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2012年8月23日木曜日

ヨロコビのチャーハンなのだ


 いつも夜が明け切らない頃に家をでて散歩をする。具体的には鳥や蝉が鳴き始めるのを合図に活動を開始するわけだ。さすがにこの時間になると気温も申し訳程度に低くなりこれまでの闇を支配していた爛れたような空気が少しだけ引き締まったように感じる。そう感じるのも完全に太陽が顔を出してしまえばいつもの灼熱のグデグデな夏に戻ってしまう。
 そうなる前に散歩だけは終わしてしまおうという魂胆である。最近はどうにか1時間弱の散歩に耐えられる体力はついてきたと思っている。こんどはせっかくつけたこの体力を何とか持続しなければならないと躍起になっている。
 何をやるにしても一番先にくるのは体力だということを痛感しているのだ。だからかなり真剣に取り組んでもいるのだ。

 この予定された一時間弱の散歩だけをやれれば疲れ果てて、その日は一日中ダウンしても構わないぐらいの気持ちでやっている。

 それで最近少しだけ散歩には自信を持てるようになってきたような気がする。こうして少しだけでもいいから何か自分で自信が持てるように仕向けていくってのは大事なことだと思う。
 俺的には散歩もそうだが、毎朝の圧力鍋による玄米粥作りとか、夕食用の白米炊きとかを毎日続けることによって出てくる自信というものが大事だと思うようになってきた。
 それはなんであってもいいと思うのだ。他人にとっては取るに足りないようなことであっても自分にとって大事だと思えるものなら何でも構わないのだと思う。

 そういえばもう一つ懸案だったことがひとつできるようになった。これも俺の自信につながっていくことは確実だと思う。

 夏休みで必然的に、昼の間子供たちが家にいることが多くなる。普段の日の昼ご飯は自分の分だけ簡単に作って済ませているが、最近は子供たちの分も一緒に作ってやることが多くなった。逆に自分が疲れて作りたくない時は子供たちに作ってもらう。さながら合宿をやっているような気分に襲われる。
 子供たちを小さい頃にキャンプで煮炊きを鍛えたので基本的なものはそれぞれ作れるようになっている。小さい頃からキャンプに連れ歩いた利点はこんなところに現れている。

 で、その日は娘が中途半端な時間に台所にきたので、チャーハンを作ってやることにした。それというのもチャーハンでは試したいことがあったのだ。都合のいい事にちょうど余り物のご飯をタッパーに入れて冷蔵庫に入れてあった。
 試したいことというのは、予め炒り卵を作るのではなく、冷ご飯に直接生卵を溶いて混ぜ合わせてしまう。そうすれば米自体が卵でコーディングされてうまい具合に炒めることができるというものだ。かなり前に確かテレビ番組でやっていたものである。いつか試そうと思っていたのだ。
 でそれは旨くいったので、これからはチャーハンを作る時はこれでいこうと思っている。そこで思わね収穫があったのだ。それはフライパンの上の米の天地返しであります。その時はたまたま娘一人分のチャーハンであったから、分量も少なくそれが大きく貢献したのだと思ったのだが、フライパンを左手に持って手首を返して、炒めている具材を空中に放り投げてひっくり返す技である。これがどうしてもできなかった。と同時にどうしてもやれるようになりたかったのであります。これができるかどうかで、なんとなくプロとアマの違いのように感じられ、味なんかどうでも絶対に格好がいいと思う。これができないんだったら料理なんかやらなければ良いというぐらいに思いつめていたのであります。なななんと、これが別に意識しなくてもなんなくできてしまったのです。

 これは嬉しい。限りなく嬉しいです。それからこれでもかというぐらいに何度も何度もひっくり返してみました。そして娘をわざわざガス台の近くに呼んでやっと修得した技を何度も披露したのであります。
 当然その日の昼ご飯は全員チャーハンということになり、自分の手首が痛くなるほど何度も何度も天地返しをやり続けたのです。やっているうちに段々と高く舞い上がるようになって、同時に自分の高揚した気持ちもチャーハンと一緒に高く空中に舞い上がり続けるのでありました。

2012年8月21日火曜日

目指すは日本で一 番の飯炊き男


 昨日はまさかのアクシデント(二日酔い)で一日中ダウン状態であった。散歩もできなかったどころではなく、激しい頭痛に襲われて、午前中は完全に死んでました。午後からはどうやら持ち直したが、到底ブログなど書く気にもなれなかった。おいおい二日酔いでなくても最近のブログはサボリ気味ではあるが、書けないという明確な理由があるだけまだましという理屈もあるが。

 一転して今朝の気分は爽やかである。旅に出る前に2時間とちょっとかかっていた散歩コースを今朝はなんと半分の1時間で歩き切ることができた。出だしからオーバーワーク気味だったので、必死にペースを落とすことに努めていたのだが、いつの間にかオーバーワーク事なんてまったく気にならなくなっていた。気がついてみたら半分の時間だったというわけであります。
 今朝は実に気分がいい。しかし、明日以降これ以上ペースを上げるのは危険だと思う、調子に乗りすぎると後のしっぺ返しが怖いのである。ぼちぼちがいい。別にオリンピックに出るわけじゃないんだから。明日からまたスローダウンして超ノロノロ散歩に切り替えることにする。

 散歩から帰ってきてシャワーを浴びて、昨日から水に浸して用意してあった玄米1合と冷凍庫にある骨付きの鶏肉の塊2個を圧力鍋に放り込んでガスに火をつける。ここのところ自宅にいる時は毎朝のように鳥玄米粥になっている。旅から帰ってからは尚更その腕を磨くように努めている。それというのも次回の旅から朝ごはんに玄米粥を採用しようかと考えているからだ。旅先で料理に失敗するとかなり惨めで悔しいものなのだ。だからそれを避けるために普段から調理の練習を重ねることにしている。アウトドアだからといって普段やり慣れていないことをニワカにやってはいけないのだ。

 玄米粥をアウトドアに持ち込むことを決めてから急速に浮上してきたのは現在の旅ではパックご飯を常用しているのだが、これを何とか普通の米から炊くことが出来ないかということであります。
 玄米粥の場合は誰がやってもほとんど失敗をすることはない。かなり多めの水を入れるので焦げ付く心配もないし、少々水ぽくてもそれは粥なんだから決して失敗にはあたらない。しかしこれが普通のごはんを圧力鍋で炊くとなるといきなり事情が違ってきてしまう。以前このブログに書いたことがあったが、一時期圧力鍋ての炊飯には絶対的な自信を持つまでになっていたが、最近は電気炊飯器に任せきりになってしまっていて、もうまったく自信を持てないような状態になっている。やはり何事もサボってはいけませんね。多少圧力鍋で炊いたものよりも味が劣っても、電気炊飯器の利便さに負けた形になっていたのです。この旅行中にある車中泊の方との会話から再び圧力鍋でご飯を炊く必要性を感じたわけであります。
 というのも先日のブログで「こんなところまできてもテレビが見たいのか!?」に登場してきた大阪ナンバーの軽のワンボックスの旦那さんと話をしていた時に、サブバッテリーを装備しており、2合炊きの電気炊飯器を使っていると聞いた。彼によると、これがかなり便利で車中泊には欠かせないという話であった。サブバッテリーで炊飯器を使うには普通の炊飯器では容量が大きくてダメなのです。ですから小さな炊飯器を探さなければなりません。私の場合はAC・DCコンバーターが最大800ワットですからそれ以下の炊飯器を探さなければならないわけであります。帰宅してからさっそくネットで探してみました。確かに小さな容量の炊飯器はたくさん売られていました。でもよくよく考えてみれば、電気炊飯器は莫大な量の電気を消費します。せっかサブバッテリーを装備していても、ご飯を炊くだけに蓄電したエネルギーの大半を消費してしまいかねません。私のサブバッテリーはあくまでもパソコン用なのでそれはどうしても避けなければなりません。そこで思いついたのが圧力鍋でごはんを炊くことであります。電気炊飯器で炊けば30分ほどもかかるところを圧力鍋であればたったの5分ほどで済んでしまうし、エネルギーの消費量はかなり少なくて済んでしまいます。
 そこで2日ほど前から再び圧力鍋での白米を炊く練習を始めました。昔取った杵柄といいいますか、最初の頃はちょっと水加減が多くて柔らかめだったのですが、最近は以前にも劣らぬ旨いご飯を炊くことができるようになってきたのであります。毎日のようにご飯を炊くわけでありますから、毎日が練習になるわけであります。これがまたやってみると結構面白いのであります。

目指すは日本で一番の飯炊き男であります。いやはや

2012年8月8日水曜日

毎日1時間程度の散歩のヨロコビ

 ようやくコンスタントに毎日1時間程度散歩しても異変を起こさない体を作ることに成功したようだ。

「なにいってのコイツ!?」

 普通の人にとってはなんていうことがないことだろうが、意識して歩かない限り、一日50歩も歩けば良いほどの生活を毎日送っていた身にとっては大変なことでありました。

 一時期ようやく体を慣らして2時間ほど歩けるようになることはなったのですが、それをやると腰が痛いし、情けないことに全身が筋肉痛に襲われてしまって、それ以降どうしても歩く気がおこらず難儀しました。ここで歩くというのは足腰だけでなく全身運動なんだということを始めて知った次第なのです。なんとナサケナイ

 人間というものは余計な向上心なるものをどこかに持っているらしくて、ちょっと歩けるようになると、無意識にでも、もっと速く、もっと遠くにと考えるようであります。まるでオリンピックにでも出るような錯覚を起こすのです。これがいけません。
 また、他の人が散歩していると、どこかに負けたくないという気持ちが起こったり、こんなにヨタヨタ歩いているのは見っともないなんていう気持ちが芽生えたりして、これもまったく良くありません。

 足腰が痛まないで毎日コンスタントに散歩できる方法はないかと、考えぬいた結果、ゆっくりのんびり歩くことだという結論に達したのであります。やって見るとこれがまた難しいのであります。だから最初の頃は常に自分に言い聞かせなくてはいけませんでした。「急ぐことはないから、ゆっくりのんびり歩くんだぞ」と。

 歩く速度なんていうのは競歩ではないのだから、元々それほど速いものではありません。車を運転して時速40kmで走っていて80kmに上げて走れば倍の距離を走ることができますが、徒歩なんていうのはたかが知れています。だからのんびりゆっくりの歩きに変えても、歩く距離がそれほど変わらないということを身を持って体験しました。
 おかげで毎日1時間ほどの散歩をこなすことができるようになりました。だからどうしたと云われても困ってしまうのですが。

2011年5月14日土曜日

市川市 須和田公園 界隈

 ようやく雨があがった。3.12の福島原発の核爆発以来「春雨だ濡れていこう・・・」なんてことには決してならない悲しさよ。
 こんな記事があった。「柏、松戸、流山、三郷のホットスポット」

関東の一部に放射線の強い場所があります。柏、松戸、流山、三郷の4市です。放射性物質は「県境」などは判りませんから、測定値に従って行動することが必要です.

 洒落にならない。市川という文字が入ってないことで無理矢理ほっとするところがあるが、放射性物質は「県境」が判らないのなら「市境」だってわからなだろうってことだ。こういうのを「青天の霹靂」っていうんだね。

 松戸、流山、三郷なんていうのは東京都金町浄水場および市川の取水口の上流もしくは同地点にあたるのだから、無事では済まないだろうと思う。汚泥汚染の情報は流されているけど水道水汚染の発表はまるでないですね。あってもどうしようもないけどね。
 遠く離れた神奈川県南足柄市内の「足柄茶」の出荷自粛という事態にもなっているのだから、これからどんどんとこういう放射能汚染のニュースが流れてくるだろうと思う、しかも後出し小出しにね。

 雨上がり後の植物はキラキラして美しい。特に新緑の5月のころは緑が萌えあがって命の逞しさを感じます。ついつい木々の艶姿に見惚れてしまいます。

 お散歩カメラを持ち歩くようになってからは、周囲を一層注意深く観察するようになりました。以前の散歩は万歩計で最低1漫歩は歩かなくてはとか、この距離をスピードをつけてより早くなんてことばかり考えていましたが、今はのんびりと他所様の家の庭の草花をじっくり観察したり、カメラの設定をいろいろ変えて試したりと、その足取りは遅遅として進みません。
 これまで掲載してきた自宅周辺の写真はウソといえばウソだと思います。そこには自分の気持ちに都合の悪いごちゃごちゃとした町並みや、使い古した生々しい日常の風景を極力排除しているからです。花草木を極端にクローズアップしてトリミングしてしまって集めれば、いかにも大自然のなかにいるような心地よさを感じます。
 遠くへでかけるだけが旅ではないということ知ったような気がします。非日常を求めて旅にでますが、日常のなかにも非日常を現出させられるのではないかという思いに至っているのです。たとえ森の中に住めなくても想像という能力を駆使することによって森の中にも草原にもぽつりと独り住み続けることができるのではないかと思い始めています。
 私を良く知る人はこの時期に自宅にいるのを訝しんで、「あれ?まだここにいるの」「どこへも出かけないの」と不思議そうに尋ねてくる。自分でも不思議なくらいに昨年までの放浪癖はなんだったんだろうと思えるぐらいに、内奥から突き上げてくるような旅にたいする情熱が消え失せていることを感じてしまう。もう私という人間は燃え尽きてしまったのだろうかと吾ながらいささか心配になってしまう。
 雨が降っていない限りは、散歩にでて、この公園のベンチに座って思索することにしている。と書きたいところだが、思索なんてものはとてもできない。なにかについて考えようとしても心はちぢに乱れており、まったく関連性のない断片的な思いがランダムに現れては消えてゆく。それが、ひとつのテーマに絞ろうとすればするほど、それをあざ笑うかのように、まったく纏まらない。
 そしてその結論はというと、「そろそろ昼だな、注:ライフに寄ってなにか食い物を買って帰ろう」という実に情けないものなのだ。

 注:ライフ=近くのスーパーマーケット

2011年5月6日金曜日

正統 中華料理屋さんのラーメンが食べたくて 市川 芙蓉亭

春の花々が終わってしまった後は、すべて新緑に蔽われてしまって、撮るべき花もなくなるのではないかと危惧していたのだが、どうもそうではないらしい。
From うろんな日々
 一時期上記の理由でカメラを持たないで散歩に出ていたが、結構目新しい花々が咲き始めているのを発見して、「悪かった、悪かった、私が悪かった。許してちょーだい」と悔悛の情を現わし、再びカメラを持ち歩くことにした。例によって花以外の余計な汚い人工物を排除するのに苦労をする。実際は自宅のごく狭い範囲を徘徊しているだけであるから、雑多な建造物が入り交じっているなかにポツンとした別世界が存在しているだけなのです。この考え方が正しいのか正しくないのかの判断はいまのところつかない。あるがままの風景をあるがままに撮影するのが正しいのではないかとも思うが。どうだろうか
From うろんな日々
 一番最初の写真はフラッシュを焚くべきだったと反省する。たんにバカチョンカメラ的にシャッターを押すだけの能力しか備えていない私でありますが、毎日のようにカメラを持ち歩いていると、それなりに考えるようであります。ならばシャッター速度とかシボリとかを勉強すればいいのにとも思うのだが、こればっかしは何度挑戦しても挫折するので、最近は極力避けるようになってしまっています。情けない。
 そこで思いついて画像ソフトを駆使して露出補正をやってみた。それが2番目の写真です。おお、これでいいじゃないですか。1番目の写真を出さなければ、何をやったかはわかりませんね。ただいちいちこんな修正をやるのは限りなく面倒なだけであります。
 しかし、それにしてもバカチョンカメラから離れようとすると極端に難しくなるのがカメラなんですね。やはりいくらデジカメが普及して素人カメラマンが増えたとしても、プロはやはりプロ並みのテクニックと感性を持ち合わせているものだと思い知らされることが多い今日この頃であります。
From うろんな日々
 さて前置きが長くなりました。と書いてから、だいたいこのブログはいつも本題っていうのがあるのかという疑問がちらっと頭を掠めました。全文が前置きといったら前置きで成り立っているような気がします。まったくまとまりのない人間が醸し出す文章ですから、当たり前といったら極当然なことなのでありますが。
 本日の散歩の目的は決まっていました。それは先日花見の時に寄った中華屋さんで昼飯を食べるということであります。
 自宅周辺では、ここ10年ぐらいの間に小さな食堂が次から次へと姿を消してしまって、ラーメンや蕎麦の出前を頼むことも出来なくなっていますし、ちょっとお昼を外で食べようと思い立ってもいちいち車で出かけなくてはならない状況になっています。もともとそんなに多くの飲食店があったわけではありませんが、ここ数年はまったく無くなってしまいました。
From うろんな日々
 原因としては、小さな飲食店は相当の経営努力をしなければ、大手外食チェーンには太刀打ちできなく、淘汰されつつあったのもありますが、衰退傾向にあった小規模店舗に致命的な追い打ちをかけたのが外環道路建設のための大規模な立ち退きで要請であります。なにせ本当に大量の立ち退きでありましたので、その跡地はガラーンとしたものであります。たんなる住宅地において、住宅がなくなってしまったのですからたまりません。
 周囲には飲食店のみならず、八百屋さんも魚屋さんも肉屋さんも・・・・・ありとあらゆるお店が消えてしまいました。残っているのはスーパーが3軒とチェーン店の薬局が2軒ファミレスが1軒という惨憺たる結果となりました。時代の流れといえばそういえなくもありませんが。
From うろんな日々
 そんななかで、自宅からゆっくり歩きですと25分ほどのところに化石のような中華料理屋さんが残っていたのであります。一昔前であったら、ちょっとした街には数件は当たり前のようにあったお店であります。中華料理といっても、カレーライスもありますし、野菜炒め定食とかニラレバ炒め定食なんていうものもごく普通に提供している街角の食堂といったところでありましょうか。そこでは当然ラーメンもありますし、チャーハンもありますし、カツ丼からトンカツに煮カツ定食なんていうものもあります。トンカツが中華料理かどうかははなはだ疑問に思われますが当時の私にはなんら違和感のないものでありました。
 そのお店は格別旨いといったものではないけれども、決して不味くはないのです。そんな懐かしい正統中華料理屋さんを目指したのでした。
From うろんな日々
 最近はラーメンを食べるとなると、専門店が増えてきていまして店自体が、「オレんとこのラーメンは他とは違うかんね、君たち心して食べなさいよ」なんて妙に勘違いも甚だしく勝手に威張っている店が増えました。
 そんな中に昔ながらのスタイルで店構えも決して目立たずに、しかも家族中心でやっているらしくそのチームワークも微笑ましいものがあります。以前は「汚い店ほどおいしい」なんてとんでもない迷信がはやった?ことがありましたが、私から言わせると、汚い店は、もうそれだけで不味いと思っており、このお店はいついっても小綺麗に掃除が行き届き、飛び散った油でギトギトなんてことは決してありません。この清潔感だけで好印象を持ってしまいます。
From うろんな日々
 妻はタンメン、そして私は広東面を頼みました。そしてもう一品ニラレバ炒めを単品で頼みました。麺類も食べたかったのですが、この芙蓉亭のニラレバ炒めも食べたかったのであります。ウン十年前にまだサラリーマンをやっていた頃に時々この店にひっかかってはニラレバ炒めにビールというものを引っかけてから自宅に帰ったことがありました。その時の味が忘れられなくて注文したわけであります。味は思っていたほどのこともありませんでしたし、ニラレバというには当時のニラの量からすれば少なかったような気がします。私の記憶違いなのかも知れませんが。ただ麺類の上に載っている野菜量もかなり多くて、それにニラレバ炒めのニラの量こそ少なかったが野菜の量が多くて久しぶりに大量の野菜を食べたという満足感に浸れました。

2011年5月5日木曜日

安近短? 自宅の周りをただ徘徊しているだけの ゴールディンウイークなのだ

 いつの間にか新緑が眩しい季節になりました。連休に入りましてどこへ出かけるでもなく、毎日自宅でいつもとまったく変わらない生活を続けています。ひとつだけ違うのは妻と一緒に一時間ほどの近所の散歩にでかけていることであります。いつもは一人での散歩でありますが、二人だといつも見慣れた近所の景色が違って見えたりする場合もあるということを発見しました。
 左の写真は自宅から10歩ほどのところにある神社の森といったほどのことも無いのですが木々の若葉であります。本当は電柱やら電線やらがごちゃごちゃしているところなのですが、それらが写り込まないように苦労しました。写真だけみるとどこか遠くの山の中のようであります。

 自分ではあまり気にしていなかったのですが、「お父さんと一緒に連休を過ごすのは久しぶりだね」ん?妻は何をいってるのだろうか。三歩あるけば今朝のことだってよく覚えていない痴呆気味の私なので、何をいわんとしているのかを理解するのに、5分43秒ほどの時間を要した。
 そっか、そう言われてみれば、ここ数年は一人で勝手にあっちゃこっちゃをふらふらしていたことをようやく思い出した。私の場合はいつも連休にあわせて出歩いていたのではなく、出かけているうちに気がついたら連休が過ぎていたというほうが正しいのであります。
 それは毎年のことでありますが冬眠から目覚めた熊のように3月の声を聞いて、梅の花なんかが咲けばもうアドレナリンがドクドクと際限なく出まくってしまい「まだ我慢、も少しガマン、ここいらは少し暖かくなったが、お前のウロツキそうなところはまだ寒いまだ寒い。もうちょっとの我慢だぞぽー・・・・」と自分に言い聞かせる辛い日々が始まります。しかし4月という暦に移れば完全に自制心というものを失ってしまい、逃げるようにして家出を繰り返していたのであります。
 今年はアドレナリンが出ようとしている時に、東北北関東の大地震に襲われてしまって、カウンターパンチを食らったような格好になってしまい、ずるずると自宅に居座り続けてしまいました。
 被災した方々の画像を見続けていたら、私も被災したような感覚に襲われて、塞ぎ込む毎日が続きました。一種の鬱状態といったものでしょうか。別段自粛をしているわけではないのですが、金縛りといいますか、どこへも出かける気力も湧いてこないのです。ま、こんなものは放っておけば自然に治癒するものだと思います。
 昨日も妻と二人で別段どこへ行くというあてもなく、ブラブラ散歩に出かけましたら。思いがけずに鯉のぼりの大群に出くわしました。「国分川鯉のぼりヘェスタ」というらしいです。近年中々大きな鯉のぼりが大空を泳ぐ風景というのにも出会わなくなりました。近所の農家が毎年太い柱に大きな鯉のぼりを泳がせていたのですが、今年はその気配がありません。自粛しているのでしょうか。ちょっと寂しい気がします。
 またこの「国分川鯉のぼりヘェスタ」の規模も何年か前に見たときときの規模の5分の1ほどに縮小されているような気がします。話はそれますが、この国分川というのは以前にもどこかで書きますが、日本で一番か二番を競うほどの汚い川なのだそうです。実際川面を覗きますとひえーーと声を上げたくなりそうです。遠くから見る分にはわかりません。
 その驚くほど汚染された川で時々釣りをやっている人を見かけます。なんといいますか釣り人のさもしさが伝わってくるようでもあります。(ケー坊読んでいるか?)
 そんなこんなでごくごく平和な連休を過ごしています。本日も今から散歩にでかけます。安近短なんていうもんでなく、自宅の周りをただただグルグル徘徊しているだけの、まったくのゴールディンウイークであります。

2011年4月15日金曜日

国分村の懲りない面々

 前日の土曜日は風さえなかったら、絶好のお花日日よりだったのだろう。実際金曜日の夜にウスラバカのぽーは突然に「明日は久しぶりに花見にいくかんね」とトロンとした目でのたまっていたくらいなのです。しかし、当日の風はプルトニウムとセシウムとをごちゃまぜにして吹き荒れていたので、さすがに花見と洒落るのもいささか躊躇われて断念してしまった。
 翌る日曜日は昨日来の風はすっかり収まっており、のんびり歩いて花見をするには最高の設定でありました。千葉県議会議員選挙の投票日ということでもあり、妻とふたりそれぞれ投票権を持って、投票所に向かいまずは投票を済ませる。投票の後でさてどこへ花見に行くかということになった。市川というところは案外花見をする場所には恵まれていて、ちょっと迷った末に、なにはともあれ真間山弘法寺伏姫桜を見ておかなければなるまい。それで体力と時間に余裕があったら里見公園あたりまで足を延ばして、最後は須和田公園というコースをとろうということになりました。
 妻は普段通勤にも買い物にも自転車を利用しており、あまり歩くことに慣れていない。私にも経験があるが、自転車で使う筋肉と歩くという筋肉はまるで違うものであります。最初妻はひいひい言ってましたが、私はカメラを持ってましたので、あっちでパチリこっちでパチリと中々進まないのが功を奏したようで、歩くのは結構気持ちがいいねなんていうようになりました。
 最初の目的地真間山弘法寺に到着した時にはすでにお昼の時間になっていました。お寺の桜を堪能した後、近くにある中華料理屋さんを思い出した。私の周辺からは昔懐かしい中華料理屋さんというものが、まったく姿を消していたので、懐かしくなって入ることにした。ここはサラリーマンをやっていた時に酒呑んで腹が減った時に良く立ち寄ったところであります。
 食事を終えて腹も満ち足りてくると、花よりも団子ということで、里見公園まで足を延ばすというのも億劫になってしまい、須和田公園の桜を愛でながら帰宅しようということになりました。相変わらず私はパチパチとシャッターを押し続けながらのんびりと歩きます。ようやくのことで須和田公園の入り口に到着です。
 さすが須和田公園です。ブルーシートを敷いての花見客がたくさんいます。私は空いているベンチに座って一休みであります。妻は元気が回復してきたのか、公園のあっちこっちの桜を見て回っています。

 こうして私の長い日曜日が始まるのでありました。

 左の写真は、偶然撮ったものであります。その時にはそこで屯(たむろ)して酒を呑んでいる連中が誰だかはまったく気づいていなかたのであります。少々疲れたのでベンチに座って、我が世の春と咲き誇る桜を眩しげに眺めて数秒たったら、どうも後ろ方で酔っぱらいどもの呼ぶ声がするのだ。最初なにがなんでも私を呼んでいるとは微塵も思わず、しらんぷりを決め込んでいた。「おい、ぽー」「ウスラバカのぽー」
 なに?オレを呼んでるのかい。??????後ろを振り返ってみるとそこには国分村の懲りない面々が真っ赤な顔をして酒盛りの真っ最中なのであります。
 それから後は言わずもがなところでありまして、期せずしてながーーーい一日が始まったのでありました。
 

2011年4月13日水曜日

いつのまにか家の近くに防犯カメラが・・・

 家の近くの道路の上にこのような貼り紙、これ紙じゃないな。とにかくこんな感じのものが描かれていた。いつやったのかはわからない。本当にカメラがついているのか電柱の上を見回してみたら、確かにカメラシステムのようなものを1個確認することができました。そうかオレもとうとう役所から監視される人間なってしまったのかと思った。

 今の私にとっては監視カメラがつくのはいいことなのか、悪いことなのかの判断はつきません。確か県境の道路には必ず監視カメラがついていて車の出入りをチェックしているという話を聞いたことがあります。私も発作的であっちの町、こっちの村とほっつき歩くことがありますが、その時に注意してみると結構その存在を確認することができます。

 私の住んでいるところは繁華街などではなく、閑静な住宅街なのですが、そんなところにもカメラがついたということは、もっと賑やかな場所では、ここの数倍いや数十倍の監視カメラが稼働しているのだろうと想像がつきますね。確かにいろんなところに監視カメラがあると思わせればある程度の抑止力になるのかも知れませんね。
 最近では電車のなかにも監視カメラをつける動きがあるし、実際についている車両もでてきていますね。この場合痴漢の抑止といったものが主なものなのでしょうが、痴漢で問題になっているのが冤罪ですね。これは悲惨なものがあります。私などはここウン十年ラッシュアワーの電車には乗ったことがないので、毎日冤罪の恐怖におびえて通勤する人たちのストレスといったものも無視できないものだと思いす。

 これと同じところに放射能測定器ってのをつけてくれればなと思います。そして、そこで「只今の放射能測定値は0.082μSv/h」なんて表示してくれればいいのにと思います。ただし「ただちに健康に害を及ぼすものではありません」なんていう文言はなしでね。

全国の放射能濃度一覧

2011年4月6日水曜日

ソーラ発電と風力発電を組み合わせた小さなシステムを発見した。

 桜の花はところによってちらほらと咲き始めていますが、梨の花はまだまだのようですね。梨は小さくて白い可憐な花を咲かせます。市川とか松戸の梨は本場ということで、さすがに旨いです。季節になると梨農家の軒先には直売所が設けられます。私は不揃いの売り物にならない梨を安く購入して毎日のように食べます。
 私が良く購入する農家では他に葡萄も栽培しており、最初、市川で葡萄を栽培してもたいしておいしくないだろうと思っていたのですが、これがまた意に反して旨いこと旨いこと。だから季節になると3日に一度ほどその農家に通うことになります。近くにおいしい果物が採れるところがあるというのは幸せなことであります。今年は放射能汚染にならないことを願うだけであります。

 本当は電柱とか電線とか極力人工の構築物を排除して撮りたいのですが都会ではなかなか思うようになりません。逆に人工の構築物だけを狙って撮るのも面白いかなとも思っています。
 あえてまったく写さなかったのですが、この側は外環道路の建設中で延々と5mほどのフェンスに蔽われているのであります。何年後に開通するのかわかりませんが、きっとこのあたりの風景も一変することでしょう。近くの小高い丘に市川博物館があります。その場所は古代からの集落があった場所で住居跡や貝塚等々が存在しています。この写真の場所はおそらくその昔入り江だったと想像されます。だから東京湾から10kmから20kmは離れていますが、もともと海抜0メートル地域なのですから、今回のような津波がきたら、ひょっとしてこの辺りまで波が押し寄せてくることも覚悟しなければならないかも知れません。
 私の住宅はこの場所よりも10mほど高台になりますが、それで大丈夫かと結構疑っています。私のところより高いところは5mほど上になります。それ以外に高いところはありません。基本的に今回のような大津波がきたら逃げる場所がないのであります。

 こんなにたくさん蛇口はいらないんだけどな。最初にこれを見つけたときはおかしくて一人で笑ってしまいました。水道屋さんが集めてきた使わなくなった蛇口をブロック塀に立てかけてあるのです。別に水道屋さんが誰かを笑わそうという意図でやったわけではないでしょうけれども、こういうのってたまらく好きであります。
 話は変わりますが蛇口っていざ買おうとしますと結構な値段がしますよ。今のところ蛇口を必要としていませんが、必要になったら交渉して安くわけて貰おうと思っています。

 これも散歩の途中偶然みつけたものです。ソーラと風力を組み合わせています。この程度の規模では1軒の家庭の電気は賄えないだろうけど、もの凄く興味がありますね。先日購入したサブバッテリーにソーラ発電を組み合わせてみようと考えているのです。サブバッテリーに充電するぐらいなら、あの程度で十分だと思っています。なんでも試してみないとわかりませんけれどもね。今一番やってみたいことであります。

2011年4月5日火曜日

蒼い空から何かが降りてきて

 途中1時間ほど散歩をしたほかは珍しく一日中プログラミングをやり続けていた。一度やったことのあるものだが、すっかり忘れており、コメントすらどうやってつけるのかも忘れていた状態であったから、思い出すのにかなりの時間を要した。
 データベースを絡めたWEBプログラミングなんていうのは、やることが決まり切っている。データの入力・削除・更新・表示といったところだ。まだかなり荒っぽいけど、一通りの作業を無事に終えることになった。
 後は実際にデータを入れ込んでいきながら、細部を作り上げていくだけの話だ。と、強気の発言を続けているが、途中かなり四苦八苦して、これひょっとして投げ出すかも知れないなとなんどか思った。本当はかなりほっとしている。
 これにJavaScript・JQuery・CSS3・HTML5を絡めていって、最新の技術をぶち込んでいきたいと思っている。これがやりたかったのであります。言語がPHPだというのがいくぶん気に入らないのだけれども、今の私にはこれが最善の選択だろうと思う。データベースはMySQLで十分過ぎると思っている。

 なんかひとつ峠をこしたようで・・・・・・・。

 畑一面に植えられるているものが、なにかがさっぱりわからない。人参にしては葉っぱの丈がいささか長いようだしね。光が偶然に上から射している。この写真が失敗なのかどうかの判断がつかない。こんな光の入り方を再現してみろと言われても無理だしね。どうすればこうなるかを理解していない。今回は望遠なしのE 2.8/16というレンズを使ってみた。だからどうしたと言われても困ってしまうのだ。レンズなんてまったく理解してないのだから。ただ闇雲にシャッターを押しまくって、70枚ほどの画像をパソコンに取り込んで気に入らないのをバサバサと削除していって、4枚ほどを残して終わりなのですから。デジカメだからできる技ですね。へたな鉄砲数打ちゃああたる方式なんですから。

 東北生まれの私がこの地にきて、驚いたのはみかんとか夏みかん等の柑橘類が一般市民の庭先に普通に植えられていることでした。おそらく関東が柑橘類の北限なんでしょうけども。
 隣の小林さんところでも夏みかんを植えており、たわわに実っていたので、写真を撮っていたら、奥さんが出てきて、そのままもぎったのをいただいた。ちょっと酸っぱかったけどおいしかったです。

 「海水から濃度限度750万倍=ヨウ素検出、直接流出ピット付近-東電」海の水で希釈されるから大丈夫なのだそうです。これまでの原子力村関係の話や、解説を聞いていると、放射能とか放射線なんてのは何の心配をすることなく、普通に飲み食いしていても大丈夫のようですね。そんな安心安全な原子力ですからね、これからものんびりと時間をかけて修理するのでしょうね。日本以外の国々は騒ぎ過ぎなんですよね。きっとそうだと思いたいです。

2011年4月4日月曜日

ソフトバンクの孫社長がなんと個人で100億円を

 なかなか工事が進まないなと思っていた、外環道路ですがここのところ急に進み始めたようであります。これまであった道路が閉鎖されたり、まったく新しい道路が出現したりしております。こういう土木工事はきらいでないので一日中見ていても飽きません。
 近くを通る道路なのですが、どのようになるのかはいまいち掴めていないのですが、国土交通省のホームページに簡単な地図が掲載されていました。それを眺めていてすごい道路ができるんだなとあらためて思いました。外環道路ができてもそれほど恩恵を蒙るわけではないのですが、周囲の道路が整備されるメリットがありますね。近くにはモデル道路があると書いてありますが、どこにあるのか現地を探すことができずにいます。是非歩いてみたいもんだと思っています。

 ビデオニュースコムというサイトの有料会員登録をした。毎月の会費は525円(税込)で、ちょっと考えてしまいましたが、どうも既存のメディアがまったく信用できないので、会費で運営される独立系のニュースサイトなら、まだいくらかマシだろうと思ったし、日本にも企業や政府から独立したメディアが必要だし、これから育てていかなければならないと思ったわけであります。
 私の根底ではネットの情報でお金を払うという感覚はあまりないのですが、媒体がたんにネットだというだけで、かかる費用は紙媒体でも電波媒体でも同じなわけですから、そこに資金がなければ運営していけないわけですから、私の525円が汚されていない媒体を育てる力になってくれればと思っています。
 たとえワンコインといえども、集まれば大きな力になる。ネット社会というのはそういうところだと信じています。義援金にしても個個人の支払う少額の善意も大きく集まれば大きな力になる。小さな省エネ努力も集まれば大きな効果を生むということでしょう。

 外環道路の建設も進んでいるが、その隣で真間川の氾濫に備えて、大規模なため池の建設作業も進んでいます。これもどんな風になるのかさっぱりわからずですが、東国分中の周囲は膨大な空き地になってしまいました。
 聞いた話ですから、かなり不確かなものですが、普段は野球・サッカー場とか公園と利用して、国分川が氾濫しそうになったら、ここに水を溜め込んで真間川の氾濫を抑えるようにするらしいです。この地が完成すると私にとっては絶好の散歩コースとなるいのですが、完成予定日もわかっておりません。
 そういえばこのあたりの治水はかなり進んでいるらしく、ここ15年ほどは菅野や真間で床上でも床下でも浸水したという話を聞いたことがありません。以前は大雨の季節になると必ず浸水して、全国版のテレビで道路の上を舟で渡る映像などが流されていたものであります。だからその頃から計画されていたものと思いますが、おそらく完成してもほとんど使われることはないように思います。それでも近くになにもない広大な空間があるというのは安心できます。地震がきたら避難する場所にも成りうるだろうし、普段は公園として安らぎの場所ともなるでしょうから。

 このブログを書いているときに、NHKの第1放送でソフトバンクの孫社長が個人で100億円の義援金を日本赤十字社に寄付したうえで、退職するまでの役員報酬を毎年寄付するというニュースが流れた。
 100円でもなく100万円でもなく1億円でもなく、100億円ですよ。あまりに金額が多くて想像がつかない。復興庁を創設するという話もあるが、そういうところの責任者に孫社長を据えればいいのにと強く思った。そうであるべきだと強く思います。そうしないとまた新たな利権、復興利権が生まれて、被災した人たちには関係なしに莫大な税金が注ぎ込まれてしまうのではないかと危惧します。

以下sanspo.comからの引用

 通信事業最大手のソフトバンクは3日、同社の孫正義社長(53)が東日本大震災で被災した人々への義援金、被災地への復興支援金として総額100億円を寄付すると発表した。個人としてはもとより、企業を含めてもこれまで判明している中で最高額とみられる。
 また、孫社長は2011年度から引退するまでのソフトバンクグループ代表としての報酬も全額寄付し、震災遺児、およびその他多くの遺児を支援するという。
 米誌フォーブスの11年版世界長者番付によると、孫社長は日本でトップの81億ドル(約6800億円)を保有。同社の有価証券報告書によると、孫社長の役員報酬は2009年度で1億800万円だった。仮に70歳まで社長を務めた場合、寄付の総額は約18億円となる。
 合わせて、ソフトバンクは企業としても、別に10億円の義援金・支援金を日本赤十字や赤い羽共同募金を通じて寄付するとしている。
 同社は、今回の東日本大震災で両親を亡くした震災遺児への中長期的な「生活と勉学の支援」を積極的に推し進めたい意向で、いますぐ支援を必要としている被災者に早急に義援金が届くよう、寄付の方法を検討しているという。
 同社では、復興のために寄付する資金を義援金、被災者支援で活動しているNPO等に寄付する資金を支援金と定義づけている。
 3日現在、個人で高額の義援金・支援金を表明しているのは、ユニクロの柳井正会長(62)が10億円、人気アイドルグループSMAPのメンバー5人が個人的に計4億円、キャスターの久米宏さん(66)が2億円、米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手(37)が1億円などとなっている。

2011年4月3日日曜日

下総国分寺あたり


 昨日に引き続いて今日も「じゅんさい池公園」ぶらぶらと散歩であります。入り口のところにパンとかお菓子とかを売っている小さな店があります。ふと自動販売機をみると懐かしい不二家のネクターをみつけた。値段は100円ということで、さっそく購入して、公園のなかをぶらぶらと歩きました。昨日に引き続いての二日目でありますから、「おおお!!」という景色もありません。このまま帰るのもなんだか寂しいので、ネクターの空き管を、ちゃうちゃう、空き缶を撮ってみました。
 なんだかだんだん苦し紛れの状況になってきましたね。

 最近は圧倒的にラジオを聞いている時間が多くなってきました。AMのNHK第1放送とInterFMと市川FMなんてのが多いです。テレビをみているとなんだか悲しくなってきてしまいます。震災の放送をみると悲しくなるんでないですよ。震災以外のバカ番組をみていると妙に空しくて悲しくなってしまいます。まだラジオのほうが救われますね。
 ラジオは古い媒体ですが、ネットと融合することで、最新の媒体になりうるということを感じています。以前は葉書でリスナーからの便りがあり、それを紹介していましたが、現在は葉書はもちろんありますが、メールが圧倒的に多いようです。それにTwitterが加わりました。ほとんどリアルタイムで情報のやりとりをしているのです。なるほどこれはすごいと感心したわけであります。


 この家すごいでしょう。どっちが中か外かこれではわかりません。今は枯れていますけど、確かそれなりの季節になると緑色の葉っぱをたくさんつけた思います。私がこの家を発見してから少なくても10年以上にはなると思います。そこにどんなドラマが転がっているのか少しだけ興味があるところであります。撮る物がないと嘆いてばかりはおれませんね。じっくりみれば結構笑えるものが転がっているではないですか。

 そっちこっちで家庭菜園がおおはやりですね。最近農協が斡旋しているらしくて、使わなくなった畑を1区画4000円ぐらいで貸し出しているようであります。もういろいろな作物の植え付け作業をやってますね。


 「あれ?あれは何かな」と思って近づいてみますと、「ありがとうございました。本日の作物は全部売り切れました」との貼り紙がしてありました。粋ですね。このあたりの農家の方はやはりひと味違います。売り切れていたので、当然どんなものを売っているのかはわかりませんが、こんど見てみようと思います。


 国分村の高台から市川市内を眺めてみました。左側にある3棟のビルは八幡駅近くです、右側にある2棟のビルが市川駅になります。国分という地名から、下総国分寺が存在しております。国分寺の近くに国分尼寺跡があります。以前には八幡駅や市川駅周辺までは遠浅の海がせまっていたらしいです。今では東京湾を眺めるには相当走らなければ見ることはできません。浦安と同じようにどんどんと埋め立てを進めてきたからです。
 手前にはビニールハウスが広がっています。おもにトマトやキュウリ・ナスの栽培をおこなっているようであります。たいがいのビニールハウスの前ではささやかな無人の直売所が置かれています。当然スーパーよりは安く、採り立ててですからおいしいです。これらを買い求めるというのも散歩の楽しみでもあります。


 長いだらだらを坂を登り切ったところに、「お疲れ様、どうぞこのイスにおかけになって、しばし休憩してください」とでも言っているように置かれています。うれしいですね、この心遣い。住んでいる方の優しい気持ちとユーモアが伝わってくるようであります。
 そんなに疲れていなかったのですが、ご主人の心意気に応えまして、しばし休憩をしてきました。魚心あれば水心ってこういうのをいうんだっけ。まるで違うか。

2011年3月29日火曜日

確実に春を感じることができた

 縮こまっていても何もはじまらないと思って、昨日からカメラを片手に散歩をはじめた。自宅の周辺をチマチマと歩くだけだからさほど感動するといったことはない。いずれも見慣れた風景だけが展開されている。せっかくカメラを持っているのだからと撮り始める。帰宅してPCに取り込んで大きな画面で見てみると、10枚に1枚ぐらいは、おやっていう写真がある。
 ふーん、見慣れた風景であっても案外撮ってみると違った感じに写るもんだとちょっとだけ感心する。カメラを持って何十年となるが、頭が悪いからシボリだのシャッタースピードだのがさっぱり理解できない。だからいつもバカチョン状態でシャッターを闇雲に押すだけである。
 テレビからは本当に情報は得られないということを痛感した。相変わらずのバカ番組を垂れ流している。見るだけ無駄ということを今回ほど思い知らされたことがない。それにしても不思議なのは番組を作っている方々は、私よりは学歴も偏差値も相当上で頭が良いはずなのに、なんでこうもくだらいものしか作れないのだろうと思う。
 それにしても、どうにもわからないのは、どうしてここまで原子力発電に固守しなければいけなかったのだろうかということです。いくら利権の構図があるといっても政官民が強固につながり、ひたすら原発の道をひた走ってきた。危険なことは充分に理解していたと思うのだけれども。たんなる利権だけでここまで自分の国を危険に曝すことを考えるだろうかと。その背景を知らなければたんに感情にまかせて大声をあげるのは危険だと思う。最初に推進してきた人たちはそれなりの年齢を重ねて息子娘孫やひ孫までいる人たちである。誰だって自分の肉親は守りたいと思うのが普通だと思う。そんなものにも代え難いなにか大きな理由があったのだろうか。
 自然は素晴らしい、春になれば誰かに命令されることもなく、美しい花々を咲かせて人間を和まさせてくれる。今日は朝から暖かかった。空も透き通るような青さだ。でも3月11日以降の空はこれまでの空とは明らかに違うことをみんな知っている。草木は此の地から逃げることはできない。そして此の地に住むほとんどの人は移動手段を持っていてもこの地から逃げることができない。
 「逃げられる人は逃げなさい」と書くとそんなことを書けば風評被害を起こすから書くのをやめろというメールが届く。この風評被害ってのがよくわからない。一挙にパニックになるよりも、この混雑する都会を離れ少しでも西に行ける人は早めに移動したほうがいいじゃないかと思う。都会が閑散としてくれば食料も電気も水も使う量が減ってくるのだから。まだまだ余裕のある関西方面に速やかに移動すればいいだけの話だ。
 計画停電で仕事もままならないのであれば、仕事場を関西に移動させればいい。東京一極集中はいつか解消しなければいけない問題だったのだから。このさい首都機能の半分を関西や九州や四国に分散すればいいだけの話だ。

2011年3月7日月曜日

また冬に逆戻り

 今日は外に出る用事があったのですが、朝から冷たい雨が降っていて、天気予報どおりに雪に変わり、一時は吹雪のようになり、あれよ?あれよという間に3cmほども積もってしまった。外出はとりやめて、しばらく窓から降る雪を眺めて時を過ごしてしまった。まだまだ油断がならない空模様であります。

 昨日は久しぶりに妻と二人で江戸川に出かけました。車に積んだ車中泊用の道具類の確認のためであります。江戸川の土手の上をゆっくり散歩してから、コタツをセットして、コーヒーを入れて妻は職場から持ち帰った仕事をやり、私は読書をして過ごしました。コタツの使い勝手はなかなか良く、書類をいっぱいに広げての作業もやりやすいと好評でありました。
 車中泊のためだけに購入した、ラジオを小さな音で聞いて、自宅で過ごすよりも場所が違うので結構良い息抜きになりました。昨日は暖ったかかったのと、パソコンを持って行かなかったので、サブバッテリーの出番はありませんでしたが、電源を豊富に積んでいるのはたとえ使わなくても安心感があります。2泊か3泊の旅行した時にその威力が発揮されることだろうと思っています。

2010年11月11日木曜日

本日は臨時休業だい

 にわかに台所のゴキブリ男と化して、一日中台所を中心として徘徊することが多くなってきたのだが、数日前から調子に乗って家の周囲の掃除もやりはじめた。というのも、精米機で精米をすると、当然「米糠」という副産物がでてくる。今年の夏まで百姓をやっていた私の考えつくことは当然有機肥料を作るということになる。そこで、さっそく有機肥料作りに着手した。自宅の庭は、裏側が無用に広いのだ。そこに落ち葉がたくさん落ちていてまったく掃除されていない状態になっていた。まずはそれを集めて堆肥を作ることにした。それで急遽庭の掃除と相成ったわけであります。
 集めてきた落ち葉に少し土を入れて、それに米ぬかを混ぜあわせた。こうなってくると当然のごとく、台所で出る生ごみに目をつけることになります。肥料を作ると決意した時点から、それはゴミではなく宝に豹変することになるのです。自宅では全員がコーヒー好きときているから、コーヒーの残滓もバカにならないぐらいの量になることを発見する。当然それらも宝物に変身することになるわけであります。今年の冬はひたすら土づくりに励んで、来年の春からは本格的な菜園を出現させようと目論んでいるのです。秋田での百姓は挫折したが、今度は都会での本格的百姓を目指すことにします。始めは家の周囲でプランターでどこまで野菜が作れるのかの実験を行います。
 なんだか、台所のゴキブリ男が都会の百姓に変身をしていくというストーリーに自ら酔ってしまいます。そんなこんなで一日中自宅の内外の掃除をやり続けていたら、筋肉痛で体が動かなくなってしまった。それで本日は臨時休業となったしだいであります。それでも先日餃子を200個ほど作って150個ほどを冷凍にしてあったので、今夜のメニューは餃子ということになります。他にカレーも冷凍にしてあります。こうして少しずつだけでも家事の要領が良くなっていくような気がします。

 これまで妻と長男がプランターや植木鉢で花木を育てていたのですが、私はそんなチマチマしたものは好きでないので、まったく関わりあうことをしてこなかった。しかし、あのやり方はいずれ破綻するなと思っていた。なぜかというと肥料の大部分を化学肥料で補っているのです。だから土はいつしかカチンカチンになってしまっているのです。そうすると花木に勢いが無くなる。自然さらに化学肥料を補うという悪循環に陥ってしまうのです。まずは豊かな土を作らなければならないのですが、そんな面倒なことには思いもよらないことなのでしょう。本格的に農業をやっていると、成功失敗は土づくりにかかってくるというのを思い知らされるのです。ですから、秋田では相棒のやっちゃんとともに、コイン精米機を探し回って米ぬかを集め回ったということもありましたし、山の麓まで一輪車で行って枯葉を集め回ったということまでやったのです。あの苦労に比較しても今回やろうとしていることなどなんでもないことであります。

2010年8月6日金曜日

1時間45分の散歩

 とりあえず写真だけアップしまして、ダウンしておりました。ようやく回復してきましたので文を加えておきます。
From 2010-08-06
 さすがに午前4時では、周囲がようやく白みはじめたばかしであります。空にぽっかりお月様が浮かんでましたので、パチリと撮りましたが、帰ってきてPCでみたら、月があまりに小さくて、頭のなかで描いていた光景とはかなり異なっていました。デジタルズームでもっと拡大して撮るべきだったのでしょうが、カメラを固定して撮影するのは至難の技となります。したがって固定するものがない時はデジタルズームは使わないことにしています。面倒ですからね。どうしても大きく撮りたいという時は一眼レフカメラで撮ると割り切ってしまいました。iPhoneカメラはあくまでもメモ代わりです。そういえばまだ一度もビデオカメラを使ったことがないな。これも使ってみなければ永遠に使い方がわからずになってしまいますね。
From 2010-08-06
 先日の散歩で行き倒れになりそうなになったコースに再び挑戦してみました。それで先日気づいた風景です。昔ながらの民家や古いアパートが建ち並ぶ隣に高層ビルが立っています。これは市川駅南口からみたものです。ビルは市川駅に接して2棟建てられていますが、2棟同時に撮影するには近すぎてだめでした。ま、別に名所というほどのところのことでもないので、それで良しとしました。
From 2010-08-06

2010年8月5日木曜日

ひさしぶりの車中泊 前々夜

 猛暑が続いていますね。このところの写真はすべて早朝に撮ったものばかりであります。昼間はおもてにでたくないですから必然的にそうなってしまいます。それに秋田から帰ってきてからは一眼レフカメラを持ち出したこともありません。ちょっとした散歩に重くて大きな一眼レフカメラは邪魔になります。最近はiPhoneのカメラだけを重用するようになりました。
From 2010-08-05
 週末はひさしぶりに車中泊ででかけます。といっても別段旅行というほどのこともないのです。四国・九州方面に10日間ほど遠征にいっている娘が久しぶりに戻ってくるというので、水戸へ会いにいくだけのことなのです。別に泊まりがけでいくこともない距離なのですが、そこはキャンプ好きの血が騒いでしまいまして、3泊4日を予定しています。知識不足で水戸周辺は詳しくありません。どの道の駅がいいのか、日帰り温泉の優れものはどこにあるのかもまったくわかっていませんが現地でカーナビとiPhoneがあるので周辺を検索したりネットで調査したりで場所探しをしたいと思っています。今回はiPhoneの実力を試したいので、あえてノートパソコンは置いていくことにします。
From 2010-08-05
 絶対に方法はあると思うのですが、まだiPhoneで撮影した画像を直接picaseにアップしてこのブログに貼り付ける方法を発見しておりません。この投稿をはじめとして他の写真はどうしているかといいますと。帰宅したらiPhoneをPCにつなぎます。繋ぐと同時にPC側のpicaseが立ち上がってきまして、iPhone側の画像をPC側のpicaseに取り込んでくれますから、こんどはそのままgoogleサーバーのpicaseに画像を送信します。そこで引き続きクラウドの画像の貼り付けタグを作成してこのブログに貼り付けるという作業しているわけです。こう文章で説明しますとなんだかものすごく面倒な作業をやっているようですが、実際は連続でおこなっていますから1分か2分ぐらいの作業ということになります。ただこの作業をiPhone側で行う方法がまだわかっていないわけであります。