から1830年代 イギリスの産業革命
  • 1600年徳川幕府始まる

 昨日の年表にアメリカ独立戦争と黒船来航・南北戦争といずれもアメリカの歴史を付け足しておきました。今のところ中国は清という国でありました。朝鮮は李朝朝鮮という国で清の属国であります。朝鮮が清の属国であった時代はなんと1000年ほどであります。1000年ですよ。朝鮮は半島ですからね。巨大な中国の元では仕方のないことなのかも知れません。日本は周囲を海に囲まれていた地理的な条件によって、どこの国からも侵略はされていません。
上の記述は正しくないことに気が付きました。清が1000年も続くはずがありませんから、正しくは中国の属国であった時代が1000年もあったということですね。中国の王朝の名前を一々調べる気力は今のところないので、このぐらいにしておきたいと思います。
また朝鮮が清からの独立を果たすには、日清戦争まで待たなくていけないのであります。たぶん朝鮮は日清戦争から太平洋戦争終結までの期間を恨みに思い続けることになるのでしょう。このあたりはまだ詳しく知りませんので何も書けませんね。

1775年から83年にアメリカはイギリスとの独立戦争を行って、ようやく独立を果たしています。この頃はイギリス・オランダ・フランス等の列強諸国は東南アジアに進出をはかっており、アメリカはかなり遅れてアジアに進出の足がかりを求めて盛んに動いています。
この時代での各国の植民地を調査しておく必要があると思います。列強諸国というのはすべて白人の国家であります。日本はそのアジア情勢をみてかなり焦るわけであります。しかし、いくら焦っても幕藩体制ではどうしようも無いと気付き討幕運動に走っていくという流れになるわけであります。遠いイギリスというこれまで縁もゆかりも無かった国で起こった産業革命が徳川300年という幕藩体制を揺さぶり目を覚まさせるわけであります。

2013年9月18日水曜日

歴史認識のためのお勉強

 グンとすごしやすいというか寝やすい季節になってきました。今日も引き続き江戸時代の終わり頃から現代までの歴史の事を自分なりに調べて自分のためだけにアップしようかなと思っていたのですが、あたり前といったら至極当然の事でありますが、なかなか難しいのであります。それでも自分で思いつくだけの大きな出来事を羅列してみました。ただそれぞれの出来事の年を調べていないので、調べ次第にアップしていくことにしました。これまで一度もこんな作業をやった事がなかったので、それなりに勉強になります。
 以前に「大草原の小さな家」にハマっていた時に、日本では何時の時代に当てはまるのかに興味があって調べたのですが、”1836(天保7年)1月10日、チャールズ・フィリップ・インガルス(とうさん)、ニューヨーク州キューバで生まれる。1月3日に坂本龍馬が生まれる”となっております。ローラのとうさんと坂本龍馬は同い年なのでありました。こうやって自分の興味ある出来事と比較してみると歴史が俄然わかりやすくなってきます。
 イギリス(1760年)で起きた産業革命から70年後に龍馬もチャールズも生まれているのです。産業革命前と後では世界がガラッと変わってきます。それまでの農業を中心とした世界から工業を中心とした世界になって行くんですね。司馬史観では龍馬が明治維新での大きな役割を果たしていくわけでありますけども彼らが生まれてから31年後の1867年に明治維新が起こるわけであります。龍馬は明治維新を見ることもなく死んでいきますが、チャールズはまだ31歳ですから生きていますね。本当はこの時点でローラたちは何をやっていたのかを調べるとオモシロイのかも知れません。まだ旅をしているのかも知れません。
調べてみました。
 1867年2月7日、ローラ・エリザベス・インガルス、ペピンで生まれる。ローラは明治維新の年に生まれているのです。ですから、まだ旅には出ていないことになります。ニューヨークの近くの小さな森の小さな家で暮らしているのであります。

 それまでの日本は300年近く徳川幕府体制できたわけでありますが、その体制を維持できなくなって大政奉還となるわけでありますが、その原因にはイギリスの産業革命というものが深く関わっていることに気づかされます。本当はもっと深く産業革命の流れを追求すべきなのでしょうけれども、私にはそのような根気も能力も無いので、後で少しずつ追加するという形でやって行きたいと思います。
 現代の私達のライフスタイルの原型を形作ったのも産業革命以降ですから実に重要な出来事だったのだと思います。イギリスが東インド会社を設立して実質的にインドを支配したのはいつの時代だったのかも重要なキーワードになってくるような気がします。

【本日のまとめ】
  • 1867年(慶応3年)大政奉還
  • 1836年(天保7年)1月10日、チャールズ・フィリップ・インガルス(とうさん)、ニューヨーク州キューバで生まれる。1月3日に坂本龍馬が生まれる
  • 1760年代から1830年代イギリスの産業革命
  • 1600年徳川幕府始まる

2013年9月6日金曜日

次に車を買うのなら、2トントラックのワイドボディーでセミロング

 夕方、陽が陰ってきてから、洗濯物を取り込むことを忘れていたことに気がついて慌てて取り込みました。取り込んだ洗濯物はいつになく多くて山のようにでありました。それを畳むような気力は、すでにありませんでした。
 明日は妻も休みだからということで知らんぷりを決め込んでしまいました。今日はなんだか知らないけれど洗濯機を3回もまわしたのでありました。お天気は朝のうちはどんよりとしていて、途中で雨でもこぼれてくるような雰囲気もありましたが、お昼すぎにどうにか持ち直したようであります。
 なんとか今週もようやく終わりであります。今夜は呑み過ぎないように注意しないとね。ふーん、また出来そうにもないことをホザイていますよ。

 四国旅でも気がついていたのですが、車のハンドルの調子が悪くて、しょうがないので明日ディラーに持って行ってもらって修理することになりました。もう12年ほど乗っていますからね、これからあっちこっち壊れてくるのでしょう。ただ普段はほとんど乗っていないので、走行距離はまだ10万キロには達していないのであります。今の車だったら軽く20万キロは走れるのではないかと思ってはいるのですけれども、どうなるかはわかりませんね。
 今度買うのであれば、もし許されるのであれば、2トントラックのワイドボディーでセミロングがいいなと思っているのです。多分大反対されるでしょうけれども。それで、2メートルぐらいの高さの幌を被せるのです。そうです、「大草原の小さな家」に登場してくる幌馬車ですね。
 ワイドボディというのにも意味があります。私の身長が1,8mありますから、なんとか2段ベットを横にして入れたいのであります。入らなかったら縮めてもいいのですが。床下は60cmほど上げて全面収納庫にします。半分を畳敷きにし、残り半分をフローリングにします。本当はロングボディでもいいのですが、あまり大きいと街場のコンビニに入れなくなりますからセミロングなのであります。それだけのスペースがあれば、発電機から冷凍庫から流し台から全部置くことができます。屋根は全面ルーフキャリアにして、ソーラパネルを4枚ほど設置できるようにします。それから水タンクも設置します。これで快適な車上生活が送れると確信しているのであります。外観は運送屋さんのように絶対に目立たいようにするのです。絶対に目立たないというのが車上生活者の鉄則なのであります。
 なんで冷凍庫なのかといいますと、発電機を使わなくてはいけない時に冷凍庫に2リットルのペットボトルを3本ほど入れて冷凍してしまうのです。それをクーラボックスに入れて冷やせばいいのです。常時冷蔵庫に電気を使うといのは避けたいと思っているのです。ソーラ発電の威力次第ということですね。サブバッテリーを6個ほど設置するのであれば、家庭用の冷蔵庫を置くということも考えられますけれども。
 外観は幌でもいいのですけれど、内側に家を作っても良いような気もします。家というよりも部屋ですね。その時は周囲はウレタン断熱パネルを使って冷暖房効果が上がるようにして、家庭用のエアコンを設置するのです。室外機を設置する場所ももちろん確保します。その時はプロパンガスのボンベも20kgのやつを2本立てます。プロパンガスボンベは5kgまでが室内で使用してもいいという法律があるのです。家の外に置くのであれば20kgボンベでも可能なわけであります。また発電機も室外に設置すれば、走行中も発電することが可能となるわけであります。
 この計画は、かなり実現性があると思うのですが、このようなことをやっている人にお目にかかったことがありません。それに妻には大反対されるのが目に見えるような気がします。それほどお金もかからないし、実用的だしいいと思うのだけれども、皆さんはどう思いますか?。

 こうして私の妄想はどんどんと膨らんでいくのであります。

2013年9月5日木曜日

車上生活は大草原の小さな家から大きな影響を受けたのです

 昼ごはんはいつも自分で作って食べているのだが、最近ネタ不足でもあるし、張り切って料理をする心境でもないので、昼ごはんを作るのが面倒に思われて、近くのスーパーに昼ごはんを買いにでかけた。弁当でもなんでも良かったのだが、480円で見た目は結構良さげな寿司が売られていたので、それにした。自宅に帰ってからおもむろに食べたてみたが、まずくもなく、それなりで満足でありました。この満足のなかには自分で作らなくて良かったという気持ちが半分以上込められている話であります。

 「大草原の小さな家」は私に大きな影響を及ぼしました。何年か前に古本で全冊と関連本を集めました。分類からすれば児童書に分類されて、小学校3年生ぐらいでも楽に読みこなせるものであります。版権の違いなのか二つの出版社から翻訳本が出版されています。うーんこの説明はわかりにくいですね。シリーズとしては確か10巻ほどあるのですが、その半分が違う出版社で違う翻訳者であったのです。最初そんなことは知らないで同じ出版社の奴を集めようと躍起になったのですが、最初からそのように出版されていたのですから到底無理なこととわかったのは、かなり後になってからの話であります。
 NHKで時々放映されるテレビドラマはチャールズ・インガルス役(ローラのお父さん)の人がなんと脚本・監督・出演をしているのだそうです。これも後になって知りました。
 それでこのドラマが放映された時はアメリカを二分するほどの大論争になったそうであります。その脚本があまりにも原作と違っていたために起こった論争であります。それは頷けますね、むしろ原作とドラマは別物と割りきっていたほうがいいような気がします。私は原作のほうがドラマよりは何倍も好きですけれども、「大草原の小さな家」を知ったのはテレビドラマですからなんともいえません。
 最初はニューヨーク近くにあった小さな森から、西部の広大な農地を求めて、一家5人と一匹で幌馬車に揺られて旅することから始まるのですが、これこそ車上生活の見本みたいなものであります。読み進めていって気になるのは、旅するときの資金の問題であります。いくら私のように自分で笑ってしまうほどの貧乏人が、ケチケチの車中泊でのたった6日間の四国旅であっても、それなりのお金はかかっているわけであります。まずは燃料代ですね、それから往復の高速料金は基本的にケチることはできませんからね。
 インガルス一家の旅は最初は2年間ぐらい続くのであります。旅をしなくても一家5人と一匹が食べて行くのにはそれなりの資金がなければいけないわけであります。
 時代は明治維新ちょっと前のことであります。アメリカは西部にフロンティアを求めて鉄道建設も始まっていました。先住民のインディアンとの戦いも少し収まりつつあった時であります。乗り物は2頭だての幌馬車であります。高速道路もまだありませんから当然料金もかかりません。馬ってのは実にヨロコバシイ乗り物なんだとここでウスラバカは気づくのであります。だって水とそこいらに生えている草があれば済む話でありますから。うーんこれに参ったね。現代の私にはとてもマネのできないことでありますから。
 では生活費はどうしたのかといいますと、チャールズは猟師ととしての腕もいいのです。肉は食料に皮はなめして小麦や他の必要な食料との物々交換なのであります。丹念に読んでわかったのですが、その他はアルバイトなんですよ。大工としての腕もいいので、家造りを手伝ったり、家具作りをやったりして糊口をしのぐわけであります。西部鉄道の管理人をしている時代もあったりします。チャールズは農場経営をやりたくて大草原に分け入っていくわけでありますが、農業ではそれほど成功していないのです。残念ながらインガルス一家はかなり早い時期に消滅してしまって、今はその子孫は一人も残っていません。
 前世の俺はひょっとしてインガルス一家の誰かだったのではないかと思っている今日このごろなのであります。

2011年6月2日木曜日

大草原の小さな家 Going West(西部への旅)1

 むかしむかし、今のおじいさんおばあさんが、まだ小さな子どもだったり、赤ちゃんだったり、もしかすると、まだ生まれてもいなかったころでした。とうさんとかあさんとメアリーとローラ、そして赤ちゃんのキャリーは、ウィスコンシン州の「大きな森」にあった小さな家をあとにしました。高い木立の間の、切り開いた土地に、ひっそりと、住む人もないままおいてきぼりにしました。その小さな家を、馬車で旅立った日から、誰も二度と見ることがありませんでした。


 ローラたちは、インディアンの住む土地へいくのです。
 とうさんがいうのには、いまではこの「大きな森」に住んでいる人が多すぎるのだそうです。ローラも、よく、とうさんの斧とはちがう、キンキンひびく斧の音をきいたり、とうさんの鉄砲では銃声がこだまするのをききました。小さな家の前をとおっていた小道は、もう広い道になってしまいました。ほとんど毎日、ローラとメアリイは、あそぶのをやめて、その道を車輪をきしませながら、ゆっくりとおっていく馬車を、目をまるくしてながめるのでした。
 野生の動物は、こんなにおおぜい人間がいる土地には、住まなくなるのです。とうさんも、やはり、住みたくないのです。とうさんは、野生の動物が、あんしんして住んでいられる土地がすきなのでした。暗い森かげからのぞいている子ジカやかあさんジカや、野イチゴのしげみでイチゴを食べている、ふとったものぐさなクマをみ見るのが、とうさんはすきなのです。
 冬の夜長に、とうさんは、西部の国のことを、かあさんに話していました。西部では、土地がたいらで、木がなく、草は、たけ高くのび、よくしげるのです。そこでは、野生の動物たちは、果てまで見えないほど広い牧場にでもいるように、自由に歩きまわり、食べたいだけ食べられるのです。そのうえ、まだそこに住みついてアメリカ人はいないのです。インディアンだけが、住んでいる所なのです。
 冬もおわりのころのある日、とうさんは、かあさんにいいました。「かあさんが反対しないのがわかったから、西部を見にいくことにきめたよ。ここの買い手がついたし、いま売れば、けっこういい値だんになる。あたらしい土地での暮らしをはじめるのにも、じゅういぶんなものが手にはいる」
「まあ、チャールズ、もう出発しなけりゃならないんですか」かあさんはいいました。まだまだ寒さはきびしく、このあたたかい家は、とてもいごこちがいいのです。
「ことしいくつもりなら、いますぐ出発しなければ」とうさんはいうのです。「氷が割れてからでは、ミシシッピイ河はわたれないからね」
 というわけで、とうさんは家を売りました。牝牛も子牛も売ったのです。ヒッコリイの枝が弓形にまげて、幌を張る枠を何本もつくり、馬車の荷台にしっかりむすびつけて、かあさんも手つだって、白い麻の幌を、その上にかけました。

 朝まだうす暗いうちに、かあさんは、メアリーとローラをやさしくゆり起こします。暖炉の火とロウソクのあかりで、かあさんはふたりの顔や手をあらい、髪もとかし、寒くないように身じたくをさせました。長い赤いネルの下着の上に、毛のペチコートを着せ、毛の服を着せ、毛の靴下をはかせます。その上に外套を着せると、ウサギの毛皮でつくったフードをかぶせ、赤い毛糸あみのミトンをはめさせました。
 小さな家のなかのものは、何もかもみんな馬車に積みこみました。ベッドとテーブルと椅子のほかは。とうさんが、いつでもまたあたらしいのをつくれるので、もっていかないでいいのです。
 地面にはうすく雪がつもっていました。あたりはしんかんに静まりかえり、寒くて暗いのです。うす闇に、黒くつっ立っている裸の木立のむこうには、凍りついたような星が光っていました。でも、東の空はあかるんでいて、灰色の森のなかから、じいちゃんとばあちゃん、おじさんやおばさんやいとこたちをのせた、馬車や馬のランタンの灯が見えてきました。
 メアリイとローラは、布人形をしっかりだきしめたまま、口もきけないでいました。いとこたちは、ふたりをかこんで立ったまま、ただじっと見つめています。ばあちゃんとおばさんたちはみんな、ふたりを抱きしめてキスをし、さよならをいっては、また抱きしめてキスをしました。
 とうさんは、馬車の自分の座席から手をのばせばすぐとれるように、幌のうちがわの、枠のいちばん高いところに鉄砲をぶらさげました。弾丸いれの皮ぶくろと、火薬のはいった角もすぐその下にさげます。ヴァイオリンをいためないように、枕の間にていねいにおさめました。
 おじさんたちは、とうさんをてつだって、馬を馬車につけてくれました。いとこたちは、メアリイとローラにキスをしてあげなさいといわれて、お別れのキスをふたりにしてくれました。とうさんはまずメアリイを、つぎにはローラをだきあげて、馬車のいちばんうしろにつくってあるベッドにすわらせます。それから、かあさんが前の座席によじのぼるのに手をかし、ばあちゃんがせのびをしてキャリーをかあさんに手わたしました。とうさんは、はずみをつけて馬車にとびのると、かあさんの隣にすわり、ぶちのブルドックのジャックは馬車の下にもぐりこみました。

2011年5月23日月曜日

大草原の小さな家 Going West(西部への旅)


 カンザスという所は、どこまでもつづく、山も谷もないたいらな土地で、たけの高い草が一面にはえ、風にそよいでいました。何日も何日も、一行はカンザスの旅をつづけ、見えるものは風に波立つ草と、とてつもなく大きな空ばかりでした。このとほうもなく広い平地では、地平線はまるくカーブをえがいて見え、四方を見まわすと、まわりじゅう空にかこまれたまるい輪のまんまんなかに、馬車がいるように思えるのでした。

 一日じゅう、ペットとパディが、足をはやめたり、ゆるめたり、またはやめたりして、前へ前へとすすんでいくのに、いつまでも、この輪のまんなかから一歩もでられないのでした。太陽がしずんでもまだ、この輪は馬車のまわりをかこんでいて、そのまるい地平線のあたりがうす赤くなっています。やがて、少しずつ、地面が黒ずんできました。草を吹く風が、さびしい音をたてます。キャンプの火も、このとほうもない広さのなかでは、とてもちっぽけで、たよりなげです。でも、空にかかった星は、ローラが手をのばせばすぐにとどきそうなほど近く、キラキラかがやいていました。

 つぎの日も、おなじ地面、おなじ空、そして、地平線はあいかわらずまんまるでした。ローラとメアリーは、そのどれにもあきあきしていました。することは何もかも前の日とおなじで、見るものも何ひとつかわらないのです。馬車のうしろのベッドをととのえて、灰色の毛布をきちんとかけ、その上にローラとメアリーはすわるのです。馬車にかけた幌の両がわはまきあげてしっかりむすびつけ、草原をわたってくる風が吹き込むようにしてあります。風は、ローラのまっすぐな茶色の髪と、メアリーの金色のまき毛を、四方八方に吹き飛ばし、つよい日ざしは、まぶたに痛いほどでした。

 ときどき、大きな野ウサギが、風にうねっている草の上を、ぴょん、ぴょん、大きくはねて逃げていきました。ブルドックのジャックは、でも、ふりむきもしません。かわいそうに、ジャックもつかれていたのです。それに、こんなに長く旅をしたので、足がいたいのです。馬車はガタゴト動きつづけ、幌の屋根は、風にバタバタ鳴っていました。二本の車輪のあとが、馬車のうしろにかすかに残っています。いつもおなじように。

 とうさんの背中は、まるくかがまっていました。手にもった手綱はたるんだままで、長い茶色のひげが風に吹きまくられています。かあさんは、手をひざにくんで、きちんと背をのばしたまま、しずかにすわっています。キャリーは、服や毛布の包みの間につくった寝場所で、おとなしく寝ていました。
「アーア!」メアリーがあくびをし、ローラはいいました。「かあさん、馬車からおりて、馬車のあとについてかけたいの。足がだるいんだもの」
「いけませんよ、ローラ」かあさんはいいました。
「もうすぐキャンプするんじゃないの?」ローラは、またききます。馬車のかげのきれいな草の上にすわって、昼ごはんを食べてから、とても長い時間がたったような気がするのです。
 とうさんが返事をしました。「まだだよ。キャンプをするには、まだ早すぎるんだ」
「いますぐ、キャンプしたいのよ。とってもくたびれたんだもの」ローラはいいます。

 するとかあさんがいいました。「ローラ」たったそれだけ。でも、それは、ローラわがままいってはいけません、ということだったのです。ですから、ローラも、それきり、口にだしては何もいいませんでしたが、すなおな気持ちにはなれませんでした。じっとすわったまま、いろいろなことに腹をたてつづけています。

 足はいたくてたまらないし、風はあいかわらず髪の毛をめちゃくちゃに吹きまくります。草は波うち、馬車はガタガタ動き、長い長い間、あたりの景色も、ちっともかわりはしませんでした。
「クリークか川があるようだ」とうさんがいいました。「おまえたち、むこうの木立が見えるかい?」
ローラは立ちあがって、弓形の幌枠につかまって背伸びをしました。ずうっとむこうに、ひくい黒っぽいしみみたいなものが見えます。
「あれが木立だよ」とうさんはいいます。「影のかたちでわかるんだ。この土地では、木があるってことは水があることだよ。今夜はあそこでキャンプをしよう」

2011年5月20日金曜日

どうだ!これが「大草原の小さな家」の幌馬車なのだ

 にわかに「どうだ!」と云われても困ってしまうけどもね。それに別にこれはオレの物語でもないし、オレが書いたイラストでもないからね。

 「大草原の小さな家」は私の憧れであります。こんな馬車でのんびりと旅を続けられたらと思うといても立ってもいられなくなるのですが、いても立ってもいられないといっても、そこに草原があるわけでもないし、幌馬車があるわけでもないですからね。基本的には何もすることはできず、せいぜいこの絵を見て想像を膨らましているに過ぎないのでありますが。

 私もそうなのですが、ほとんどの方は「大草原の小さな家」を家を知るきっかけになったのはNHKで何度も流されたテレビドラマシリーズだと思いますが、原作はそれとはまるで別物だということを知っておいたほうがいいと思います。

 原作を読むといっても、少年少女文学の範疇に入りますから、小学校2年生程度の国語力があれば簡単に読みこなせてしまいます。なんでそんなことが断言できるのかといいますと、まさしく私の持ち合わせている国語力なるものがそうだからであります。

 当時舗装された道路があるわけではないし、むしろ、道らしい道があったかさえも怪しい情勢であります。とうさんとローラから呼ばれているチャールズ・インガルスは坂本龍馬と同い年と云われれば、どの程度昔だったかのイメージが掴めると思います。
 この馬車一台が全財産であります、これで一家5人と一匹が何年もの間、西部にあるだろうと思われる理想の土地を目指して旅する物語であります。これは実話でありますが、私のように日々の糧を得るのにも四苦八苦しているものにとっては、旅する資金はどうしていたのだろうかと疑問に思うのでありました。
 やはりどの時代でも生きて行くには得意技を持っていなければならないのであります。当時はそれほど貨幣経済が発達していないといっても、実際には田畑を耕しているわけでもないので、食料を手に入れるにはそれなりの物を持ってなければなりませんでした。このあたりはじっくりと読み込んでみれば面白いところであります。
 幌馬車での旅は毎日がアウトドアライフであります。このあたりの暮らしぶりはテレビドラマにはほとんどでてきませんが、原作本には詳しいのであります。料理も結構詳しく説明されており、結構豊かな食生活を送っていたことを知り感動するところであります。

2011年4月16日土曜日

幌馬車ならね幌トラックってのはどうだ。

 桜の花もすっかり散ってしまって、桜前線は東北地方へ移動していったようであります。桜の花が散ると一目さんに夏に向かっていくような気がします。本日はあまりの暑さに窓を開け放している。待ち望んでいた。いい季節になっていきます。
 この郵便ポストは地震のせいでこうなったわけではないと思います。細い道なので車がぶつかってひしゃげてしまったのだと思います。車の擦った後が生々しく残っていました。擦った車のほうだって結構みっともないことになっていると思いますね。

 昨日、車のバッテリーに充電したのはいいのですが、充電が終わって車につないでみたら、カーナビがDVDを読み込まなくてなっていた。以前から地図データを読み込むのが遅くなっていたのですが、基本OSは読み込んでいた。それが電源をすべて外したら、記憶していた基本OSさえ読み込まなくなってしまっていた。
 カーナビを修理に出すかどうしょうか迷ってしまいます。もうカーナビのない世界は考えられなくなってしまっていますから。たぶん修理代は最低でも2万円を上回るだろうと予想します。
 そうなると選択肢として、iPad Wi-Fi 3Gあたりを購入してナビソフトを入れるのもひとつの方法だなと思うのだけれどもどうなんだろうか。それか、ジャパネットタカタで時々販売しているサンヨーのゴリラなんかも選択肢のひとつだと思うのだが。
 壊れたカーナビはメーカ純正だったから高かったのだ。たしか30万円ほどしたと思うのだが、それが結構悔しいのであります。

 「大草原の小さな家」では2馬力の幌馬車で新天地を求めて長期間旅をするわけであるが、オレも閃いた。なにもバカ高いキャンピングカーなんてものを購入しないで、2トンのトラックを購入して幌をかければいいじゃないかということであります。2トントラックでもセミロングボディーだったら結構な居住空間を確保できるだろうと思うのだが。
 それにサブバッテリーを4個ほどを積み、ソーラパネル2枚ぐらいで電源はたぶん充分だと思う。心配だったら発電機を積めばいいことだと思う。かなり格好は悪いが実用的ではある。
 それで「トラック 幌」なんていうキーワードで検索してみると、今はさまざまな幌があることを発見する。中にはアコーディオン幌なんていうのもある。建築現場で仮説の事務所に使われている「スーパーハウス」そのまま荷台に積んでしまうなんていう手段もありますね。それができれば究極の移動する家が実現するわけだ。中には家庭用のエアコンだって台所だって設置できますからね。
 吾ながらなかなかいいアイデアだと思う。トラックだと運転席と後部の居住空間との行ききは不便だけど、なあにそんなもの割り切ればいいだけの話だ。ただ、長さをどの程度にするのかというのは考慮しなければならない、フェリーに乗る場合はちょっとだけ長さがはみだした場合に料金がはねあがってしまうこともあるし、地方のコンビニだったら広い駐車場は当たり前だが都会の場合は入れない店もあるので調査をしなければならないだろうと思う。
 それからトラックだとバッテリーが24Vというものが多い、私のサブバッテリーシステムは12Vだから、トラックから充電する場合に注意しなければならない。

2011年2月11日金曜日

Little House on the Prairie(大草原の小さな家)の目次

 寒い日が続きます。天気予報では昨晩から雪が降り、此の地関東にも積雪があるとのことでした。起床してすぐにまだ暗闇のなかにある外を透かすようにして眺めて見ましたが、期待に反して雨すらも降っていませんでした。案外明るくなってから、チラホラ白い物が落ちてきて、やがて信じられないほどの雪模様になるなんてことも多々あることです。この3連休ははたしてどうなることやら。雪が積もったら隣近所の雪掻きでもしようかと考えて、徹底的な不備に気がついた。雪掻きするための道具が一個もないのです。せめてスコップのひとつぐらいは用意して置くべきじゃないのだろうか。此の地で雪掻きなどやったことがないのです。いくら降っても高がしれており、半日も放って置けば跡形もなく消え去っているのですから。

 先日購入した英文の大草原の小さな家の目次部分を翻訳された和書と対比させてみました。インフルエンザ騒動などがありまして、なかなか進まないのでありますが、とにかくコツコツやらなければ構想倒れになってしまうと思い、熱ぽい身体にむち打って、ようやく下段のリストを作りました。あたりまえのことなのでしょうけれども、案外原作に忠実に翻訳されていることに気づきました。翻訳をするにあたっての取り決めもたぶん「原作を著しく崩さない」なんてことがあるのかと思われます。それにしてはテレビドラマの原作は著しく原作とは違うものになっているし、後半部分は原作にまったく書かれてないことがデッチ上げられていますから、不思議な気がします。

英文で読む Little House on the Prairie

Contents

  • 1 Going West(西部への旅)
  • 2 Crossing The Creek(クリークをわたる)
  • 3 Camp on the Prairie(大草原高地でのキャンプ)
  • 4 Prairie Day(大草原の一日)
  • 5 The House on the Prairie(大草原の家)
  • 6 Moving In(引越し)
  • 7 The Wolf-Pack(オオカミの群れ)
  • 8 Two Stout Doors(2枚のじょうぶな扉)
  • 9 A Fire on the Hearth(炉に火がはいる)
  • 10 A Roof and a Floor(屋根と床)
  • 11 Indians in the House(インディアンがお家へはいってきた)
  • 12 Fresh Water to Drink(新鮮な飲み水)
  • 13 Texas Longhorns(テキサスの長角牛)
  • 14 Indian Camp(インディアンのキャンプ)
  • 15 Fever'N'Ague(おこり熱)
  • 16 Fire in the Chimney(煙突の火事)
  • 17 Pa Goes Town(とうさん町へいく)
  • 18 The Tall Indian(背の高いインディアン)
  • 19 Mr.Edowards Meets SantaClaus(エドワーズさん、サンタクロースに出会う)
  • 20 A Screem in the Night(夜中の悲鳴)
  • 21 Indian Jamboree(インディアンの大宴会)
  • 22 Prairee Fire(大草原の火事)
  • 23 Indian War-Cry(インディアンのときの声)
  • 24 Indian Ride Away(インディアンの行列)
  • 25 Soldiers(わるい知らせ)
  • 26 Going Out(大草原をあとに)

2011年2月3日木曜日

最初ゆっくりに感じていた英文の朗読が・・・・・ひえーーー

注文していたLittle House on the Prairieが到着した。「大草原の小さな家」シリーズの2巻目でテレビドラマのタイトルに採用されたものであります。紙質は悪いです。日本でこのような質の悪い書籍が発刊されたらきっとそっぽを向かれるだろうなと思えるぐらいのものであります。ただ雰囲気はいいです。イラストも豊富に入っています。全文英語です。って、あたりまえか。ペラペラめくってみる、ストーリーがあらかじめ頭に入っているせいか、なんとなく理解できる・・・・・ような錯覚を持つ。いいのだ、これでいいのだ。

 先に購入していた6枚組CDの朗読を流して、英文を追ってみる。音声だけで聞いていた時はゆっくりと流れていたと感じたが、英文を広げて同時に見る聞くを実行してみると、途中から「はぇー!」こんなに速かったっけとなる。単語を頭のなかで処理するのが間に合わないのだ。途中からいちいち単語を頭のなかに入れるのをやめた。と言うか追いつかないのだから仕方がない。表面を朗読にあわせて流すだけしかできなかった。
 当分はこの方式でなじむしかないうような気がする。次にやるのは英文をそっくりタイプすることである。次はわからない単語を抜き出して一覧表にしてみる。当然日本語の意味を対比させていく・・・・・。
 また翻訳されたものと原文とを比較してみるというのも楽しみのひとつであります。

 いろいろ思いを巡らしながら、思いついたことは、音声を流し、画面には対応する英文があわせて表示され、さらに日本語訳も表示されるとHTML5アプリを作成できないかということであります。当然自分だけのものでありますけれども、現在取り組んでいる自分の総合学習の集大成のようなものであります。できればスマートフォン対応になればバンバンザイであります。どこまでできるかはわからない。

2011年2月1日火曜日

「大草原の小さな家」はCD6枚組だけで、原文を買い足す トホホだね


何日か前に注文をしておいた、Little House On The Prairie Low Price CD [Audiobook, Unabridged] [CD]が本日届いた。梱包を開けてみると、6枚組のCDであり、原文はまったく入っていなかった。これは大失態であります。それならば原文を探して購入するのみである。そこで探し回ってようやく注文をしたのが以下のペーパーバックであります。「クリック中味検索」で少しだけ内容が読めるので、CDを流しておいて、内容が一致するかどうか試してみたらばっちりであります。明日には届くようであります。これにて一件落着であります。

あのソバカスだらけのローラは現在?美人になりました。

ひつこく「大草原の小さな家」シリーズ関連のことを調べています。偶然このような写真を発見しました。基本的にはテレビドラマシリーズは無視する方針でいますけれども。

以下[連載]ハリウッド版「あの人は今!?」
トム・クルーズも!? 華やかな男性遍歴を持つ『大草原の小さな家』のローラ
より引用

メリッサ・ギルバート(『大草原の小さな家』のローラ・エリザベス・インガルス役など)
 19世紀末のアメリカ西部開拓時代を舞台に、厳しい大自然の中で暮らすインガルス一家たちの日常を暖かく描いた名作ドラマ『大草原の小さな家』。同作で、次女ローズ役を演じたのがメリッサ・ギルバートです。そばかすだらけの顔に、お下げで出っ歯がチャームポイントのメリッサは、画面いっぱいに動き回り、純粋で無垢な心を見事に表現。お父さんとハグするシーンは視聴者に感動を与え、放送開始と共に大ブレイクしました。同作で演技力が高く評価されたメリッサは、史上最年少でハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムに殿堂入りするという快挙を成し遂げています。
 『大草原の小さな家』で理想的な家庭に育つ子どもを演じていたメリッサですが、実生活は理想とはほど遠いものでした。実の両親は連れ子同士で再婚したため、メリッサを妊娠した時「育てる余裕はない」と養子に出すことを決意。誕生した翌日、ハリウッド在住の役者夫婦の養子となったのです。養親はメリッサが8歳のときに離婚。養母に引き取られましたが再婚相手との実子(後に『Roseanne』でシュールな娘を演じ大ブレイクしたサラ・ギルバート)が誕生するとメリッサは家庭に居場所を見出せなくなってしまいました。
 そんな頃、『大草原の小さな家』への出演が決定。撮影開始当時9歳だったメリッサは、「撮影現場には暖かいファミリーがある」「昔の服を着て、ブーツを履いて、髪をみつあみして。毎日家族でキャンプしているみたい」と、仕事場から家庭の温もりを得るようになったのです。
 かわいがってくれた養父が11歳のときに脳卒中で急逝すると、『大草原の小さな家』で父を演じたマイケル・ランドンに父親像を求めるようになり、週末や休日もランドン家に入り浸るようになったそうです。マイケルの浮気騒動を知り、避けていた時期もありましたが、マイケルが亡くなる前には和解。
 大好きなマイケルに演じる素晴らしさを教え込まれたメリッサは、15歳でプロダクションを設立し、リメイク映画『奇跡の人』を制作。オリジナル映画でヘレン・ケラーを演じたパティ・デュークがサリヴァン先生として登場したこともあり、映画は大きな話題を呼びました。似たような子ども時代を送ったメリッサとパティは、この映画を通して深い友情を結んだそうです。
 10代半ばを過ぎると、メリッサは、女優としてのキャリアを着実に積み上げながら、ハリウッドのナイトライフを楽しむようになります。交際した相手は、トム・クルーズやビリー・アイドル、ジョン・テニー、ディラン・マクダーモットなど後の大物スターばかり。ロブ・ロウとは17歳から6年間、くっついたり離れたりを繰り返し、若きハリウッドスターのロマンスとして注目を集めました。ロブがナスターシャ・キンスキーと浮気した復讐に、メリッサがジョン・キューザックと浮気したりと、若いゆえにハチャメチャなこともしたそうです。2人は婚約もしましたが、メリッサの妊娠が分かった途端、ロブは婚約を破棄。メリッサは数日後流産してしまいました。
 ロブと別れてから7週間後、メリッサは脚本家ボー・ブリンクマンと電撃結婚し、世間を驚かせます。翌年は長男を出産しましたが、ボーがシャナン・ドハーティーと不倫したため1992年に離婚。95年に再婚した俳優のブルース・ボックスライトナーとも男の子をもうけましたが、妊娠7カ月目の早産で心身ともに苦しい思いをしたそうです。
 キャリアは相変わらず順調で、01年に全米映画俳優組合代表に選出され、05年まで代表を務めました。08年には原点に戻る意味も込めてミュージカル『大草原の小さな家』へ出演。演じたのはローラではなく母さん役で、09年からは全米ツアーも行いました。ちなみに、このミュージカルにはメリッサの次男も出演しています。
 09年には、子どもたちがある程度理解できる年齢になったから、と自伝書を執筆。整形手術を受けまくったことがあること、薬物を乱用していたこと、アルコール依存症であったことを赤裸々に告白し、ベストセラーとなりました。
 『大草原の小さな家』ミュージカル・ツアーで全米を回った際、行く先々でチャリティー活動も行ってきたメリッサ。ハリウッドの申し子と称された彼女は、今なおハリウッドの顔として活躍し続けているのです。

とうとう「大草原の小さな家」の原文をこうてしまったわい。


 英語がまったく駄目な私でありますが、なぜか原文を読んでみたくなったのであります。自ら発起して英語の本を買うなんて生まれてはじめてのことでなのです。やはり異常気象の影響というものがボケ頭にも多少影響を与えているのでしょうか。翻訳されているものは小学生の低学年でも読める優れものの児童文学書であります。
 そこで、なぜか私は無謀にも、「うん、この程度の日本語であれば、すらすらとはいかないまでも、おそらく英文でも読めるのではないか」と大いなる錯覚してしまったのであります。Amazonにしては珍しく出荷が2週間先というものでありましたが、昨日メールがきていて、2月の2日から3日にはお届けしますとありました。この本を買った理由にはもうひとつ訳がありまして、朗読のCDがついてくるのであります。今更英語を勉強しようなどとはひとつも思わないのですが、英文をながめ英文の朗読のなかにどっぷりと浸りその響きの良さを心ゆくまで味わってみようと思ったわけであります。

 最近はまったくといっていいほどテレビをみなくなりました。それでもたまにはドラマや映画はみたくなります。そこでネット上の無料映画をみることが多くなりました。おもにGyaoですが、そこでの放映はほとんど字幕スーパー付きのものであります。それらをさんざん見て思ったのは、中国語と英語の発音って全体的に心地が良いというものであります。作品としてみれば、圧倒的に韓国ものが面白いです。出典されている作品も多いということもありますけど。だからどうしても韓国ドラマや映画を見る機会がおおくなります。これはあくまでも現時点でのまったくの私感ということにもなりますが、韓国語は全体的に発音が汚いというイメージを持ってしまいました。自分でも驚いたのですが、中国語ってのは案外美しい響きを持っていることを発見したのです。中国の映画は韓国のものに比較すれば、ほんとにつまらないし、幼稚でありますが、さくがに最近の韓国のものは洗練されつつあります。でも観ていてほんわかするのは中国語の映画であるのはどうしてなのだろうかと思ってしまいます。
 韓国語・中国語に比較して圧倒的に馴染みがあるのはアメリカ英語であります。確かに英語での読み書きしゃべりはできませんが、接していてなんら違和感がないのは戦後アメリカ統治の影響だと思います。たぶん考え方まで洗脳されているのだと思います。だから以前にも書きましたが、2回以上読んでいる私の蔵書の98パーセントぐらいがアメリカの翻訳本なのであります。
 だから常に隔靴掻痒感がつきまとうことは仕方がないことです。それは適わぬ夢なのかも知れませんがいつか原書に直接ふれてみたいということでありました。これで少しは自分の夢に近づくことができるかも知れません。楽しみであります。

2009年12月28日月曜日

1円で購入した「大草原物語」がようやく到着した。


 最近大洗高校 マーチングバンド ブルーホークスの手先のようになってしまっていました。参ったな。
先日アマゾンマーケットプレスで1円で注文していた「大草原物語」がようやく届きました。やはり佐川急便のメール便でした。ヤマトのメール便ですともう少し速いんですけどもね。1円ですからこれでも大満足であります。書籍自体はなんの破損も汚れもなく、なんだか読んだ形跡すらないように思われます。

 作者はローラインガルスではなくてその娘のローズですね。大草原の小さな家シリーズの執筆にあたっては娘のローズの助言がかなり入っており、ある意味共著といってもいいような存在であります。ローズの文章はこれまでほとんど読んだことがなくて興味津々であります。むふふ

 最近読みたいなと思う本はほとんど新刊でなく古書みたいなものばかりで、書評を書いてAmazonで売れても、ほとんど売り上げになりません。いやはやです。それでも月に200円から500円ぐらいの手数料が入ってくるから感心してしまいます。ま、そんなことはどうでもいいのですが。年末年始の休みにのんびりと読んでみようかなと思っています。

 あ、そうそう、今年にわか百姓やった関係で、宮沢賢治をなんだか読みたくなってきています。これも古書を購入することになるんでしょうね。オレ的にはお金を使わなくて助かるんですけどね。

2009年12月24日木曜日

大草原の小さな家シリーズ 関連年譜2

先日「大草原の小さな家シリーズ 関連年譜」を書いたけれども、どうもテーブルタグがどこかでおかしいらしく前の部分が大幅に空いてしまう現象に見舞われた。原因不明であります。どこかでCSSが悪さをしているかも知れないけど、追求する気力がないのでそのままであります。

「大草原の小さな家シリーズ」の2回目を読んでいましたら、時代と場所の関係をもっと知りたくなってきたのです。それでローラからのおくりものという巻末に掲載されていた年譜を掲載してみたのであります。



1836年 1月10日、チャールズ・フィリップ・インガルス(とうさん)、ニューヨーク州キューバで生まれる。
たとえばローラがとうさんと呼んでいるチャールズ・フィリップ・インガルスはこの年譜によれば、1836年にニューヨーク州キューバ村に生まれています。アメリカは私にとってとても近い国でありますが、その実アメリカのことはほとんど知らないのであります。ニューヨクのあるところぐらいはウッスラと理解はしていますが、これまで地図をじーっと眺めたことはありませんでした。
また1836年という年は日本の元号でいえばどこにあたるのだろうかということです。現在平成何年かと問われますと、最近は西暦だけでものを考えていますのでまったくわからないのですが、昭和ぐらいまでのことは元号でいわれないとピンとこないのであります。

 余談になりますが、最近は西暦でしかものを考えていないといいましたが、私にとっての西暦の起点は1995年であります。その年はWindows95が発売された年で、そのインストール作業がウイルスのせいでかなりてこずった覚えがあるからです。確かフロッピーを8枚ぐらいまでインストールするとその先がまったく進まなくという現象がでてしまい立ち往生して四苦八苦したことを鮮明に覚えているからであります。いやはやばまったくの余談でありました。

1836年をググってみますとフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』が登場してきます。これによりますと1836年(天保7年)1月3日に坂本龍馬が生まれているんですね。だからチャールズが生まれたのは明治にもなってないことがわかります。

次に知りたくなるのは、南北戦争(1861年 - 1865年)から何年たっているのだろうかとか、独立戦争( 1775年 - 1783年)から何年たっているのっていう疑問であります。こうして書いてみるとアメリカのことはさっぱりわかっていないということであります。
だから私的には「大草原の小さな家シリーズ」はアメリカの歴史や地理・文化を知るうえでのいい教科書になりつつあります。

それに「大草原の小さな家シリーズ」ではクリスマスは特別なものとして描かれています。これはアメリカの宗教や文化知るうえでかなり重要なことではないかと思っています。どこまで踏み込めるかは未知数でありますがかなり面白いテーマだと思っているのです。

これよりずうーっと下のほうに改良版の年譜を掲載していますが、どうしてもテーブルの先頭の部分に大きな空白ができてしまいます。margin-top:0;padding-top:0;なんてやったけど、完全に無視されてしまいます。どこが悪んだろうかさっぱりわからずです。ものすごく単純なことを見逃しているのかも知れません。
ずーっと下のほうにスクロールしてみてください。地図を貼り付けてあります。それから独立戦争とか南北戦争の年もあらたに付け加えました。できれば地図にローラが移動した跡をつけたかったのですが、今の私にはどうやったらいいかわかりません。

























































1775-83アメリカ独立戦争
1807ヘンリー・ニュートン・クワイナー、生まれる。
1809シャーロット・ウォリス・タッカー、生まれる。
1810ローラ・コルビー生まれる。
1812ランスフォード・ホワイティング・インガルス、生まれる。
1836(天保7年)1月10日、チャールズ・フィリップ・インガルス(とうさん)、ニューヨーク州キューバで生まれる。1月3日に坂本龍馬が生まれる

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183912月12日キャロライン・レイク・クワイナー(かあさん)、ニューヨーク州マローン近くで生まれる。

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18572月13日、アルマンゾ・ジャイムズ・ワイルダー、ニューヨーク州マローン近くで生まれる。
18602月1日、チャールズ・インガルスとキャロライン・クワイナー、ウィスコンシン州コンコードで結婚する

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1861南北戦争はじまる
18639月23日、チャールズ・インガルス、ペピンの農場を買う。
1865南北戦争おわる。1月10日、メアリー・アミリア・インガルス、ウィスコンシン州ペピンで生まれる。
18672月7日、ローラ・エリザベス・インガルス、ペピンで生まれる。
18708月3日、キャロライン・センスティア・インガルス(キャリー)、キャンザス州モンテゴメリ郡で生まれる。
1871インガルス一家、ペピンの農場へ戻る。
1874インガルス一家、ミネソタ州ウォルナット・グローブへ移住する。
187511月1日、チャールズ・フレディリック・インガルス、ウォルナット・グローブで生まれる。
18768月27日、チャールズ・フレディリック、亡くなる。ミネソタ州サウス・トロイに埋葬される。
1877-77インガルス一家、アイオワ州バー・オークに住む
1879インガルス一家、ダコタ・テリトリーに移住する。
18858月25日、ローラ・インガルスとアルマンゾ・ワイルダー、ダコタ・テリトリーのデ・スメットで結婚する。
188612月5日、ローズ・ワイルダー、デ・スメットで生まれる。

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18898月、ローラとアルマンゾの息子が生まれるが、まもなく死亡
1890ワイルダー一家、ミネソタ州スプリング・バレーに移る。

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1891-92ワイルダー一家、フロリダ州ウエストヴィルで暮らす。
1892ワイルダー一家、デ・スメットに戻る
1894ワイルダー一家、ミズーリー州マンスフィールドへ移住する。

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190110月16日、グレイス・インガルスとネイト・ダウ、デ・スメットで結婚する。
19026月8日、チャールズ・インガルス、デ・スメットで亡くなる。
19093月24日、ローズ、クレア・ジレット・レインと、サンフランシスコで結婚する。
1910ローズの息子が生まれるが、まもなく亡くなる。
1911ローラ、「ミズリー・ルーラリスト」紙に初めての記事を書く。
19128月1日、キャリー・インガルス、デイヴィット・スウォンジーとサウス・ダコタ州ラビットシティで結婚する。
1915ローラ、パナマ太平洋万博を見るために、サンフランシスコのローズの家へ行く。
1918ローズとジレット、離婚する。
19244月20日、キャロライン・インガルス、デ・スメットで亡くなる。
192810月17日、メアリー・インガルス、サウス・ダコタ州キーストーンのキャリーの家で亡くなる。
1932大きな森の小さな家』出版される。
1933農場の少年』出版される。ローズの『大草原物語』出版される。
1935大草原の小さな家』出版される。
1937プラム・クリークの土手で』出版される。
1938ローラとアルマンゾ、太平洋岸をまわって、デ・スメットを訪れる。
1939シルバー・レイクの岸辺で』出版される。
1940長い冬』出版される。
194111月10日、グレイス・インガルス・ダウ、サウス・ダコタ州マンチェスターで亡くなる。『大草原の小さな町 』出版される。
1943この楽しき日々―ローラ物語』出版される。
19466月2日、キャリー・インガルス・スウォンジー、サウス・ダコタ州ラビット・シティで亡くなる。
194910月23日、アルマンゾ・ワイルダー、ロッキーリッジ農場で亡くなる。
1954アメリカ図書館協会がローラ・インガルス・ワイルダー賞を創設し、ローラが最初の受賞者となる。
19572月10日、ローラ・インガルス・ワイルダー、ロッキーリッジ農場で亡くなる。
1962わが家への道―ローラの旅日記 』出版される。
196810月30日、ローズ・ワイルダー・レイン、コネチカット州ダンベリーで亡くなる。
1971はじめの四年間』出版される。

1円の本を購入した。

Amazonで

という本を注文した。価格がなんと1円であります。もちろん古本だと思う。以下がこの本を得るのにかかる総コストであります。本なんてものは新刊であろおうが中古であろうが手に入れられればそれで大満足であります。

商品の小計: ¥ 1
配送料・手数料:¥ 340
-----
合計(税別): ¥ 341
消費税: ¥ 0
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合計: ¥ 341
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この配送分の合計:¥ 341

合計341円で欲しいと思った本が手に入ることは大歓迎であります。AMAZONが無かったら、こんな本は絶対といっていいほど手に入れるのは不可能だったと思います。神田にある古本屋街を一日中ほっつき歩いたとしてもシロウトの私には到底見つけられるシロモノではないと思います。
中古本は主にアマゾンのマーケットプレスというところで手に入れています。これまでなんどか購入しましたが、どれも完璧な使い古した本というのではなく、長いあいだ在庫としてどこかの倉庫に眠っていたような感じであります。しかもそのほとんどが「なんとか書店」というような個人なんだか法人なんだかわからないけれども、その対応はしっかりしています。
それにしても1円の値段でも売るというのはその本屋さんにとって、そのメリットはどこにあるのかさっぱりわかりません。340円の配送・手数料で儲けているのでしょうか?もちろん配送はメール便であります。メール便が普及したおかげで、書籍関係はかなり安い料金で送れるようになりました。これも世の中が進歩したおかげだと感謝しております。それにしても、それにしても、配送料を差し引いた200円代では手数料もでないような気がします。宛名を印刷して、丁寧に梱包してメールを送信してとその手間暇を考えると、私だったらやらないほうがいいという結論に達してしまいます。
これまでこれらの本を購入して失望したということは一度もないのです。最近は新刊本よりも圧倒的に昔の本を読んでいる私にとってはとてもありがたく重宝していますが、いつもいつも?マークが154個ほどでてきてしまいます。
このあたりの裏事情を知っている方があったら是非教えて欲しいものであります。

2009年12月21日月曜日

大草原の小さな家シリーズ 関連年譜

年譜






















































1807ヘンリー・ニュートン・クワイナー、生まれる。
1809シャーロット・ウォリス・タッカー、生まれる。
1810ローラ・コルビー生まれる。
1812ランスフォード・ホワイティング・インガルス、生まれる。
18361月10日、チャールズ・フィリップ・インガルス(とうさん)、ニューヨーク州キューバで生まれる。
183912月12日キャロライン・レイク・クワイナー(かあさん)、ニューヨーク州マローン近くで生まれる。
18572月13日、アルマンゾ・ジャイムズ・ワイルダー、ニューヨーク州マローン近くで生まれる。
18602月1日、チャールズ・インガルスとキャロライン・クワイナー、ウィスコンシン州コンコードで結婚する
18639月23日、チャールズ・インガルス、ペピンの農場を買う。
18651月10日、メアリー・アミリア・インガルス、ウィスコンシン州ペピンで生まれる。
18672月7日、ローラ・エリザベス・インガルス、ペピンで生まれる。
18708月3日、キャロライン・センスティア・インガルス(キャリー)、キャンザス州モンテゴメリ郡で生まれる。
1871インガルス一家、ペピンの農場へ戻る。
1874インガルス一家、ミネソタ州ウォルナット・グローブへ移住する。
187511月1日、チャールズ・フレディリック・インガルス、ウォルナット・グローブで生まれる。
18768月27日、チャールズ・フレディリック、亡くなる。ミネソタ州サウス・トロイに埋葬される。
1877-77インガルス一家、アイオワ州バー・オークに住む
1879インガルス一家、ダコタ・テリトリーに移住する。
18858月25日、ローラ・インガルスとアルマンゾ・ワイルダー、ダコタ・テリトリーのデ・スメットで結婚する。
188612月5日、ローズ・ワイルダー、デ・スメットで生まれる。
18898月、ローラとアルマンゾの息子が生まれるが、まもなく死亡
1890ワイルダー一家、ミネソタ州スプリング・バレーに移る。
1891-92ワイルダー一家、フロリダ州ウエストヴィルで暮らす。
1892ワイルダー一家、デ・スメットに戻る
1894ワイルダー一家、ミズーリー州マンスフィールドへ移住する。
190110月16日、グレイス・インガルスとネイト・ダウ、デ・スメットで結婚する。
19026月8日、チャールズ・インガルス、デ・スメットで亡くなる。
19093月24日、ローズ、クレア・ジレット・レインと、サンフランシスコで結婚する。
1910ローズの息子が生まれるが、まもなく亡くなる。
1911ローラ、「ミズリー・ルーラリスト」紙に初めての記事を書く。
19128月1日、キャリー・インガルス、デイヴィット・スウォンジーとサウス・ダコタ州ラビットシティで結婚する。
1915ローラ、パナマ太平洋万博を見るために、サンフランシスコのローズの家へ行く。
1918ローズとジレット、離婚する。
19244月20日、キャロライン・インガルス、デ・スメットで亡くなる。
192810月17日、メアリー・インガルス、サウス・ダコタ州キーストーンのキャリーの家で亡くなる。
1932大きな森の小さな家
』出版される。
1933農場の少年』出版される。ローズの『大草原物語』出版される。
1935大草原の小さな家』出版される。
1937プラム・クリークの土手で』出版される。
1938ローラとアルマンゾ、太平洋岸をまわって、デ・スメットを訪れる。
1939シルバー・レイクの岸辺で』出版される。
1940長い冬
』出版される。
194111月10日、グレイス・インガルス・ダウ、サウス・ダコタ州マンチェスターで亡くなる。『大草原の小さな町 』出版される。
1943この楽しき日々―ローラ物語』出版される。
19466月2日、キャリー・インガルス・スウォンジー、サウス・ダコタ州ラビット・シティで亡くなる。
194910月23日、アルマンゾ・ワイルダー、ロッキーリッジ農場で亡くなる。
1954アメリカ図書館協会がローラ・インガルス・ワイルダー賞を創設し、ローラが最初の受賞者となる。
19572月10日、ローラ・インガルス・ワイルダー、ロッキーリッジ農場で亡くなる。
1962わが家への道―ローラの旅日記 』出版される。
196810月30日、ローズ・ワイルダー・レイン、コネチカット州ダンベリーで亡くなる。
1971はじめの四年間」出版される。




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ニューヨク市キューバ村は北緯42度は北海道の旭川や函館にあたります。

2009年11月18日水曜日

大草原の小さな家シリーズ「農場の少年」


農場の少年―インガルス一家の物語〈5〉 (福音館文庫)


 今年前半に一度読んだ「大草原の小さな家」シリーズを再び読み返しています。1巻の「大きな森の小さな家」は娘が寮に持っていったきりなので、読むことができない。
 だからいくら身内だといえども、本を貸すの好きじゃないんだ。貸した書籍のほとんはまずは返ってこないことを覚悟すべきですね。

 児童文学書なんてものをおおまじめに読むのは初めてのことではないかとも思う。でも思い出してみればロビンソン・クルーソーとか15少年漂流記なんてのも児童文学書の範疇に入るのでしょうから、そうでもないのかも知れません。もともとそんなジャンルわけすることに意味はないし、面白ければそれでいいではないかと思うのだけれども。

 ローラインガルスの主な著書は以下の9冊になっています。テレビドラマのタイトルは3冊目から取っていますね。一連の著作を読んでいきますと、ドラマのほうの後半部分はかなり違っているのではないかと思われますが、別にそれに異議を申し立てるつもりはありません。原作と映像はまったく別ものと考えるのが正しいのですから。
 まして、もともと「大草原の小さな家」を知ったのはNHKで放映されていたテレビドラマなのですから、私にとっても原作はテレビドラマということになります。


  • 大きな森の小さな家

  • 農場の少年

  • 大草原の小さな家

  • プラム・クリークの土手で

  • シルバー・レイクの岸辺で

  • 長い冬

  • 大草原の小さな町

  • この楽しき日々

  • はじめの四年間


 「農場の少年」は他のシリーズのものとはかなり異質なものになっています。後のローラの夫になるアルマンゾの少年時代のことを中心に書き表しています。ここでは開拓者一族のインガルス一家もローラも一切でてきません。アルマンゾの一家は開拓者というよりも、すでに定着して安定的な農業経営をおこなっている比較的裕福な家庭を中心に馬を中心に動物好きのアルマンゾ少年の成長していく姿が描かれているのであります。シリーズのなかでアルマンゾが登場してくるのはかなり後になりますから、ここでわざわざ読む必要はないのですが、ローラの作品の発表順に読んでみようとことで、今回はあえて読んでみました。

 ローラワイルダーは最初これほどの作品を書こうと思っていなかったようで、最初に出版された「大きな森の小さな家」が評判が良かったので、二作目に「農場の少年」を書いただけのようであります。その後はきっちりとシリーズ化されて、年代順に書き進めていったようであります。

 特筆するべきは、これらの作品はすべて60歳を過ぎてからのものばかりのようであります。60歳過ぎてから急に筆を執ったということではなくて、地方紙等にコラム等を時々投稿しており、それなりの評判を得ていたらしいのであります。これらの一連の作品を発表するにあたっては娘のローズの多大な尽力があったようであります。

農場の少年目次



  • 学校

  • 冬の日暮れ

  • 冬の夜

  • 思いがけない出来事

  • 誕生日

  • 氷蔵の仕事

  • 土曜の夜

  • 日曜日

  • 子牛馴らし

  • 冬から春へ


  • 金物行商人

  • ふしぎな犬

  • 羊の刈りこみ

  • 晩霜

  • 独立記念日


  • るす番

  • はやい取り入れ

  • おそい取り入れ

  • 郡博覧会

  • 冬のおとずれ

  • 靴づくり

  • 小さな二連橇

  • 脱穀

  • クリスマス

  • 丸太運び

  • トンプソンさんの財布

  • 農場の少年


 本当はアメリカの地図と年表を手元において読み進めておけば、もっともっと深く作品を味わえるのかと強く思います。独立戦争から何年たっていて、南北戦争はいつだったのか、そしてその頃の日本はどういったことをやっていたのかを比較して読み進めていけば、現在のアメリカの姿もある程度つかめるような気もするのですが、本来の無精が災いしていて、未だなんの準備もしないで読んでいるあたりが情けない。
 確かテレビドラマのなかでは、ケンタッキーフライドチキンの創始者のおじさんもちらっと登場する場面も記憶していますし、西へ西へと西部開拓者は移動していくのですが、それは横断鉄道が西へ西へと延伸していくのに併せています。基本的には西部開拓史の一旦を垣間見ることであるようであります。

 現在秋田で百姓の真似事らしきものをやっていますが、開拓というのはそんなものの百倍から時としては五百倍ほど過酷なものだったんだろうと想像がつきます。もっともこれらの書籍から刺激を受けて超時代錯誤な百姓の真似事をやってみようなんて思ったのも正直なことであることを白状しておかなければなりません。