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2013年7月25日木曜日

ご家庭内でご不要になりました・・・・ようやく来てくれました。待ち焦がれていたのであります。

来た!やっときました。とうとう来ました。

「ご家庭内でご不要になりました、電気冷蔵庫、電気洗濯機、パソコン、その他ご不要になった家電製品・・・・」

かなりくたびれた軽トラックに、同じように疲れ切ったおじさんが乗り込んで、ヒシャゲ声をあげてやってきます。
いつもは、「ウルサイな!、早く余所にいってくれないかな」と、思っているのですが、今回は、いささか事情が違います。待ちこがれていたのであります。もうすでに、4ヶ月近くも、じりじりしながら待ち続けていたのであります。
待っていないときには頻繁にやってきては、私の惰眠を邪魔するのだけれども、こちらが待っている時は、それを見透かしたかのように沈黙を守り続けるのですから、まことに質が悪いのであります。

私はその時にパソコンに向かって仕事をしていたのですが、すぐに表に飛び出して、なんどか声をだして呼び止めたのですが、からかうように止まる気配が、まったくありません。私は少々焦りながら走って追いかけました。
まさかねぇ、いつもは煩いだけの廃品回収トラックを、必死になって追いかけることになるとは思ってもいませんでした。廃品回収トラックは、一体何を目的に廻ってきているのだろうかと思われるほど、周囲にはまるで無頓着に、あろうことか私を完全に無視して走り去って行くではありませんか。信じられない。

今年の3月頃から一大決心をして大規模な整理整頓に着手して4ヶ月ほど経ちました。ようやく目につく大型ゴミや大型家電の処理は終わったのでありますが、最後に残ったのが1台のディスクトップパソコンと1台のノートパソコンであります。これを捨てる場所が近くに見当たらないのであります。まずは市の大型ゴミの処分する所でもパソコン関係はまったく受け付けてくれません。家電リサイクルセンターなるところも受け付けてくれません。なんという不便なシステムなのでしょうか。受付窓口をひとつにしてくれればどれほど楽かと思います。
仕方がないのでインターネットで「パソコン処分」等で検索すると送料届け手先負担で送ると無料で引き取ります。という業者が結構な数が出てきます。これまで、やったことがないので、ちょっと不安にもなりましたが、最終的には、これを利用するしかないなと覚悟していたわけであります。それでも、いつもは煩わしいぐらいに頻繁にやってきていた軽トラの廃品回収車を待っていたのでありました。
パソコンの次に問題になるのは古るタイヤの処分であります。最近長男が古い原動機付きバイクを購入してきては修理して新品同様に仕上げてしまうという趣味に取り付かれてしまっています。休みの日には朝から晩までというか夜中まで油まみれになって作業に没頭しています。
それはそれでいいのですが、困るのは古るタイヤの処分であります。古るタイヤだけはどこも引き取ってくれません。原チャリのタイヤですから見た目も強くは感じません。そこで思いついたのは、そのタイヤを切り刻んで一般ゴミで捨ててしまおうと思ったのであります。
これはやってみて驚きました。ゴムはなんとか切れるのですけれども、中に入っているワイヤーが曲者でちょっとやそっとでは切ることはできません。基本的に切り刻むなんてことは、素人にはとても無理だということを理解したのであります。
ガソリンスタンドやバイク修理屋さんと親しくなって処理を依頼すればいいのでしょうけれども、最近給油に利用しているのはセレフスタンドばかりだし、修理屋さんともほとんど付き合いがないので困ってしまいます。これはお金を払ってでもいいから持って行ってくれればいいのですが。

汗だくになりながら、ようやく呼び止めることができた、廃品回収トラックに肩で息をしながら、パソコン2台といつの間にか増えていたDVD再生機器を積み込み、ダメ元でいいからと思い、「そこにある、古るタイヤも持って行ってくれないかね。」と訪ねると、しばらく考え込んだ末に「持っては行くけれども、お金かかるよ。」「ふーん、それでいいよ。いくらぐらいかかるんだい。」「タイヤは目方だからなぁ。」「6本か?」「全部で600円ほどだね。」
私は間髪を入れずに、たまたまポケットに入っていた千円冊を手に取り、「これにて商談成立!」と叫んで相手に千円冊を握らせて「これでいい、これで頼むよ」と、相手の反応を確かめることもなく、強引に束ねてあった古るタイヤを掴むとトラックの荷台に放り投げたのでありました。

この10年ほどの間に何度か試みては敗退した、大規模な「整理・整頓・清掃」事業でありますが、ここでようやく今回完結することができました。こういうものはまとめてやろうとすると、かなり大変だということを実感しました。それでも、物理的にもスッキリしましたし、何よりも精神的にけじめがついたようで、かなりスッキリしました。
「整理・整頓・清掃」にはその他に習慣性というものがつきます。また清潔というものもついて総称して5Sと言うのだそうです。習慣性というのはこれから重要な要素だということを実感します。だから今回終わったというわけではなく、癖がつくまでやり続けなければいけないということなのであります。

あれからしばらくして、少し安心していましたら、無数の小物類が、まるで生命を持っているかのように動きまわってしまい、整理・整頓・清掃上、あってはならない場所に平然と横たわっているようになりました。まったくもって油断ならないのであります。こういう小さなほころびが重なって崩れていってしまうことは、これまで何度も経験していることであります。
基本的には出してきたものは必ず元に戻すという、実に単純で簡単なことなのですけれども、これがなかなかできないことなのです。できるまで練習を重ねればいいことなのです。

2013年6月25日火曜日

ビルトインガスレンジを組み込みました。

今月こそは連続してブログを書こうと強い決意をもっていたのだが、私自身の決意なんてものは強いも弱いもなくて、すぐに雲散霧消してしまうようであります。
しかしたまには例外もあるらしくて、しばらく整理・整頓・清掃を強く決意して必死こいてやってきまして、その集大成というか、本当は整理・整頓・清掃などというのは生きている限り連続しているものなのですが、ここは大物を片付けて一区切りついたというぐらいの意味になります。
そしてその結果としてガスレンジの修理を思いつき、強力に推し進めてきましたが、それも先週の土曜日の午前中にビルトインガスレンジを組み込み終わりました。
いつまでもあると思うな、親とガスレンジではありませんが、ガスレンジなどというのはまったくの消耗品なのですね。消耗品とはいいながらまずは驚いたのが、その値段の高さです。確かにどんな商品でも上をみればきりがないものではありますが、ホームセンターやネットを隈なく探しまわって、所詮消耗品なのだからと割りきって購入したのが上の写真のレンジであります。

ビルトインガスレンジの話で我ながら結構引っ張りますね。そりゃあそうです、37000円あまりの大枚をかけておりますので、せめてブログネタとして使わせてもらわないとね。
ということで本日もビルトインガスレンジの話になります。
アマゾンから送られてきたさっそく箱を開けてみると、「ナンダ?まるでパソコンの本体のようだな」と思ってしまうのは、たぶん私の頭のかなり部分ががパソコンオタクだからでしょう。
新品ですからさすがにどこも油に汚れていません。当たり前の話ではありますけれども。ただガスレンジで致命的にやられるのは五徳の下のガスが燃える部分であります。その部分の劣化ははっきりいって防ぎようがないと思いますよ。もっとも油まみれのガスレンジなんてものはゾッとしますけれども。

午前中 ホームセンターオタクのサトヤンが工具を持って手伝いにきてくれました。といえばなんとなく私が中心で作業をやったように思われますが、実際の作業は彼が一人で20分ほど終わらしてしまいました。
その手際の良さにはほとほと感心してしまいました。正直いいますと、私一人だけで作業をやったら2時間ほどはかかっていたと思います。それは取り外すのが案外難しく、得にスイッチ部分がついている下の操作パネルの両サイドの黒い枠を外すというのを発見できたかどうかかなり怪しいものがあります。

今回はプロがいたので取り付けそのものはあっという間でありましたが、古いガスレンジを取り外してからのガス台の掃除が大変でした。表面は例の整理・整頓・清掃を徹底してやっていたのですが、取り外してまではやってなかったので中の部分が油で結構汚れていまして、それらを徹底して掃除するのに時間がかかってしまいました。
それでも午前中には全ての作業を終えましてお昼はこのレンジで作った冷やし中華を全員で食べました。

その結果左の写真のように明るいガスの炎が力強くついたのでありました。メデタシメデタシです。

これまで散々ビルトインガスレンジの話で引っ張ってきましたが、もうこれぐらいで限界かなとも思います。もっと外し方や取り付け方の詳細も掲載してもいいかなとも思ったのですが、そうなるとメーカーの取扱いマニュアルになってしまうのでやめました。
さて次回から何を書いて文章を埋めていけばいいのか悩むところであります。なにか適当なものがそのあたりに転がっていればいいのですが。

2013年6月18日火曜日

ビルトインコンロ(ガスコンロ)ハーマンC3GK2RJTQ1-R 右大バーナー【都市ガス(13A・12A)用】

整理・整頓・清掃をまじめにやったから、13年経った家の補修をする気にもなってきた。今までは自宅に掃除機をかけるなんてことは余程のことがない限りやらなかった。妻は土日には必ず掃除機をかけてはいたのだけれども。ここ数週間は毎日1階部分の部屋全部に掃除機をかけ、拭き掃除をしている。拭き掃除といっても簡易モップでなぞるだけの話でありますけど、それをやっても20分もかかりません。物が置いてないからすぐに終わってしまいます。「朝早くからウルサイ!」という声もどこかからチラホラ聞こえてきますが、完全無視です。こういうものは朝一番にやらないとダメなのです。時期を逃すとやれません。勢いでやってしまうのであります。

さて、補修に取り掛かるのはビルトインのガスレンジであります。いつの間にか劣化してしまいまして、3個のレンジのうちに使えるのが1個だけと魚焼き器だけになってしまっていました。いつかはやらなければいけないだろうとは思っていたのですが、面倒でついつい先延ばしになっていました。「キャンプをしていると思えばいいではないか」なんて嘯いていたのですが、台所の整理・整頓・清掃を実行しているうちに、これではダメだと思うようになってきました。気にし始めると徹底的に気になりまして、先ほどアマゾンに注文しました。



最初は京葉瓦斯のサービスセンターに頼もうとホームページなどを見たのですが、当たり前といったら当たり前のことで全部定価で値引きなしで取り付け料も2万円ほどふんだくられるようであります。それに結構な金額であります。
友人のアドバイスに従いまして、松戸にあるユニディというホームセンターへ行ってみました。ここはさすがに安かったです。それでも安くて8万円ほどしました。それに「個人でお取り付けになる場合はガスの免許を提示してください」との注意書きであります。ガスの免許はアドバイスしてくれた友人が持っていますので購入するときについてきて貰えばいいので問題はないのですが、それならネットで探せば何かあるのではないかと思って検索してみたら、ありましたね。一応価格.COMでも調べたのですが、決済方法が代引きだったり、銀行振込だったりで面倒だったのでこれまで一度の失敗もなかったアマゾンで注文することにしました。
ここで注意しなければいけないのは、都市ガス用なのかプロパンガス用なのかということです。私のところは都市ガスなので迷わずに【都市ガス(13A・12A)用】であります。間違って購入しますと業者に頼んでカロリー変更をしなければ使えません。値段はどれほど取られるのかはわかりません。
それからジョイント部分に都市ガスですとヘルメという接着剤を使用しないと怒られるようであります。プロパンの場合はテープ・シールで大丈夫であります。運良く友人がヘルメを持っているということで分けてもらうことにしました。
今週の土曜日あたりにくるようでありますから、運が良ければ日曜日には使えるようになっていることでありましょう。
素人の方はマネしないほうが無難だと思います。私の場合はガス工事や設備工事の仕事をやっていたことがあるし、免許の持っているこないだまで現役だった友人が手伝ってくれるのでやれるわけであります。
最初に覚悟した費用が取付費用を含めて17万円だったのですから、かなりの節約となったわけであります。メデタシメデタシ

2013年6月17日月曜日

整理・整頓・清掃は0(ゼロ)の状態に戻しただけだったのだ。

整理・整頓・清掃の話が続きます。なんでかといいますと、それぐらいしかネタがないからであります。だからどんな小さなネタでも見逃すこと無く尾ひれあひれをつけて針小棒大なものに粉飾していくという作業を続けて行くわけであります。

どこかで整理・整頓・清掃が終わったと書きましたが、それはおおまかなところが一応片付いたという意味でしかありません。生きている限り整理・整頓・清掃は続けなければいけない課題でもあるわけでありますから。
3ヶ月もかかってようやく決着をつけたような気分でいたのですが、それから数週間がたった今の感想はというと、最初にきれいさっぱりに片付け終えた後のあの感動はかなり薄れてきました。というのもきれいさっぱりに片付いている事が当たり前のように思えてきたのです。なんか昔からこのような状態であったような雰囲気なのであります。

これはどういうことなのかとショッパイ頭で真剣に考えてみました。

何のことはない、13年前にこの家に引越ししてきた状態に戻っただけのことでしかないことに気がついたのであります。だから整理・整頓・清掃がなされていない状態というのはこれまでの生活の垢が蓄積してきたマイナスだけの状態でありまして、それから必死になってようやく人生の垢というものを削ぎ落とし、ようやくゼロの状態に戻しただけのことなのだということに気がついたのでありました。
すべてはこの0(セロ)の状態から始まると思ったわけであります。実際にこれまでは考えてもいなかったことをやり始めました。やはり、それなりの効用はあったわけであります。人は何かをやる場合に、それは自分にとって得になるものか、どうかを考えるわけであります。プラスになる動機というものがない限りにおいてはなかなか動くことにはならないものだと思います。

私の場合はアウトドアの考え方をインドアに持ち込もうとしたのです。それとともにこれまでの自分のこれまでの生き方を少しだけ修正したいというものでありました。それに、そろそろ生前整理なるものをやっておこうと思ったわけであります。自分が死んだ時に、「あれ?アイツの持ち物ってこれだけだったのだ。」といわれることが殊の外格好いいと思えたのであります。「アイツたったこれだけのモノで生きてきたんだ」って誰かに言ってもらえれば最高の幸せのような気がしたのであります。

2013年6月14日金曜日

収納って下手をすると整理(捨てる)ことの邪魔以外の何者でもない

整理・整頓・清掃をまじめにやっていくと収納って下手をすると整理(捨てる)ことの邪魔以外の何者でもないことを知ることになります。世の中には収納することの重要性を説いているものがたくさん流通していますが、あんなもんクソの役にも立たないことを知った時に、アナタはホンモノのセイリセイトンマンに一歩近づいたことになるのです。原則は整理つまり捨て去ることです。これ以外にはありません。

え?んなもんに成りたくないって?ま、人それぞれですから、それはそれで良いことなのでありましょう。

隙間を決して埋めようとしてはいけません。隙間風なんていうとなんか人生に破れてしまって寂しい感じがしますが、実際は逆です。隙間風がビュービューと吹きすさぶなんていうのが最高の贅沢で幸福な証なのであります。騙されてはいけません。スカスカの台所、スカスカのリビング、スカスカの押し入れこれこそがあなたの幸福が宿る空間なのです。

本日は朝から結構動きまわったのでいささか疲れました。これまで真剣に3S(整理・整頓・清掃)に取り組んできて体が疲れてしまった翌日から寝込んだのは1回や2回の話ではないのです。
ひどいときは3日間ほど寝込んだこともありました。結構体力がいる話しなのであります。それに最初はノロノロやっていても、次第にノッてきますと止まらなくなってしまうのです。整理整頓をやっている途中から他の場所も気になってきます。これまでは気づかなかったところまでドンドンと目に入ってきます。そうなると何かに憑依されたように動きまわることになってしまうのです。これはほとんど病気といってもいい世界なのかも知れません。
本日は早めに寝て、明日の朝からまた目一杯に動きまわることにします。

2013年6月13日木曜日

整理が旨くできたなら80パーセントの成功だ!

3S(整理・整頓・清掃)をやる上で最初に収納を考えたら必ず失敗します。整理が旨くできたなら80パーセント成功したと思って良いと思います。整理とはすなわち捨てることですね。大概の場合はこれで大きくつまづくことになるのです。
これまで、何度となく3S(整理・整頓・清掃)に挑戦して敢え無く敗退してきた主な原因はこの捨てるということが旨くできなくて失敗してきた歴史でもあるのです。特に問題だったのが書籍ですね。そしてパソコン関係の部品やコード類でありました。これは人によって様々だと思います。ある人は衣服であったり、なぜだか包装紙であったり、趣味のホビーであったりすると思います。なかなか思い切れないものなのです。
今回は書籍を大幅に処分して5分の1程度まで圧縮しましたし、パソコン関係の部品やコード類もほとんど処分してかなりすっきりしました。この私にとっての2大分野が占めるものは想像を絶する量があって、実際自分でも驚いたくらいであります。
これらのものを一挙に捨てるとご近所様から苦情がきそうだったので、目立たないように週に一回ずつある資源ゴミや燃えないゴミの回収日に3ヶ月間にわたってせっせと捨て続けました。
その中でも驚いたのは、パソコンの電源ケーブルとディスプレイをつなぐケーブルの多さです。この二つは何十本と出てきたのです。なんでこんなにあるのか不思議でしょうがありませんでした。他にも何台ものCD・DVDプレヤーやハードディスク。そして全部繋げば200メートルはあろうかというLANケーブル等々今思い出しても呆れてしまいます。いつか使うこともあるだろうと取ってあったのでしょうね。
でもそんなものは使うときはほとんど無いものばかりであります。もし本当に必要だったらネットで最新のものを取り寄せればいいだけの話なのです。朝注文すれば夕方には届きます。もし使うとしても何がどれだけどこにあるのかということを掌握してないわけですから実際は無いということと同じ事なのです。ここが大事です。
そんなガラクタが貴重な空間を長い間占領してきたかと思うと勿体無いことをしたなと思うのであります。

2013年6月12日水曜日

整理・整頓・清掃も一段落しました。ゴミを捨てるにもお金がかかるのだ

大型ゴミを車に積んで2回にわけて市川市のクリーンセンターなるところに運びました。大型ゴミを市役所に電話して取りにきてもらうのはかなり面倒な事だったのであります。ワンボックスの後ろにブルーシートを敷きまして、せっせとゴミを積み込みました。
最初は一度だけ運べば終わるかなと思っていたのですが、整理整頓を続けているうちにどうも1回だけでは済みそうにないという状況になったので、毎日コツコツとゴミの整理をしまして、2週間にわけて運び込んだわけであります。
クリーンセンターに到着すると思いの外個人でゴミを運んできている車が多くて20分ほど順番待ちをさせられまして、車ごと重さをはかりまして、指定した場所にそれぞれ降ろして終了です。帰りに再び車ごとに重量をはかり、その差額を料金として支払う仕組みでありました。奇しくも2回とも50kgでありまして、1050円でありました。合計100kgで2100円であります。

これでゴミの処分が終わったわけではありません。ブラウン管テレビと洗濯機なるものがありました。これは家電リサイクル法なるものがありまして、市では扱ってくれません。ホームページを見ても具体的にどうすればいいのかいまいちわからず、引き取り所に直接電話して聞きましたら、郵便局に振り込んでその書類を持ってこいというのであります。テレビが確か2500円で洗濯機が2800円ぐらいでありました。重くて一人では車には詰め込めないので休みだった次男に手伝ってもらいました。これですっかり自宅の内外はきれいさっぱりしたわけであります。でもその時はほっとして気が抜けてしまい2日ほど寝込んでしまいました。これ本当のことであります。

実際は捨てなければいけないものが後2つあります。そうですパソコンであります。ノートパソコン1台にキューブ型のディスクトップパソコン1台があります。これもそれなりのところに持ち込まないと処分できない仕組みになっていますが、「ご家庭でご不要となったパソコン・家電を無料でお引き取りいたします」と軽トラックでやってくる業者を待っている状態であります。いつもは煩いトラックだなと思っていたのですが、待っているとなかなかやってこないものであります。ま、そのうちにやってくるだろうと気を長くしてまってるのであります。

2013年6月9日日曜日

整理・整頓・清掃の効用か

本日は十数年ぶりに裏庭に椅子を出して、妻と二人でコーヒーを啜りました。裏庭といっても猫の額ほどの場所でありますが、これまで大型ゴミが占拠していてわざわざそこに降り立ってコーヒーを呑むという気にもなりませんでしたが、ここ3ヶ月ほど必死こいて整理・整頓・清掃をやり続けた結果、見違えるような空間が出現したわけであります。
朝からキャンプで使う椅子をだして、ラジオを聞きながら読書をしたり庭木の手入れをしたりと外で過ごしていたのですが、夕方妻がコーヒーを入れてきたので、もう一脚椅子を出してきまして夕方のお茶会となったわけであります。
本当はこのまま焼肉でもしてビールでもと思ったのですが準備するのが面倒だったので、そこそこにして引き上げました。
何もない空間こそ大事なのだと思います。これも整理・整頓・清掃から学んだことがらであります。明日は階段にワックスをかけます。すでに1階部分のリビングや仕事部屋・台所のワックスかけは終わっているのです。整理・整頓・清掃の集大成はワックスかけにあるなと思いまして最終目標にしていたのです。着実に成果をあげつつあるのはたしかであります。

2013年6月8日土曜日

ある程度の整理は終わりました。

昨日はこの3ヶ月ほどの間にただヒタスラに掃除をしまくっていたと書きましたが実際は整理をしていたのです。
整理とは捨てることであります。これを徹底してやらないと最終的な掃除には行かないのです。だから正しくはとにかく余分な荷物を捨てることに専念していたわけであります。
人間にとって捨てるという行為は精神的にとても辛い作業であります。でもそれは最初の頃のことでありまして、しだいに捨て慣れてくるといいますか、次第に心がスッキリとしてくるものであります。これはやったものでないとわからない感覚だと思います。

5日ほど前に捨て去るべきものがほとんどない状態になりました。肉体的には相当疲れました。捨てるというのは肉体労働でもあったわけであります。おかげで慢性的な筋肉痛になり、なかなかその疲れが取れない状態が続いています。これ本当に笑い事ではないのであります。

余分な物を整理する(捨てる)というのは、時間も体力もそしてお金もかかる行為だと知っている人はそうそういるものではないと思います。当分の間は整理をする必要が無さそうであるのが救いでもあります。

2013年6月6日木曜日

ただヒタスラに掃除をしまくってました。

いやはや、かれこれ2ヶ月ぐらいの間ブログをサボってしまっていました。最終のブログ書き込みを確認したら明日でちょうど2ヶ月間サボったことになるのですね。

この間何をやっていたかといいますと、ただただヒタすら掃除をやっていたわけであります。実際は3月あたりから思うことがありましてボチボチとやり始めたわけでありますが、そのうちに、だんだんと熱くなってきまして、頭のなかはとにかく掃除をするということひとつに凝り固まってしまったわけであります。

「なんだそんなつまらない事をやっていたのか」と思われることかも知れませんが、これまた奥が深いんですね。なかなか面白かったですよ。掃除をとおして人生を悟るなんていうのもなかなかのもんでしょ。

2012年2月25日土曜日

整理整頓 なんのことはない自分の心のなかを片付ける作業だったのです。

ここ2,3日は春を感じさせる日が続いて、ようやく寒い日からさよならできるかななどと少しだけ思ったのですが、この季節はそんなに甘いもんではないですよね。ただ2月もようやく終わりそうであります。どっちかというと2月は寒くて嫌いです。ただ普段の月よりかは短いですからね。このまま永遠に短い月のままでいて欲しいもんだと心より願っています。

 先週に今年初めての大掛かりな整理整頓を初めまして、昨日ようやく終わりました。押入れの中もスカスカになりまして、仕事部屋の床に山となっていた書類や書籍や数多くのパソコンの部品も綺麗サッパリと処分しまして、ガランとして気持ちのいい元の空間に戻りました。これまで押入れのなかにあったので敢えて引っ張り出さなければ目につくこともなく邪魔になることもなかったのですが、それではどうにも自分の気持ちの中が整理整頓されていないようで気持ちが悪かったのです。終わってしまえば以前とさほど変わりのない部屋でありますが、自分の気持ちの中はすっきりとした気分に満ち溢れています。なんとなく人生をやり直すような気分であります。
 なんと大袈裟なと思われるかも知れませんが、整理整頓とは自分の気持ちというか精神の整理整頓を現すものだと、この度初めて気がついたわけであります。

 これで私の整理整頓は終わったのかと思われるかも知れませんけど。本当はこれからが大変なのであります。大物の整理整頓は一応終わったことにしていますが、これらを処理する課程で目をつぶって一応数個の箱にまとめて放り込んできた、小物類の整理整頓が待っています。小さくて種類が多いのでどれが必要でどれが必要でないかを判断するのは大変な作業で、その事を考えると気が遠くなってしまいます。どうすれば一番ベターなのかをこれから考えることにします。

2012年2月19日日曜日

休みの日はまったりと断舎離を・・・・・。

天気もいいし自作パソコンも快適に動作しています。あまりにも気分がいいので、昨日から再び大掛かりな整理整頓を始めました。これまで何十回となく実行してきましたが、繰り返すことによって徐々に自分なりの整理整頓に対する考え方がかなりの変遷を経ながらも熟成かつ構築されてきたような気がします。

 私のパソコン部屋には階段下を利用した物置があります。そこに使わないものや邪魔になるものを押し込んできました。そうすれば部屋全体が一見片付いて見えます。二年程前に、これまで使用してきた数多くの言語マニュアルや、資料を本棚から抜き出して大量に押し込みました。これらのマニュアルや資料にはかなり世話になりましたし、自分の勉学の歴史のようなものですから、捨てるに捨てられなかったのであります。それに置いておく空間もありましたのでそのままになっていたのであります。

 整理整頓を繰り返してきてそれでは本当の意味での整理整頓にはなっていないのではないかと考えるようになったのです。どう考えても1年以上使用していないのは、これから先も使用することがないものだと判断します。それらのものを大量に持ち続けることは主義に反するとして捨てることにしました。そこで物置に潜り込んで仕舞ってあったすべての書籍や道具、雑多な部品類を部屋に出して広げました。
 あるわ、あるわ、こんなに一杯のものをしまい込んでいたのかと驚きであります。おかげで部屋は整理整頓する前の雑多なもので溢れている状態に戻ってしまいましたが、これから一週間ほどかけて、すべて処分するつもりであります。

 床から天井までの3つの本棚は、かなりスカスカの状態になりました。以前は上から下まで部屋にいるものを圧倒するように、ぎっしりと書籍がつまっていて、ある意味自分の自慢のものでありましたが、そんなもん何の意味もないこともないことだとわかってきたのです。それでも捨てられないような書籍は家族の本棚にそっと潜らせてしまって、知らんぷりを決め込むのです。本のヤドカリ戦略です。

「生前整理」という言葉を聞きました。実に良い言葉だと思います。私が死んだ時に、「オヤジって何にも持っていなかったんだね」と云われたら、すごく光栄なことだし、ウレシイことだと思うようになってきているのは驚くべきことだと思います。

2012年2月7日火曜日

整理整頓はジツに難しい

時々、思い出したように大々的な整理整頓をやりはじめる。やればやるほどその難しさがわかってくる。もう整理整頓が気にななり始めて何年になるだろうか。そして大々的な整理整頓を実行したのも覚えているだけで20数回になる。それでも未だ私の整理整頓は完成していないのです。
 以前は家全体を対象にして実行していたが、最近はその範囲を大幅に縮小して、自分の仕事部屋だけを対象にするようになった。整理整頓には明らかに理論と技術が必要だということがわかってきたのです。ただの思いつきで表面だけを整えたって、それは本質的な解決には至らないということが、ようやく理解できてきたのです。

 まだ若かった時分にプログラミングだけで生計を立てていました。プログラミングって整理整頓そのものだったような気がします。他人が読めないようなプログラムはいくらでも書けます。ただし、3日もすれば書いた本人でも判読不可能になりますけど。そこで知らず知らずのうちに整理整頓をやることになります。同じような処理はできるだけ1箇所にまとめて呼び出して使うことを心がけます。処理のブロックをできるだけ同じ場所にまとめてできるだけ理解できるように、そして使いやすくしていくようにするわけです。

 それで、未だ実生活で整理整頓ができない私は、プログラマーとしても3流以下だったのだと思い知ることになり、冷や汗がじっとりと流れてきます。


 最近、パソコン素人の方に教える機会がありました。私がプロかといわれれば甚だ心許ないのですが、それでわかったのは、どの人もフォルダーの使い方がまったくわかっていないということです。
 これも整理整頓ができない典型です。ある人はディスクトップ上に数十のファイルを置いていました。私の発想にはまったく無いことなので、それはそれで逆に感心してしまいました。ディスクトップもひとつのフォルダーなのだから、これはこれである意味正解なんだろうなと思った次第であります。
 それとは違う人ですが、やはりディスクトップ上にほとんどのアイコンを並べてありました。これらの2つの事例は実際の自分の机の上になんでもかんでも広げて使っているのと変わりがないですね。机にはそれぞれ引き出しがついていて、書類だの文房具だのをわけて入れて置きますが、彼等には引き出しがあること自体を理解していないのです。また引き出しが作れるということも知らないようであります。

 今年になって1時間近いビデオを作成して、DVDに焼き込んで50枚ほど配布しました。3分ぐらいの動画ならたいしたことは無いのですが、1時間近いとなると大仕事になります。そこで最初にPhoto・VIDEO・music・image・makeimage等々のフォルダーを作成して、使用するであろう素材を分類分けして収納することから始めないと作業はまったく進まなくなってしまうのであります。
 パソコンでの作業は基本的に整理整頓から始まり、整理整頓で終わるということだと深く理解したわけであります。

2011年6月22日水曜日

夜明けの断捨離

 夜があけたら、久しぶりに正しいお日様が「アサーッ!!」って叫びながら顔を出した。感動的であります。それでその正しい朝のお日様を写真でどう表現しようかと散々迷った末に左の写真しか撮れなかった。相変わらず貧弱な表現力であります。
 パソコンを最新のものに換えたら、カメラの扱い方があきらかに変わった。これまでは写真データが増えるのを嫌って、画像の大きさも控え目なものに設定していたが、最大の大きさに変更した。不必要にあまりにも大きな写真であると、WEB用にリサイズするのにも時間がかかって嫌だったのだが、今はそんなことはまったく気にならなくなってしまっている。それにリサイズするのはブログにアップするものだけに限っていたのだが、面倒だから全部選択して一気にリサイズしている。なんだか元の大雑把男に戻ってしまったような気もするが、ま、いいか。

 いいですね。アジサイの花。梅、さくら、菜の花、ヒマワリ、コスモスなんてのが私の好きな花であります。他にも好きな花はあるのでしょうけれども、忘れているのです。たぶん。

 昨日からやり始めた自分の部屋の整理整頓ですが、これまでまったく気にならなかったのに、やり始めたらいろんなところが気になり始めて、止められなくなってしまった。不思議なものですね。書籍関係はかなり以前から整理を初めており、無駄に書棚を占領していたものは、5次ぐらいに渡って排除してきたから、かなりスカスカの状態になっている。といっても、本当は捨てるに捨てられなくて、自分の部屋の本棚からは排除したのだが、2階にある家族共用の本棚にかなりの本を紛らわしてあったり、隠し押入れに運んだりと未練たらたらなのでありますけど。
 ま、とにかく自分の部屋から排除したのだから、すっきりと気持ちがいいことは確かであります。そのうちに書籍は第6次、7次と処分を敢行するつもりではいるのですが。

 今回問題というか、どうにかせんとあかんと思ったのはPCの部品というか付属品というものであります。一例をあげれば、パソコンとかディスプレーをつなぐ電源ケーブルであります。それが集めてみれば8本もあったのです。いくらなんでも電源ケーブル8本はもう使わないでしょう。それでもこれまで大分捨ててきたような気がするのですが、今回思い切って捨てることにします。それにディスプレーとパソコンをつなぐケーブルも4本ほどあり、これも取っておいてもしょうがないものです。後何に使うのか、使ったのかわからない部品が捨てられずに、いろんなところに潜り込んでいました。
 CPUとマザーボードのセットも3組もあったしね。これまでどこかの隅に潜んでいて、一向に使われなかったということは、まったく必要とされていないと判断していいのだと思う。取り敢えずまとめてダンボールの箱に入れておいた。たぶん、すぐには捨てないけれども、外の物置にしばらく保管しておいて、時が建ったら思い切って処分することにしようと思う。
 これで見える部分だけでなく、見えない部分もかなりすっきりした。気分がいい。

2011年1月15日土曜日

読書の冬なのだ

「読書はスポーツだった」の終焉
 ここ数年は同じ本をなんども読み返す習慣をつけるように努力してきました。それまでの私の読書の仕方は「読書はスポーツだ」といったかなりヘンな思いこみがあり、書店で見つけた本は体力と時間のある限り一気読みであります。そうして読んだ本は本棚に直行して、2度読むということはほとんどありませんでした。読書というものは案外体力のいるものでして、当時は一旦気に入った作家や作品に出会うと、それこそ寝食を忘れて24時間読み続けるのであります。当然仕事はサボリかちになり、それどころか可能なかぎりお休みをとります。それでクビになった仕事やアルバイトも結構あります。当時は若かったので仕事に対する執着もさほどなく、また次の仕事を探せばいいやぐらいに考えていました。今考えてみると、逆で仕事が面白くなかったから、読書に逃げていたのかも知れません。今となってはそのあたりの関係は曖昧模糊となっており、はっきりとしたことはわかりません。ただ当時の読書は1回きりの読み捨てだったことは間違いありません。読んだということと理解したということはまったく別次元の話であります。
 
本棚から溢れる蔵書に満足していた
 自分なりに見栄というものがあったのでしょうね。2度と読み返すことのない書籍が溢れかえっている状況というものが結構気にいっていたのです。誰か訪ねてきて溢れるような本の山を驚く様子楽しんでいたのです。どうだ、オレ様はこれだけの読書をして、勉強をしているのだよ。という愚にもつかない優越感に浸っていたのであります。中味のない奴ほど自分以外の権威や物を利用して、自分を必要以上のものに見せようと奮闘するものであります。その浅ましき心情に気がつくのはかなり後になってからであります。
気がついてみるとアメリカ人作家のものがほとんど
 いたずらに書籍を蓄積する生活やそれらを密かに自慢している自分に嫌気がさして、必要と思われない書籍をどんどんと処分していくのはかなり年齢を重ねてからのことでありました。そして処分する過程で、もう一度読むだろうと思われるものを極力残すようにしました。そしていつしか、これだと思える本を2度も3度も読み返す習慣を少しずつ身につけるようにしていったのです。
 そうした時に発見したのが、それらの書籍のほとんどが、アメリカ人作家のものがほとんどだったということであります。もちろん英語がまったく駄目な私でありますから原文なはずではありません。全部翻訳ものであります。なんでこんなにもアメリカ産の書籍に惹かれるのか自分でもわけがわかりません。アルビン・トフラー P・Fドラッガー ローラインガルス ヘンリー・D. ソロー等々数え上げればきりがありません。
 音楽や映画やTVでも小さい頃から影響を受けてきたのは確かですが、アメリカかぶれというほど汚染されているつもりはありません。むしろ世界最大の戦争陰謀国家といったことで一番嫌いな国なのにです。自分の意に反してこの結果なのでありますから、これはしょうがないことであります。
理解するためにサイトを立ち上げる
 スポーツ読書ではどうしようもないことを悟った私は、理解するための読書に切り替えました。必要とあれば何度でも読み返します。もちろん私のしょっぱい頭では全部理解することなど不可能であります。それでも努力してみる価値はあると思っています。だから10回ほど読み返した本も出てくるようになりました。読まなくても理解できればそれに越したことはないのです。理解できていれば読書そのものも必要がないものとなります。逆に少しも理解できないのなら読書などそもそも必要のないものとなります。
 そこで理解するために考え出したのが、自分のためのサイトを立ち上げることです。例えばP・Fドラッガーの書籍を読み始めたらすぐさまにそのサイトを立ち上げて、関連する情報を収集して収録してしまうのです。書籍の前文を掲載すれば著作権にひっかりますが、目次ぐらいは許されます。読書の進行にあわせて目次も掲載していくのです。もちろんそこには書評というまではいきませんが読書感想文ぐらいは書き込むようにしていくのであります。そういうことをやっているとただ書籍を読むだけでは理解できないものもかなり深く入りこんでいけるようであります。もちろんこれは私のメモですから、大々的に宣伝することもないのでサイト名は秘密でありますけれども。
読書感想文の難しさ
 さて立ち上げた関連本のサイトに書籍の読書感想文を書くといいましたが、これが実に難しい。読み飛ばしの読書方法だったら、「ひやー面白かった」で済んでしまいますけれど、何がどう面白かったのかを再検証しなけれっばならないわけであります。消化した部分を自分なりの表現や言葉で書かなければならない作業というのはかなり難しいということを今更ながら思い知らされたのであります。なんにも書けない状態なんていうのは普通のことであります。だからそのサイトは永遠にシークレットなのであります。

2010年12月17日金曜日

料理修行はまだ続いていますよ

 今週の料理当番は一応本日で終了です。なんかほっとします。以前は何を作ればいいのか毎日パニックになってしまいそうでありましたが、諦めずに毎日料理をやり続けた結果、どうやら、コンスタントに月曜から金曜日までの5日間の料理を作ることができるようになったようなのであります。

 土日はまったく料理をしないかといえば、そうではなく次の週のために下ごしらえができるものはやっているのであります。特に冷凍できるものを作っては貯蔵して、どうしても料理したくないっていう日に備えておくのです。こうしておくと気も楽になります。いざとなれば冷凍してある餃子やコロッケやメンチカツを登場させるわけであります。
 それからオヒタシっていうのもなかなかいいです。ブロッコリーや卵なんかもあらかじめ茹でておきますと、いろんな場面で使えます。日曜日に茹でて大きなタッパーにいれておくのです。それを小分けにして出すのです。そうそう小分けにして出すってなかなかいいですよ。小さな器にオヒタシとかきんぴらごぼうとか、オカラを使ったモノとか、漬物とかちょっとだけ保存が効くものを妻にも協力してもらってかなり多めに作っておくのです。それを大きめのタッパーにいれて冷蔵庫に保存です。にわか料理人に成り立てのころはメーンディッシュだけを考えていましたが、これは大きな間違いです。まずは3品から4品の小物というか脇役の料理を考えてあらかじめ用意しておくのです。それに何かメーンになるものを一品作れば済んでしまうのです。メーンになるものが野菜炒めなんてなるともうそれはそれは簡単すぎて申し訳ない気持ちになってしまいます。うーーんかなり余裕がでてきたぞ。
 そうするとそれだけで3品から4品揃ってしまいます、こんな感じですから時には5品とか6品になる場合も多々有ります。私一人だけであったら3品もあればそれだけで充分だと思えます。
 以前は大皿にドッカンドッカンと出していたのですが、そうすると奴らはあまり好きでないものには手を出しません。へたすると大量に残ってしまう場合もありました。料理するがわにとってみますと誠に気分が悪い話であります。それに冷蔵庫になんでもかんでも詰め込んでおくっていうのが大嫌いなのであります。以前の私はなんでもかんでも冷蔵庫のなかは一杯であればいいのだと考えていましたが、最近は冷蔵庫のなかも整理・整頓・清掃を断行しておりまして、冷蔵庫のなかはスカスカで見通せる状態が最高なのだという結論に達しております。ですから残った料理を再び冷蔵庫に戻すということは絶対にやりたくないことなのです。出した料理はその場で消化というのが鉄則になっております。そうしますと自然と作る量も考えるようになりますから、節約にもつながるわけであります。
 だから家族には出されたものは絶対に残してはならないと厳命してあるわけであります。それを守らなければどうなるか、私の性格からすればもうお判りでしょう。

 さて本日の料理は、以前に大量に作りおきしていた餃子を焼きます。これも料理が嫌になったときの用心にと作っておいたのですが、ここ2週間は毎日順調にやってきましたので、一度も使うことがなかったのです。本日はその餃子を全部使いきって一旦リセットです。日曜日にでもまた大量の餃子を作ればいいのですから。それからマーボー豆腐ですね。これも実に簡単で便利な料理なのですが、この2週間ほど一度もやっていませんでした。そろそろやっておかないと忘れてしまいそうですから復習のためにやろうと思っています。なんだか中華料理屋さんみたいですね。

2010年11月12日金曜日

スキあらばゴミは即座に処分すべし

 一日休んだので筋肉痛はだいぶ和らいだ。少しぐらいまじめに家事をこなしたからってすぐに筋肉痛になるぐらいだから、自分の体力はかなりヤバい状態にあることが身にしみてわかった。今朝は一般ゴミの日であります。忘れずに大きなゴミ袋3つを必ず出さなければと玄関前に用意する。昨日は資源ゴミを出す予定だったのだが、体がいうことを効かず寝ていて出すタイミングを誤ったと思っていたら、妻が知らない間に出してくれていて助かった。
 アウトドアにおいて案外大変でやっかいなのがゴミの処理であります。まさかその周辺に放置するなんてことはできないし、絶対にやりたくないことでありますから、自然車のなかに貯めこむことになります。最近は公園等でも「家庭ゴミはお持ち帰りください」なんて看板がでていて、ゴミ箱そのものがないというところが増えてきました。そこで助かるのがコンビニのゴミ箱であります。ところがアルミ缶やペットボトルの類だったら心置きなくポイポイと捨てられるのですが、普通のゴミとなると結構気が引けてしまって、何か買い物をした上で捨てなければなんて気持ちになってしまうのであります。
 車中泊でのゴミなんてものはほとんどがビニールや発泡スチロール類の食品の包装に関するものでありますが、それでも気が引けてしまいます。それでも捨てずに車のなかに置いておくと、車の中は結構暖かいものですから匂ってくることになります。
 北海道を車で1ヶ月近くさまよっていた時に困ったのがこのゴミの処理であります。都会周辺のコンビニの場合は本州と同じように店頭にゴミ箱は用意されていますが、奥地にいくにしたがってゴミ箱が見当たらなくなってしまうのです。これ3年ほど前の話しですから現在はどのようになっているのかはわかりませんが、まさか人気のない原野に放り投げることもできずに少しずつゴミの袋が蓄積していってたくさんのゴミのなかに生活するはめになってしまったのです。旅行の終り頃にようやく、ゴミ箱のあるコンビニを発見してほっとしたのですが、まさか一挙に蓄積したゴミ袋を捨てるのもためらわれ、少しずつ複数のコンビニに捨てて歩いたという経験があるのです。
 「チリも積もれば山となる」を本当に経験したしだいであります。一昔前なら燃やしてしまうという手段もありましたが、そんなことをしたら、すぐに通報されてパトカーがやってきて厳重注意をされるのが常であります。ましてビニール類を燃やしたなんてことならばただでは済まないことになるでしょう。
 秋田の農園でサバイバルのような暮らしをしていた時も常に頭を悩ませたのがゴミをいかにして処分するかという問題であります。住民登録をしているわけではないので近所のゴミ捨て場に捨てることもできずに困り果てました。そこで生ごみは堆肥にして、資源ごみは完璧に分別をして、いつも買い物にいくスーパーに捨てました。ビニール類はコンビニのゴミ箱に捨てました。これが毎日のことだったのでかなり気を使ったことは確かであります。
 生活する上では確かに電気・ガス・水道も重要なのですが、ゴミの処理というのも同じぐらいに重要なインフラであるということを身を持って知ったわけであります。
 ゴミは絶対に溜め込まない。機会があれば少量であってもすぐに処分するという癖をつけることが大事であります。またすぐにコンビニが見つかるとか、サービスエリアがあるよとか道の駅で、なんて甘い考えは捨てなければなりません。スキあらばすぐに捨てるのです。たとえアルミ缶一個でもです。これは家庭でもそうです。次のゴミ捨て日まで待つなんてことをやってはいけません。すぐに捨てられる準備を怠ってはいけないと思うべきです。
 数日前から生ごみは堆肥にすることにしているので、その分かなり気は楽になりましたけれどもね。

2010年11月11日木曜日

本日は臨時休業だい

 にわかに台所のゴキブリ男と化して、一日中台所を中心として徘徊することが多くなってきたのだが、数日前から調子に乗って家の周囲の掃除もやりはじめた。というのも、精米機で精米をすると、当然「米糠」という副産物がでてくる。今年の夏まで百姓をやっていた私の考えつくことは当然有機肥料を作るということになる。そこで、さっそく有機肥料作りに着手した。自宅の庭は、裏側が無用に広いのだ。そこに落ち葉がたくさん落ちていてまったく掃除されていない状態になっていた。まずはそれを集めて堆肥を作ることにした。それで急遽庭の掃除と相成ったわけであります。
 集めてきた落ち葉に少し土を入れて、それに米ぬかを混ぜあわせた。こうなってくると当然のごとく、台所で出る生ごみに目をつけることになります。肥料を作ると決意した時点から、それはゴミではなく宝に豹変することになるのです。自宅では全員がコーヒー好きときているから、コーヒーの残滓もバカにならないぐらいの量になることを発見する。当然それらも宝物に変身することになるわけであります。今年の冬はひたすら土づくりに励んで、来年の春からは本格的な菜園を出現させようと目論んでいるのです。秋田での百姓は挫折したが、今度は都会での本格的百姓を目指すことにします。始めは家の周囲でプランターでどこまで野菜が作れるのかの実験を行います。
 なんだか、台所のゴキブリ男が都会の百姓に変身をしていくというストーリーに自ら酔ってしまいます。そんなこんなで一日中自宅の内外の掃除をやり続けていたら、筋肉痛で体が動かなくなってしまった。それで本日は臨時休業となったしだいであります。それでも先日餃子を200個ほど作って150個ほどを冷凍にしてあったので、今夜のメニューは餃子ということになります。他にカレーも冷凍にしてあります。こうして少しずつだけでも家事の要領が良くなっていくような気がします。

 これまで妻と長男がプランターや植木鉢で花木を育てていたのですが、私はそんなチマチマしたものは好きでないので、まったく関わりあうことをしてこなかった。しかし、あのやり方はいずれ破綻するなと思っていた。なぜかというと肥料の大部分を化学肥料で補っているのです。だから土はいつしかカチンカチンになってしまっているのです。そうすると花木に勢いが無くなる。自然さらに化学肥料を補うという悪循環に陥ってしまうのです。まずは豊かな土を作らなければならないのですが、そんな面倒なことには思いもよらないことなのでしょう。本格的に農業をやっていると、成功失敗は土づくりにかかってくるというのを思い知らされるのです。ですから、秋田では相棒のやっちゃんとともに、コイン精米機を探し回って米ぬかを集め回ったということもありましたし、山の麓まで一輪車で行って枯葉を集め回ったということまでやったのです。あの苦労に比較しても今回やろうとしていることなどなんでもないことであります。

2010年10月29日金曜日

そこには予想だにしなかった家族という強力な伏兵が立ちはだかったのです

 昨晩は結局野菜炒めも作らずに、ご飯と味噌汁だけを作って轟沈してしまいました。一夜明けた今朝はまた元気が戻ってきたようであります。そこで、いつもどおりに、まずは台所の大掃除から始めました。居間の大きなテーブル・台所のカウンターに自分の部屋の大きめなパソコンディスクは、一日に一度は必ずリセットするように決めているのです。リセットするとは上に置いてある読みかけの本や書類に台所の炊事道具及び諸々小物類やその他余分なものは元あった場所にきっちりと返却収納し、処分するものはゴミ箱へ捨てて、きれいサッパリと何もないいさぎ良い状態にしてから、必ず拭き掃除をするのです。
 この拭き掃除というのが特に重要だということが最近わかってきたのです。ただ単に片付けるだけでは駄目なのです。きっちりと固く絞った台拭きで拭かなければ不完全だということです。少なくても一日一回これをやると整理整頓清掃という3Sが行われることになります。これを毎日やりますと、掃除の時間がものすごく短くて済むことになります。それは一日や二日やっただけでは簡単には成就しません。毎日少しずつ積み重ねることによって自然と整理整頓清掃が本物に近づいてくるのであります。
 要はリセットの際に片付けるものが極端に少なくなっていますので、拭き掃除が実に簡単になってくるのです。最近は3分から5分ぐらいで済ますことができるようになっています。最初の頃は半日かけても終わらないなんてことは普通でありました。毎日やり続けてきたおかげで片すものがほとんど無くなってきているからです。片すものがほとんどないということはある程度整理整頓ができてきたということです。しかし、それは表面的なものであります。棚な引き出しの中まできっちりと整理整頓されているというところまではいっていません。それでも、これこそ私が理想としていた整理整頓清掃に近づいたことであります。
 以前にも書きましたが、3Sにはゾーンディフェンスという考え方が必要不可欠です。最初から全部をやろうとして気負っても深い挫折を味わうだけであります。世の中には私と違って生まれついてから整理整頓が得意で掃除好きなんて方もたくさんいると思いますが、私はその真逆です。まず、実に怠惰な性格でありますし、別に整理整頓などなされていなくも何も困らないと考えている奴でありまして、いや、その整理整頓という言葉自体が私のなかにはまったくと云っていいほど無きに等かったのでありす。まして掃除などはどうでも良くて、いくらゴミやホコリのなかにいても人間は死にはしないということを信念にしていたくらいであります。実際死ななかったしね。これからも死ぬことはないでしょう。たぶん。
 あれ?話がいつものようにアラヌ方角にいってしまいました。そうです、一挙に整理整頓掃除をしようとしても、それは絶対に無理なのです。だから最初はほんの小さなスペースだけをやるのです。そこだけが片付いていれば良しとするのです。他がいくら汚れていても乱雑に散らかっていても一切気にしないのです。そかし、いったんその場所を確保したならば徹底的に維持していくのです。例えば自分の部屋の机の上とか、台所のシンクとか、玄関の踊り場とか、どこでもいいのです。そのゾーンを魔の手から守りぬくのです。そうしたのちにその周辺に少しずつ守るべきゾーンを広げていくのです。これを短期間でやってはいけません。1週間とか2週間でもいけません。1ヶ月2ヶ月場合によっては半年から1年ぐらいの期間を取るのです。
 いくら自分の部屋が短期間で整理整頓掃除がなされたとしててもその時点ではたいした意味を為さないのです。それは見た目が短期間に良くなっただけで、自分のなかに、しっかりと3S(整理整頓掃除)の精神が根付いていないのです。3Sの精神がしっかりと身につくまでには膨大な時間を必要とするものなのです。スポーツでも習い事でも人間は何度も何度も反復訓練することによってしか、その技術を身につけることができないから、自分のなかで格別意識しなくても自然と余分なものを整理し整頓するというところまで持っていって本物に成り得るのです。
 それで、偉そうにおしゃべりしている私の場合はどうなのかといいますと、これまで思っても見なかった伏兵がいたのです。それは何かといいますと、家族という侮りがたい強力な伏兵であります。自分独りだけで生活しているのであれば、自分の考えだけでなんとかなりますが、他の人間が多数関わってくるとなりすと、もう自分自身だけを習い性に改革しても、どうしょうもないことだということに直面することになるのです。このことについてはまた別の機会にお話することにします。

2010年8月17日火曜日

旅をするにも整理・整頓が重要です。

 明日からの旅の準備を開始します。といっても先日茨城方面に旅したばかりですから、車から降ろした荷物をまた積めば良いだけのことですから、そう大変なことではありません。これまでの車中泊の荷物と最近の車中泊の荷物は大幅に違ってきています。それというのもこれまでなんどか挫折を繰り返しながらも「独り3S運動」を展開してきた結果だと思います。2010年8月15日日曜日のブログ「気がつけば机の上にキーボードが6個も並んでる」に中途半端に書いていますが「整理・整頓・掃除」の頭文字をとって3Sといいます。これは別に私の特許なんてものではなく、日本の製造業の現場ではかなり以前からやられていた手法だということです。以前に「最近3Sに目覚めて、がんばっているんだ」と得意げにinakさんにいったら、「そんなの製造現場では常識の常識」だよと、いまさら何をいってるんだろうこの人はって顔をされた覚えがあります。以前といっても3年ほども前のことだったような気がします。このブログにも書いたつもりですが、検索しても見つけることができませんでした。
 さて自分の車中泊での荷物のあり方に疑問を持ったのは、あるキャンプ場で多くのライダー達さんたちと知り合いになったことがきっかけであります。私のような車を使った旅行では、積もうと思えば学生の引越し分ぐらいの荷物を積むことも可能であります。ですから普段はなんの意識をすることもなく、必要だと思うものをなんの考えもなくどんどんと放り込んで出かけておりました。しかし、オートバイを使用しての旅行となるとそうはいきません。限られたスペースに必要最小限の道具やら食料品等を積み込まなければなりません。彼等のパッケージ能力は実に考え抜かれており、ただ野放図に荷物を持ち歩くしかなかった私には神業のように思われたのです。
 まず、これも持っていけば必要になるかも知れないなどという曖昧な道具は容赦なく外してしまいます。キャンプの場合などは特にそうですが、あれもこれも必要でないかと考えすぎてしまい、荷物がどんどんと膨らんでしまうことになります。特に初心者の場合は不安ばかりが先にたってしまい、道具にしても食料にしても余分なものがそのほとんどを占めてしまうと状態になってしまいます。経験がないからそれも仕方のないことであります。しかし、2回目からもそれをやってはいけません。必要がなかった道具や食料品は必ずチェックして外すようにしなければいけません。また必要だったのに持っていかなかったものもチェックして加えることにするのです。これを何度か繰り返せば必要最小限で実に合理的な装備リストができあがるというものであります。

どのような空間も定期的にリセットする必要があります


 前回の茨城旅行から1週間ほどでまた旅にでるのはわかっていたのですが、以前の私ならそのまま車に装備を積んだままにしておいたでしょう。そのほうが簡単に今回も旅に出ることができるからです。最近の私は決してそのようなことはしません。全ての荷物を一旦車から降ろします。車を完全に空っぽにするのです。整理・整頓の極意というほどのことではないですが、必ず定期的にリセットすることが重要なのです。整理・整頓の理想的な形は、そこに何もないということです。何もないからわざわざ整理・整頓するやる必要がまったくないということです。掃除をするのもモノをいちいちどかさなくて済みますから簡単にやることができます。
 いちど車を空っぽにしないと、無駄だと思っていたモノもそのまま置きっぱなしになってしまいます。人間の記憶などというものは実にあてにならないもので、1週間もすれば現場で無駄だと思ったことも忘れてしまいます。それを避けるためにもいちどリセットしておく必要があるのです。もちろん始めの頃はチェックリストを作成しておき、付けたり削除したりを繰り返していくのです。今回は車中泊の荷物を例にして書いていますが、普段の生活でも必要なことであります。ただこれやってみると案外大変なことなのです。

全体を見るな、ある一部分だけを見よ(ゾーンデフェンス)


 以前の私の部屋はかんり乱雑でモノが溢れていました。当然掃除なんてのはやったこともなく、どこに何があるかもほとんどわからず、最近時々テレビで話題になるゴミ屋敷に近いものでありました。惜しい、もう少し激しくゴミを溜め込んでいればテレビ局が取材にきたかもしれないのに。そんな状態のなかである日突然目覚めて「独り整理・整頓・掃除」に挑戦したのです。当然うまくいくはずもなく、1週間ほどで挫折しました。その後もなんどか挑戦しましたが、そのたびごとに敗北感を味わったのであります。
 なんどか失敗を重ねているうちにあることに気づいたのです。それは部屋全体をいきなり全部やろうとするから挫折するということです。何年にもわたってモノを溜め込んできた部屋です。人によっては何十年もということもあるかも知れません。それをたった一日や二日で一挙にやってしまおうなんてのは無理があるのです。それにこれまで整理・整頓のなんたるかをまったくわかってないのですから、それをやるにはかなりの無理があるのです。整理・整頓で一番やらなければならないのは、余分なモノは捨てるということです。整理ベタ掃除ベタっていう人には共通してモノを捨てられないという弱点があるのです。
 最初はいきなりモノを捨てなくもいいのです。とにかくどこか1カ所をやるのです。自分の書斎でありましたら、机の上とか、家全体でしたら、まずは玄関そして台所とか他はどんなに乱雑になっていても構わないのです。まったく気にしなくていいのです。私はとにかく机の上から始めました。机なんてものはそんなに広くはありません。まずはそこを攻めるのです。本当はどこでもいいのです、本棚でもいいし、ベットの上でもいいし、一点決めましたらそこを整理・整頓・掃除をやるのです。机の上っていうのも案外大変なものなのです。やりはじめてみれば結構たくさんのものが置かれています。パソコン関係の部品やら書籍、文房具、チラシ、各種マニュアル、案内のはがき等々あるわあるわ。まずは最小限必要なもの以外は全部引き出しなり、物置なりに待避させるのです。いったんきれいになったらしめたものです。でもそれで終わったわけではありません。これからが茨の道なのです。
 机の上で作業をやるごとに必要なものをまずは揃えます。日記を書くのであれば、日記帳に筆記具を出してきて書きます。書き終わったらまたしまいこむようにするのです。私はマルチタスクだから日記を書きながら本も読むからそんないちいち面倒なことはできないわという方もいらっしゃるでしょう。それはそれでいいのです。でも必ず一日になんどかは机の上をリセットするのです。エアコンのリモコンを出したらすぐに所定の位置にしまうのです。すべて所定の位置に戻すことが大事なのです。この癖をつけなくてはいけません。これを躾けとか習慣化といいます。5Sという分類に入ります。5Sとは「整理・整頓・清掃・清潔・習慣化」の5つを指していうのです。5Sなんていきなり考えたら頭が痛くなりますのでこのさい完全無視します。
 さきほど「所定の位置に戻す」といいましたが、これが一番大変なことなのです。「所定の位置に戻す」ということははじめに「所定の位置」を決めなければならないのです。やってみればわかりますが、ここで頭を抱えてしまうのです。だって、どこに置いておけば最適かなんてことは、最初はまったくわからないのです。どの場所にどの道具を置いておくかというのは、それこそ時間をかけて試行錯誤を重ねないとできないことなのです。机の上はきれいになったけれども、こんどはしまい込んだ道具の種々選択をおこない、所定の位置決めをしなければならないわけであります。とりあえず乱雑にモノを押し込んだ机の袖の引き出しの整理にかからなければなりません。このようにして各ゾーンを時間をかけてゆっくりとやらなければならないのです。とにかく焦らないということが肝要であります。途中で挫折したらしたでそれでいいのです。また挑戦するだけの話でありますから。この話はまだまだ続きます。なぜなら私の3S運動はまだまだの状態にあるからであります。


私の3Sとの最初の出会いは朝30分の掃除から儲かる会社に変わる―社員ニコニコ業績ピカピカの法則の書籍でありました。

内容紹介
ほんの20年ほど前まで、手のつけられないほどひどいありさまだった、小山昇率いる株式会社武蔵野。幹部社員の3分の1は、先頭集団を走っていた元暴走族。仕事に対する誇りもなく、不正は横行し、ご近所の方からは疎まれていました。
しかし、そんな正真正銘の落ちこぼれ集団だった武蔵野が、2000年度に「日本経営品質賞」を受賞。同時受賞が日本IBMだったことで話題に。翌2001年度は「経済産業大臣賞」受賞と、次々会社が変わり始め、いまや諸外国からも「社屋ボロボロ・社内ピカピカ」の武蔵野本社へ、視察団がやってきます。創業以来、売上を伸ばし続けている、武蔵野の秘密はなにか?
本書には、その秘密が隠されています。製造業からペットショップまで、全27社の事例のなかには、新聞紙1枚の「狭い掃除」で、経常利益が3倍になった会社もあります。
「整理は戦略、整頓は戦術!」
なぜ、武蔵野が創業以来、朝20分でなく、30分間、やり続けているのか? その理由がわかります。
内容(「BOOK」データベースより)
幹部社員の1/3が元暴走族。この落ちこぼれ企業が、『日本経営品質賞』『経済産業大臣賞』を次々受賞した秘密とは?やるのは「新聞紙1枚のゾーン」だけ!「ペチャクチャ掃除」で、社員が伸びる!27社の事例付。

 もともと掃除はきらいです。整理・整頓なんてやろうと思ったときから頭痛がしてくるタイプの