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2013年9月7日土曜日

車が修理から上がってきた。

 ここのところ確実に涼しくはなってきていますね。エアコンのスイッチを入れる機会も格段に減ってきたような気がします。ややもすると扇風機も回っていない時が多くなりました。
 昨夜はそれほど酒量を超すこともなく、おかげで本日は平和な休日になりました。メデタシメデタシであります。昨日は乾いた洗濯物が山のように重なっているのを見て、最初からタジロイでしまって畳むの放棄したのですが、その嫌になるほどの洗濯物の山を妻は30分ほどで何事もなかったように片付けてしまった。恐るべしであります。私は自分の役に立たない姿を、まざまざと見せつけられてしまって、かなり意気消沈してしまったわけであります。やはり俄(にわか)主夫ではそれほど役にはたたないものなのだと自覚したしだいであります。
 午前中にホンダが車を取りに来て、夕方には部品を取り替えてすべて旨くいきましたの電話をもらってほっとする。それでダメだったら2次的な修理をやることになっており、その修理をすると20万円近く費用がかかると云われていたので一挙に緊張が解けてしまった。本日から安心して車中泊ができる環境になったわけであります。といってもまったく出かける予定はないのですが。

 今日は格別の話題が思いつかないのでありました。四国旅をやっている途中で道の駅が掲載されている地図があったほうが便利だということになって、道の駅インフォメーションで探したのですがひとつも見つけることができませんでした。
 東北とか、北陸だと道の駅の一覧表になった地図が結構用意されていて、各道の駅で無料で配られているのですが、四国では作られていないらしく結構真剣に探しましたけれどありませんでした。道の駅検索ツールも持っていたのですが、これが案外面倒です。そんなものより一枚の地図上に書いてあるヤツのほうが数倍使い勝手がいいのであります。
 道の駅で探して見つからなければ、本屋さんで購入するしかありません。コンビニも数点覗いてみたのですが、ありませんでした。さて、都会では大手の本屋さんが撤退してしまって中々探すことができません。地方だったら益々探せないだろうなと思いながら、あまり期待をしないで走っていました。
 最初は「古本・CD・DVD買取ります」という看板の本屋さんはたくさん見つかりました。やっぱりね、ああいう本屋さんには地図なんて売ってないものだと思いながら、ものは試しということでブックオフに入ってみましたが、予想したとおりに置いていませんでした。ま、しょうがないかということでアキラメていたところ、あったのです、それが結構大きな本屋さんでありました。
 中に入ってみると見かけよりも、もっと広大で、なんだか嬉しくなってしまいました。おっとアブナイ、ヘタするこの本屋さんに半日でも一日でも居続けてしまいそうな気がしたので、他の本をなるべく見ないようにして、店員さんに道の駅が載っている本はどこにあるのかを聞き、それを手に持って一目散にレジに向かいました。
 最近は本を購入するのはネットだけになってしまって、本屋さんのなかを徘徊するということがまったくなくなってしまったので、本当は時間をかけて丹念に他の本も物色したかったのですがそれをやっていたら四国なんてほとんど回れなくなってしまいますので断念しました。
 それで、それ以降結構ちゃんとした本屋さんというのが気になりながら走ったのですが、それが結構あるんですね。それもかなり大型の書店が。都会よりも地方のほうがなぜか大型書店が多いように感じたのは気のせいでしょうか。結構な距離を走り回っていますから、ひょっとしたら錯覚なのかもしれません。

2011年9月15日木曜日

信濃路の旅で「二十四の瞳」を読み号泣する・・・・・

 かなり前に何故か私の本棚にあったのを発見して、5ページほど読んでそのままになっていたのを、何を思ったのか長野の旅に持っていった。「二十四の瞳」ってのは題名は良く聞いていた。映画にもなっているのも知っていたのだが、その内容はまったく知らなかった。舞台は小豆島のどこかで、女先生と12人の子供たちの話だぐらいのことは知っていたのですが。
 だいたい作者の壺井栄って方が女だというのも、解説を読んで初めて知ったようなわけでありまして。5ページほど読んでそのままになっていたというくらいですから、それほど面白いとも思わなかったのでしょう。もっとも私の読書は一度に違う作者や違うジャンルの本を同時に読むというスタイルであります。これは多分集中力の無さからきているものだと思います。だから、1冊の本を完読するには、すごい時間を必要としてしまいます。その間に途中まで読んでいた本を忘れてしまって半端なまま放おって置かれるものも出てきますからはっきりとは断言できないのであります。
 ま、とにかく最初の数ページを読んだというのは、まだ何にも読んでいないというのに等しいので、結局最初から読みなおしたわけであります。
 それが何気に引きこまれてしまいまして、数冊を同時に読むといういつものスタイルはどこかへ行ってしまいまして、ちょっと暇があれば読み続けたのです。やはり独りで旅に出ているという特殊な環境が多いに影響しているのだとも思います。仮にこれが自宅で読んでいてもここまで引きこまれたかと疑問に思います。

 いやー、泣きましたね。いい年した親父がボロボロ涙を流して泣いている姿などは人様には見せられません。でも周囲にはただ風の音と川の音がするだけの場所ですから、誰に見咎められるわけではなく、涙は流しぱなしにしておきました。原作はなかなか良かったのですが、映画はどうなんでしょうか。あまり見たいとも思わないですね。原作の感動をそのままにしておきたい気がします。

 しかし、不思議だ、いったいこの本は誰が買って、本棚に置いたのだろうか。妻に聞いたら知らないというし、まさか長男だろうか。うーん

2011年2月3日木曜日

最初ゆっくりに感じていた英文の朗読が・・・・・ひえーーー

注文していたLittle House on the Prairieが到着した。「大草原の小さな家」シリーズの2巻目でテレビドラマのタイトルに採用されたものであります。紙質は悪いです。日本でこのような質の悪い書籍が発刊されたらきっとそっぽを向かれるだろうなと思えるぐらいのものであります。ただ雰囲気はいいです。イラストも豊富に入っています。全文英語です。って、あたりまえか。ペラペラめくってみる、ストーリーがあらかじめ頭に入っているせいか、なんとなく理解できる・・・・・ような錯覚を持つ。いいのだ、これでいいのだ。

 先に購入していた6枚組CDの朗読を流して、英文を追ってみる。音声だけで聞いていた時はゆっくりと流れていたと感じたが、英文を広げて同時に見る聞くを実行してみると、途中から「はぇー!」こんなに速かったっけとなる。単語を頭のなかで処理するのが間に合わないのだ。途中からいちいち単語を頭のなかに入れるのをやめた。と言うか追いつかないのだから仕方がない。表面を朗読にあわせて流すだけしかできなかった。
 当分はこの方式でなじむしかないうような気がする。次にやるのは英文をそっくりタイプすることである。次はわからない単語を抜き出して一覧表にしてみる。当然日本語の意味を対比させていく・・・・・。
 また翻訳されたものと原文とを比較してみるというのも楽しみのひとつであります。

 いろいろ思いを巡らしながら、思いついたことは、音声を流し、画面には対応する英文があわせて表示され、さらに日本語訳も表示されるとHTML5アプリを作成できないかということであります。当然自分だけのものでありますけれども、現在取り組んでいる自分の総合学習の集大成のようなものであります。できればスマートフォン対応になればバンバンザイであります。どこまでできるかはわからない。

2011年2月2日水曜日

ドラッガーを読み続けています



 性懲りもなくドラッガーを読み始めました。とりあえずダイヤモンド社が力を入れているドラッガー全集から始めました。まとまった読書の時間がなかなか取れないので進みませんが、思っていたよりも難解でなく、いや拍子抜けするぐらいに読みやすく書かれています。原著がそうなのか翻訳家の力によるものかはわかりませんが、これらが何十年も前に書かれたものとは信じがたいほど、現代に照らし合わせてみてもいちいち納得できるものであります。

大学での講義を受けるようにして


 最近の私の学習法は大学での講義を受けるようにして、丁寧に読み込み、ノート代わりにサイトを構築していくという手法を採っています。だから一気に読み込んで「ああ、面白かった」「で、何が面白かったの?」「とにかく面白かったのだからいいじゃない」っていうことにはならないのです。いやならないようにしているのであります。
 一回は流して読みますが、同時にこれから読むべきところの目次をサイトに記述していきます。1回ぐらい読んだぐらいでは、もともと弱い頭では理解できるはずもなく、本当は同時に要約を書き込んだり、コメントを書き込んだりしたいのですが、それはちょっと無理です。次に読むときにできるだけ要約を書き込んでいくようにします。以下の目次はようやく読み終わった「イノベーションと企業家精神」の目次であります。1度読み終われば目次ができあがっているという算段であります。
 確かに時間と労働がともなって、面倒なことこのうえないのですが、こうして手間ひまをじっくりとかけることによって、自分のなかで熟成されてくるものがあります。もういちど大学に入り直した気持ちで4年ほどかければいいのです。
 もちろんサイトを作るには最新の技術を用います。別に誰に読んで貰いたいわけではなく、まったく自分の学習のためにだけサイト構築するわけでありますから、インターネットエクスプローラーではデザインが崩れて読めないなんて苦情を貰うこともないわけです。「読めないなら読まないでよろしい」となるわけであります。

 ただ作ったサイトは大学の講義で利用されるぐらいの完成度の高いものにしたいと希望はしています。「あれ?このサイトを構築したやつはただもんではないな」なんて一生に一度ぐらいは言われてみたいです。無理だろうけど

イノベーションと企業家精神 目次

  • 第Ⅰ部 イノベーションの方法
    • 第1章 イノベーションと企業家精神
      • 企業家の定義
      • 変化を利する者
      • 企業家精神のリスク
    • 第2章 イノベーションの七つの機会
      • イノベーションとは何か
      • イノベーションの体系
      • 七つの機会
    • 第3章 予期せね成功と失敗を利用する(第一の機会)
      • 予期せぬ成功
      • イノベーションへの要求
      • 予期せぬ成功が意味するもの
      • 予期せぬ失敗
      • 分析と知覚の役割
      • 外部の予期せぬ変化
    • 第4章 ギャップを探す(第二の機会)
      • 業績ギャップ
      • 認識ギャップ
      • 価値観ギャップ
      • プロセスギャップ
    • 第5章 ニーズを見つける(第三の機会)
      • プロセス・ニーズ
      • 労働力ニーズ
      • 知識ニーズ
      • 五つの前提と三つの条件
    • 第6章 産業構造の変化を知る(第四の機会)
      • 産業構造の不安定性
      • 自動車産業の場合
      • 外部者にとってのイノベーションの機会
      • 産業構造の変化が起こるとき
      • 単純なものが成功する
    • 第7章 人口構造の変化を知る(第五の機会)
      • 人口構造の変化
      • 人口構造の変化はイノベーションの機会
      • 人口構造の変化の分析
    • 第8章 認識の変化をとらえる(第六の機会)
      • 半分空である
      • 黒人、女性、中流階級意識
      • タイミングの問題
    • 第9章 新しい知識を活用する(第7の機会)
      • 知識によるイノベーションのリードタイム
      • 知識の結合
      • 知識によるイノベーションの条件
      • 知識によるイノベーションに特有のリスク
      • ハイテクのリスクと魅力
    • 第10章 アイデアによるイノベーション
      • あまりの曖昧さ
      • その騎士道
    • 第11章 イノベーションの原理
      • イノベーションの原理と条件
      • イノベーションの三つの「べからず」
      • イノベーションを成功させる三つの条件
  • 第Ⅱ部 企業家精神
    • 第12章 企業家としてのマネージメント
      • 企業家のための手引き
    • 第13章 既存企業における企業家精神
      • 企業家たること
      • 企業家精神のための経営政策
      • 企業家精神のための具体的方策
      • イノベーションの評価
      • 企業家精神のための組織構造
      • 評価測定の方法
      • 企業家精神のための人事
      • 企業家精神にとってのタブー
    • 第14章 公的機関における企業家精神
      • イノベーションを行えない理由
      • 公的機関の企業家原則
      • 既存の公的機関におけるイノベーションの必要性
    • 第15章 ベンチャーのマネジメント
      • 市場指向の必要性
      • 財務上の見通し
      • トップマネジメント・チームの構築
      • 創業者はいかにして貢献すべきか
      • 第三者の助言
  • 第Ⅲ部 企業家戦略
    • 第16章 総力戦略
      • 総力による攻撃
      • 成功への道
      • リスクの大きさ
    • 第17章 ゲリラ戦略
      • 創造的模倣戦略
      • 柔道戦略
    • 第18章 ニッチ戦略
      • 関所戦略
      • 専門技術戦略
      • 専門市場戦略
    • 第19章 顧客創造戦略
      • 効用戦略
      • 価格戦略
      • 事情戦略
      • 価値戦略
    • 終章 企業家社会
      • われわれが必要とする社会
      • 機能しないもの
      • 企業家社会における個人
      • 訳者あとがき
      • 索引


ドラッカー名著集一覧

  •  1 経営者の条件
  •  2 現代の経営(上)
  •  3 現代の経営(下)
  •  4 非営利組織の経営
  •  5 イノベーションと企業家精神
  •  6 創造する経営者
  •  7 断絶の時代
  •  8 ポスト資本主義社会
  •  9 「経済人の終わり」
  • 10 産業人の未来
  • 11 会社という概念
  • 12 傍観者の時代
  • 13 マネジメント(上)
  • 14 マネジメント(中)
  • 15 マネジメント(下)

2011年2月1日火曜日

とうとう「大草原の小さな家」の原文をこうてしまったわい。


 英語がまったく駄目な私でありますが、なぜか原文を読んでみたくなったのであります。自ら発起して英語の本を買うなんて生まれてはじめてのことでなのです。やはり異常気象の影響というものがボケ頭にも多少影響を与えているのでしょうか。翻訳されているものは小学生の低学年でも読める優れものの児童文学書であります。
 そこで、なぜか私は無謀にも、「うん、この程度の日本語であれば、すらすらとはいかないまでも、おそらく英文でも読めるのではないか」と大いなる錯覚してしまったのであります。Amazonにしては珍しく出荷が2週間先というものでありましたが、昨日メールがきていて、2月の2日から3日にはお届けしますとありました。この本を買った理由にはもうひとつ訳がありまして、朗読のCDがついてくるのであります。今更英語を勉強しようなどとはひとつも思わないのですが、英文をながめ英文の朗読のなかにどっぷりと浸りその響きの良さを心ゆくまで味わってみようと思ったわけであります。

 最近はまったくといっていいほどテレビをみなくなりました。それでもたまにはドラマや映画はみたくなります。そこでネット上の無料映画をみることが多くなりました。おもにGyaoですが、そこでの放映はほとんど字幕スーパー付きのものであります。それらをさんざん見て思ったのは、中国語と英語の発音って全体的に心地が良いというものであります。作品としてみれば、圧倒的に韓国ものが面白いです。出典されている作品も多いということもありますけど。だからどうしても韓国ドラマや映画を見る機会がおおくなります。これはあくまでも現時点でのまったくの私感ということにもなりますが、韓国語は全体的に発音が汚いというイメージを持ってしまいました。自分でも驚いたのですが、中国語ってのは案外美しい響きを持っていることを発見したのです。中国の映画は韓国のものに比較すれば、ほんとにつまらないし、幼稚でありますが、さくがに最近の韓国のものは洗練されつつあります。でも観ていてほんわかするのは中国語の映画であるのはどうしてなのだろうかと思ってしまいます。
 韓国語・中国語に比較して圧倒的に馴染みがあるのはアメリカ英語であります。確かに英語での読み書きしゃべりはできませんが、接していてなんら違和感がないのは戦後アメリカ統治の影響だと思います。たぶん考え方まで洗脳されているのだと思います。だから以前にも書きましたが、2回以上読んでいる私の蔵書の98パーセントぐらいがアメリカの翻訳本なのであります。
 だから常に隔靴掻痒感がつきまとうことは仕方がないことです。それは適わぬ夢なのかも知れませんがいつか原書に直接ふれてみたいということでありました。これで少しは自分の夢に近づくことができるかも知れません。楽しみであります。

2011年1月15日土曜日

読書の冬なのだ

「読書はスポーツだった」の終焉
 ここ数年は同じ本をなんども読み返す習慣をつけるように努力してきました。それまでの私の読書の仕方は「読書はスポーツだ」といったかなりヘンな思いこみがあり、書店で見つけた本は体力と時間のある限り一気読みであります。そうして読んだ本は本棚に直行して、2度読むということはほとんどありませんでした。読書というものは案外体力のいるものでして、当時は一旦気に入った作家や作品に出会うと、それこそ寝食を忘れて24時間読み続けるのであります。当然仕事はサボリかちになり、それどころか可能なかぎりお休みをとります。それでクビになった仕事やアルバイトも結構あります。当時は若かったので仕事に対する執着もさほどなく、また次の仕事を探せばいいやぐらいに考えていました。今考えてみると、逆で仕事が面白くなかったから、読書に逃げていたのかも知れません。今となってはそのあたりの関係は曖昧模糊となっており、はっきりとしたことはわかりません。ただ当時の読書は1回きりの読み捨てだったことは間違いありません。読んだということと理解したということはまったく別次元の話であります。
 
本棚から溢れる蔵書に満足していた
 自分なりに見栄というものがあったのでしょうね。2度と読み返すことのない書籍が溢れかえっている状況というものが結構気にいっていたのです。誰か訪ねてきて溢れるような本の山を驚く様子楽しんでいたのです。どうだ、オレ様はこれだけの読書をして、勉強をしているのだよ。という愚にもつかない優越感に浸っていたのであります。中味のない奴ほど自分以外の権威や物を利用して、自分を必要以上のものに見せようと奮闘するものであります。その浅ましき心情に気がつくのはかなり後になってからであります。
気がついてみるとアメリカ人作家のものがほとんど
 いたずらに書籍を蓄積する生活やそれらを密かに自慢している自分に嫌気がさして、必要と思われない書籍をどんどんと処分していくのはかなり年齢を重ねてからのことでありました。そして処分する過程で、もう一度読むだろうと思われるものを極力残すようにしました。そしていつしか、これだと思える本を2度も3度も読み返す習慣を少しずつ身につけるようにしていったのです。
 そうした時に発見したのが、それらの書籍のほとんどが、アメリカ人作家のものがほとんどだったということであります。もちろん英語がまったく駄目な私でありますから原文なはずではありません。全部翻訳ものであります。なんでこんなにもアメリカ産の書籍に惹かれるのか自分でもわけがわかりません。アルビン・トフラー P・Fドラッガー ローラインガルス ヘンリー・D. ソロー等々数え上げればきりがありません。
 音楽や映画やTVでも小さい頃から影響を受けてきたのは確かですが、アメリカかぶれというほど汚染されているつもりはありません。むしろ世界最大の戦争陰謀国家といったことで一番嫌いな国なのにです。自分の意に反してこの結果なのでありますから、これはしょうがないことであります。
理解するためにサイトを立ち上げる
 スポーツ読書ではどうしようもないことを悟った私は、理解するための読書に切り替えました。必要とあれば何度でも読み返します。もちろん私のしょっぱい頭では全部理解することなど不可能であります。それでも努力してみる価値はあると思っています。だから10回ほど読み返した本も出てくるようになりました。読まなくても理解できればそれに越したことはないのです。理解できていれば読書そのものも必要がないものとなります。逆に少しも理解できないのなら読書などそもそも必要のないものとなります。
 そこで理解するために考え出したのが、自分のためのサイトを立ち上げることです。例えばP・Fドラッガーの書籍を読み始めたらすぐさまにそのサイトを立ち上げて、関連する情報を収集して収録してしまうのです。書籍の前文を掲載すれば著作権にひっかりますが、目次ぐらいは許されます。読書の進行にあわせて目次も掲載していくのです。もちろんそこには書評というまではいきませんが読書感想文ぐらいは書き込むようにしていくのであります。そういうことをやっているとただ書籍を読むだけでは理解できないものもかなり深く入りこんでいけるようであります。もちろんこれは私のメモですから、大々的に宣伝することもないのでサイト名は秘密でありますけれども。
読書感想文の難しさ
 さて立ち上げた関連本のサイトに書籍の読書感想文を書くといいましたが、これが実に難しい。読み飛ばしの読書方法だったら、「ひやー面白かった」で済んでしまいますけれど、何がどう面白かったのかを再検証しなけれっばならないわけであります。消化した部分を自分なりの表現や言葉で書かなければならない作業というのはかなり難しいということを今更ながら思い知らされたのであります。なんにも書けない状態なんていうのは普通のことであります。だからそのサイトは永遠にシークレットなのであります。

2010年10月23日土曜日

「大草原の小さな家 Little House on the Prairic DVDコレクション1」

 おはようございます。本日も午前1時半に起きてしまいました。昨日は3食ともきちっと家族の食事を作りまして、午後9時前には疲れはてて寝てしまいました。すっきり目覚めて明け方かなと思ったら、まだ深夜でありました。せっかく早く起きたのだから勿体無いということで、台所の整理整頓と掃除をしていましたら、テレビ朝日で「朝まで生テレビ」をやっているのを発見しまして、何年ぶりかに台所仕事をやりながらみましたが、やっぱりつまらないので、最後まで見ることもなく消してしまいました。

 「大草原の小さな家 Little House on the Prairic DVDコレクション1」かなり前からこのブログを読んでくださっている方は「やっぱりね、買うと思ったよ」と思ってるでしょうね。期待に沿いまして、やっぱり買ってしまいました。数日前に何気なくテレビをみていましたら、懐かしい映像が流れておりました。あれ?また再放送されるのかな、こんどは民放でながすのかと思っていましたら、デアゴスティーニのCFでありました。わざわざ書店まで行くのも面倒だったので、Amazonで販売されていたら初回(790円)だけ購入してみようと思ったわけであります。デアゴスティーニの商品は初回だけは安いんですよね。それで2回目から倍から3倍ぐらいの値段になって、全部揃えたら大変な金額になっているという素晴らしい戦略であります。ま、それはそれで満足のいく商品であればなんていうことはないのですけれども。
 午前中に注文しましたら、午後から届きまして、早いですね。なんだか最近特に配送されるのが早くなったような気がします。それに790円の定価で送料が無料ですから驚きます。一体どういう仕組になっているのか不思議でありますが、そのうちにわかるでしょう。これでは本当にわざわざ書店にいく手間が省けてしまいます。書店は書店でぶらぶら本を物色する楽しみはありますが、それは大型店舗の場合であって、近所の小さな本屋さんなんてのはまったく行く価値がないと思ってしまいます。
 さて早速開封しまして、中味を見てみました。DVD1枚と薄ペラい解説書が同梱されています。どっちかというとDVDで主流で解説はおまけっていう感じであります。私としてはもう少し詳細な解説を期待していたのでありますが、これはこれで私がこれまで知り得無かった貴重な情報も書いてあったので、許すことにしました。
 テレビドラマ「大草原の小さな家」はシーズン9までありまして、それぞれが22話から24話あり、合計136話もあるのですね。これ全部配本されますから、1つに3話入っているとして約46回買わなければ全巻揃わないということですね。実際は創刊から68巻になるようであります。創刊が790円+67巻×1490円=102110円となるわけであります。(計算合っているかな?)6万円から7万円あれば以前から欲しかったサブバッテリーシステムが完全に購入できるわけであります。考え込んでしまいました。しかし、実にユニークで面白くエグい商売だと思いますね。

2010年10月17日日曜日

脱出なるか

 軽い気持ちで、軽いウツだったかも知れないと書いたら、コメントやメールをいただいてしまいました。なんとなく抜け出せるような気がします。ま、根本的にたいしたことはないのであります。ご心配いただきまして心苦しく思っております。


 先週の土曜日だかに、友人のinakさんと妻と私の3人で発作的朝飯会を市川の国府台にあるガストで開催しました。その時にinakさんが持ってた本がゼロから始める都市型狩猟採集生活というものでありました。この本は出版された時から知っており、購入しようかどうかさんざん迷ったのですが、今読まなければいけない本が積ん読状態になってましたので、保留となっていました。しかし、ペラペラとページをメクってみたら、「面白そう」になってしまい。彼と別れて自宅に帰ってすぐにAmazonで購入してしまいました。内容の多くはホームレス生活者からの取材が大半でありますが、かなり勉強になるものでありました。ま、2時間か3時間で読みきってしまうようなものでありますが、そのなかに紹介されていた本に強く惹かれましてた。ひとつは何度も繰り返し読んだウォールデン 森の生活でありまして、なるほどこの本にも関連してくるかと正直驚きました。なにもここで車中泊には文学や思想哲学が必要なのだなんてノタマウつもりはさらさらないのですが、車中泊もひとつの漂流文化なのだという位置づけで追求していくとなかなか面白いものがみえてくるのではないかと思ったわけであります。(ちょっと無理があるかな。ま、いいや)


次にこれは見逃してはならないと思ったのが路上 (河出文庫 505A)であります。これはすでに絶版となっておりまして、古本でしか手に入れることができませんでしたが、送料を含めて600円ほどで買うことができました。表紙の説明によれば
スピード、セックス、モダン・ジャズそしてマリファナ・・・・・・・既成の価値をふきとばし、新しい感覚をたたきつけた1950年代のアメリカ反逆者たち<ビート・ジェネレーション>。ビートやヒッピーのバイブルとまで言われるようになった本書によって時代のヒーローとなったケルアックは、ギンズバーグやバロウズらとともに「ロストジェネレーション」とならび称される文学世代を形成した
またウィキペディアによれば
路上 (小説)
『路上』(ろじょう、原題:On the Road)とはジャック・ケルアックの小説。作者が自らの放浪体験を元に書き上げた自伝的内容の小説である。1951年4月に3週間で書かれ、1957年にViking Pressから出版された。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
概要
作者の体験が反映された小説であるため主な登場人物の大部分はケルアックの友人がモデルである。その中にはアレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズ、ニール・キャサディ等ビート・ジェネレーションの指導的立場に立った人物も含まれている。
影響
1940年代~50年代のアメリカをケルアックをモデルにした主人公サル・パラダイスがディーン・モリアーティ(ニール・キャサディがモデル)等とともにアメリカ大陸を自由に放浪する姿が刺激的に描かれその新しい価値観は世界中に影響を与えた。特にヒッピーからは熱狂的に支持されカウンターカルチャーにも大きな影響を与えた。また例えばアメリカのロックバンド、ドアーズはこの本を読まなかったら誕生してなかっただろう、とも言われている。
となってきます。これは最初の2ページぐらいをまだめくっただけで読んではいません。

次に注目したのは、考現学入門 今 和次郎著(ちくま文庫)であります。なんとタイミングが良いことに居間にある本棚を眺めていたら今まではまったく気付かなかったのですが、目の前に鎮座ましましているではありませんか。ニンマリしましたね。次はやはり「方丈記」とか「徒然草」等も読み進めなければいけないのかと思うと、車中泊者はなかなか大変なのだと思うようになってきました。(んなことはひとつも思わんでヨロシイ)

昨日のTBS報道特集だったと思うのですが、流浪の民「サンカ」をやっていました。放浪文化を追求している私にはウルウルの話でありました。山窩(さんか)は当然のごとく知ってはいましたが、山の民だとばっかし思っていましたが、そうではなかったようです。以前に読んだ題名は忘れてしまいましたが小説のなかにそれと覚しき民が出てくるのでピンとくるものがありまして、興味津々で見ました。その小説にはサンカとはっきり書かれているわけではなかったのですが、あれはあきらかにサンカであります。また昭和の初め頃にはサンカ文学というものが存在していたことを知り二度驚いたわけであります。サンカは差別用語として使われているようでありますが、私には限りないロマンを感じさせる言葉であります。
これらの話をもとにして、現代のサンカ物語を作ったらかなり面白いのではないかと思うのです。実際のサンカは竹細工や竹による楽器、笛や琴を制作して商ったら、自然の恵みを糧にして漂白するわけでありますが、現代のサンカはITを糧にして漂白して一生を終わるわけであります。もちろん私の趣味の車中泊でありまして世界中を自由に移動してサンカ同士はひとつの秘密結社を構成し、キャンプ場や道の駅や山の中で離合集散を繰り返すわけであります。現在のように通信が発達してクラウドコンピューティングを駆使すれば十分に可能な世界なのではないかと考えるわけであります。
なんだかそれを考えているだけでワクワクしてくるのであります。

2010年10月7日木曜日

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら [単行本]

 2時前に起きてしまったのだが、家族の大半はまだ起きているではないか。うーん、こうなってくると、どっちが正常でどっちが異常なのか判別がつかなくなってしまうな。

 もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら [単行本]が売れているそうです。私は読んでないし、これから読む予定もありません。

 値段がなんと1680円もするのです。だったら本物のドラッガーを読めばと思うのですが。以前から読んでいたのが以下の3冊であります。あげてある例もたいへん面白く具体的でわかりやすいと思います。

 経営者でなくても、普通の人が読んでもかなりためになることが書かれており、むしろ現代人一般の人が読むべき本ではないかと思います。

 上記の本は今でも時々開いては読んでいます。下記の本は随分前に読んだものですが、どこかにあったはずだと思って本棚を探したが見つからないないのであります。これらの本は絶対に処分するはずがないので、どこかに必ずあるはずなのですが。中味も忘れてしまっているので、もう一度読んで見たいのだが。

 アマゾンでこれらのタグを生成するために検索してみたのだが、他にもかなりの著書が出ていますね。上田 惇生さんが翻訳しているものは間違いないような気がします。しかし、どれも値段的には結構高いですね。今の私には簡単に買えないようなものばかりです。上記以外の著書を購入して、もし要らないってことになったら、ください。すぐにもらいにいきますからよろしくお願いいたします。