2016年9月4日日曜日

「へえー、で、どこからきたの?」「みなみぎょうとく」

最初は焼酎の水割りをきちっと正しく作って呑んでいたのですが、埼玉からのご夫妻の旦那さんが頻繁にビールのごとくドボドボ注ぐものだから、だいぶ酔が回っていた私はだんだん面倒になってしまい、気がつけば焼酎をそのまま口にしていました。

大分夜も更けてきたころに軽のワンボックスがやってきました。見るともなく目をやると、いきなり駐車場にドーム型の大型目のテントを張り始めました。どうも若い夫婦のようであります。駐車場にテントを張るという行為はこれまでほどんど目にしたことがなかったので驚きました。
それよりも驚いたのは、夫婦で交わす会話であります。英語と中国語ぐらいなら、内容はわからないけれども判別はつきますけど、彼らの言葉は皆目見当がつかないものでありました。
こうなってくると私の興味の対象は埼玉夫婦からいきなりテント張り夫婦に移っていくのでありました。酔った勢いに背中を押されるような形で、「こんばんは」と声をかけて見ました。そしたらきれいな日本語で「こんばんは」と返ってくるではありませんか・・・・。
あとはお決まりのパターンであります。10分後あたりにはそのいきなりテント夫婦も椅子と酒を手にして私たちのテーブルに座って旧知の仲のような雰囲気で宴会を続けていたのです。
本当はその情景をここで描写すればいいのでしょうけれども、その筆力がありませんので簡単に書いておきます。
「さっきの言葉は何語だい?」
「あれはポルトガル語」
「へえー、だったら日系のブラジル人ですか」
「ぴんぽーん」
「へえー、で、どこからきたの?」
「みなみぎょうとく」
「え!?みなみぎょうとくって市川の?」
「そう、千葉県のね」
いやはや、今日はなんていう日なのでしょうか、一組は埼玉のご夫婦で二組が市川の夫婦なんですから、ご近所同士まるでつるんで出かけてきたような感じであります。
もう日本に住んで20年だそうです。日本国籍も持っており、名前が太郎というのだそうです。また6ヶ月の赤ちゃんもおりまして、名前を猛(たけし)と命名したそうであります。
それが、長年溶接工していたのですが、最近いきなり10名ほどがリストラされてしまったそうであります。それでも暗い雰囲気はひとつもなく逆に逞しさを感じてしまいました。

そんなこんなで結構盛り上がっていたのですが、次の朝はそれぞれの目的地に向って早めに旅立ということで、お互いに「よい旅を」と挨拶交わしお開きとなりました。
今こう書いていて疑問がひとつ湧いてきました。日本在住20年にしてはどうみても20代のご夫婦だったなということです。だから子供の時に移住してきたのだろうと思います。ま、そんな事はどうでもいいか。

翌朝は二日酔い気味で起きだした時には二組のご夫婦の姿はありませんでした。事故らないでとにかく良い旅を続けてくれることを、ウスラボケ頭で祈るのでありました。

さてこの時点でまだ1日目を終えたばかりです。本日も含めて残り4日であります。もうそこに私の郷里山形がありますので、とりあえず山形県酒田市代表的な場所をナビを入力しておきました。



2016年9月2日金曜日

そこまでは聞いていないって

まだ旅の一日目の話でありますが、あっちこっと脱線するものですからなかなか先には進まないのでありますが、これでいいのです。だってたかだか新潟へ車で行っただけの話ですからたいして面白い話なんてあるわけがないのであります。

埼玉のご夫婦は昨年自営していた焼き鳥屋さんを畳んで隠居生活に入ったのですが、どうも仕事をしていないと落ち着かない、そこで昔からやりたかったアウトドアをやってみようと思い立ったということであります。そういえば車はワンボックスのビカビカ新車であります。これまで四国を1ヶ月ほどかけて周ってきたそうです。
他にも近くを泊まり歩いたそうなんですが、こんな風に見知らぬ人と和気藹々と酒を呑み交わしたことは始めてだそうです。あまりに感激してくれるもんですからなんだかこそばゆくなってしまいました。

私の経験からいいますと、夫婦で旅するとどうしてもそうなってしまうのです。だってまったく寂しくないわけですから、日常の家庭生活がそのままに外へ飛び出した状態になるわけです。当然他所の人とはまったく会話を交わす必要がないわけですから必然的にそういう状態になってしまうのです。普通の人はそれが旅だと思っているのです。

ある時発作的に独り旅にでかけた時があります。私の生活は基本的に朝から晩までパソコンの前に座っており、へたすれば一日中口をきかないなんてことも珍しくないのです。それでその旅をしている最中にある事に気がついたのです。どこへ行っても家で仕事をしているニート状態だということであります。仕事部屋が単に車の中に移っただけの話なのです。これではいかんのではないか、これでは旅に出た意味はないのではないか、と強く思ったのです。

そこで勇気を振り絞って誰でもいいから話しかける決心をしたのです。普段はプログラムコードだけを相手にしており、人と話すの本当に苦手なのであります。「こんにちは」のひと言が出てこなくてかなり苦労したことを覚えています。
最初に会話に成功したのは日帰り温泉の露天風呂のなかであります。「こんにちは、地元の方ですか」地元の人であればこの周辺の情報根掘り葉掘り聞き出しますし、他所から来た人ならばその人の住んでいるところの情報をできるだけ詳しく聞き出すことにします。
だいたい、休日でもない普通の日に日帰り温泉なんかにのんびりと浸かっているのは基本的に暇な方が多いのです。
「姉の嫁ぎ先がなぁ、あまり良くなくってな苦労したと思うよ。その姉がな、昨年ガンでなくなってしまってな」
そこまでは聞いてないって、「で、その姐さんの嫁いで行った先はどこなの?」必要ないって、そんな情報と思っていてもなんだか相手が話したそうなのでこちらも引くに引けなっくなってしまったこともたくさんあります。「それがな、千葉の船橋というところなんだよ」「あれ!俺その隣の市川というところからきたんだよ」「え!あんな遠い所からわざわざ」「で、何しにきたんだ」何しにきたんだと問われても明確な応えなどあるはずもなく困ってしまうのであります。



「北海道の風景は大雑把すぎて・・・」と若い女ライダーはうそぶいたのです。

20分ほど経ったころにようやく、それぞれの椅子と呑みものを持ち席についてあらためて簡単な自己紹介などをやり、旅談義に花を咲かせることになったのであります。
こういう時の話というのは結構有意義なものが多いのでおろそかにしてはいけないのであります。それぞれが実践してきた生の情報ですからあたり前の事でありますけれども。あれ?そういえばおじさん夫婦の名前を聞くのを失念していました。ま、それでいいのです。これまでの経験からしてもう2度とお会いすることはないのですから。

話によると埼玉県から今朝旅立ってきたらしいです。こうなると辿ってきたコースは私たち同じになってきます。そしてここからが違います。これから秋田の男鹿半島を周り、青森の竜飛崎へ寄り、青函フェリーで北海道に渡り、約1ヶ月間かけて一周する予定だということであります。これは本格的な車中泊による旅人ですね。
これまでなんども北海道を周りましたが、いつも1週間から10日ほどの日数しか取れませんでしたから、北海道へ行くまでの道中を楽しむという発想が湧きませんでした。新潟港から苫小牧へ行った一人旅の時だけ1ヶ月ほどをかけましたが、その時ですら、全面的に頭のなかを支配していたのは北海道だけでありました。

そうそう話はまたまた脱線してしまいますが、新潟港から北海道へ単身北海道に向った時にカー・フェリーのなかで男女二人のライダーと一緒になり、夜のふけるのも忘れて酒を呑みながら話し続けたことがあります。男のライダーの方とは苫小牧まで一緒しましたが、若い女のライダーは翌朝6時に秋田港で下船して東北旅行にでかけていきました。その時の女ライダーの話には興味をそそられました。
「なんで北海道でなく東北旅行なの?」「北海道は好きで好きで、アルバイトをしながら3年ほどいたんですよ」私はこの時に延べ日数にして1ヶ月ほどの滞在時間でありました。いやはやこれは筋金入りの北海道大好き人間だなと思ったわけであります。
「3年もね北海道にいると、最初は好きだった北海道の風景が大雑把にみえて嫌になるんですよ。だから今回はちまちまとした東北の風景のなかに身を置いてみたくなったんですよ」
なるほどな、感じようによっては北海道の風景はどこへ行っても大雑把なのかも知れないと思ったけれど、私はそのおおらかで大雑把な風景に憧れていたわけですから・・・・。そして今でも結構憧れているところはあるのです。

旅に必要なのは「常に整理・整頓・清掃」です

私どもの設営は簡単に済んでしまったのですが、おじさん夫婦のほうはかなり待っても準備ができません。後で聞いた話によると、道具が沢山有りすぎていつも探しまわらなければならないのだそうです。
うーんそれは私たちがキャンプをやり始めた当時の状態と酷似しています。今でこそ道具は厳選されてシンプイズベストのスタイルになりましたが、このスタイルになるまでウン十年の月日を重ねてきた結果に他なりません。
「じゃあ、寝る時なんかもっと大変でしょう」と聞くと「そうなのよ、寝る場所を確保するに一苦労するのよ」と奥さんが応えます。これは決して笑い事ではありません。一番最初に約1週間ほどの北海道旅行に出かけた時にはまさしくその状態であったのです。
大型テントに大型の自立型タープ、ガス炊飯器、ホンダの発電機等々と家財道具一式を詰め込んみ、それに親子5人ですから、まさにギュウギュウ詰めの状態であります。
それでキャンプ場に着けば毎回大型テント・タープを組み立てご飯を炊き、味噌汁をつくりと今考えれば信じられないほどの労働量です。それでその場所に数日間いるのであれば納得できますが、夜が明けるかどうかの時に、朝食を摂って、すべての住居を取り払い撤収であります。
それで夕方に別の目的地に着けば再び設営であります。本当にバカでしたけれども、若くてパワーもあったなと我ながら感心してしまいます。

現在は基本的に足を伸ばしてゆるゆると寝られることが一番重要なことだと考えています。その為に外に荷物を出すということもやりません。寝る時も全部の荷物が車の中に収まるということも重視しています。目覚めたらすぐに動き出せる状態に常にして置くというのが鉄則になっています。
基本車の中はスカスカの状態にしておくという主義です。とは云っても着替えやら簡単な炊事道具やらで、荷物自体は結構な量になってしまいますけど。

だからこそ、出てくる時の準備で悩んだのは椅子とテーブルなのであります。

また重要なのは製造業ではないのですけれども、「常に整理・整頓・清掃」なのであります。私が運転している時には妻が後ろの座席で荷物等の整理・整頓・清掃をやります。もう次にやることがわかるわけですから、それに備えておくわけであります。こういう時も荷物が少ないとすぐに終わってしまって観光に専念できます合理的なわけであります。

椅子とテーブル持ってきて良かった

お日様さんが水平線の彼方にすっかりと沈み込んで夕陽の残照が少しだけ残っている時にカメラをぶら下げてしぶしぶといった様子で帰ってきました。地方での夕暮れは太陽が沈んでしまえば急速に大気の温度をさげていくものであります。
それぞれのトアを大きく開け放しておくと日中とは打って変わって涼しい海風が通り抜けていきます。本格的な闇が訪れるまでにはまだまだ時間がありそうです。

これまで駐車していた車のほとんどはいつの間にか姿を消しておりました。この時点で留まっている車のほとんどは車中泊者であります。数えてみると私の車の他に1台しかありませんでした。

普段の生活でそれほど会話のある夫婦だとは思わないのですが、こういう特別な環境に置かれると違ってきます。妻も滅多には口にしない缶チューハイに口をつけているせいもあり、よもやま話に花が咲きます。
気がつけばおじさんが一人、木材を模したコンクリート製の手すりに身を寄せて、海を眺めています。これはタイミングだけの問題なのですが、そのおじさんと偶然に目があってしまったので、反射的に会釈をしたのです。
そしたら、思いもかけない元気な声で「こんばんは」と返ってきたのです。そこから会話が続き結局離して駐めてあった車を私の車の傍まで移動してきました。
どうせなら、一緒に酒呑みでもしようという話になりました。そうなるとこちらは手慣れたもので準備するのは半端でなく早いのです。
というのも毎回こういう旅では見ず知らずの旅人と一組か二組と一緒に大宴会になってしまうというのを経験しているのであります。

旅の準備するときに椅子とテーブルを持ってでるかでないかで結構迷っていたのです。長野や山梨あたりの近場だけで過ごす時には必須アイテムでありますが、長距離を走るとなると椅子とテーブルは結構邪魔なものなのであります。
この時こそ持ってきて良かったなと思ったことはありません。もっと遅い時間になるとこの4人にもう一組の夫婦が加わることになるのです。


2016年9月1日木曜日

とうとう太陽も観念したように沈み始めました。

昼間のうちにはどれほどの権勢を持ちあわせているのかと思われるほどのパワーを発揮していたお日様さんもようやく、その衰えをみせながら海原に沈み始めました。

私は、静かに杯を傾けながら明日のことなどに思いを馳せています。妻は、どこへ行ったのやらカメラを手にとって出て行ったきり、お日様さんが完全に沈むまで戻ってきませんでした。

この時になぜだか、滅多に聞くこともない加山雄三の「夕陽あかーく、地平のはーて」というフレーズが突然に頭に浮かんできて、無性に聞きたくなったのであります。
それまでJAZZオンリーのBGMだったのですが、どこかのプレイリスト入れていたことを思い出して加山雄三を探し始めたのです。旅に出るときはいつもiPadClassicを持参します。大体5万曲近く入っていますから、どんな長旅でも大丈夫なのですが、最近このiPadClassicも疲れてきているみたいでディスプレイの文字が薄くなってしまっていて読みにくいのです。それでなくても緑内障の手術をして視力がかなり低下していますから尚更のことであります。こういう時に妻がいれば簡単に探し当てられるのですが、肝心な時はいつだってこの調子であります。だんだん腹がたってきたのですが、ようやくの思いで探し当て流しました。
「夜空を仰いで」とか「旅人」とかなかなか、このシュチュエーションにあっているではないですか、危うくなりかけていた私の気持ちも、以前のシアワセなものに変わっていったのでありました。
こういう時の酒は本当に旨いですね。旅に出て一日目に迎える夜ですから結構興奮気味でありますから、クイクイとお酒が進みます。


感動や感激は伝染るもんなんですね


国道7号線で新潟市内を駆け抜け雄大にゆっくり流れる阿賀野川を渡ってほどなくして左折して7号線と並行するような感じで走る国道に入ってからは左側の窓には常にと云ってよいほど日本海を眺めることができます。
その頃から妻の様子が違ってきたように感じます。「見てみて!海だよ海・・・」まるで初めて海を見たようにはしゃぎ始めたのです。「うるさいなぁ、さっきから見ているよ」
思い起こしてみたら、去年だって長野から糸魚川を抜けて北陸の日本海を右にみながら島根まで走り抜けたのです。もっとも福井までは以前にも足を延ばしたことがあったので、そこまでは高速道路を使い、そこからが国道8号線で走り抜けたので、これほど近くに海の近くを走ったわけではありませんでしたけれども。
隣で「いいねぇ、いいねぇ、素晴らしいね」を連発されますと、本当のところそれほど感動していたわけではないのに、なんとなく自分にもそのワクワク感が移ってきたように感じます。感動や感激というものは連鎖するものなのだということを実感したわけであります。
それからどんどんと北上していき、笹川流れに近づいて行きますと、妻はますます逆上的に興奮していくのでありました。

かなり前の話になりますが、徳間書店で地図を出版するという話があり、その調査をウスラボケのけー坊と一緒にアルバイトでやったことがあります。その時の調査範囲は宮城・山形・新潟だったように記憶しています。
その時に笹川流れに差し掛かり、ウスラボケのけー坊が云うには「ユキオあんちゃんはこの笹川流れが好きでわざわざここを目指してくるんだよ」と云ったのです。「へえーこんな所にわざわざくるんだ」「うん、アニキも結構変わっているからね」などという会話を交わした覚えがあります。
その後も2度か3度この場所を通った覚えがあるのですが、その時も仕事がらみであったり、自宅を目指してのついでであったりしたので心の底から風景を楽しむという雰囲気では無かったのであります。
今回は思いの外妻が感激してくれましたので、自分でもその気になって景色を楽しんでみるとその良さがじわじわと理解できるのでありました。

道の駅笹川流れに到着しました

最初は仮の目的地だったはずの「道の駅笹川流れ」に到着しました。それは新潟県の北のはずれにある村上市にありました。以前にそんな道の駅があったかなと思ったことを書きましたが、到着してみたらそこは何度となく通ったようなところでありました。それは道の駅というよりも、ローカル線の駅といった風情で気にもとめずに通過しただけのところでありました。実際なんとか本線という鉄道の駅も兼ね備えていたのです。
その狭い駐車場に車を駐めてはみたのですが、そこから海が見えるわけでもなく、潮騒の音を聞きながら深く眠りに陥るなんてい雰囲気でもありませんでした。
その手前にそれほど大きな場所ではないけれども、海が一望に見渡せて、しかもトイレもあり、洗い物をするための水道までついているパーキングがあります。「おっ!ここがいいね」といって車を駐めてみたのですが、この場所よりも、目的地にしてある「道の駅笹川流れ」のほうがいいかも知れないので、見るだけは見てみようということで車を進めたのでした。
あの貧弱な道の駅を見てからの決断早かったのであります。もときた道を戻ること1kmほどでしょうか、夕陽が見渡せてなるべく静かな場所を選んで駐めました。
夕陽が日本海に沈むまでは、小一時間ほどはありましょうか、それでも本日の予定はすべて終了してしまいましたから、後はちょっと早いけど妻と二人で旅行初日の小宴を張ることにしたのです。
妻の宴会の準備の速さには私も舌を巻いてしまいます。おそらく10分もかからないものだと思います。
真ん中の椅子をワンタッチで前に倒すとテーブルになります。私は助手席の椅子をグルント後ろにまわして対座にします。後はクーラボックスの中からおつまみと酒をだせばそれで終わりなのであります。今夜のメーンディッシュはお刺身の盛り合わせであります。
いつの間にか今回の旅の目的のひとつに日本海の採れたての新鮮な魚を食べ歩くというのがあったのですが、世の中そんなに甘いもんではありません。スーパー以外の魚屋さんと見つけることができませんでした。本当は海の近くの道の駅で野菜のように魚介類を売っているところを期待していたのですが見つけることはできませんでした。だから今夜のお刺身は途中で寄ったイオン系のスーパーで購入したものであります。

何年か前に次男坊と二人で富山あたりを車中泊で旅をしたことがあります。「お!この刺し身ウマイネ、さすが富山だよね」「それカナダ産って書いてあるけど」「・・・・・・・」「お!この牛肉さすがにウマイネ、さすが富山だよね」「それ、オーストラリア産って書いてあるけど」「・・・・・・」

空には今にも落ちてきそうになっている満天の星であります。周囲は漆黒の闇です。暗いランタンの灯のしたで父親と息子などというものは、それほど話題があるわけでなく、時折りボソボソと言葉を交わしながら切りなく酒を呑み続けたことを思い出します。
そのうちにまあるいお月様が顔を出してかなり下の方にあるダム湖にもほっかりと浮かびました。

2016年8月31日水曜日

「ここはどこ???わたしはだぁれ」の状態って

今回「道の駅笹川流れ」を探した全国道の駅マップなのですが、これは確か2年前の四国一周の旅をやった時に購入したものだと記憶しています。いつもなんの下調べもしないで出かけるものですから結構現地で本屋さんを探して、そこで詳細な地図や観光ガイドマップを買う時があります。
あれは何年前の事だったでしょうか、家族で北海道旅行に行った時であります。この時は珍しく大洗港からサンフラワーというフェリーを事前に予約してでかけました。これ以降3年にわたって夏になると北海道へ取り憑かれたようにでかけて行ったのです。
波も穏やかで25時間ほどかかって苫小牧港に到着しました。もう嬉しくしょうがありません。ここまでは良かったのです。
フェリー乗り場から少し走りますと国道にでます。当時は確かナビは持っていなかったと思います。
大きな道路案内の標識が目に飛び込んできました。左が札幌右が確か旭川だったと思います。
それを見て私の頭のなかは一瞬真っ白になってしまいました。地名はわかります、おそらくテレビのニュースとかドラマあたりで聞き慣れているのです。でも位置関係がまったわからない事に気がついたのでありました。「ここはどこ???わたしはだぁれ」の状態であります。
関東であれば、右、埼玉 左、東京なんて出ていても位置関係がある程度頭のなかに入っているものですから、それだけでなんとなく目的地近くまでは行くことができますが、北海道、四国となるとこれはまったくのお手上げであります。四国なんてのは県の位置関係がまったくわかっていなかったのでありますから。
北海道では慌ててコンビニに入って簡単な地図を手に入れまして事なきを得たわけであります。案外コンビニ置いてある地図ってのは安物のやつで、やはりそれなりの書店を探して購入したほうが無難なように思います。私の周囲にはまともな本屋さんが無くなってしまいましたが、地方に行くとまだまだ立派で大きな本屋さんがあるものです。この「全国道の駅マップ」なる本も確か香川県の大きな本屋さんで購入したものです。地図売り場がどこにあるかわからなかったので、店員さんに旅の途中であることと四国に関してはまったく知識がないことを伝えて探してもらいました。そしたら店員さんは私たち夫婦のみすぼらしい格好をみて、こいつら車中泊者だなと見破ったのでしょう、ついでに四国日帰り温泉ってやつも持ってきてくれました。おかげで快適な四国の旅を送ることができました。
今回は新潟ですからおおよその位置関係はわかりますし、長男が愛用しているオートバイのためのマップを借りてきているのです。これは侮りがたいものなのです。ライダーのための情報が結構細かくでていますから重宝します。
いくらナビがついているといっても、やはり全体をすぐに見通せる紙の地図というものは便利なものであります。

ナビに仮の目的地笹川流れを設定する

ナビの設定が新潟市内の代表的な場所のままになっていると「戻れ!戻れ!」と煩くて叶わないので、駐車帯に車を寄せて取り敢えず別の場所を設定することにしたのだが、その際に海岸沿いを走りたいのだが、どの場所を設定すれば見当もつかなかった。
その時に浮かんだのが2度ほど通ったことのある「笹川流れ」というところであります。しかし、これは地名であるはずもなく、住所を入力するにも山形と新潟の県境あたりだというぐらいはわかるが、有名な建物も見当がつかなかった。
傍らで全国道の駅マップなる大判の地図を眺めていた妻が「あった!道の駅笹川流れってのがあったよ」と叫んだのでありました。「え?あんなところに道の駅なんてあったかな」と一瞬怪訝に思ったけれど、道の駅なんて現在でも増え続けているのだから、そのものズバリの「笹川流れ」であるのなら電話番号を打ち込んで設定完了であります。
それでもこのまま7号線を走らされるのでは適わないなと思いある程度コースを追ってみましたら、私の思惑通りに7号線を外れ日本海側にぺったりと張り付くような国道を走るではないですか。

大きな阿賀野川の渡るとすぐに7号線を離れてすぐに海岸沿いの国道に入りました。左側には大きな大きな日本海です。沖の方にはたぶん海底油田のリグだろうと思わるものが浮かんでおりました。
これ以降取り敢えずナビで指定しただけの「笹川流れ」が目的地化していたのであります。そうと決まると後の行動は簡単です。次は日帰り温泉を探して入ることと、スーパーに寄って今晩の晩酌のおつまみを調達するだけの話であります。それさえ済ませてしまえば後は気に入った場所を見つけて、夕陽をながめて酒を呑み、潮騒の音を聞きながら心地良い眠りにおちるだけの話であります。

と、思っていたのですが、その夜は思いもかけない事が起こって、知らない旅人同士の大宴会に突入していくのですが、それまではまだかなりの時間を経なければならないのであります。

燕三条・長岡を過ぎて新潟市内へと

以前から日本海側の国道7号線とか8号線が好きだったのですが、どこでその国道が入れ替わるのかは知らなかったのです。ネットでちょっと調べてみればわかる事なのでしょうが、ついつい面倒になり調べることもしていませんでした。今回の旅で、それは新潟市内で切り替わるのだということを知ったのであります。これを知ったからといってなんてことはないのですけれども、標識が7から8になるだけの話で道路の品質が極端に良くなるとか逆に悪くなるなんてこともなく、気がつかなければ何事もないことでありますから。

一番最初に新潟市内を走ったときに驚いたのは、その国道7号線であります。この喩えが適切かどうかはわかりませんが、私の住む千葉県の京葉道路のようなものが、新潟市内を縦につらぬいております。それはあくまでも国道7号線なわけでありますから、無料であります。これには本当に驚きました。いつ料金所が現れるのかと警戒していましたが、そのようなものは最後まで出てきませんでした。これはおそらく新潟県が産んだ田中角栄先生の影響だと強く思ったしだいであります。
その田中先生のおかげで新潟市内のごちょごちょとした道を走ることなく通り過ぎることができるのであります。これまで数えきれないほど新潟市内を走りましたが、これはいいことなのか悪いことなのかの判断はつきませんけれども、いちどもゆっくりと新潟の街を眺めたことがないのも確かなことではあります。

ま、とにかくこの京葉道路のような無料の自動車道に到達すると新潟にきたなと実感するわけであります。今年の夏休みは近場で日帰り温泉にでも入ってのんびりと過ごすというものから、とにかく日本海の沈む夕日を眺めて酒を呑み、潮騒の音を聞きながら眠りに陥るというものに変節してきたわけでありますが、このまま7号線を北上しても進行方向左側に日本海があるのはわかりますが、7号線を離れてもっと海側の道を走らなければなりません。しかし、どこから左側に入っていけばいいのかは見当もつきませんでした。ナビの設定は新潟市内代表地点となっていますから、すでに新潟市役所から離れはじめていますから、戻れ戻れとうるさく叫んでおります。

2016年8月30日火曜日

まだ旅は始まったばかりなのです

苗場ICから国道17号線に入り、のんびりと走り続けます。お米で有名な魚沼市を通り抜けます。

以前に福島の奥会津檜枝岐村から尾瀬の入り口の駐車場を後にして、くねくねとしたつづら折リの山道を永遠に走り抜けて奥只見湖にたどり着き、独り2日間ほど過ごしたことがあった。
まだ夏の盛りだったのに、人の姿をみかけることもなく、どんよりとした蒼いダム湖の水の色が不気味に思えて、そこからぬうっとネス湖の恐竜のようなものが現れそうな不気味な雰囲気を感じたものであります。
こうなると一人旅というものはいけません、妄想が勝手に独り歩きしてしまって、どうにも自分の手には負えないものに育っていくものであります。さすがに3日めの夜をその場所に泊まる気はしなくて新潟側へ一目散に逃げた覚えがあります。その時に通過したのが山古志村であり、魚沼だったような気がします。
その時はそのまま南下して糸魚川まで抜けて、長野の白馬村にたどり着いた記憶があります。だから魚沼を通るたびにその時の恥ずかしい思いが蘇ってきてしまいます。今回は妻とのふたり旅でありますから、あの時のように孤独があらぬ妄想を膨らますことないだろうから、あの限りなく寂しいダム湖に泊まるのもいいかも知れないとおもった。
そこで、「ここから奥只見のダム湖に行ってみてはどうだろうか」とおずおずと口にだしてみたのだが、以前に酔っ払った時に奥只見の恐怖体験をかなり大げさに脚色して話したことがあり、その時の話をまだ覚えていたらしく、間髪を入れずに拒絶されてしまった。どうもいつものサービス精神が災いしたようであります。話を面白くするためとはいいながらも、あまりに大げさに脚色していけないなと反省することしきりでありました。

新潟県に入ったからといっても新潟市まではかなりの距離を走らなければなりません。それでも道はかなり整備されているし、風景も都会の無味乾燥なものとは違い、風景そのものがごちそうであります。新潟の印象に残るもののひとつがかまぼこ型の車庫であったり、倉庫であります。なるほどあの形であったらいちいち雪下ろしをすることもないからいいアイデアだと以前から思っていました。
私の故郷は同じ雪ぶかい山形でありますから、同じ条件なのに同じような建物をほとんど見かけないのはどうしてだろうかと考えこんだことがありましたが、私が考えついたとしてもどうにかなるもんでもないので途中でやめておきましたけども。
とにかくまだまだ旅は続くのでありました。

無事に帰ってくることが最大のおみやげなのです。

今年の夏休みは、乏しい予算のこともあり近くの日帰り温泉にでも行ってのんびりと過ごそうとなんとなく決めていたのであります。だが行き先は具体的にはっきりとは決めてはいなかったのだが、山梨や長野あたりを徘徊してみようと思ってはいたのです。
こんないい加減な計画はいつもの事で自宅を出てからも決まってないなんてことはよくあることであります。またなんとなく決まっていても突然に変更するなんてのも結構あることなのであります。

これは余談になりますが、何年か前におなじようにお盆過ぎに3日ぐらいの予定で長野の上田へ避暑にいこうと思いついて独りでかけたのですが、そのまま新潟へ抜けて国道7号線を北上していたらカーナビの画面に新潟港がでてきまして、そこに北海道行のカーフェリーの航路が示されているのを発見して逆上してしまいまして、そのままフェリーに乗って約1ヶ月間の北海道行きとなったこともあります。もう若くはないのでそんな馬鹿な真似はとってもできなくなってしまっているし、今回は妻も一緒ですから無謀な徘徊癖は抑えられていることは確かなことであります。

今回もとりあえず勝手知ったる長野あたりに行ってから決めればいいやと思っていたのであります。途中に東京に抱きつくような形で長々と横たわる埼玉の街中を走っても面白くもなんともないので、三郷から高速に載りとにかく埼玉を蹴飛ばすことを考えた。
群馬県に入るあたりから日本海を見てみたい、日本海だったらどこだっていいけど、一番手っ取り早いのは新潟県に出るのが正しいだろうと、長野方面に向かわずに関越道をそのまま新潟を目指したのでありました。
新潟が近場なのかどうなのかは見解が別れるところでしょうけど、このあたりから、ごく近場でのんびりと日帰り温泉に入ってという予定からは少しずれ始めているような気がするのでありますが、この時点ではこの夫婦はまったく気づいてはいなかったのであります。

新潟県に入ったあたりから、このまま高速道路を走るのはいかにも勿体無く思えて、苗場あたりで下の一般道路におりました。空の蒼さに、ぽっくりと浮かんだ白い雲はなんとなく秋の気配をまとっているのがわかります。山はまだまだ深い緑色です。のんびりと田舎の山道を楽しんで走ります。

2016年8月23日火曜日

旅に「たいしたことのある」ものを見つける楽しみ

遅ればせの夏休みでありますが、まだ行き先は決まっていない。これはいつもの事であります。本州の西の方は山口と広島を残すだけとなっているのだが、本来なら迷わずにそちら方面を目指すべきだろうけど、先日も書いたとおりに今年は懐具合がかなり寂しいので泣く泣く断念することにする。
四国は何年か前に訪れているので、残すは本州の一部と九州なのであります。
今時、車を使って日本一周したからと云ったって誰の感慨も呼び起こすわけでもないのだから、別段それほどの執着を持っているわけではないからいいのですけれども。
これまで伊勢神宮と出雲大社と行ったのだから最後の仕上げは熱田神宮となるのだけれども、この選択肢もそれほど寺社仏閣が好きだというわけでもなから、それほど強い動機にも成り得ないのであります。
神社つながりで余談を申し上げれば、終戦の日に他国が大騒ぎする靖国神社の場所を調べてみました。以前に勤めていた会社の近くに「靖国通り」というのがあって、そうかこの道をとことこ歩いていけば「靖国神社」にいくのだなぐらいに思っていたけれども、とことこと歩いて行ったわけではなかったので、はっきりと場所を確認したことはなかった。さっそくググッてみたら、なあんだ講道館の近くではありませんか。あの周辺は取引先があったから結構ウロチョロしていたのですが、まったく気がつかなかったのであります。
私のところからは総武線一本で行けるわけですから、秋になってもっと涼しくなったら散歩がてらに参拝してみたいと思います。と云ってはみたもののかなり怪しいものがありますが。

昨晩晩酌をしていたら、妻が彼女の友人が佐渡ヶ島に行ってきた話をしていました。その話のなかで「たいしたことがなかった・・・・」という言葉が引っかかったのであります。旅談義でよく耳にするのは「どこそこへ行ってきたけど、たいしたことなかったよ・・・」であります。
「それではたいしたことがある」とはどういうことなんだろうということであります。旅先でデズニーランドのような施設があればたいしたことがあるということなんでしょうか。それならば自宅から30分ほどでいけるデズニシーにでも毎週のように通えば済む話ではないかということであります。
私にとってはデズニーランドなんてものはできた当時2度ほど行きましたけれども、もう2度といきたいと思わない場所なのであります。だから私にとってはかの場所は「たしたことのない」ところなのであります。
強引にこの話をまだ続けますと、旅というものは自分でたいしたことのある事を発見することだと思っているのです。
これは旅の話ではありませんが、散歩コースに小さな祠がちょっと離れて2つあります。地元育ちの人たちは庚申様といえば通じますが、私をはじめよそ者が大半をしめるようになった現在ではその名さえ知らないというのが実情であります。私も始め知らなかったのですが、それは馬頭観音を祀ってあるそうです。
ここからは私の妄想になりますが、この場所は以前は高射砲部隊もありましたし、かなり大きな部隊が配属されていたのです。当然軍馬も相当数飼育されていたものと想像されます。もっと詳しく資料を漁れば自分の住む場所の謂れを知ることができるものだと思います。残念ながら私にはそのような根気と情熱がありませんので、せいぜいこのあたりで妄想たくましくする以外しかないのですけれども。

旅するってことは見過ごしてしまいそうな何気ない風景や事物の中に、たいしたことのあるものを発見することも楽しいことなのだと思います。本当は地元の人と親しくなって聞くのが一番ですけれどもテレビの旅番組のようなわけにいかない難しさがあったりしますけれども。


2016年8月21日日曜日

ぼちぼちと旅の準備です。少し胸ワクであります

お盆休みも終わり、夏休みの旅行期間も一段落したところで、遅ればせながらの夏休みを取ることにしました。
以前は一年の半分ぐらいは旅に出ていたり、とんでもないところで暮らしていたりしたのですが、糖尿病が悪化して目をやられてからは極端に臆病になってしまって、ここ数年は独りで旅にでるということはまったく無くなってしまって、年に一度妻の夏季休暇にあわせて旅にでることだけになってしまいました。
以前はノートパソコン一台あればどこでだって仕事ができたので、仕事しながら旅をするんですと、言い訳ができたのですが、現在は超大型のディスプレイ2台を駆使して、そのあまりの画面の大きさに頭がクラクラするほどの船酔いに近いものを感じたりしながら一日の大半を過ごす身となりました。
旅先にこんなに大きな物を持ち込むことは不可能ではないけれども、あまりに面倒すぎるので、「仕事をやりながら旅をする・・・・」の言い訳は通用しなくなったわけであります。

一年ぶりの旅になりますから、それはそれで結構胸がワクワクしてくるわけであります。ここのところ、毎年結構遠くまででかけていたのですが、今年はエアコン二台を入れ替えたり、昨年の旅の途中に車のエアコンがだめになったのを夏前に修理したり、おまけに車の車検に20万超えを請求されたりと、それに任意保険が重なってふんだり蹴ったりの状態でありまして近場でお茶を濁すしかないなと諦め半分のような気持ちであります。近場に行くとなるとほとんどの場所を飽きるほど走り回っており、旅先を思い浮かべるとそれほど胸ワクしてこないのが少しだけ問題なのであります。

これはずーっと感じていたのですが、最初に車を購入する場合には、冬のオフシーズンにするべきだということであります。そうしないと夏場に旅しようと思った時に車検があったり、任意保険の継続契約があったりと肝心な時にお金がでていってしまうのです。これは本当に思慮が足りなかったなと深く反省しているわけであります。

2016年7月21日木曜日

ネットアプリはAccessで作成してから移行するのはどうですか

またしても、1ヶ月ほど更新をサボってしまいました。知り合いの会社のシステム作りを昔とった杵柄とばかりに安請け合いをしたのが運の尽きでありました。
もちろん自分の中にもどこのかのシステムを作って役にたってみたいという思いと、必死こいて一心不乱にコードと格闘した日々を懐かしむ思いもあったことは確かなことであります。

最初は、すべてインターネット上にシステムを構築して、スマホ・タブレット・PCと端末を選ばないものにしようと思ったのですが、それを断念して良かったと今ではホッとしています。
それをやるためには、私の現在持っているスキルでは何年経っても陽の目を見ることはなかったものだと思います。これまで簡単なアプリは作ったことはあります。それはMySQLとPHPとHTMLを組み合わせたものでありましたが、基幹業務となるとそうはいきません。
ユーザーインターフェースの部分にしても入力・編集・削除ひとつとってもJavaScriptもしくはJQeryを駆使しなければならずそれらを試行錯誤しているだけでも相当の時間を割かなければいけないことは明白なことであります。それにほとんどのSQLを忘れ去っていたのですから無謀な試みだったといえるでしょう。
ただ理想であることは確かなことであります。趣味的に研究を重ねることは重要な事だと認識はしているのでありますが。

そこで登場したのがマイクロソフトのリレーショナルデータベースAccessであります。最初は使い方がわからず慣れるのにかなり戸惑ったのですが、徐々に慣れてきましたら、本当に良くできているソフトだと感心しました。SQL言語もクエリーを自動で作成してVBAに貼り付けるという作業をくり返しているうちに徐々に理解できるようになってきました。Accessが吐き出したSQLがそのままOracleとかPostgreSQLとかMySQLでそのまま通用するのかどうかは試していませんけども、冗長な()を整理すれば基本的には大丈夫だとは思いますけど。今のところは必要ありませんけれども。

Accessでじっくりと作りこんだものを後にネットアプリに置き換えて行くのが正解なのではないかと思い始めました。Accessで概要設計・詳細設計を完了させ、なおかつプロトタイプを運用してから、ネット上に移行していくという流れが理にかなった、私のようにスキルのない人間にはぴったりのプロセスのような気がします。

2016年6月19日日曜日

バロックとブルースと紅乙女と

昨日は、柄にもなく気取ってみたくて「休日の朝はバロック音楽から・・・」なんて思いついて朝からAmazonのプライムラジオでバロックチャンネルにあわせて聞きまくりました。聞いてみると意外なほど違和感がなくてすんなりと受け入れている自分にびっくりしてしまいました。
普通のクラッシック音楽よりもずーっと聴きやすいし、なんか昔から当然のごとく馴染んできたような錯覚に陥ってしまいまして、結局一日中聴きいってしまいました。
夕方になって晩酌をしながらも、灯りをぐーっと落として薄暗い中で聞くのもなかなか雰囲気があってオツなものでありました。チェンバロやオルガンの曲もいいし、きっと賛美歌なんでしょうねその荘厳な合唱曲も、別にキリスト教信者でもないのに目頭が熱くなってくるような気にもなってくるから不思議であります。
この馴染みやすさって、若いころにプログレッシブロックを聴いていたからなのかも知れないと無理やりこじつけたりしています。ELP(エマーソン・アンド・レーク・アンド・パーマー)とかピンクフロイドとか・・・ちょっと違う気もするけどクイーンあたりの楽曲の影響が大きいような気がします。なんだかかなり無理のある解釈のような気がしますが、これほどバロック音楽に惹かれるのはそのあたりにあるのだと無理やり納得させてしまいました。

ヤオコーで購入してきた「ごま焼酎紅乙女」が大好きで、これがあるとついつい杯を重ねてしまって結構ヘロヘロになるまで呑んでしまいます。ごま焼酎に酔って、バロック音楽に酔いしれて、そして仕上げはいつものブルースであります。最後にはやはりブルースギターの鳴き音を聞かないと一日が終わった気がしません。しまいには、渾然一体となってしまいバロックなのかブルースなのかわけがわからんようになってしまっています。なんだか、この二つって似ているような気がしてなりません。
「どこがー!」っていうツッコミが聞こえてくるようでありますね。今夜も紅乙女を呑もうっと

2016年6月18日土曜日

とうとう扇風機をだしましたとさ

休日の朝の音楽はバロックからと、普段はほとんど聞くことのないバロック音楽を流しております。私のクラッシック音楽についての見識は「ま、仕事をする上で邪魔にならないからいいよね。」などという程度でしかないのであります。
ちょうど今、バッハのトッカータとフーガが厳かに流れているのですが、聞いている本人はひとつも厳かでないのが困りものでありますけど・・・。

そうそう、昨夜は、とうとう扇風機をだしてきてしまいました。まだ一台しか動いていませんけど、これがどんどんと暑くなってくれば、家中から集めれば最高5台まで増設することができますけれども。「あのねぇ、いくら扇風機を増設しても本格的な暑さになったらほとんど意味は無いですけれども。」

お昼ごはんを食べてから、妻と二人で近くのホームセンターと業務スーパーとヤオコーに買い物に出かけました。車のエアコンは一年ぶりに修理したので快適であります。よくもまあ、この一年エアコンなしの車に乗っていたかと思うと不思議な気にもなってきます。
それはいいんですけど、買い物から帰ってきて家に入ったら、なんの迷いもなくエアコンのスイッチを入れていました。んー、さっきの扇風機5台増設はどこへいってしまったのでしょうか。
これはね、朝からずーっと自宅にいて暑いのも扇風機でしのいでいて平気だったものが、車に乗ってエアコンの快適さを知り、各店舗でもエアコンで涼んできたのですから、もう扇風機の世界には戻れなくなってしまっただけの話です。
私はある時から、暑いと感じた時には迷わずエアコンのスイッチを入れることにしています。熱中症のこともありますし、それでなくてももともと温かい頭をしているのに、それにちょっとでも外部から熱が加わればオーバーヒートするのは確実ですからね。

ほんの小さなことでいいから、自分の自信につながる何かが必要なんだと強く思っています。

2016年6月17日金曜日

職業が性格を縮めてしまったのかも

最近気がついたことがあるのです。よく呑んだ席などで、「あいつが悪いから会社が良くならないんだ」とか、「バカな政治家ばかりだ」とか「公務員は税金で良い思いをしている」などと他人(ひと)様のことを斬りまくる人っているじゃないですか。
その気持ちもわからんことも無いのですが、以前からスゴイ違和感を持っていたのです。もっとも小学生・中学生の通信簿に「落ち着きが無い・協調性が無い」などと一貫して書かれていた奴ですから、あまり他人(ひと)様のことに感心がないという性格だったのも確かなのですが。

では最近気がついたことって何かといいますと、それは毎日ゾンビプログラマーをやっていて思ったのです。プログラムの動かないことって絶対に他人(ひと)様のせいにはできないことだということです。
政治家が良くても、上司が良くても、公務員の態度が良くてもアホなゾンビプログラマーの書いたコードがタコならば絶対に動作しないということであります。そして、それを他人(ひと)様のせいにしたって何も問題は解決しないということです。
良いも悪いも全部が全部自分に帰結するということであります。それ以外なにもないということですね。

すべて他人(ひと)様のせいにして問題が解決するのなら楽でいいですけれどもね。俺なんかひとたび他人(ひと)様の悪口を云わせたら半端でない破壊力を持っていますから、毎日でも悪口をいいまくりますね。それで現在開発中の営業支援システムが完成するのであればですね。

長年因果な商売をやってきたから、妙に性格が小さく縮こまってきたのかも知れないとも思いますが、長年、自分の能力の無さをとことん見せつけられてきた人生ですからね。

プログラミングは年寄りの暇つぶしには最適です

久しぶりに朝からお日様がギラッとした顔をみせてくれました。日中はかなり暑くなりそうな予報がでていますが、なんといっても私にとっては洗濯日和なのがウレシイのであります。
タイミングよく回していた洗濯機がビィ-ビィ-と洗濯が今終ったよとの合図をウレシそうに周囲に告げています。ヨシヨシ今日は一発乾きだかんねと私もニカニカ顔になるのでありました。
そのニカニカ顔でふとカレンダーを眺めてみると、すでに金曜日でありました。私の時の流れはここのところ近来にない早いスピードで流れ去っているような気がしています。

というのも、昔取った杵柄ということでシステム開発を安請け合いしてしまい、年老いたゾンビ的にわかプログラマー化してしまったからであります。こんなにシンドイものであったら・・・・、などとぶつぶつ言いながらも時間を見つけてはコツコツと、思い出しながら四苦八苦の連続を重ねているわけであります。その昔、プログラマー30歳定年説というのがありまして、その説に従えばその倍も齢を重ねてしまった私の場合はそれこそゾンビプログラマーなわけであります。

それで最近強く感じることは、システム開発は私にとっては壮大な暇つぶしなんだなということであります。あ、この言い回しはちょっと大げさで、少し格好をつけていますね。言い換えると「プログラミングは年寄りの暇つぶしには最適」と表現したほうが、ズバリと言い表しているような気がします。
いくら時間がかかろうと、正しいコードを書けば動くわけであります。間違っていれば当然ぴくりともしないか、おかしな動作するわけであります。動かないというのは絶対に私が悪いわけであります。こういう格闘というのは劣化した頭の活性化には素晴らしく有効なのではないかと思うわけであります。
やりはじめた当初こそ、ほとんどの事を忘れ去ってしまっており、思い出すまで結構苦しい思いもしましたが、最近はかなりの部分を思い出してきまして、自分の思っていたとおりに動くようになってきますと、結構楽しくて時間を忘れて没頭してしまっている自分を発見したのであります。
それとともにこのシステムを使う人を驚かせてやりたいなんていうヨコシマな気持ちもでてきまして、なにかスゴイ仕組みはないものかなどと考えるようになってきてしまっているのです。
こういう事をやる人間のどこかには自分の力を自慢したい、人を驚かしたいなんていう気持ちが必ずあるものであります。そんな気持ちが湧いてきたことに自分でも驚いてしまってもいるのであります。
若い時に基礎をしっかりやっていて本当に良かったと思っています。この歳になってから、一からプログラムの勉強をしようなんて絶対に思わないですからね。

2016年6月16日木曜日

まずは指を動かしてみないと何もはじまらないのだ

相変わらずマイクロソフトのデータベースAccessで四苦八苦しています。開発当初の思惑はこんなはずではなかったのであります。
昔とった杵柄でありますからほんの軽い気持ちで引き受けたのですが、自分の頭で思い込んでいることと現実には大きな開きがありまして、いくらその昔にはもっと大掛かりで複雑なシステムを作っていたのになんて云ったって、それはたんに年寄りの繰り言に過ぎないということを思い知らされてしまいました。
だから、結局一から勉強しなおしのような状態になってしまいまして、単純な仕組みそのものを組み立てるにも、いちいちネットで検索して試してみて実装するなんて事の繰り返しでありますから、まどろっこしくしょうがありません。

なんかいつも自分の頭のなかに厚い雲がかぶさっているような感じであります。
そうか、これが別の意味でクラウドコンピューティングなのだ、などと笑ってもみても、ひとつも楽しくありませんね。マイッタナ。

かなりの間、ネットでの仕事ばかりやっていたものですから、デバッグの方法まで忘れてしまっていて、いちいちメッセージボックスに値を放り込んで確認するなんていうバカな事をやっていまして、最近ようやくデバッグの方法がわかったという初心者もびっくりというなんともはやの状態でありました。

それでも最近はどうにか昔とった杵柄の感覚が蘇ってきたようで、自分の新たなアイデアなどを盛り込んでみようなどという気持ちがでてきたようであります。やはり、プログラマーは実際に指を動かしてコードを書いてみないと進歩はしないということですね。

最近は小さいシステムでいいから完璧なものを作るということが私の場合はとっても大切なことだと思いまして、システムの規模を極端に縮小しまして、ひととおりの機能を面倒がらずに織り込んでいこうと考えるようになりました。
もっとも、システムは小さく産んで大きく育てるというのが重要なことではないかと思いますけれども。

2016年6月13日月曜日

週のはじまりなのに気が抜けてしまいそうです

暗闇のなかに起きだしてすぐに、「ひょっとして雨か?」という思いがよぎるほど幽かな雨音が聞こえた気がした。まだ目覚めたばかりのことで足元も定まらないままに、ヨレヨレと階下の仕事部屋にようやくのことで辿り着いてはっきりとしてきたことは、それはひょっとしなくても完璧な雨音なのだということを知らされた。今は梅雨のまっただ中にいるわけだから格別驚くことではないのだけれども。

パソコンの電源を入れて最初にやることはAmazonラジオのサイトに跳んで音楽を流すことがおきまりになってしまっている。体調のいい時は、最初から「オール・ロック」なんていう威勢のよいチャンネルを選ぶこともあるのだが、今朝は起き抜けにロックではいささかゲンナリしてしまうので、ここは穏当に「ジャズ・ボーカル」などというチャンネルをチョイスする。こうして私の一日は「音楽の垂れ流し消費」という行為から始まるわけであります。

と、書いていて、そういえばクラシックってチャンネルを一度も視聴したことがないことに気がついた。そこで、ものは試しと「クラシック・室内楽」というチャンネルに変更してみた。
そして最初に流れてきたのが、驚いたのなんのって・・・・。これってけっして作って書いているわけじゃないんですよ。ここまで書くともうネタバレになっているかも知れないけれども、ここで流れてきた曲がなんとショパンの雨だれでありました。これ本当にホントだって。いやはや参ったね。

雨だれごときでのけぞってしまったバカタレは、そのバカを懸命に隠して今日もプログラミングをやりつづけるのでありました。
うーんなんだかな




2016年6月12日日曜日

ただボーゼンとしていた日曜日

昨日は久しぶりに、にわか洗濯男に変身したことを書いておきましたが、自分でも意外だなと思うのは「変身!食器洗い男」であります。この突然変異は自分で思うのも不思議なくらいに、かなり長い間続いていているのです。もちろん毎回全部の食器を洗っているわけでないのですが、二日酔いしていない限りは、ほぼ全部、しかも結構手を抜かずに洗い続けているのであります。

その昔、単身秋田のド田舎で、ガス・水道・電気なしの生活を半年ほど体験しまして、敢えなく挫折して我が家に帰り着いた時に一番に感動したことがあります。
それは蛇口をひねれば大量の水が惜しげも無く出てくることでありました。秋田ではもらい水でありましたから、貴重であります。食器を洗うのにも無駄にはできませんでした。だったら紙の食器を使えばいいではないかという話になりますが、私は住民登録をしていませんから堂々とゴミを捨てることもできなかったのであります。
だったら燃やせばいいではないかとなりますが、昨今はちょっとでも焚き火をすれば、すぐに誰かが駆けつけてきて厳重注意という事になってしまいます。ましてゴミを燃やしているなんていう事になれば・・・・。
その不便な生活を半年ほど経験した後に、水のありがたさを身にしみて感じるようになったわけであります。それ以来、洗濯とか食器洗いに大きなヨロコビとシアワセを感じるようになったことは確かなことであります。
もともと私はヨロコビやシアワセを感じるのに随分と安上がりな人間なのでありますけど。

そのかなり昔に小学生頃の通信簿には担任が必ず書き込んでいた言葉が、「落ち着きがない、協調性がないと」いうことでありました。
「なぁにを云ってやがるんだい、トンチンカンな事を書きやがって・・・」なんて当時は思っていたのですが、この歳になってみれば全部当たりすぎるぐらいに当たっているなと、当時の担任の先生方の眼力にはほとほと感心してしまいます。
この落ち着きがないというのは、三つ子の魂百までものことわざ通りに、今でもまったく変わりはありません。それどころか、最近は集中力もどんどんと失われてしまって落ち着きのないジジイになってしまっています。
そんな状態でプログラミングなるものをやっているものですから、ちょっとした壁にぶつかったりしますと元来の落ち着きの無さを存分に発揮するようになるわけであります。普通ならその越えるべき壁の原因をじっくりと調査するわけでありますが、もう切れてしまってじっとディスプレイの前に座っていることすらできなくなってしまって、台所に行って食器洗いなどをやったりしますが、すでに洗う食器が無ければ、急に掃除を初めたり、それもやった後では、やたら歩きまわったりするわけであります。
だから食器洗いを毎日、毎回続けているといってもその動機が結構怪しいものがあるわけであります。だから壁にぶつかる回数が多ければ多いほど私の周囲はどんどんと片付いて清潔になっていくという一概に単純にヨロコベないという状況にあるわけであります。

妻が仕事を休んで主婦でいる場合は、そうそうアカラサマに彼女の領域を荒らすわけにもいかず、ただ呆然として周辺をウロウロすることになるわけであります。そのような状態が本日日曜日の一日でありました。なんともはや

2016年6月11日土曜日

Accessの感動した隠れ機能2つ

久しぶりの洗濯日和でありました。それなりの洗濯量がありまして、せっせと洗濯物を干しました。こういう日は洗濯をしていても楽しいものであります。と書きますといつも洗濯をしているように思われますが、今日は何ヶ月ぶりかに洗濯男に変身したに過ぎないのですけれども。

本日は土曜日なのに珍しく家には誰もいないので、普段となんの変わりのない一日でありました。久しぶりに暖かいごはんに味噌汁という日本の正しい朝ごはんを食べようと思ったのであります。うーんちょっとわかりにくいですね。それを思い立ったのは昼ご飯まえの事でありますから、お昼ごはんに正しい日本の朝ごはんを食べようという話であります。
まずはご飯を炊かなくてはと思い立ちお米を探したのですが、どこにもその米が見当たらないのであります。そうか、この2年余り極力炭水化物を摂取しない食生活を続けていたものだから、家族もつられてしまって白米を食べない習慣が出来上がってしまっていたのであります。
今日の今日までまったくその事に気づかなかったというのもオメデタイ話であります。以前なら何はなくてもお米だけは家にあったのですが。
というわけでありますから、頭のなかは正しい日本の朝ごはんに満たされていたのですが、米を買いに行くのも面倒だったわけでありますから断念してしまいました。
ならばせめてソーメンでも食べたいなと思ったのですが、これは絶望的であります。絶対に麦でできているウドンやソーメン・冷や麦の類などあるわけがないのでありました。
しょうがないので買い置きしてある「韃靼そば」を茹でて食べました。蕎麦にもたくさんの小麦粉が入っているのはわかっているのですがいくらかはGI値が低いということであります。

奮闘しているAccessの話なのですが、ウン十年前からすればかなり進歩しているんだねということを二つ書いておきたいと思います。と云ってもその二つとも偶然に見つけたものでありますけど。
そのひとつは「ふりがな」機能であります。これは以前からあった機能であります。たとえば「名前」のフィールドに入力しますと自動でふりがなとふってくれるというものであります。
「やまだたろう」と入力して変換しますと「山田太郎」となってふりがなのフィールドには自動で「やまだたろう」と入力されます。これは結構便利なのであります。
ある日なにげなく名前のフィールドに「山田太郎」コピペしましたら、どうじにふりがなのフィールドに瞬時に「やまだたろう」と表示されたのであります。これには驚きましたね。何を貼り付けても結構正確にふりがなをふってくれるのでありました。うーん

もうひとつの発見は、テーブル定義をやっていてフィールド名を間違えて「seledt」なんてつけてしまった場合に、テーブルの定義を元にして、フォームやレポートやクエリーが作成されます。
こういう間違い良くあることなんですが、それを「select」などと一文字訂正したならば、これを元にして作成してあるフォームやレポートやクエリー全部の該当箇所を訂正しなければならないものだと思っていたのですが、これがなんと関係している箇所を自動て全部直してくれているのであります。これはジツにありがたい機能であると感心したしだいであります。
もっともこのような機能って前からあったのかな、知らないのはもしかして私だけだったりしてね。

2016年6月10日金曜日

皆でやろうよデータベースAccess

ウン十年ぶりかにマイクロソフトのデータベースAccessを使用してシステムらしきものを作っています。もともとAccessを使ってシステムを組んだことが無かったものだから、ほとんど一から勉強をしながらの作業となってしまっています。ただひとつ救われるのは多少はリレーショナルデータベースの概念がわかるということでありましたが、いざやり始めたら四苦八苦の連続でありました。
素人さんにも使って貰えるシステムを作るってことは、多少の知識があったからって、まったく役にたたないってことだけは身にしみて理解しました。大事なのは良質なユーザーインターフェースであったり、理解しやすい作業の流れだったりしますから結構細かい小技を身につけていないとダメだということですね。これがまた大変なことであったりします。
こんな事ぐらいは絶対にできるはずと思っていても、どうやったらいいのか皆目見当もつかず途方にくれる毎日でありましたが、苦しみながらも毎日触っているとなんとかなってくるものだということも実感するようになってきました。

その中で気づいたことのひとつは、Accessではクエリーという便利なSQL文を視覚的に生成してくれる機能があります。ところがこれが結構くせ者でありまして、最初は超便利に使っていたのですが、システムが次第に大きくなるにしたがって、クエリーの数も増えてきまして、どのクエリーがどのフォームで使われているのかが段々とわからなくなってきたのでありました。
命名の仕方が悪いというのも原因のひとつでありますが、更新クエリや追加クエリーのアクションクエリの類までそのまま実行させていたから尚更のことであります。
そういえば、以前はこんなやり方をやっていなかったなということをようやくの事で思い出しました。クエリーをSQL文にしてプログラム(VBA)のなかに埋め込んで使っていだのです。そうすればクエリーがやたら増えていくという事も防げるわけであります。
そうだそれがいっとういい方法だと思ったとこまでは良かったのですが、肝心のSQL文がどこに書き込まれているのかがさっぱりわかりませんでした。
それはクエリー画面の一番下の右端に小さなアイコンがひとつ出ているだけの話でありました。いやはやそれを見つけるまで半日以上かかってしまいました。

最初の頃は結構つらい作業でありましたが、少しずつ小技を身につけてきましたら段々と楽しくなってきました。なんだか毎日ゲームをやっているというか、パズルをやっているような気分であります。

ガンバレ マスゾエくん!!

梅雨らしく昨日までは雨が降っていましたが今日は梅雨の晴れ間ということで結構良い天気のようであります。梅雨という季節はそれほど嫌いではないですね。結構しっとりとして緑がますます色濃くなっていく季節ですからね。ただこれが3ヶ月も半年も続くとなるとたぶんウンザリしてしまうのでしょうけれども。

先日コーヒーメーカーのスイッチの部分が調子が悪くて新しいものを注文してしまったと書きましたが、実はこれが本当に悩ましいことになっております。新しいコーヒーメーカーが到着したのですが、これまで調子が悪かったスイッチが皮肉なものでまったくの正常な状態に戻ってしまいました。
せっかく届いた新しいコーヒーメーカーはダンボールに梱包されたまま仕事部屋の奥深くにしまい込まれてしまっています。正常に動作しているものをわざわざ捨てる気にもなれませんし、なんとなく今回は失敗したのかなと思わんでもないのですが、当然口には硬いチャックをしております。

そういえば、何日か前のブログにも書きましたが、東芝のREGZAというテレビのリモコンの調子が悪くて原因がわからないので、新しいリモコンを購入して試してみればリモコン側が悪いのかテレビ側が悪いのかの判断がつくと思ったのであります。
これがまた不思議な現象でありまして、初めの頃は新しいリモコンが調子良かったのですが、途中で新しいリモコンが調子悪くなったので古いリモコンではどうだとなって試すとサクサク動作するのです。こうなってくると二つのリモコンを交互に使い分けるという涙ぐましい努力を重ねてきたわけなのですが、最近は新しいリモコンにはまったく反応しなくなりまして、古いリモコンがサクサク調子がいいのです。混迷はますます深まるばかりであります。
最近ではテレビそのものがパソコンを繋いで映画やYOU TUBE等の動画を視るだけの単なるディスプレイ化していますのでそれほどの影響が無いのが少しは救われるものなのですが。

その本来のテレビとしてはあまり役に立たないテレビを最近は舛添君の大活躍を視るのが楽しみで久しぶりにワイドショーなるものを楽しく拝見しています。こういうのはジツに面白いですね。できれば舛添さんには任期満了まで頑張って欲しいものだと願わずにはおられません。

2016年6月6日月曜日

梅雨入りしたら、コーヒーメーカーが壊れてしまった。

もうすでに梅雨入りしているという。早いのか遅いのかの判断がつかないけれども梅雨入りしているというものを、どう文句を云ってみたってどうなるもんでもないから、ああそうなんだと云うしかないよね。

とうとうコーヒーメーカーが壊れてしまったようだ。スイッチを入れても連続して通電しなくて、ずーっと抑えていないとダメなのであります。ここ数日それでも我慢して使っていました。電気の知識があればすぐに直せるようだけれども、ガキの頃に感電してから電気が怖いのであります。
当然Amazonで調べたら、ドリップするだけのものだったら結構安いものがあったので迷わずに注文してしまいました。

コーヒーを淹れるたびにスイッチを押さえているなんて馬鹿なことはできませんからね。今さらのことなんですけれどもAmazonって単なる場所貸し屋なんですね。ただこれまで長年使ってきて酷い目に遭ったこともないので結構信用はしていますけれども。それから、こちらの情報を登録してありますから、他のサイトでまた一々情報をインプットするのが面倒だし、怖いような気もするので結局Amazonを使い続けることになってしまうようであります。旨いこと考えているもんであります。

2016年6月3日金曜日

素晴らしい日本をタビしたいんだけなんだ

今朝も順調に丑三つ時あたりにノロノロと起きだしたのですが、結構寒さを感じてしまって、面倒くさがりの私でも、さすがにTシャツ一枚では心もとなくて納戸にいって長袖のYシャツを引っ張りだして羽織りました。

昼の間、いくら暑くても朝晩が涼しければかなり楽なのですが、たとえ昼の時間帯に灼熱地獄であったとしても日が落ちれば涼しくなれば結構耐えられるものなのですが、ここ市川ときたら昼の暑さがそのまんま夜にも持ち込まれてしまうのは敵わないものがあります。

先日車のエアコンを一年ぶりに修理した話を書きましたが、そのエアコン壊れたのが昨年のお盆に休みに入る一日前でありました。場所は境港のちょっと手前だったと記憶しております。休み前ということで修理を断念してそのまま旅というか、放浪というか、場所を移動しての湯治というか、ま、基本的にはいい加減な私の日常を山陰もしくは中国地方にまで持ち込んだだけのことなのでありますけれども。
残す日程はあと3日だったか4日ほどであったのですけれども、エアコンのない車での旅はさぞ灼熱地獄との闘いになるだろうと覚悟をきめていたのですが、四方八方の窓を開け放して走れば風も結構はいってきてそれほど不快でもなかったのであります。
ただ周囲の車がビシっと窓を閉めきって涼しそうに走っているのをみると、結構恥ずかしいものがあるにはありました。特に交差点なんかで信号待ちしている時などは周囲から怪訝な光線を必要以上に浴びせられているような気がしてなりませんでした。それでも半日ほども走っていますとまったく気にならなくなってしまうものであります。

以前は、といいましてもウン十年も前のことでありますが、お盆を境にして狂ったような暑さは急速にその勢いを弱めていきまして、心なしか秋色の風が時折りそっと吹いてきたり、ひぐらしが哀愁をおびて鳴きはじめて過ぎ去る夏を惜しんだような気もします。
近年はお盆が過ぎてもいったいいつになったら涼しくなるんだろう、もしかして永遠に涼しい地上はこないのかも知れないと思ってしまうほどアジイ世界になってしまいましたけれども。
山陰もしくは中国地方の気候がそうなのか、たまたま昨年だけの話であったのかは判然としないのでありますが、旅に出る前に比べればお盆休みに入り格段に涼しくなってきました。なんといっても朝晩が涼しく感じられ車中泊でも熟睡できたのでありました。
エアコンが壊れる前はなんとなく萩を目指していたのですが、修理屋さんですったもんだしたりで時間を結構使ってしまったので、行っていけない距離でもなかったのですが、別段走り屋のユキオの真似をする必要もなかろうと最終は出雲大社あたりにとどめ、松江あたりをウロチョロして必要以上に暑いだろうと思われる太平洋側を避けて元来た日本海側をヨタヨタと家路についたわけであります。

エアコンの修理もしたし、さて今年はどこらあたりをうろつこうかと考えているのであります。北海道・東北・北陸・近畿・四国あたりを一応通り抜けたことにはなっているので、さていよいよ九州あたりにと思っていた矢先に、熊本地震でありました。別に車中泊で日本一周したからといっても別段とうってことないのですが、やはり心残りはありますけども、こればっかしはその機会が巡ってくることをじっくりと待つことにしました。

2016年6月2日木曜日

まだまだ大丈夫です。

朝晩が肌寒く感じるこの頃であります。ティシャツの上に一枚羽織るかどうかは思案のしどころですが、いつも面倒でそのままの格好で過ごしているから、それほどでのことでもないのでしょう。

「いってきまーす!」「ただいま!」なんていう元気のいい近所の女の子の声が時折聞こえてくる。近くに子どもたちの声が聞こえるというのはなかなか気持ちのいいものであります。他人(ひと)様のお子さんなのですがほんわりとした気持ちにさせられてしまいます。
今朝もたまたまリビングに座っていたら、元気のいい声が聞こえてきましたので、カーテン越しに覗いてみると、黄色帽子に赤いランドセルの女の子(ちびまる子そのものだ)が弾けるようにして学校へ走っていきました。唐突にまだまだ日本は大丈夫だという思いが湧いてきました。

同じ声の話なのですが、朝の5時近くにウグイスの声もときおり聞こえてきます。もう正調ウグイス鳴きでありますから、ひょっとしたらもう山に向かうことを断念してしまって、ここいらに住み着く覚悟をきっかりと決めたのかもしれない。またしても、まだまだ日本は大丈夫だという思いが湧いてくるのでした。

「ウチの紫陽花も咲き始めましたよ」と妻がいう。ん?俺んちに紫陽花なんてあったけかなと思っていると「昨年、私が挿し木をしたものですよ」という声が返ってきた。そうか私のまったく知らないところでそんなことをしていたのかと、少し見なおした。

今日のブログは夜も明けない時に書き始めて、なかなか筆が進まず、今日はこれまでだなとあきらめるまで半日もかかってしまった。ま、そんなもんですよね。ではでは

2016年6月1日水曜日

6月のはじめに

昨年の一番暑い夏の盛りに妻と二人で島根の出雲大社まで出かけました。これこそ文字どおりに青天の霹靂といいましょうか、鳥取と島根の境目あたりの日帰り温泉に浸かって、さてどこまで走ろうかと考えていた矢先に、どうも車内が涼しくならないのであります。
どうやらエアコンのスイッチが入らなくなったようなのです。まだ3日ほど旅程を残した時点で、進むも灼熱地獄戻るにも地獄のどうにもならない状況に追い込まれてしまいました。
境港あたりで修理屋さんに駆け込むも明日からお盆休みになってしまうのでどうにもならないと云われてしまいました。

うーん、これは困った。コマッタ、マイッタ。進退窮まるとはこういう状況をいうのだということを実感した次第であります。
この際あんまし関係ないんだけど、「オートバイにはエアコンはついてないがあんなに着込んで旅を楽しんでいるではないか・・・・・。」
まったく関係ないけど、「昔はエアコンなんてついている車などなかったのだ、だいたい最近の日本人は軟弱過ぎるのだ・・・・。」
「せっかくここまで来て戻るというのか・・・・。」「戻るといったって、かなり遠くまできてしまったているし、暑さは同じじゃないかい」
頭のなかはほとんどパニック状態でありまして思考は虚しく堂々巡りをくり返していくのでありました。

いつものことでありますが、私の旅は別に目的地が明確ではないのであります。家を出てから、なんとなく今回は西に行ってみるかとか北に向かうかなどというジツにいい加減なものであります。走っているうちにこれもなんとなく山口あたりがいいんではないか、などといった具合であります。そして途中で必ず大型書店探しが始まるのであります。これがなかなか見つからなのであります。ようやく見つけたそこそこの本屋さんで旅行ガイドとかそのあたりの地図を手に入れないと、いくらスマホ・パソコン・カーナビがあっても暗中模索の状態のなかで走り回るようなことになってしまいます。そこでいつものごとくようやく手に入れた旅行ガイドと地図を眺めて萩あたりがいいのではないかなどとと思っていたのであります。

パニック状態の堂々巡りを512回ぐらいまでは数えていたのですが、それ以降は数えきれなくなってしまって、結局一応目的というか目安というか山口県の萩あたりを目指したのでありました。

なんだか前フリだけが長くなってしまいましたが、本日のブログでいいたかったことはですね。先日その壊れていた車のエアコンを一年近くたってようやく治したというそれだけの話しでありました。
無用に話を引っ張ってしまって、スマン、スマン