2016年4月25日月曜日

水仙と藤の花

寒かった日々が遥か遠くに感じられるようになったこの頃は、けなげな梅一輪を見初めたヨロコビや、待ち焦がれた妖艶な桜の群舞する姿に打ち震えた感動も遠い昔のことであったようにも思われてきます。陽射しはますます力強くなってきました。
わがままといわれてしまいますが、寒いのも嫌ですけれども、暑いのも嫌なのです。若い時には暑いだの寒いだのはまったく気にならなかったものでありますが近年はそのどちらも苦手なのであります。何をいわれてもそうなんですから仕方がないのであります。

先日「なめことサヤインゲンの味噌汁と」というブログを書きましたが、その後に、あれ?あれはサヤインゲンではなくてサヤエンドウだったのではないかと思ったのですが、なんとなくサヤエンドウが正しいような気がしてきたのですが結局よくわからないのでありました。

昨晩妻が藤の花が咲いているといった。7、8年前に秋田県で単身百姓の真似事をしている時に、市内で買い物を終えて農園へもどるべく山道を走っている時に周囲の山々に白ぽい花のようなものを認めたのです。傍らに乗っていた地元の知人にあれはなんだと訪ねると、別に珍しくもないように藤の花だというのです。
それまで見てきた藤の花というものは、公園の藤棚の上から綺麗に紫色の花のふさが垂れ下がっているものばかりであったので驚きました。知人に聞いた話では藤の木は近くの大木に巻き付いて成長し、最後には巻き付いた木を締め殺しにしてしまうのだそうであります。野生の藤の木というのは美しい花々の陰にそら恐ろしい陰謀を秘めた植物だったのであります。それはまるであの大陸の謀略国家のようであります。
以前は物珍しさも手伝ってTwitterなんかも盛んにやっていた時代だったので、その事をつぶやきましたら、さっそく男鹿半島に住んでいるという人から、男鹿半島にもかなりたくさんの野生の藤の木がありますよとリツイートしてきたので、こちゃあのんびりと野良作業などをやっている場合ではないと、農作業を時々手伝ってくれていたやっちゃんと二人で、仕事をほっぽらかして藤の花見にでかけたのでありました。
この事からも容易に推察できるでしょうけれども、まず理想は高かったのですが、とうてい本物のお百姓さんにはとても敵わない、いい加減な農業志願者だったわけであります。
そういえば、田んぼの一角に水仙を山のように植えたらさぞ綺麗たろうなと思いなけなしの財布をはたいて球根を10個あまり購入して植えつけたのです。それを散歩にきていた近所のおじさんに見られて、「なにをしているんだ」「この田圃全部に水仙を植えれば春先はきれいだろうなと思って」「おい、今から俺んちにきてみないか」というので、またまた野良仕事をほっぽり投げてノコノコとついていったのであります。
大きな屋敷を通り抜けて裏側にまわっていったら、そこには信じられないぐらいの膨大な量の水仙の花が咲いていたのであります。「こんなもの、なんの役にもたたんのに、わざわざこの状態にするってか?」私は目を疑ったし呆けたように口をあんぐりと開けて言葉がでませんでした。
それはそのおじさんが物心ついた時からあったそうです。あっても邪魔になるだけのものですから、一切手をかけたことがないそうであります。ほとんど野生化した水仙畑でありました。
この時期になりますと、秋田での百姓の真似事をしつつ放浪していた時期を懐かしく思い出してしまいます。それは初夏のまぶしい陽射しの下の風景画のようであります。

2016年4月24日日曜日

なめことサヤインゲンの味噌汁と

にわかに強い風が雨をともなって吹き付けてきました。そういえばここのところ天気予報をまったく気にしていなかったので今日は一日雨降りなのかと思ったが予想は見事にはずれたようであります。
今朝のにわか雨ではないのだが、唐突になめこの味噌汁と食べたくなった。ここ数ヶ月はかかりつけの医者に塩分を摂り過ぎるきらいがあるので、いっそ味噌汁はやめてしまったらと云われたのでほとんど食べていなかったのであります。
ご飯と味噌汁は対をなすものであるし、現在炭水化物を出来る限り摂取しない糖質制限食を実行している真っ最中なのだから迷わずやめることができたのであります。
それがどうしてもなめこの味噌汁が食べたい、それにサヤインゲンも入っていれば最強だなと思って、晴れ上がった空の下をトボトボとなめことサヤインゲンを求めてスーパーに向ったのでありました。
頭のなかがなめことサヤインゲンの味噌汁で満たされてしまうと、それはあたかも連想ゲームのように白い温かいご飯も突如浮上してきてしまって、かなりやばい状態となったのであります。
スーパーでサヤインゲンを物色していたら、長芋が目に飛び込んできました。温かいご飯に長芋を大量に流し込んでそのままガッシガッシとかき込む己の浅ましい姿が見えてきまして、三度までは打ち消しましたが、味噌汁と温かく白いご飯の誘惑にはどうしても勝てずに・・・・・。
それでもとこかに、いとも簡単に誘惑に打ち負かされた罪悪感というものがありまして、白いご飯は申し訳程度にして大量のヤマイモに生卵をかき混ぜて他のおかずには目もくれずに、サヤインゲンとなめこの味噌汁とともにガッシガッシと力強くかき込んで至極の幸福を味わったのでありました。

たまにはいいのです。あまりに抑制してしまえば精神にも異常をきたすのだからと盛んに自分にいいわけをしたのですが、このままズルズルと糖質制限療法が崩れてしまうのではないかという恐れもちょっとだけ頭を持ち上げてきました。
考えてみるとすでに異常者なのだから、それが異常をきたすということはいくらかはまともな人間になることではないかなどと愚にもつかない考えが浮かんできたことも確かなことでありました。

2016年4月23日土曜日

漂う風に五月の香りを感じてしまったのだけれど

ほんのちょっとだけ漂う風に五月の香りを感じてしまった今朝の心模様でありました。毎日作文だけは書かなくてはいけないなと決めてはいるのですが、どうしても気持ちがついていけなくて、ここのところはちいーとばっかしサボりがちであります。
作文が書けないのなら、読書の時間にシフトすればいいではないかという思いがよぎるのですが、心とか気持ちというのは、そうそう都合の良いようにできていなくて、なんとなく仕事にも身が入らないし、散歩にでる気にもならないのであります。
漠然となんの役にもたたないテレビで地震関係の番組を眺めていたが、どのチャンネルに移動しても間の抜けた内容になってしまっていました。もっとも何の役にもたたない私ごときがリアルに詳細な情報を得てもしょうがないことなのですが。
ま、そんな状態でなんとか気分転換をはかろうともがけばもがくほど、ずるずると蟻地獄に引きこまれていくような感覚を覚えてしまいます。しょうがないですよね。こういう時は、なすすべもなくてただ首をすくねて自分の内から強力怠惰菌が消え去ってしまうのをじっと待つだけのことであります。

震災発生時のブログでオスプレーを投入するべきだと書いたら、すぐさまに米軍から協力の申し出を受けて政府もただちに快諾しましたね。
自衛隊はすでにオスプレーを何機か持っているもんだと勘違いしておりました。バカですね。それにヘリコプター空母を横付けにして物資と医療施設に利用すべきだとも書いたのですが、日本にはヘリ空母なんて存在してないんですね。
でも何かで、ヘリ空母のようなものをみた記憶があったものですから「???」と思っていたのですが、なんとそれを「護衛艦」っていうんですね。だいたい私には「護衛艦」っていうものが何をするものかもわかっていないのですが、あれはどうみてもヘリ空母ではないですか。
「ひゅうが」っていったっけ、艦名は間違っているかも知れない。そのヘリ空母とオスプレーが連携して救援任務にあたっているではないですか、素晴らしいことだと思いましたね。もう少しこのあたりの事を勉強しなければいけないなと痛感しました。

大きな災害になりますと、全国から警察・消防・自衛隊が動員されますが、この組織の動員の仕方に興味があります。普段からそれほど余分な人員を抱えているわけでないのですから、通常業務もこなしながら、緊急時には全国から大量の人員を集めて投入しなければならないわけでありますから、かなり大変な事だと思います。
こういう事ってたぶん法律で決められているのでしょうけれどもそのあたりもまったくわかっていません。消防なんていうのは各自治体単位で組織されているわけでありますし、警察は都道府県単位ですよね。自衛隊は全国組織だとは思うのですが実際のことはまったくわからずであります。だいたいこれまでこんなことを考えてみたこともありませんでしたけど。

また、まったく性格の違う組織が被災地に集まってきての指揮命令系統ってのにも興味のあるところであります。もちろんこの緊急時に縄張り争いなんてことはやっていないことでしょうけども。
情報の収集・分析・計画・実行ってどうなっているのか、マスコミの情報からではさっぱり理解できません。地震学者を集めて役にもたたないデタラメ地震予測談義を延々とやっているだけであります。
警察・消防・自衛隊に加えて該当する自治体や医療関係・ボランティア等々も加わってくるわけであります。
できるだけ力の分散・重複を避けて、今一番やらなければならないこと、次にやらなければいけないこと等々と時間の経過とともに仕事も増えていくし、問題もより複雑細分化していくわけでありますから、現場での司令塔がより重要になっていくものだと思うのですが。

それから、支援部隊の食事はどうなっているの、寝る場所はどう確保しているのトイレは・・・・。救援に入っている人びとも公務員とはいいながらも、同じ人間だと思うのです。それを根性だとか愛国心だとかという言葉で片付けては決していけないことだと思います。

現地では信じられないことですけれども空き巣や強盗が発生しているということです。警察でいうと何課の担当になるのかわかりませんが、かなり早い段階で空き巣強盗対策担当刑事を密かに私服で配置しておく必要なのではないかとも思います。
この空き巣強盗集団は自衛隊の災害派遣よりも早く現地に潜入するという話を耳にしました。オレオレ詐欺なんかも私には信じられない話なのですから、そんなこともあるだろうなと思えてきます。

また多分これは機密事項だから決して表には出てこないだろうけれども公安の人員も配備されていますよね。これ以上書くとヘイトスピーチと云われそうですけど本当に油断がならない世の中ですからね。

2016年4月18日月曜日

八重桜と夏みかん

ここのところ、ぐうーんと気温があがってきました。特に今朝は室温が23℃もあり自分でも驚いてしまっています。昨日も一日中熊本の地震の様子をテレビでみていた。まだ避難所に入れない人もいるとか、食べ物や飲水が極端に不足しているという。気象庁は「今後の地震活動の展開は予測できない」というではないですか。心が痛い。

昨日の夕方、テーブルの上に見慣れない花が飾ってあった。「なにこれ?どうしたの?」と聞いたら八重桜の花がたくさん落ちていたの拾ってきたとのこと。「え?八重桜なんてどこにあった」「ほら、国分寺の隣のお寺さんの境内」ああ、そういえばあのお寺には数本の八重桜の古木があったのを思い出した。昨日今日と結構強い風が吹きまくっていたので、花本人はまだその木で咲いていたかったのだろうけれども、強制的に振り落とされてしまったのでしょう。
八重桜の花は大きな塊でボトンボトンと落ちてくることを知らされた。それを10個ほど集めて透明な硝子の器で飾れば、なんだか新種の花のように見えてしまう。
「それから、普通の桜の枝も落ちていたので拾ってきた、花はすぐに散ってしまうだろうけど」
で、最後の決めゼリフは
「夏みかんも落ちていたので、ついでに・・・・・・」「ひえーーー・・・・・」

夜が明けても、気温は上がり続けている。息子は本日より2泊3日のキャンプ旅行にでかけると云ってバイクに荷物を積み始めている。そうか、もうそんな季節になっているのかとあらためて季節の変わりの速さを実感する。彼のキャンプは本格的にテントを貼って野宿するやつである。私の場合は超軟弱でここ十年ほどはテントなど貼ったことがないので少々怖気づく。
若い時のキャンプは雨に祟られても、それはそれなりに楽しい思い出となるから不思議なものである。
こんな事を書いていたら、若い時に土砂降りの雨に降られてしまって廃屋の中にテントを貼って一晩過ごした時のことを思い出した。ここでは詳しく書かないけれども、それはそれはとても怖い思いをしたことを思い出す。あれ以来決して廃屋には近寄らなくなったのだ。別に幽霊をみたとかという話ではないのだが、後にも先にもあれほどの恐怖を味わったことはない。


2016年4月17日日曜日

日本を守ってくれている人びとに感謝です。

1時半ごろに目覚めたので、皆さんと同じく気になっていた熊本の雨の状況はどうなのだろうかと、寝ぼけながらもリモコンを探してテレビのスイッチをいれたが、どこの放送局でもテロップは流れていたが、さすがにLIVE番組はやっていなかった。
2時なるとNHKが地震情報を流すというテロップを発見してそのまま、「項羽と劉邦」の短編映画を見続けた。この状況での降雨はかなりきついと思うけど、天気予報では9時頃にはあがって、その後は晴れるらしいので、なんとかそれまで凌いで欲しいと願うばかりであります。
今日から自衛隊が2万人体制で支援に向かうらしいので、ほんの少しだけ安堵している。こういう時に頼りになるのは自衛隊・警察・消防・医療関係者の方々ですからね。国県市町村の行政に携わる方々の尽力も大変なものであることを付け加えておかないと片手落ちですね。ゴメンコメン頼りにしています。

これまでずーっと自衛隊は鬼っ子扱いされてきたけど、最近ほんの少しだけスポットを当てられるようになって嬉しく思っているのは私だけではないはずだと思う。
それでも素人考えからすると後方支援も含めて自衛隊5万人体制ぐらいで徹底的な支援をやって欲しいと願っているのであります。
海には名前は忘れてしまったけど、ヘリコプター空母2隻も動員して、避難所兼病院船と活用すべきだと思うし、大型の上陸用のホバークラフトに重機を大量に積んで動員すればとも思うのだが・・・・。それから、それからいろいろといちゃもんを付けられていたオスプレーだって使ったらいいと思う。オスプレーも確か近くに配備されていたと思うのだけれども。
あくまでも素人考えだから、それぞれの諸事情というものがあるのも理解できるので、ここは専門家に任せるしかないのですが、結構歯がゆく感じてしまいます。自分では何もできないから、かえって強く思ってしまうのですけれども。


2016年4月16日土曜日

コンスタントに絵日記がかけたならと・・・・

昨日のブログに最近の晩酌は5日に1回ぐらいだなんて書いた。だいたい酒の事をわざわざ書くなんてことは呑みたい証拠でもあるとも書いた。それは当たっていたというか、その自分の言葉に誘発されたというか、ブログをアップしてすぐに何も考えずに焼酎のパックを手にしていた。なんとも呆れ果てた酒呑みでしょうか。
5日ぶりのお酒は格別においしくて、ついつい呑み過ぎてしまって、本日は二日酔い気味でありました。
テレビでは熊本地震をやっていた。なんと驚いたことに最初の地震よりも強い地震があって被害も格段に大きくなっているではないですか。こんなこともあるんですね。まったく油断がならないものであります。

終日重い頭を抱えて、地震の報道を見続けました。息子の知り合いのお父さんは広島から東京までオバマ来日のための会議に出席しており、広島に戻った途端に熊本の地震の現場にそのまま派遣されてしまい、自宅に一度も戻らずだったそうであります。頭が下がります。
そのお父さんのおみやげのおすそ分けに「生もみじ饅頭」なるものをいただきました。私は厳密な糖分制限でありますから、口にすることはできませんでしたが、実に美味そうでありました。
なんだか京都の八つ橋みたいですね。そのようなものがあることすら知りませんでした。

最近はまた下手な絵を描き始めました。糖尿病の合併症で目を悪くしてからは長時間ディスプレーの小さな文字を見続けるのがつらくて絵を描くことはやめていたのですが、大型のディスプレーを購入してからはそれほど苦にもならなくなったので、下手な横好きを懲りずに再開したわけであります。
以前にようやくのことで覚えたIllustratorの使い方をすっかりと忘れてしまっていて何も思い出せないことに愕然としましたが、簡単な鉛筆・筆ツールだけを使って描くことにしました。
必要とあれば、その都度検索してその方法を覚えればいいやという開き直りであります。
本当は数日前のブログにハナミズキがでてきましたので、ハナミズキを描きたかったのですが、どうもその白い花を旨く描くことができませんでしたので、花をはしょったわけであります。
そんな事を云わなければ誰もわからなことでしょうけれども、本当は絵日記を書きたいと思っているのです。今のところ自分の技量からして絶対無理ですから、とにかく自分で描いたものを稚拙であっても掲載するようにしたいと思っているのです。

2016年4月15日金曜日

ある日の糖尿病外来

誰かに背中をせっつかされるような生き方を放棄してから久しいような気がする。だからせっつかされるような人や組織からはできるだけ離れて暮らすようにしてきたと思う。
それでも時々は背中をせっつかされていると感じることがある。それは紛れもなく自分自身がせっついていることに気がつく。なんだかなぁ、どんなことでも結局自分自身に帰結してしまうというのが現実のようであります。

昨日の夕方にちょっとした疲労を覚えてうとうとしたと思ったら、どうもそのままぐっすりと寝込んでしまって目が覚めたのは日付が変わってからであった。
時々このようなことはあるのだけれども、目覚めた時は、まだ夕ごはん前のような気がしていたのだが、周囲の様子が違うので昨日から妙にいうことを聞くリモコンに手を伸ばしてテレビのスイッチをいれたら1時を少しまわっていることを認識したのでありました。
早い話がネボケていたのだが、時間の経過とともにネボケがたんなるボケに変化していったのでありました。
熊本では結構大きな地震があったらしいことを始めて知ったのだが、なにせまだ夜中と呼ぶにふさわしい時間なので、詳しい情報はそれほど流れてこない。あと数時間すれば夜も明けるだろうから、そのままテレビを消して仕事(らしきもの)に突入することにした。最近はどうもこれが仕事なんだか遊びなんだか明確な線引ができなくなってきて困るのだが、なんでも仕事としておいたほうが世間体が良いように思うのでそうしておくことにする。

最近は結構頻繁にブログを更新してきているのだが、なにせ人間的な中味が薄いので何を書いていいものかネタがまったく見当たらなくなってしまって困ってしまう。そういう余計な思いがちょっとでも頭をかすめてしまうとまったく書けなくなってしまうので、あえて無視することにする。

そういえば、以前は毎日晩酌をしなければ気がすまなかったのだが、最近は3日から4日は空けるようになってきているし、長い時は1週間ほどまったくアルコール抜きなんてことも珍しくもなくなってきている。だからエライとか健康的だなんていうつもりはまったくないのであります。だいたいここでアルコールの事を書くのはたぶん呑みたくなった証拠なのだと思う。普段はアルコール摂取のことをすっかり忘れさっているわけでありますから。

「アルコール消毒をしても大丈夫ですか?」
「はい、夕べ体内に大量のアルコールを注入して試しましたから、大丈夫です。」
「・・・・・」
月曜日に3ヶ月ぶりの糖尿病外来に行きました。端末に診察券を入れて外来受付を済ますと、そのまま採血室に向かいます。ここで採血と採尿を済ませないと基本的に診察はできないわけであります。
どうせ明日は病院で一日潰れてしまうのだから、呑んじまおうと思ったかどうかは忘れてしまっていますが、日曜日の夜に5日ぶりぐらいに呑んだのがいけなかった。調子にのってついつい呑み過ぎてしまって、一夜明けてもまだ完全に酔っ払った状態であります。気持ちが悪くて朝ごはんも食べずに次男の運転する車で病院に直行であります。
こんな状態で病院に行くのは始めてのことでありますので、今回の検査結果は最悪だろうなと覚悟を決めていました。覚悟を決めるのもなにも、他になすすべがないのですから成り行きに任せる他はないではないですか。文字通りにまな板の上の鯉ですね。
採血が終わると、紙コップを持って採尿であります。たぶん相当にアルコール臭が強いと思いほんの少しだけにしておきました。
以前に検査の人に血液と尿の分析が終わる時間を聞きましたら、最低でも1時間ということであります。このまま超混雑する外来の待合室に行くなんていう愚は避けて、駐車場の車に戻って待つことにする。
9時ちょっと過ぎに採血を済ませてから診察に入ったのが、なんと1時近くでありました。いつものことながら、この待ち時間の多さには辟易してしまう。私の場合は3ヶ月に一度の程度だし、定期的な健康診断のようなものであるからまだマシな方だとは思うけども。
「今朝は朝ごはんを食べてきましたか?」
「いえ、忙しくて食べてきませんでした」
「空腹時での血糖値がこの値であれば、良好ですね」
「ヘモグロビンエーワンシーの値も前回よりも0.1ポイント下がっています、他の値も概ね正常といってもいいです。」
これまで散々待たされたこともすっかり忘れてしまって、この3ヶ月間の人知れぬ努力が報われたようでほっと胸をなでおろしました。
最後に3ヶ月後の予約をとって検査結果が印刷された紙を渡されて終了であります。もうここまで回復したのだから、まる一日を潰しての通院はやめても良さそうな気もするのだが、この3ヶ月に一度の検査を目標にして糖質制限を実施しているのであります。そこに確かな数字の裏付けがないと、何もかもが自己流のズブズブの状態になってしまいそうで怖いのであります。
それに検査結果を元にして肝臓とか腎臓ほかの事も解説してくれますので、それも結構参考にして暮らすことになります。あんまり口にだしたくないのですが。これが一病息災というのではないかということであります。
なんで口に出したくないのかといいますと、もっと前にほんの少しの知識があれば糖尿病をこれほど悪化させることは無かったのです。それを怠っていたのですから返すがえすも悔しい思いになります。一病なんて、病に罹っていいことなんかひとつだってないのですから。

2016年4月14日木曜日

私の糖質制限食事は鶏のエサもどきなのだ

画像と本文は関係ありません
白いハナミズキの花が咲き始めていますし、たんぽぽも咲いているのをみました。新しい黄色がかった緑葉っぱが勢いよく樹木を覆い始めてもいます。まだ時々肌寒さを覚えることもありますが、関東はほぼ春の様相です。

いつもの平均的な起床時間2時半に目を覚ます。いつもだったらテレビのスイッチを入れて昨夜のテレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」の録画を視るともなく流すのであるが、リモコンが二つもあるにもかかわらず、いくら電源のボタンを押してもまったく反応しない。ふたつのリモコンを両手に持って同時に押してみたり、交互に連続打ちしてみたり、斜めから46度方向から押してみたけれども、依然としてだんまりを決め込んでしまっている。
テレビ側のボタンを押してスイッチを入れてもいいのだが、リモコンに配置してある操作ボタンの機能すべてが兼ね備えているわけではなく、特にハードディスクの録画内容をみる操作はどこにもないのであります。テレビの操作はリモコンをとおしてやるのが前提になっているようであります。この合理化にたいして別に不満があるわけではないのだが、それならば是非ともテレビ側が壊れないことを前提にして欲しいものであります。
毎朝の習慣だからWBSをみようとしただけで、是非とも視たいとか、絶対に視なければいけないというわけのものでもないから、テレビが私を無視するのならば、この際私もテレビを無視することにした。
私が小さかった頃に比較すると地上波の番組を視る割合は極端に少なくなってきたし、日によってはまったく視ないなんてこともあるのだけれども、ネットをみたり、DVDをみたり、VTRをみたりとTV本来の役割から大きく離れてきてはいるのだけれども、そのディスプレーの役割は逆に大きくなってきているような気がします。いつまで、この不便さに耐えられるかですね。リモコンが効かなくなったからといってテレビそのものを買い換えるなんて・・・・・・。どう考えたってバカな話ですよね。

どうも長時間無音でいるのに慣れていないので、いつもは明け方近くにメインのパソコンのスイッチを入れるのだが、音楽を流すために早めに立ち上げて、プレイリストの「朝に聴く奴」なんてものを久しぶりに選んで流しておいた。
いつもどおりにポメラを立ち上げてテキストで日記を書いたり、作文を書いたりをする。どうせテキストファイルなんだからパソコンで書けばいいではないかと思うかも知れないが、ここはあえてキングジム デジタルメモ ポメラを絶対的に使用しているのであります。確かにパソコンの大画面で作文したほうが快適なのだが、旅にでたり外へ出た時に手軽に利用できるのはポメラなのです。フタを開ければ1秒もかからずにすぐに入力できる状態になる便利さは他に代えがたいものがあります。だから普段からポメラでの打鍵入力に慣れておかなければならないのであります。
私はこのようにして常にアウトドア生活に備えて訓練を重ねているわけであります。(それほど大げさなものか?)
テキスト文字しか入力・編集できないし、ネットに繋がっているわけでもないジツに原始的な道具なのですが、もうしばらくバージョンアップもやってないし、おそらく私が持っているポメラが最後の製品になるだろうなとは思っています。スマホやタブレットで代替になるような気もするのですが、なにせキーボードがないと作文ができないようなバカ頭になっているものですから、もう新しい事に挑戦する気も失せてしまっています。まだ新品も売っているようなので今のうちに購入しておこうかなと考えないでもないのですが・・・・・・。

晩ごはんはほとんど食べる事がないので、別に意識していたわけではないのですが、いつしか一日二食になってしまっているようであります。ですから、早朝の2時、3時に起き出しますと朝ごはんまでの時間がかなり長く時には腹が減ってしまって仕事にならない時もあります。最近は柿の種から始まった豆類を間食に食べるという新技を覚えました。
そこで後1時間もすれば朝食ということだったのですが、ここで苛々するよりも間食しようと思い、小皿を出してきて、ピーナッツ・カシューナッツ・クルミ・ジャイアントコーン等々を調合しました。調合というよりも袋に多く残っているものを中心に小皿に入れてかき混ぜただけの話でありますが、それをやっている途中で、「あれ、これって鳥の餌を作っている時に似ているな」と急速に幼いころに鶏の餌を配合してやっていた時を思いだしてしまいました。
「俺っていつの間にか鳥の餌を食うようになってしまったのだ」と急に悲しくなってしまいました。実際この鶏のエサもどきを食していると、本格的な朝ごはんとか昼ごはんが、かなり少なくなってしまって糖質制限するにはかなり効果的なのは確かなのでありますが、なんだかやるせない気持ちになってしまいます。

2016年4月12日火曜日

あなたの主食を角砂糖に換算すると何個分?

糖質制限療法の辛いところは、つまるとこ主食を持たない持てないところにあるのです。糖質制限療法の本質は基本的に穀物(炭水化物)の摂取を抑えるところにあります。もちろん直接砂糖を始めとする糖類は決して口にしてはいけないのはわかりますよね。デザートは別腹なんてのはとんでもないことであります。

出典は失念してしまいましたが、あるサイトには以下のような換算が掲載されていました。

角砂糖(1個4グラム)

  • 6枚切りの食パン1枚=角砂糖 約8個
  • 白米飯1膳・素うどん1玉=角砂糖 約14個

上記の数字はどこまで正確なのかはわかりませんが、おおよそそんなものでしょう。私も糖尿病で入院してから、その数字を知って驚いたのであります。

炭水化物は消化されると即座にブドウ糖に変換されてしまいます。そして直接エネルギーとして使われるわけであります。余った分を膵臓から分泌されるインスリンが脂肪に変換して体内に蓄積するわけであります。
ところが血糖値が高いというのは、インスリンの分泌量が少なくて血液中のブドウ糖の処理が間に合わなくなるわけであります。それら処理されない糖分が体内のあらゆる血管にべたべたと漂うわけであります。それらのジャブジャブベタベタの糖まみれの血液が血管を傷つけ神経を傷つけまくるわけであります。最後に尿にまじって出されるわけです。だから糖尿病といわれる所以であります。
インスリンの分泌量が極端に少なくなっているか、もしくはまったく出てない状態なわけですから、基本的に糖分を摂取しなければいいわけであります。
私はこの1年半あまりの間に試行錯誤の七転八倒を繰り返しながら糖質制限療法を続けてきたわけでありますが、それは原始人に戻るということなんんだなということに気がついたのであります。
縄文時代にはすでに稲作がなされていた説もありますが、ここでは弥生時代から稲作が始まったことにしまして、縄文時代の狩猟採取生活に逆戻りすることなのだと気がついたのありました。
実際にピーナッツだくるみだカシューナッツだ柿の種だ、ん!?柿の種は炭水化物だった。肉だ魚だと
探しまわって食べているわけであります。

そう考えますと農耕文明というのは人類にとっては素晴らしい大発明だったということがわかります。安価で大量の穀物を生産できるようになったので人口は爆発的に増えてきたという事であります。安価で安定して量の穀物を手に入れられるようになってから戦争も大掛かりになっていったわけであります。兵農分離などと普段はたんなる穀潰しの兵隊を養えるようになっていったわけであります。
では米食中心であった江戸時代から明治・昭和にかけて糖尿病が少なかったのはなぜだろうという疑問にぶつかるわけでありますが、それは現代よりははるかに運動量が多かったのです。それに食生活も現在よりははるかに貧しかったからなのだと推察するのであります。このあたりはどうでもいいことでありますけれど。

毎日毎日、たいして体も動かさずディスプレーの前にへばりつき大量のメシを喰らい、毎夜、ビールだ日本酒だ仕上げにウィスキーだと散々飲み食いしたあげくに、仕上げにラーメンだなんてことを続けていたら意図的に自分の体を壊しているようなものであります。趣味はなんですかと問われると「大量のアルコール飲酒」とこたえるようではね。どうにかしていましたね。

さて、ここで冒頭の主食を持たない持てない苦しさの話に戻ります。糖質制限療法を始めるまでの私の主食は、主にご飯でありました。昼はほとんど麺類でありますから、米と麦であったのです。
現在極力米と麦類を食べないようにしていますので、毎日食べるものには本当に苦労してしまいます。

逆に考えますと、いかに米と麦というものは主食として優れものであるのかということがわかります。その優れた特質のひとつにいくら食べても飽きないというところがあります。
本気で糖質制限療法を始めた時は、「肉だ!肉だ!とにかく肉だ!!」とにわかに肉食男子に豹変して食べ続けたのです。その結果、もう肉は食いたくないし、見たくもないとなったのです。そうした食べ物は数えきれないほどあります。卵に豆腐にチーズにとひとつもしくはふたつかみっつの種類のものを食べ続けると飽きてきてしまって、もう見たくもない状態になってしまいます。その点ご飯は優秀であります。毎食、毎日、食べても飽きるということがありません。それに味噌汁と漬物があれば実に簡単に安価に済ませてしまうことができます。これからの一生あのご飯と素麺・ラーメンの主食には戻れないというとかなり寂しいものがあります。

そうそう、これもぜひ書いておかなければと思いますが、ごはんとか麺類を食べないと、どうも腹が落ち着かないというか、満腹感がないというか、ドッシリ感がないというか、体に力が湧いてこないというか・・・・。ま、だいぶ慣れてはきましたけれどもね。

2016年4月10日日曜日

テレビ(REGZA)のリモコンが二つも

以前にも時々書いていたのですが、どうもテレビのリモコンがだんまりを決め込んでしまって、不自由を極めていることであります。その原因がテレビ側にあるのかリモコン側にあるのかの見極めがつかないのであります。
同じ場所でボタンを押しても、まったく反応しない場合とそれまでのだんまりがなんであったのかと思うほど快適にこちらの意志を反映してくれたりする。リアルでテレビ番組をみる機会はほとんどなくなってしまってはいるのですが、ネット動画とかDVDとかVTRを録りためてあるHDDとかをひとつのリモコンで操作しているものだから、結構困ってしまうのであります。

そんな時に息子が断言するのだった「そんなもん悩んでいるより、リモコンの製品番号をAmazonで検索をかければいいではないか」と。

なるほどな、新品のリモコンでやってもだんまりを決め込むようだったら、これは明らかにテレビの受信側に問題があると判明するではないかと思い、さっそく「CT-90376」と入力しましたら、一発
で出てきました。どうでもいいことなのですが、この商売の旨さに、買物ページの作りの見事さに関心してしまいました。この場合そんなところに関心している場合ではないのですが。
翌日の朝にヤマト便でくだんのリモコンが届けられました。さっそく単4のエネループを2本入れて試してみました。
なあんだ結局リモコンが悪かったのかと思うほど素直に忠実に私の思うがままに動作してくれるではないですか、これにてリモコンの問題は一挙に解決となりました。

と、書ければこのブログも成立しなかったのですが、新しいリモコンを始めて使用した時にはたまたまテレビ側の受診部分の機嫌が良かったに過ぎなかったのであります。「なぁんだこんなことなら、もっと早く購入するんだったな」なんて思ったのもつかの間、音声を少し下げようと思って新リモコンを押したのですが、うんともすんともいわないではないですか、「あれ???」カーっと頭に血が登ってしまい、たちまちコノヤロー状態であります。古いリモコンと新しいリモコンふたつを持ってダブル攻撃であります。
いやー、参りましたね。結局テレビ側の不具合である事が判明しました。判明したからといってどうってことないのですが、これからメーカーのサポセンを探して電話をして尋ねなければいけないようでありますが、これも面倒な話で、いつになったらまともなテレビになるのかはわからない状態であります。
テーブルの上には役に経たない同じようなリモコン2個が並んでいます。これって結構悔しいですね。

2016年4月8日金曜日

糖尿病およびその予備軍と呼ばれている方のために

買い物に行きたいのだけれども雨が結構激しく降っているみたいです。「うーん」いくらでもない買い物をするために、わざわざ車を使うなんて馬鹿らしく思えて、そのうちに上がることを期待してしばしの間待つことにした。
その雨はお昼過ぎても一向に止む気配はなくて、夕方になれば風も強くなってくるとのことであります。とうとうしびれを切らして車ででかけることにしました。

以前に「朝から鍋」なんてことを書いたのですが、他にも「朝から餃子」とか「朝からシュウマイ」なんてことをやっています。餃子とかシュウマイというのは皮に小麦という炭水化物が使用されているから、あまり好ましい食べ物ではないのですが、それを厳密にやりますと本当に食べるものが限られてしまい、食べたくもなくなります。ヘモグロビンエーワンシーが正常値を示すようになってから、すてに1年以上経過していますから、最近は少しだけ緩めるようにしています。

糖質制限療法を始めた当時はかなり厳密に実行しており、「朝から焼き肉」とかたまご・チーズ・豆腐・納豆等々以外は口にしないなんてことをやっておりました。
それらを厳密に実行したお陰で3ヶ月ほどで、大量のインスリン投与地獄から逃れることもできましたし、主治医からは、通院すらすることがないほど改善していますという言質を得るまでになったのであります。
それでも、同じようなものばかり食していると精神的にもへたってきますから、何か他にないものかといつも探し続けています。

最近試しているのは、間食にナッツ類を食べるということであります。これまで間食というものはほとんどやった事がなかったのですが、最近はなんだか知らないけれども1回の食事の量が少なくなってきて、しばらくするとちょっとだけ小腹が空くという状態が頻発するようになりました。そんな時に、ピーナッツとかカシューナッツを食べると空腹感がなくなるので、余計なストレスを与えるより、時間外に腹が減ったら、ボリボリと食べるようにしています。
間食にナッツ類をボリボリ食らうに至るにはそれなりのきっかけがあったのであります。最初は「柿の種」であったのです。
ある時仕事に夢中になっており、昼ごはんを逃してしまったのであります。


糖尿病の場合は高血糖に気をつけますが、本当に怖いのは低血糖であります。低血糖になりますと意識を失って倒れてしまう危険性がありますから注意しなければいけません。私も退院した当時の処方箋にはブドウ糖が入っていました。低血糖になった場合はそれを舐めて血糖値を上げなくてはならないわけであります。私の場合は一度も低血糖の経験をしたことがありませんので、いつしか処方箋からブドウ糖が消えてしまっていました。一番効果的なのは炭酸入りのシュースやコーラだそうです。それらがない場合に備えて飴玉とかブドウ糖を持ち歩くわけであります。



ご飯はダメ・麺類ダメ・パンダメ・なんでもダメダメダメでは腹がへって死にそうだといってもすぐに食べられるものなんてありません。そんな時に目に入ったのが誰のものかわからない「柿の種」の小さな袋だったのあります。
本当は良くないんですよ。柿の種ってあられ(炭水化物)ではありませんか、ピーナッツはいいんですけれどね。
ただ腹がへっているから、そんなことも云ってられないし、面倒だったので食べたら結構うまいではないですか、その時は小袋ひとつしかなかったのですがそれで夕食まで持ったので、それに味をしめて時々買ってくるようになりました。

時々「柿の種」を空腹を覚えた時に食べるようになったのですが、どうもピーナッツの量が少ないような気がしてしょうがないのであります。
ここで亀田製菓を始めとする製造メーカーに「ピーナッツの量があまりにも少ないんじゃないか」なんて文句をつけるわけではありませんよ。だって商品名が「ピーナッツ」となってないわけですから、あくまでも「柿の種」なわけでありますから。

その昔ラジオから良く流れていたのが「暗いと不平を言うよりも、自ら灯りをつけましょう・・・」などという、どこかの宗教団体のフレーズをにわかに思い出したのであります。
そうだよ、ピーナッツが少ないと不平をいうよりも、これにピーナッツを足せばいいじゃないかと思いたったのでありました。ここに「柿の種大幅ピーナッツ増量」なるブランドを確立したのでありました。

「うーん、我ながら天才的な発想だな」なんてしばらくの間だけど満足していたのですが、どうせならこれにカシューナッツなんていうシャレた名前のものも入れてみたらどうだろうということになって、さっそく実行に移しました。かくして「柿の種大幅ピーナッツ増量+カシューナッツ」などという新ブランドが誕生したわけであります。
ししてしばらくしたら「業務スーパー」でミックスナッツなんてものを見つけましたので、それも増量しました。こうなってくるとなんでもあり攻撃であります。
かくして「柿の種大幅ピーナッツ増量+カシューナッツ+ミックスナッツ」なる新新新ブランドが誕生したわけであります。

それにアーモンドも加えました。うーん、これをやっているときりがないな。
そして昨日見つけたのが「無添加たべいりこ」という小魚を干してあるやつでありました。これはしかし、いりこの割合があまり多いとあまりおいしくないのでおまけ程度が適当だということも発見したのでありました。

これらを皿に混ぜあわせて入れて仕事の合間にポリポリ、ぼりぼりやっていますけれども、これが実に具合がいいのです。通常は朝と昼にしか食事を摂りませんが空腹で気が狂いそうだなんてことはほとんどありませんし、中間にちょっとつまんでいるわけですから、食事の量も極端に少なくなってきています。
これをやる前は、こんな少ない食事で大丈夫かなという不安が先にたってしまい、余計な分まで食べたりしていましたが、腹が減ったら「あれ」を食べればいいのだからと、余分な量は食べなくなってしまったのであります。

糖尿病の食事療法で敗退するのは制限があまりに多いからです。カローリーを抑えろだの、アルコールを控えろだの、何するな、かにするなと、そんな事できるわけがありません。できなかったから生活習慣病なるものになっているわけであります。
今でこそ、結構旨く食事をコントロールができるようになってきていますが、最初は絶対に無理だと思いました。私が入院した病院は食事制限はほとんどありませんでした。むしろそれまで自宅で食べていた量よりも多いぐらいのものでありました。
最初はスマホで食事を撮影していたのです。それは退院してからの食生活に役立てようと考えたのであります。しかし、それは3日と経たないうちにやめてしまいました。だってそれは普通食だったのであります。
これはあくまでも私の推測にしか過ぎませんが、この病院では食事制限なしの普通食を与えて、その分をインスリン注射で補うという、実に荒っぽい一生インスリン地獄から抜け出せないようにするというものだと感じました。
そこで独自の治療法を考えだすことにしました。糖尿病という病名なのだからまずは糖分を極力摂取しない、そのために炭水化物も極力摂らない、蒸留酒であったら呑みたいだけ呑む、カロリーなどは一切気にしない。かなり大雑把な方針でありましたが、これが正解だったと思っています。
これまで長く続けて習慣を変更するなんてのは、かなりの苦しみを伴うものであります。無理して一時期やれたとしても続くものでありません。できる範囲で少しずつコツコツが正しいと思います。

それから精神的に追い込む事も重要です。
糖尿病の合併症関連の話を聴いたり、書籍を読み漁るのです。そこには視力を完全に失った話や手足が腐っていく話、両足切断した話、腎臓透析をやらなければいけなくなった話等々を読みまくり自分に恐怖感を与えるのです。
糖尿病の症状って重症化しないと目にもつかないし、自覚症状だってまったくないゆでがえる症状なのであります。むしろ目につく状態、病状が顕在化したら、それはすでに手遅れの状態であると思ったほうが無難だと思います。

2016年4月7日木曜日

病院のシステムが少しだけ改善されていたのだが

久しぶりに青空をみたような気がします。暖かい陽射しの中にこの世の春を謡うような満開の桜の花の下を、ちょっとだけ散歩してみました。思いがけずに最高の花見日和に遭遇したようであります。

昨日は4ヶ月に一度の眼科外来の日でありました。半端でない待ち時間には今さらながらに驚かされ、辟易しました。待ち時間は以前とほとんど変わらないのですが、4ヶ月に一度と間隔が伸びてしまっているので、もう以前のような切迫感がありませんから、より長く感じられてしまいます。
眼科の診療には、事前に瞳孔を開く薬が処方されます。これが問題なのです。これを点眼されてしまいますと、光の調節ができなくなり、持ち込んだ電子ブックの文字を読むことができなくなってしまいます。そうなると最悪であります。ただひたすら混雑する待合室の椅子にじっと座って待つしかなくなってしまうわけであります。10分に満たない診療を終えて外へでると瞳孔が光の調節ができなくなっているわけですから、外界はただただ強烈な白い光の乱舞であります。しばらくのあいだその場所に立ちすくんで画像がある程度形をなしてくるまで立ちすくまざると得なくなります。
それは帰宅してからも続きます。仕事をやろうとしてもディスプレーの小さい文字の判別に苦労してしまいますから夕方までほとんど仕事ができないという始末であります。
で、結局一日をわずか10分にも満たない眼科診療のために費やすことになるわけであります。ま、これも身から出た錆でありますから、誰に文句を言えるわけではないのですけれども。

ただ今回は病院のシステムで少しだけ改善されている点を発見しました。以前であれば医師の診察を終えれば、再び待合室に戻り会計に持っていく書類を待たなければなりませんでした。これも時によっては15分から20分ほどかかっていたのです。
それが診療中に医師が電子カルテに必要事項を入力してしまい。次回の予約も打鍵してしまいますと、必要書類が印刷されてプリンターから吐き出されます。それを会計に持ち込めば済んでしまうのであります。
ここで私は「おおー!少しはあたり前の事を考えたではないかと」旧態依然の病院システムの変貌に感動し、ヨロコビ勇んで会計所に行ったのでありますが、なんとそこには信じられないほどの人間が行列をなしていたのでありました。これをみて愕然としました。
まさかとは思いますけど、医師がプリントアウトしたデータを再度別のシステムに入力し直しているなんてことはないですよね。私は「うーん」絶句して黙りこんでしまいました。もっとも一患者がそんなことを考えこむ必要はないのですけれども、すでに診療科目は医師のもとで決定されているわけでするから、健康保険請求分とか自己負担分などというのは瞬時に計算されているはずであります。いくら処理量が多くて計算に時間がかかるといっても眼科から会計まで歩いて行くのに1,2分ですよ。いくらなんでもと・・・・・。
医師が一度入力したデータは徹底的に利用し尽くすのが原則だと思います。すべてオンラインになっていればレセプト管理から経理処理、税部処理、経営計画等々まですべて一貫してできるわけであります。それに今流行のIT技術を応用すれば、余計な事務処理部門・管理部門の合理化が達成できるし、将来的には税理士だっていらなくなるわけであります。
それに蓄積されたビッグデータを利用すれば、待ち時間が平均2時間で診療時間が10分足らずなんてことは解消されるはずであります。医師が足りないのであれば、管理部門を合理化して浮いた資金を優秀な医師や看護師を得る資金に回せるわけであります。
しかし、あの予約システムってのはなんなんでしょうかね。あんなもん1ヶ月も稼働していれば破綻しているのは誰の目にだって明らかなはずなのに、それを知りつつ何年も続けているというのは、なにか私たち素人にはわからない権益のからくりでもあるのではないかと疑ってしまいます。
ま、しかし、まだまだオマヌケなシステムだなと苦笑してしまいましたが、それでも少しは改善されているわけでありますからヨシとしなければいけないことでしょうね。



 

2016年4月6日水曜日

経験を積めばシンプルにならざるを得ない

まだまだ桜の花は持ちこたえていますね。私のところはちょっとだけ高台にあるので、そのせいもあるのかも知れません。などと書いておいて、外へでたら地面は散った花びらで覆い尽くされていたなんてことはあり得る話ではありますが、前線はかなりの勢いで北へ向っていることは確かであります。
このわずかな時期だけ「来年の春もこの美しい桜が見られたらいいな」と思います。花の散った後は大急ぎで若葉で身をまとってしまいますから、そんなことを思ったことも忘れてしまって日常に埋もれて暮らすことになってしまいますけど。

朝から珍しくコルトレーンを静かに聞いています。齢を重ねてきますと、大きな音がだんだんと苦手になってきますね。以前ならハードロックを爆音で聴き続けていても心地よさを感じていましたが、最近は大きな音を流し続けていますと、耳も疲れますが心もぐったりしてしまいます。たまには大きな音で聞きたいないなと思っても20分もしますと自然とリモコンに手が伸びてしまっています。ま、そのほうが近所迷惑にもならず平和な時を過ごすことができていいのですけれども。

車中泊での旅するのは私および家族は年季が入っています。もう40年近く続けていますからそのノウハウの蓄積も半端なものではありません。と自慢したいのですが、経験を重ねるごとにドンドンとシンプルになってきたので道具的には、基本できるだけ身軽にという結論に達したわけであるわけであります。もっともこの40年間に家電関係も大きく進歩してきたので大げさなものを持ち歩かなくても済むようになったことも確かなことであります。
例えば音楽を聞く場合でも、夕方酒を飲みながら音楽が聞きたいとなるわけであります。なんにもそんなところまで行っても静かに過ごせばいいではないですかなどと云われてしまいますが、そういう考え方もありであります。ただそれが長期になると話は違ってきます。北海道旅行は10日間ほどで3年連続で出かけました。そうなるとこれはいけません。最初は大型のカセットデッキを持ち込んだり、次にはCDラジカセと変わっていきました。最近はスマホだけになっています。装置も小型化してますが、そのソースもほとんど目にすることがなくなってきています。CDやカセットテープにしても狭い車内に持ち込むとなると結構邪魔になるものであります。
近年は妻と二人だけの旅が常態化してしまっています。子供らは子供らでそれぞれオートバイを駆使したり、彼女とでかけたりとそれぞれの旅を楽しんでいるようでありますけれども。
妻と二人で紀伊半島に出かけた時に、珍しく夕ごはんが遅くなってしまって、普段なら音響から照明もきちんと準備してから宴会を始めるのですが、とにかく疲れていたし、いつも晩酌の時間から大きくずれてしまっているものですから、頭のなかはとにかく「おちゃけのみたーい」でいっぱいでありますから、そそくさと呑み始めてしまいました。
ひとごこちしますと、やはり音楽が欲しいと思ったのですが、酔も手伝ってそこはかなく面倒くさい。そこでiPhoneを取り出してスピーカーなしで流してみるとこれがまたいいのです。iPhoneだけの音なんていうのはたかが知れているのですが、これがまた外の静けさとマッチしてなんともいえない雰囲気を醸し出すわけであります。そうかこんなもんでも充分に満足できるものだということを知ったわけであります。
暗い中でぼそぼそと、何を食べているのかもわからずの食事は嫌だなと思って、いつもはLED電球60ワットほどのものを用意してありますが、その時はやはり面倒で非常用のランタンひとつだけでありました。車の室内灯よりも暗いぐらいのものですが、無用に明るいよりもこれも周囲の闇とマッチしてなかなかいい雰囲気であります。焼酎のグラスがどこにあるかがわかればいいだけの話でそれで済むのだという結論に達したわけであります。

本日は経験を積めば積むほど持道具はシンプルになっていくという教訓でありました。

2016年4月4日月曜日

一般常識としてもう少し歴史のお勉強を

きっちりと正真正銘の4月になっておりました。さすがに暖かくなりまして「寒くてどうにもならない」なんていう何ら意味のないボヤキも口からついて出ることもなくなったのでしょう。たぶん
現在午前3時12分ですけれども、室温がなんと21℃もあります。まだ寒い時のまんまの服装ですから暑さを感じて上着を一枚脱ぎました。
歳をとると暑いんだか寒いんだか自分の感覚があてにならなくて、ちょっと暑いなと感じて、本当に暑いのかと温度計をみたわけであります。ま、そんなもんです。

私も生まれて始めて、この高齢を体験しているわけでありますから、若い時にはわからなかった、たくさんの発見をするといったわけであります。急にこのフレーズが思い浮かんでどこかで使ってみたかったのですが、こんな言い回しは誰にもあてはまることで大したことではなかったというのが今になってわかりました。
話はちょっと違うが、ガキの頃にあんな大人にだけはなりたくないなと思ったことは一度や二度ではなかったはずなのに今では、あんな大人ってなんだっけと想い出すことすらできない始末であります。忘れているぐらいだから、一番なりたくない大人になっていたり、世の中の嫌われ者のジジイになっているのかも知れません。しょせんそんなものであります。
萌え萌えの四月ともなれば、ピカピカの1年生や新入社員の皆さんが期待に胸膨らませて、それぞれの職場や学校へと通い始めますね。私にはあまりにも昔のことで、ほとんど思い出せない事柄になってしまっていますが、その時の期待と不安がまた少し記憶しております。頑張って欲しいものであります。
そうそう昨日ようやく宮沢賢治傑作選をようやく読み終わりました。これ読み終わるまで結局一年近くはかかったような気がします。途中なんども挫折してしまって、放り投げては、また気を取り直して読み始めるの連続でありました。
放り投げるといっても私の場合は電子ブックですから、投げたら壊れる可能性大ですのでそのようなことはできませんけれども。
それにしても宮沢賢治は難解でありました。その内容はほとんど理解していないことを吐露しておかなければいけないでしょう。ほとんどが童話なんですけれどもね。なんとも情けない。

社会・政治・思想等々の事はあまり書きません。と言うよりもこのしょっぱい頭には、あまりにも難しくて書けないのであります。決して興味が無いわけではないのです。むしろある方だと思います。そのために、なるべく沢山の文献を収集して教養を深めようと努力もしています。しかし、それをやればやるほど世の中複雑怪奇過ぎて軽々に論評など言えなくなってしまうというのが正直な気持ちであります。世の中決して善と悪とか、天使と悪魔、右翼と左翼、赤と黒なんていう風に単純に二分できるものではないし、むしろ二分されるような単純話こそ疑ってかかるべきだと思うようになってきています。
また、政治家で汚職だとか、利権だとかの話がマスコミに載ったりすると、その裏にあるのはなんだろうかなんて穿っている考えるような体質になっています。
また困った事に、もし私があの政治家の立場だったら、やっぱり自分の懐を温めるために同じような事をやっていたかも知れないななどと思ってしまっているわけであります。正直そういう権力をもったら不正もやるかも知れないし、周囲にエバリちらしていたりするかも知れないなどと考えるわけであります。幸か不幸か今まで一度もそのような立場に立ったこともないので後ろに手が回る機会がなかったのでありますが。

最近は歴史というものに俄然と興味が出てきまして、なんとか自分なりに歴史を勉強してみようと思っているのですが、なかなか進みません。先日Youtubeで宮脇淳子さんの題名は失念してしまいました、歴史というのはラテン語のHitoryきていてある出来事の物語だった。それが英語で物語Storyになったという話がありました。
この言葉を聞いて胸にストンと合点することがありました。私たちは学校では日本史にしても世界史にしても歴史というものを学んでこなかったのです。私たちの学んだというか、学んだつもりになっていたのは、単なる年表だったのであります。
私が乏しい歴史の知識を少しだけ蓄積できたのは、全部小説を読んでの事だったのであります。あれは物語として面白いからその時代背景やら、登場人物の相関図や風俗等々まですーっと覚えられるわけであります。その小説が正しいかどうかを疑ってみる必要はありますが、同じような時代の小説を数冊読めば乱暴な話ですが多数決で、おおよそそんなことだったんだろうなということがわかってきますね。また、とんでもなく違うっていうのも「なるほど、こんな解釈の仕方もあったのか」と結構感動するものであります。
「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も眠れず」は黒船が日本にやって来た時の狂歌ですけれども、これで日本は大騒ぎしたと私たちは思い込んでいますが、実際は違うようであります。それほど当時の日本人はバカではなかったようであります。このあたりは丹念に文献あたってみますと結構新しい発見があって面白いところであります。

10年ほど前だったと思いますが、NHKでなんども再放送した「大草原の小さな家」の日本語の原作を読みました。これはテレビドラマとは内容が違っていて驚いてしまいました。原作本とあわせて関連本も購入できるものはすべて購入して読んでみました。今はこの点非常に便利になっています。原作本も含めてほとんどが絶版になっていますので古書を購入するしかないのですが、ほとんどの関連本を簡単に揃えることができたのであります。
あ、そうだ話はそこにあるのではなくて、主人公(作者)のとうさんチャールズが生きていた時代は日本の何時代なのだろうかと大きな疑問を持ったのです。そして驚いたのがなんと坂本龍馬と同じ年に生まれているわけであります。どうも私の頭の中では日本史と世界史がうまくリンクしていないのであります。世界史というのは日本とは遠くかけ離れたファンタジーの世界のように思っているところがあるのでありました。

そういったわけで一般常識としてもう少し歴史のお勉強をしておかなければいけないと思ったわけであります。

2016年3月31日木曜日

糖質制限療法と私の妄想

糖質制限療法を続けるために毎日努力を続けています。これは私の長年の不摂生のたまものである糖尿病との共生を続けるためのものであり、健康ダイエットなどという余裕のあるものではないのであります。これをやり続けてすでに2年近くになりますが、決して慣れるということはなくて、毎日3度の食事に苦労しています。特にできるだけ炭水化物を摂らないというのは発狂してしまうほど辛いものがあるのです。
もともと御飯類や麺類は大好きだし、基本的に味噌汁と白いご飯と漬物でもあればそれで済んでしまう食生活であったのですから。何十年の間、お昼ごはんは麺類でありましたからね。別に嫌いで避けているわけではないのですから、この苦しさはやったことのない人にはわからない事だと思います。
それでも、大量のインスリンを投与した時期を脱却しまして、今では3ヶ月に一度、かかりつけの病院に行って、血液と尿の検査をするだけになりました。一日四回のインスリンの投与も負担ですけれども、一番嫌だったのは、一日三回の血糖値測定でありました。それほど痛いわけではないのですが、体に針を射して血を出すわけですからね、これを死ぬまで続けなければいけないのかと思うと頭の芯からゲンナリしてしまいます。今は何もすることがなくなってしまったのでメデタシメデタシであります。

酒は焼酎ですけれども目一杯呑んでいます。それで大丈夫です。これらのことは自分の体を実験材料にして試してきたことですから。
本当は生ビール命であったし、日本酒ほど旨いものは無いと思っていたのですから。もっとも酒を呑んで人には言えないほどの失敗したのは、日本酒でもあったのですから、これはちょうど良かったかも知れません。酒はいくら呑んでもかまわないのですが、蒸留酒に限ります。焼酎・ウィスキー・ウオッカ・泡盛等々にしておきましょう。

あれ、なんだか最初にこの文節を書き始めた意図と違ってきましたので、元に戻すことにしましょう。そうです、何日か前に書いた「朝鍋」の事でした。炭化物を摂らないで満腹感を得られて栄養価も高いので理想的な食べ物だと思って、毎朝、野菜と魚を中心にした一人鍋を食べていたのですが、10日ほど連続して食べていましたら、もう飽きてしまいまして、当分の間、できれば1年ぐらいは食べたくないようになりました。糖質制限療法の大変このように飽きてしまうということがあるのです。ゆで卵、チーズ、豆腐、納豆等も昨年食べ過ぎましてしばらくのあいだ見るのも嫌になっていました。ゆで卵は今でも食べたくないですね。
あんまりにも炭水化物を我慢し過ぎますと、そのリベンジが襲ってくるようになりますので、時々は摂るようにしたほうがいいように思います。

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毎日愚にもつかないことを次から次へと考えながら生きています。当然周囲の人には理解されることなど望むべくもなく、ほとんど相手にもされていません。
ちょっと寂しいような気もするけど、このバカ頭からでてくる考えなんてものは所詮その程度のものだから仕方がないなと気にもしないで、またバカな事を真剣に考えたりしています。

これはどうも自分の持って生まれた性癖なのだと最近少しだけ気が付き始めました。
それらのひとつひとつをここに晒しても、相手にされないだろうし、その現実を突きつけられた時にいかに免疫ができているとはいえ、多少なりとも傷つくだろうなと思い、それらの妄想は大事に自分の裡にだけしまっておいて、少しずつ大事に膨らませていこうと思っているのです。

と、ここまで書いて、またちょっとだけウソを書いているなと思いました。「自分の妄想をここに書いても相手にされない」という部分はある程度は当たっていますが、実際はそれを具体的に書ける筆力がないだけの話なのです。人は自分自身にも都合のいいウソをつくという典型的な例であります。

私の妄想のひとつにトラックで旅して回るというものがあります。トラックだったらかなりの荷物も積めるし、もともと重量物を運ぶだめに作られているのだから、あのキャンピングカーのようにノロノロヨタヨタ走って他の車に迷惑をかけることもないだろうと考えたのです。それに造りようでしょうけれども、かなり安価に手にすることができるのでないかと考えたのであります。
それにスペースも充分に取れるし、その荷台は真っ白なキャンパスでありますから、どのような居住スペースを設計しつくり上げるかも思いのままであります。この妄想に取り憑かれてからかなりの年数になります。
旅するのは妻と二人なんだから、カプセルホテルの寝床を2段に積み上げればかなり快適な寝室が確保できるのではないかとか、外観は普通のトラックと変りなく幌で覆ってしまって中はFRPで造り完全冷暖房完備にするとか・・・。
こういう妄想を考え始めると、もう楽しくてしょうがありません。

これらの妄想をこれから時々書いていきたいと思っています。

2016年3月30日水曜日

こぶし咲く情景によせて

ここ2,3日は暖かくて、夜中でも室温が21℃もありました。よっこらせと起き出してもひとつも寒さを感じることがないのは有り難いことであります。
6時を回った頃に雨戸を開けることを思い出して、ガランガランとシャッターを南側、東側と順番に開けましたら、そこには珍しくギランギランとした太陽が元気を発散しておりました。

冬の間は暖房の補助アイテムとして椅子に小さな(30cm四方)発熱する座布団代わりのホットカーペットを敷いてあるのですが、これもそろそろ今年の冬までにはしまいこんでしまわなくてはいけないかなと頭を霞めました。そんな小さなアイテムよりも問題は大好きなコタツをいつしまうかというのも問題だなと真剣に思わなければならないほどの気温になってきたということなのでしょう。

まだ誰にも話はしていないのですが、最近一つだけちょっと気になることがあるのです。それがここ1週間ほど鼻がぐちゅぐちゅするのです。クシャミも時々でます。どうも風邪でもないようなのでありますが、こうなると疑ってかからなければならないのは、そうです花粉症であります。この歳になるまで花粉症とはまったく無縁で過ごしてきたのですから、まさかとは思うのですが。もし花粉症であればまた老いた体に厄介なものをひとつ抱えることになるのであります。思い過ごしであってくれればと願っているのです。

書こうと思って書き忘れていたことなのですが、買い物散歩の途中で、白い木蓮の花を何度も目にしました。あの白さは純白と表現してもいい白さですね。最近は桜の開花ばかりに気を取られていたので、ハッとさせられた一瞬でありました。昨日見たら白い木蓮をみたら、すでに散り始めていました。そうそう、木蓮の花の半分ぐらいの大きさのこぶしの花も目にすることができました。
こぶしの花を目にすると決まって「こぶし咲く、あの丘、北国の・・・・」という千昌夫の「北国の春」のフレーズが間髪を入れずに浮かんでくるというのは・・・・。そして冗談ではなくて、古里のこぶし咲く情景を見たいなという思いに駆られてしまいます。まだまだ放浪癖は健在なようであります。

昨日長い間の念願だった大型のディスプレーを入れ替えしまして、今朝は起きだすと同時にメインのパソコンのスイッチを入れました。このあたりは新しいおもちゃを手にした子供の心と同じであります。
昨日は時間が無くて試せなかったツール類をひとつひとつ検証していこうと考えています。
さっそく電子書籍を読むKindleアプリを試してみました。糖尿病の合併症で目をやられていらい読書のほとんどは電子書籍になっていることは再三再四このブログにも書いてあるとおりであります。文字を中心にした読み物は通常のKindleで読みますが、技術書特に写真とか図解が多用されているものは、画像そのものを大きくすることができずに読みづらいのであります。そういう時はパソコン上のKindleアプリで読むようにしています。これで大分読みづらさは解消されるのですが、やなり問題は画像であります。文字の大きさを200%以上にしてしまうと、画像は見やすくなるのですが、横スクロールしなければはみ出てしまって読めないという不都合が生じます。
基本的には画面の縦スクロールは気にならないのですが、横スクロールとなるとこれは面倒で実用にはなりません。
大型のディスプレーに変えた理由のひとつには画像を多用している技術書をすんなりと読めないかというものもあったので、さっそく試して見ました。確かに200%以上に拡大しますと横スクロールの問題は生じるのですが、150%にしますと文中に張り付けてある写真の中の文字列も読めるではありませんか、これで横スクロールなど一切しないでページめくりもスムーズに行えます、これは狙い通りだと一人ヨロコビに浸って零れそうになった涙を必死にこらえたのでありました。
やっぱり下手にケチらないで思い切って大画面ディスプレーを購入して良かったなと満足したのでありました。身体的障害は本人の努力だけではどうにもならないところってありますからね。

2016年3月29日火曜日

大型のディスプレーに変更して、メデタシメデタシの巻


スマホが以前のパソコンの性能を凌駕するようになった昨今なんだかまったく時代に逆行しているようでありますが、以前から大画面のディスプレーが欲しくて欲しくてしょうが無かったのです。
昨日清水の舞台から飛び降りる気持ちでPhilips 40型ワイド液晶ディスプレイ (4K対応/IPSパネル/5年間フル保証) BDM4065UC/11を注文しました。そして本日の午前中に見るからに大きいダンボールが届けられました。こういう時に限って家には誰もいないのであります。昨日の月曜日は息子二人が家にゴロゴロしていたのですが。かなり大きいので梱包されているダンボールから本体を抜き出すだけで一人では手間取ってしまいます。
これまでは、24インチのディスプレー2台をデュアルモニタにして使用していました。これも快適は快適だったのですが、1年半ほど前に糖尿病の合併症で目を患わってからは、システム文字列が小さく感じられて結構ストレスを感じていたのであります。
ネットサーフィンやプログラミングをやっている時は文字列を大きく設定していますので、それほど負担にも思わなかったのですが、Adobeのお絵かきソフト群やデータベースソフト類などを使うとシステム文字列を大きくできないの、そのたびに眼鏡を使ったりルーペを持ちだしたりと、文字通りに涙ぐましい努力を重ねてきたわけであります。

午前中に、2台のディスプレーを外して大型のディスプレーを付け替えて試してみました。あまり画面が大きいと酔ってしまうとか聞いていたのですが、私にはまったくそんな症状もなく、むしろ眼鏡を掛けた時のクラクラと目眩がするよりも快適でありました。
さっそくIllustratorやPhotoShop、Access等々を立ち上げて試しました。解像度は以前の24インチディスプレーの設定値のままですから、基本的にシステム文字列は2倍になるわけであります。
ちょっと大きすぎるかなと思わんでもないですが、後でいろいろと設定を変更して試してみようと思っていますが、基本的にはこのままの設定でいきたいと思っています。

以前は2時間も続けて作業していると、目が疲れてしょうがなかったのですが、このディスプレーに変えてからは、ほとんど疲れを感じなくなりました。メデタシメデタシであります。

2016年3月28日月曜日

作文という心理療法

目が覚めると同時に、シーリングライトのリモコンを必死に手さぐりして、かなりもどかしい思いをしながらトイレに駆け込んで、つかの間の安心を得て一息つきます。毎朝この状態になるわけですから、室内灯のリモコンを同じ場所に置いておくぐらいのことはやっておけばと思うのですが、そう思うのは早朝だけのことであります。就寝時間になる頃になるとそんなことはすっかり忘却の彼方に追いやられていますから、毎日この愚にもつかないドタバタを繰り返しているわけであります。

いつも起床するのは最近の日記をみてみれば平均して午前2時半というのが定着しているようであります。トイレに駆け込んで事なきを得てから、完全に覚醒するまでの時間にコーヒーメーカーで一日分のコーヒを淹れます。一日分といいましても、コーヒーはこの朝の時間帯にしか呑まないのものですから、私にとってはこの時に作ったコーヒーが一日分となるわけであります。マグカップで4杯分ぐらいになるでしょうか。
そのコーヒーが出来上がるまで、おおよそ10分ぐらいの時間を要します。その間にテキストエディター専用のPomeraを立ち上げます。立ち上がるの1秒から2秒ほどでほとんどストレスを感じることがないすぐれもので、現在使っているPomeraで3代目になるぐらいに気にいってる逸品であります。
立ち上げると同時に「今日」と打鍵しまして変換しますと、「2016年3月28日(月)」と出ます。続けて「今」と打鍵して変換します。そうしますと「午前2時42分」とでます。
これが私の一日のすべての始まりであります。
なんだそれだけのことかと思わるでしょうけれども、これが大切なのであります。Pomeraにはその後、思いついたことやメモややらなければいけない予定や、日記、雑文等を委細構わず打鍵していきます。
これで一日に打ち込む文字数は平均してみますと5000文字から8000文字といったところでしょうか。これを1週間ほど続けますといかにテキストファイルとはいえどもかなり大きくなってしまって打鍵して文字列を変換する時に時間がかかるようになります。1秒まではかかりませんが、この待ち時間がもどかしくてしょうがありません。やはりスペースキーを押したら瞬時に変換してくれないと、自分の思考の流れが邪魔されるような気がして我慢できないのであります。もっとも私の思考なんていうものは、このバカ頭を駆使してのものですからたかが知れているものではありますけれども。
そんなわけで、日本語変換が遅くなってきたころを見計らって普段メインで使っているパソコンの「2016駄文日記.txt」にUSBコードパソコンとPomeraを繋いでPomera側のファイルの全ての駄文を追い出してやります。メインのパソコン性能はさすがなもので1年分ぐらいの全文章をぶち込んでも何らストレスを感じることもなく、検索するのも超高速ですから快適であります。そりゃあそうです、たんなるテキストファイルなわけでありますから。

駄文とはいいながらも一日平均5000文字から8000文字ほどを毎日書き続けていると、結構いろんな事に気がついてくるものであります。もう何年前のことでしょうか、記憶が定かでは無いのですがおそらく10年近く前のことだと思いますが、一日に2万文字を目標に日記を毎日書こうときめて実行したことがあります。
とにかく大量の文字を書くというのが目標でありました。あくまでもそれは文章量ではありません、単純に文字数なのであります。ですから意味が通じようが不明だろうが委細おかまいなしという、まったく意味不明で不毛な試みでありました。なぜそのように決意したかの動機はすでに曖昧になってしまっております。それを半年間やってみました。結果をいえば一日2万文字は無理でありました。一度だけ15000文字ぐらいを書いたことがありましたが、平均すれば8000文字ぐらいでありました。ひと言で8000文字といってもそれを毎日打鍵しつづけるというのは相当に困難なことだったことだけは覚えています。

いかにほとぼりが覚めてしまったとはいえ、今回似たような試みを始めましてすでに2ヶ月が経過しました。今回は文字量にはそれほどこだわることはしないで、ある程度は意味の通じる文章を書くことをしました。内容の陳腐さは自分で自分の力量ついては一番理解しているわけでありますから、これにも拘(こだわ)らないということにしています。

さて、前回もウスウス感じていたことなのですが、作文する行為というものは、自分との対話以外の何者でもないということです。作文が自分との対話だという説はいかにも唐突に思われるかも知れませんが、もっというならば個人的な日記の場合と言い換えてもいいのかも知れません。
ブログではなく、個人的な日記でありますから、誰に見られるわけでもありません。超個人的なものであります。だから、正直に自分の頭に思い浮かんだことを正直に書き連ねていけばいいわけであります。句読点の滅茶苦茶さや文体の不均一や、ましてその幼稚さなどを誰にも指摘されるわけでもありません。通常そう考えるのがあたり前です。私もそのように考えていました。
ところが、一日に5000文字あたりを目安に毎日個人日記を書くをやりつづけていて気がついたのは、誰に見られるわけでは日記、見たり読んだりするのは自分だけだという条件下においても、自分は自分に嘘をつくし、見栄もはるということを発見したのでありました。
ここで誤解を受けるかも知れませんが、その嘘は単純に見栄をはるだけのものではなく、自分を卑下したりすることも必要以上にデフォルメしてしまうことがあるという事実の発見であります。しつこいようでありますが、それは自分自身に対しての話なのであります。
私は多重人格者ではないと思っています。それでも毎日作文をしていますと、そこに複数の自分が登場してくることを発見したのです。最初はそれら複数の自分というキャラクターを高見から眺めている真性の自己というものがあり、自分A・自分B・自分C、DEFのやりとりを客観的に観ているものだと思っていたのですが、人の頭のなかなんてそんなに単純なものではなくて、どれも自分自身なのだということにようやく気がついたのでありました。
前述とはちょっと違いますが、座禅なんかを組んで静かに考えるなんてことがあったとします。それでなくても、何かについて考えなければいけないことがあったとします。他の人のことはわかりませんが、ひとつの事を集中的に考えるということが私にはできないのであります。ましてや、その結果結論を出すなんてことは至難の業であります。ひとつの事を考えなければいけないと思えば思うほど、まったく関係のない事が唐突に現れてきては消え去ってしまうのであります。
突然、昔つきあってたいい女のことや(うーん、これはウソなのかな)、昨夜の晩酌のおかずのことや、そうだ今夜のつまみは何にしようかな・・・・なんて具合でありますから、最後には何について考えようとしていたのかすら定かですらなくなってくる始末であります。
この散漫な思考力を少しでも解消するのは作文することだということを発見したのであります。作文は自分の頭のオヨワさを補う最高の道具なのだと認識するようになったのであります。

ここまで書き進めてきていつもどおりに息切れしてきましたので、本日はここまでとすることにします。

そうそう、これも最近思っていることなのですが。

 「なんでそんなにも君の作文は長いのですが?」
 「頭の悪いヤツの文章はただ饒舌なだけで内容がないんだよ」
チャンチャン♪♪♪

2016年3月26日土曜日

コタツ男化した2日間

この2日ほどメインになるパソコンを立ち上げることもなく、当然このブログを書くことも無く過ごしていました。というのも珍しく読書にはまってしまっており、寝食も忘れて読みふけっておりました。この寝食も忘れてっていう状態が好きなのですが、若い時ならばいざ知らず、体力気力を始めとしてあらゆる力が弱ってしまった現在では、なかなかそのような状態にはなれないものであります。

ここ2年ほどは目が極端に弱ってきてしまったので、文庫本の小さな文字が苦手になっており、この歳になるまで近眼、老眼の眼鏡を一切使用したことがなかったので煩わしく思えて、読書はすべて電子書籍で読むようにしています。いくらペーパレスの時代になったとはいえ、出版される本のすべてが電子書籍化されているわけではなく、泣く泣く断念した本もたくさんあります。
今回は以前から読みたいな思っていた書籍3冊をAmazonで発見したものだから、迷わずに購入してそのまま飲まず食わず眠らずの読書に突入したわけであります。私にとっての読書はスポーツみたいなもんでありますからほとんどが体力勝負のようなものであります。おかげで3冊を2日ほどで読みきってしまいました。

で、その感想はと聞かれますと「嗚呼~オシロカッタ」の一声だけなのですから、その中味の貧弱さが推測されてしまいます。何を読んだのかもまだ明かすことはできません。それは私の個人的なプライバシーになりますからね。なんて格好つけてますけど、あまりに幼い本ですから恥ずかしいなんてこともあるのであります。

天気予報の予言どおりに、「花冷え」なるものが襲ってきまして、私の体は思うように動作しなくなり、そのまま居間のコタツのなかに潜り込んでしまい、周囲には6チャンネルのオーディオのチャンネル・ノートパソコン・テレビ・専用テキストエディターポメラ・電気書籍Kindle・家電子機・iPhone・iPodクラッシク等々を配置して、まる二日間コタツ亀に化して読書三昧で過ごしました。
液晶テレビにはノートパソコンを繋ぎ、液晶テレビの音声は6チャンネルのオーディオに繋いであります。そうそうiPhone・iPodクラッシクもオーディオにつないであります。照明のリモコン2つもあります。こうなるとトイレに行く以外はほとんど暖かいコタツのなかで暮らすことができるのであります。

「恐怖のコタツ男の一生」なんていう小説を書いたら結構ベストセラーになったりするかも知れないな、などとチラッと思ったりしてね。

そうそう、テレビのリモコンの調子が悪くて困りました。パソコンとテレビを切り替えたり、テレビにぶらさげてあるVTR用のハードディスクを切り替えたりと結構重要な役割を果たしているのですが、時々だんまりを決め込んだりしてしまいます。
これは一体、リモコンが悪いのか、テレビ本体が悪いのかの判断がまったくつかないのであります。未だ何が原因なのかの究明ができずにいるのでありました。

コタツ男になって気がついたのですが、テレビそのものが既存の放送局の番組を見るというのは本当に少なくなっているということです。ネットのYoutubeを始めとした動画配信を視たり、音楽を聴いたりVTR・DVDを視たりと多用途になっているということです。お金があれば4Kあたりの高画質のものに買い換えたいところですが、今あるものでどこまでできるかを試すというものも面白いですね。(単に貧乏なだけ)

私はどうも気温が低いと極端に動作がにぶくなるということを発見した。時間とともにお日様が出てこなかったりしたら最悪であります、そのまま半覚醒状態で何日もまるまって過ごさなければいけないようであります。
お日様がでてくれば、しばらくじっとして体を温めます、その日の気温の状態にもよりますが、今の時期ですと、四肢が自分の自由になって動かさせるまで2時間ほどかかります。真夏であれば体温が上がりますから日陰で適温を保たないとこれも危ないのでありますけれども。
今年はちょっとばかし、寝床から這い出てくるのが早かったのかも知れない。

2016年3月23日水曜日

毎朝鍋を食します。これをナベツネという

毎日のように頭の悪さを自ら証明するような作文をウンウン唸りながら書いていると、たまにそのバカアタマでも気がつくことがあるみたいであります。ま、どちらにしてもたいした気付きではないのですけれども。
ブログの出だしにあまり日付に関連した事柄を書くと後で不都合なことが多々あるということを今更ながらに気づいた。
それというのも、ここのところ一日でブログを書き上げあるということが少なくなってきました。いつも途中で力尽き果ててしまって、尻切れトンボになってしまうのです。
そこでやむなく中断して更新を保留状態にしておき一日経ったあたりで、まだモチベーションの高い内に残りを付け足してアップするということが多くなったような気がします。
その時にハタと困ってしまうのが日付に関してあまり詳細に書き込んであると訂正のしようがなくなってしまうことがあるということであります。
もっとも、それだけネタが乏しくて、日付や季節を無理やり話題に載せなくてはならないという苦しい台所事情というものが現実にあるというのも確かなことでありますけれども。


そういえば昨日のブログはナベツネの話が尻切れトンボ状態であったのであります。この話を本日も続けたいと思います。前の話は昨日のブログをお読みください。これ以降は昨日の話を読み終わったことを前提に書き始めます。

以下の内容はあくまでの私の個人的体験であります。私には医学的知識などこれぽっちも持ちあわせておりません。ヘモグロビンエーワンシーなんていう用語にしても入院してから覚えたほどであります。
もうひとつ付け加えて置きますけど「今回限りで通院はもうしなくてもいいですよ。」とお医者さんに云われた時は我が耳を疑ったのです。
これまで糖尿病が治ったなんて話は聞いたことがありません。私はこの女医さんを基本的には信じてなかったので、独自に書籍やネットを駆使してたどり着いた糖質制限療法を密かに内緒で実行してインスリン地獄から脱出したのですから。
だから、おなしな話ですが「インスリンは打たなくていいです。投薬も必要ありません。」などと云われても俄には信じることはできなかったのであります。
あれほど糖尿病というわずらわしい病気から逃れたいと思っていたのですが、あっさりと治療終了を宣言されてしまうと、逆に不安になるものであります。
そこで、何ヶ月かに1回は血液と小水の検査だけは続けて貰えるように頼み込んだのでありました。
そして、その検査の帰り道に「回転寿司店」に寄って思いっきり炭水化物を食べるのであります。それだけが楽しみで次の検査までに節制を続けるのであります。私は決して糖尿病は全治するなどとは信じていないのです。だって本当にそんな話は聞いたことがないのですから。
糖尿内科にも通院していますが、合併症によって左目の網膜もやられてしまい、同じ病院の眼科にも通院しているのです。なぜか不思議とこたらの担当医師も女医さんなのであります。その〇〇先生に糖尿病での通院はしなくて良くなったと告げましたら、「うそ!!そんな事信じられない☓☓先生とは懇意しているから聞いてみるから・・・」と云われてしまう始末であります。そして次の外来診療の時に「本当だった。でも定期的に検査だけはやったほうがいいわよ。私からも先生に頼んでおいたから・・・」といった事だったのであります。

本日はここまで書いて力尽きてしまいました。実際は毎食時に打っていたインスリンを勝手にやめる時の決断や、最初の4ヶ月間の過酷な糖質制限食の実行等ネタは山程あります。糖尿病患者は現在10人1人で予備軍も含めると5人に1人だという数字を目にしたことがあります。決して私のやった療法を正しいとは思っていません。ただ何かの参考になればと思っています。
私自身ももう少し早くこのことを知っていれば、片目を潰したり、重体になって10日間も入院したりすることもなかったのにと強く思っているのです。

この続きは時々ネタに詰まった時などに書きたいと思っています。最初はまとまりのない断片的になっていますが、どこかの時点でもっとわかりやすいようにまとめられればと思っています。

朝から毎日鍋だから ナベツネ(糖尿病の参考までに)

今日の標題はかなりこじつけぽいな。この日記は昨日アップしようとして途中まで書いたのですが、いつものごとく息切れをしてしまいまして、一日遅れのアップとなってしまっています。ま、そんなことはどうでもいいか。

昨日、靖国神社境内の桜の開花宣言がでたようであります。実にヨロコバシイことであります。桜の花が終わってしまいますと、待ち焦がれた今年の春も一区切りついたという感じになります。
桜の花が散るのは呆気ないほどで、そこにそれぞれの人生に重ねあわせて生きることの儚さなどを悟って、しばし感傷に耽ったりもしますが、それも少しの間のことだけであります。
花の散ったあとは、桜の存在などは歯牙にもかけなくなるものであります。そのあたりはサクラも心得たもので気がついた頃には若葉を全体に茂らせて緑の中に潜むようにして、存在感をすっかり消し去ってしまいます。
次に存在をアピールするのは秋の紅葉の時期であります。それでもサクラは偉いなナぁと思うのであります。
そこの老いたジジイ、つまり私の事ですが、別に隠遁生活をしているわけではなく、たんにすっかり世の中から忘れ去られた瓦礫のようなものなのに、そのてんサクラは季節の変わり目に2回も表出して自己アピールして人びとを感動の渦に巻き込んでしまうのですから。

今週は昨日「春分の日」の振替休日ということで、一日分働く日が短いようであります。毎日が日曜日のような私にとっては良いのか悪いのか、さっぱりわかりませんけども。
天気予報では暖かいのは明日まで、明後日からは「花冷え」となりますとアナウンスしていました。

そうかすっかり「花冷え」という言葉を忘れさっていました。これがなかなか油断ならないものがありまして、花見だと称してドンチャン騒ぎなどをいたしますと、酔っ払って油断して風邪をひいてしまうということをやってしまいます。ま、それは自らが招いた災いですから仕方のないことであります。二日酔いだか風邪からくる頭痛なのか、その二つが重複したものかの判断がつかずウンウンとうなる羽目になります。ザマアミロ

ナベツネというジイさんがいたけど、最近の私は朝ナベツネというものにこだわっているのです。朝ナベツネに凝ってると書きそうになったのですが、凝ってるというのはちょっと違うようで拘っていると言い換えたのですが、これもまたちょっと違うようでありまして、ほぼ毎朝鍋料理を食しているというのが正確な表現だと思います。
それは先ほどのナベツネとはまったく関係がなく、毎朝の食事は鍋料理にしているということであります。

2年ほど前のことでありますが、長年放置していた糖尿病が重篤化してしまいして、インスリン注射を食事前に6単位と遅効性のインスリン注射2単位を寝る前に打たなければならない状態にまでなりました。それに伴って血糖値を食後に必ず測り記帳しなければなりません。
私の入院した病院は食事制限について格別うるさい事をいうわけではなくて、私が普段食べているのとほとんど変わりのないものでありました。朝食などはむしろ多いぐらいのものでありました。
しかし、食事ごとにインスリンを打ったり、血糖値を測定するというのはかなり煩わしいものであります。これを死ぬまで続けなければならないのかと思うと暗澹(あんたん)たる気持ちに襲われてしまいます。そこでなんとかしてインスリン攻撃から逃れる手立てはないかと散々足掻いた結果行き着いたのが糖質制限食事療法というものでありました。詳細はおいおいこのブログに書いて行きたいと思っています。
尚、糖尿病や糖質制限食事療法についての記述はあくませも私個人の体験に寄るものであって、なんら医学的根拠があるものではありません。あくまでも私の個人的な問題であることを明記しておきたいと思います。今後もこれらのことについて書いた場合はしつこいぐらいに上記の注意書きを添付しておきたいと思います。

糖質制限食というのは、糖分を摂らなければいいのだけの話だと思うかも知れませんが、これがやってみると、かなり難しいものであります。もちろん最初にやらなければいけないのは、あからさまな糖分の摂取をやめることです。
たとえば、コーヒーに砂糖を入れるとか、紅茶に砂糖を入れるとかは即刻やめなければいけません。もちろん、あまーーーい缶コーヒとかコーラとか、日本酒・ワイン等々醸造酒は決して口にしてはいけないのであります。
なかでも一番シンドイのは炭水化物の摂取を止めるということであります。私は生まれてこの方炭水化物だけで育って生きてきたようなものであります。朝ごはんはもちろん米をいただきます。昼は結構麺類が多いです。夜は呑みにでかけて仕上げはラーメンであったりします。これを一気に止めろといわれますか、それはなんというご無体なお言葉なのでしょうか。
と、いうことでここで3たび力尽きてしまいましたので、続きは後日ということにします。

2016年3月21日月曜日

連休は映像づけ・・・

いつの頃からだったのだろうか、はっきりと覚えているわけではないのだけど、それはたぶん十数年も前の頃からだったと思う。
別段桜の花とは限らないのだが、早春に咲く花々を目にした時に

「今年も、こんな美しい花を愛でることができた、来年も観ることができるだろうか、できることなら来年も同じ花を観てみたいな」

と感じるようになりました。
そう感じるのはその時期、その場限りのことであって、それ以降はそんな風に思ったことすら、すっかり忘れ去ってあいも変わらね生活を続けることになるわけであります。
それは、長い冬に別れを告げるひとつのシグナルであり、寒さの厳しい灰色の世界の中で、小さな花びらを発見したときに、決まって、あの思いが浮かび上がってくるのであります。


今日は春分の日の振替休日ということで、連休最後の日であります。土日は仕事をする気力もなくずるずると、映画を観て過ごしてしまいました。以前には映画を観るとなると、地上波で配信されている映画を録画しておいて気が向いた時に観るだけでありました。
次に登場してきたのが、Gyaoというネットの無料配信サービスでありました。その前にレンタルビデオなども利用しましたが、これは案外面倒で息子がレンタル店を利用する時に便乗して借りてもらったりしていました。そうそうサービス名は失念してしまいましたが、宅配レンタルサービスというのも一時期使っていた覚えもあります。専用の返却すのは確か袋に入れて郵便ポストに入れるだけで良かったのだと思います。しだいにそれすらも面倒に思えていつの間にか使わなくなっておりました。
レンタルビデオを利用するのも面倒だと感じるのですから、映画館に足を運ぶというのはもう選択肢にはありません。劇場で観る映画は別格であるのは知ってはいるのですが・・・・。最後に映画館に足を運んだのはいつの事だったのか覚えてすらいないのです。

これまでの動画供給媒体に加えて最近は新たにAmazonの動画配信が加わりました。これがなかなか面白いのであります。始めの頃は洋画ばかり観ていたのですが、最近は日本のドラマ・映画が主流になってきました。
それでも、あんまり古い映画は本人もかなり古色蒼然としているに係わらず、肌に合わないような気がして敬遠してしまいます。現代の現在の邦画はなかなかいいなと見直すようになってきました。ただ、だからといってわざわざ映画館に足を運んで2000円近くの料金を払って鑑賞しますかとなりますと、それは別問題であります。
それは無料であり、居間の大型のディスプレーで5チャンネルの大音声であり、ふんぞり返って、タバコを吸っても誰に注意されるわけでもなく、しかも手軽にネット配信されているから観ているのであります。

このブログの過去ログを調べてみれば、いつ頃からAmazonビデオを見始めたのかはっきりすると思いますが、利用し始めてから、かなりの数、おそらく100本以上は観たと思います。
見始めますと24時間、48時間と連続で観てしまいます。もう、やめられない止まらない状態になってしまいます。
その昔、三文映画館で何本も安い料金でやくざ映画を見続けた思い出が蘇ってきてしまいます。本当は鑑賞した映画ひとつひとつの感想文を書いておけばいいのでしょうけれども、いつも「ああ、オモシロかった」で終わってしまっています。たぶん一生書けないだろうし、書かないだろうなとは思います。

そうそう、ひとつだけ簡単に感想文を書いておこうと思います。それはアメリカドラマで「Good Wife」というやつであります。これには、激しくハマりました。
以前に「24」にハマったと同じかそれ以上であります。「Good Wife」は信じられないほどの長編であります。
確かシーズン8ぐらいまで公開されており、ひとつのシーズンに20編ほどあり、1ドラマが50分ほどあります。この説明だけでいかに長いかご理解いただけるものと思います。
これだけのドラマを仕上げる才能の数々・資本力・構成力等々にアメリカの持つ底知れないパワーを感じてしまいました。
主に裁判ドラマでありますが、そこに盛り込まれているのは家族・政治・社会と盛り込まれています。あまりの面白さに、最初からもう一度観ようと挑戦しましたが挫折しました。

邦画が面白いと書いておきながら、まったく邦画に触れないでアメリカのドラマを賛辞しているのですから相変わらずのバカですね。

地方で視聴できるのかどうかは確認できませんが、テレビ東京が月曜日から金曜日までお昼の12時40分から放映しているアメリカの連続ドラマがあります。
これは録画しておいて暇な時に観ているのですが、当たり外れはありますが、総じて面白いものが多いと感じます。
これまでの私の概念からすると映画の下に位置するのがドラマだと思い込んでいたのですが、今は決してそんなことはなく、むしろドラマのほうが面白いように感じてしまっています。
うまく言えないのですが、ハリウッド的なただ大げさな舞台仕掛けではでに爆発させてしまうよりは、より細部にこだわっており、心理描写にも優れているような気がしているのであります。

そんなこんなで、最近はドラマ・映画・アニメ等の映像に時間を取られているものですから、読書の方はほとんどやっていません。かろうじて、宮沢賢治選集を最低1ページだけは読むようにしています。今は最後の「風の又三郎」の部分にきているのですが、なかなか読み進められないでいます。宮沢賢治は私にとっては超難解なシロモノであります。恥を晒してしまいますが、「銀河鉄道の夜」なんてのはちんぷんかんぷんでただ字面を追ったっていうだけの話でありました。

2016年3月19日土曜日

もう終末だ。ちゃうちゃう週末だ

からかうように暖かく包んでくれたり、いきなり後方斜め46度30分あたりから寒さで襲って震え上がらせるなんていう悪ふざけを繰り返してきた「春」もとうとう遊び疲れたのかも知れません。
今朝の室温は19℃と昨日よりもかなり暖かいです。マルビーな私は真冬でも室温の設定は20℃にしてあります。それで寒かったら着こめば良いという単純にして合理的な思考で暮らしております。
それを考えますともう云うことなしですね。
それはそうと、日曜日が春分の日とかで明日から3連休になるんですね。毎日が日曜日のような私にとってはほとんど関係ないのですが、なんとなくウレシク思ってしまいます。もっとも「春分の日」基本的になんなんだかは理解はしていないのであります。ちょっとググればいいだけの話ですけれども、理由はなんでも休みなんだからそれでいいじゃないですっなものであります。
そうそう「春分の日」には墓参りをするらしいですね。そうなると、八柱霊園あたりはメチャ混みになるから心のどこかに留めておかないといけないかも知れないですね。とは云ってもどこへも出かける予定はまったくないので関係ないですけどね。

若い時は、そのあたりに咲いている花々が目に入ってくることはない。まして雑草のような日陰にひっそりと咲いている小さな花などは気がつくこともない。「ほら、あの白くて小さな花、きれいやね」などと注意を促されても、「ほんとうだ」などと生返事をするだけのことである。
不思議なことに歳を重ねるにしたがって花の美しさに気がついてくる。そのあたりの路傍の雑草の花をみても感動するようになる。いやむしろ名も無き花のほうにひかれるようになるのです。

人間というものは若いというだけで美しいものなのだと思います。男も女も若いというだけで輝いています。自らがエネルギーに溢れ、美しく輝いているのですから、小さなとうでもいいような花に目がいくはずはないのです。それがあたり前のことなのです。
年寄りは、植物や花々を愛でるように若い人が好きなのです。青年を眺めているだけで、ほっとします。力を貰えるような気がします。もちろん若さゆえの危うさも、不安定さもそこに感じてはいます。だってそれは自分がとおってきた道なのですから、そんななんでもかんでも全て包み込んだ目で見ているのです。
だから旅するなら、若い時がいいのです。旅先で困った時はそこらじゅうの年寄りが寄ってたかって助けてくれますから。
私のように老いてしまったら、それはいけません、汚いもの、厄介なものを見るようにちらっと横目で一瞬だけ睨むだけで無視されてしまいますから。

2年ほど前に糖尿病の合併症を発症させてしまい、目の網膜を傷つけてしまって以来、ほとんど自分で車を運転することが無くなってしまった。
だから最近は周辺ガソリン価格というものがわからなくなっている。数日前に知人のブログによると場所によっては100円を切るのも出ているそうです。
一時期とは比較にならない安さであります。これほど安くなるとはまったく予想をしていなかったで、驚いています。ここ数日は、それに加えてじわじわと円高が進行していて110円近くまで上がってきていますから、ひょっとしてもっと安くなるかも知れませんね。車中泊で旅するには最高のタイミングなのですが、世の中はそうそう旨くいくものではありません。
何年か前に独りで北海道を一月ほどうろついていた事がありますが、その時のガソリン価格が150円前後だったことを思い出しますけど、別段それで旅をヤメようなどと思ったこともないし、その為に後々借金に追われて困ったなどということも無かったので所詮その程度のことなのでしょうね。

最近は作文を書いていても根気が無いようで、昨日アップしようかと途中まで書いていたのですが、なんだかんだしているうちに夕方が訪れて「時間だ!晩酌の時間だ!」ということでやりかけの仕事も、書きかけの作文も委細構わずシャットダウンして晩酌に突入してしまいました。
こう書くとよほどの酒呑みなんだななと思われるかも知れませんが、それは随分昔のことであり、今は少量の焼酎を大量のお湯で割って、ちびりちびり舐めるようにしての晩酌であります。晩酌は何かから逃げるための口実にしか過ぎないのかも知れません。
久しぶりにクラプトンのブルースが流れていました。あれ?このアルバム結構いいじゃないと思ったけれども、先に書いたように眼の調子が悪いのでiPodの小さな小さな文字を読むのが面倒で確認することもなく、そのままです。そのうちに気が向いたら調べてみようなどと酔っ払った頭で思ったけど、たぶんなんにもしないと思う。

2016年3月17日木曜日

とうとう性悪女も根負けしたのか?

今朝はPCでの作業に気を取られていて、7時近くまで雨戸(シャッター)を開け忘れていた。何気に玄関のある廊下が異常に明るいのに気がついて、おっとり刀で雨戸を開けた。開けると同時に東の窓から強い太陽光がまるで意志を持っているかのように踊り込んできた。
こんなことは今年になって初めてのことではないかと思った。いよいよ春という季節は自分のポジションを盤石なものにしようと動き出したのではないかと思った。
テレビでは「春本番」とか「ぽかぽか陽気」とか「お花見情報」等々の毎年使い古されている言葉が踊り続けるようになりました。

いよいよ春本番であります。年寄りにはありがたい季節であります。日向ぼっこも昼寝もお散歩も気持ちよくできる季節であります。

歳を重ねてからの時間の経過は自分でも驚くほど早くて、時には愕然とするほどの驚愕を覚えることすらある。これまでの自分時間概念では、精神的にとてもついていけないことを感じることが多くなっていると思う。
こうなれば、自分で勝手に自分時間というものを決めて、それに沿って暮らして行く他はあるまいと思い始めた。普通の人、特に若い人の2倍から3倍ぐらいが自分にとっての適性時間ではないかと思う。他人が一日24時間で生きているのであれば、私は一日48時間、間隔で生きてちょうどいいように思われる。それで足りなかったら、さらに3倍の78時間を一日にすればいいのではないかと考えている。それで誰に迷惑をかけるわけでない立場に私はいるのだから。

などとしょうもないことを妄想していたら、昼過ぎには得意の妄想でも錯覚でもなく室温ぐんぐんと上昇しつづけ、最初上着を脱いだりしていたが、掃き出しのサッシを半分あけたりと、終いには四方の窓を全部開け放ってしまった。
こりゃあどうしたことだ。この暖かさ、いやこの暑さは本当に想定外でありました。四方の窓を開け放しても簡易温度計ではあるけれどもすでに25℃を指していました。
「ふ、ふふ、ここまでくればもう大丈夫だ。」一体何が大丈夫なのかわからないが、気分的そうなのだから、それでいいのだと思う。

3時近くになったので買い物を兼ねた散歩にいくことにした。そこでいつものように準備を始めたのだが、そこでハタ気がついた。それはこの陽気に分厚いコートではどうにも格好が悪いし、実際に暑くてかなわないだろうということであります。
これまでは。部屋の中でひどい服装をして仕事らしきものをやったり、ひくひく生活をしていたのだが、買い物ぐらいだったら、そのままコートなり上着を羽織ればそうそう中味はバレることはなかったのであります。
気がつかなかったな、暖かくなればそれなりに服装にも目を配らなければならないことを。にわかにそんな事に気がついても春に着るものなんて用意しているはずも、自分の衣装はどこにしまわれているのかを知る由もないのでありました。
仕方がないのでもう少し涼しくなるものを待って、昨日まで着用していた厚手のコートを羽織っていくことにした。
ちょういと大げさな物言いでありますが「人生いたるところに青山有り」でありますね。思わね伏線におたおたしているほかないのでありました。

2016年3月16日水曜日

ある日の買い物情景

昨日は暖かくてなんとシアワセな一日だったでしょうか。この陽気がまだ続きますようにと祈るのでありました。ただこの温度は季節が推移する毎に徐々にあたりまえになっていきます。それが常温であるとなんの感動もなく不幸を感じることもないけど、格別シアワセを感じることもなくなるのでしょうね。そのうちにこの暑さはなんとかならないかなあ、なんて愚痴のひとつも溢れてくるものであります。
ここ3日ほど寒さと雨で中断していた買い物散歩に早速でかけました。なんだか最近小学生の絵日記のような作文になってきたな。ま、それでいいのだ。素人がただだべっている作文なんですからね。
毎日のように同じスーパーに買い物に行っていると、自然買い物をするものが決まってきてしまいます。これも季節による気温のようなもので慣れてしまうと何の感動も呼ばないものだと気がつきます。
スーパーに一人で買い物に行き始めた頃は、誰も見ているはずもないのにどこかに気恥ずかしさを感じて、結構勇気のいるものでありました。
考えてみれば一人で飲食店に行くのも好きではなくて、ラーメン屋とか牛丼屋でも一人で食べに行くのなら、自宅でカップ麺でもす吸ったほうが気楽でいいやと思うやつなのでありました。そのカップ麺を買いにコンビニに入るのも本当は苦手なのでありました。
最近はだいぶ慣れてきましたが、買い物の量が少ないというのもとても恥ずかしいように思えて、必要でないものも余分に買ったりしていました。例えば弁当ひとつだけを買うということができませんでした。これもおかしな感情ですし不必要な思い込みであります。
それともうひとつダメだったものがあります。それはレジでの精算の時に財布から1円や5円を始めとして小銭を出してきっちりと精算するということができませんでした。財布を持ってレジの女の人が「合計2432円です」なんて云われてから「エート、エート」なんて唸りながら小銭を探すなんてことができません。後ろで待っている人にも悪いと思うし、レジ係りの人にも「何をこのジイさんはモタモタしてんだ、早くしろよ、こっちは忙しいんだからさ」なんて思われているのではないかという思いが頭をよぎります。
ちらっとでもそういうことが頭に浮かんだ途端に自分の顔が朱に染まるような気がしてきます。実際に赤らめているのかも知れませんけど。そんなことならスバヤク3000円を渡してお釣りを待っていたほうが精神的にはかなり楽なものがあります。
お釣りを貰ったら貰ったで、そそくさと金額を確認することもレシートと一緒にポケットにつこんでしまいます。札は札で札入れに入れ、小銭は小銭入れに分けていれるぐらいの時間は待ってくれるはずなのに、それすらできない私ってのはいったいなんなんだろうかと思ってしまうわけであります。

最近どうでも良いようなことをですね、細々とこれでもかと書くのって結構面白いなと思っています。私の昨日の買い物を題材にしてどこまでひつこく書けるのか挑戦してみたのですけれども、結果的には失敗ですね。
やはり、力不足がありありと出てしまっていますね。こういうものはいくら練習してもうまくはなりませんね。持って生まれた天性のようなものがあるような気がしてなりません。同じ場面の情景にしても力のある人が描写しますと、思ってもみない切り口と展開で読書を惹きつけてやまないものだと思います。
でも、どうでもいい場面をクドクドと書き連ねていくってのは結構面白ものがありまして、時間がとれればまたやってみたいと思っています。

2016年3月15日火曜日

なんでもないことが

日の出の時間が少しずつではあるが早くなってきています。最近ではとうとう6時前になりました。6時前となると雨戸の代わりになっているシャッターをあげるのに躊躇いの気持ちが生まれてしまいます。
シャッターの開閉に伴う音というのは案外大きなものであります。あまり音がでないようにそろそろと開けるのも主義ではないような気がして、いつしか日の出とともに雨戸をあけるという習慣を私のなかから消してしまったのであります。
雨戸を開けて青空が広がっていたのはいつの日だったか思い出せないぐらいにここ数日なかったことであります。濃い霧が立ち込めていたり、どんよりと思い雲が零れ落ちそうになっていたり、実際に冷たい雨がジトジトとたえまなくこぼれ落ちていたりであります。春先の雨は余計に冷たく感じるものでもあります。

特に外にでて仕事をするわけでもないのに、最近やたら天候のことが気にかかってしょうがない。なかでも気になるのは温度であります。
もう少し暖かくなったら日の出散歩を生活の中に取り入れようとも思っているし、家庭菜園もやってみようとなどと盛り沢山な計画を立ててはいるのであります。
それもこれもちょっとでも寒さを感じるようでは外にでる気はまったくおきてこない。
「あーるき始めたみおちゃんが、おんもへでたいとまっている」という完全にみよちゃん状態になってしまっているのであります。

しかし、昨日の天候は最悪でありました。いつから降りだしたのかは知らないが、気がついた時にはジトジトと氷雨が降り注いていた。そうなると完全に外にでる気力は雲散霧消になってしまい、買い物散歩も中止となりました。
散歩を毎日続けるというのは難しいものであります。少なくても私にとってはということでありますが。
自分で決めたことは何があってもやり抜くなんていう気持ちはどこにも持ちあわせていないのです。散々これまでも散歩を断続的にやってきましたが1年以上続いたことはありません。もっとも半年以上続いたということ事態が私にとっては奇跡に近いものがありますけれども。
散歩を中止する理由はすぐに見つかります。不思議なくらいにたくさんの理由が湧出してくるのであります。
であるならば、散歩をやる理由なり目的を明確なものを持っていないと続けられないのではないかと思い、散歩をすることが目的ではなくて、買い物をすることが目的であって、その結果散歩をやっていたという風に持っていったのであります。
これは毎日やるというのが原則なわけでありますから、余分なものはなるべく買わない、買いだめなんてものは絶対にしないという事にしていたわけであります。そうしないと毎日のように買い物に行く理由付けが無くなってしまうからなのであります。
さて、ここで昨日のジトジト雨に戻ることになります。そんなものですから散歩は中止となりました。最近は朝ごはんは別にして昼食および夜の晩酌のつまみは自分で用意して食べるようになってしまっていました。次の日の買い置きなんてものは一切やってなかったものですから、こういう場合にはたと困るのは食事の準備する材料が何もないという状況になってしまいました。にわか料理人というものはこういう時に困るわけであります。料理の基本技術を抑えていないものですから、冷蔵庫や床下収納の食料庫を点検してアドリブで料理を作ってしまうということができないわけであります。ま、たった2回分の食事なわけでありますから、冷蔵庫を探しまわってなんとか凌いだわけではありますけれども。
男の俄(にわか)料理人というのは、まずレシピから入るわけであります。ネットなりレシピ本をみて、どんな材料が必要なのかを調査して、その材料を買い物にいくところから始まるわけであります。これが案外お金もかかるし、時間もかかるものなのだと気づくのはかなり後になってからの事であります。達人というものはちょちょと冷蔵庫を確認にしただけですぐに料理に取り掛かってしまい、調理時間もかなり短いのに私がどう逆立ちしたって敵わないような逸品を、さも当然なような顔をして出してくるのですから・・・・。

話がいつものごとく脱線してしまいました。そこで雨戸になっているシャッターを7時近くになって勢い良く開けましたら、この数日見たこともないような青空がひろがっているではないですか。
たったそれだけでウレシクなってきます。気温もそれほど上がっていないのにその瞬間から春の暖気に包まれてしまっているような気がしてくるから不思議であります。
今日はそれだけで、満足してしまいました。こういうなんでもないことがシアワセというものなのでしょうね。きっと

2016年3月14日月曜日

私のできることは、せめてテレビの特集番組を観ることぐらい

昨夜はめずらしく晩酌もかなり早い時間に終わってしまって、格別やることも見当たらなかったので9時ちょっと前に寝床に入ってそのまま寝入ってしまった。
目覚めて薄暗闇のなかにぼんやりと見える時計を見上げるの5時40分あたりを指している。これは一夜明けての翌朝の5時40分なのか、それとも夕方の5時40分なのか、それとも電波時計の電池が無くなってしまって、時計そのものが狂ってしまっているのか、瞬時に判断できないまま数分の時間が過ぎ去った。
習慣というものは恐ろしいもので、いつも9時前に就寝するということはなく、それでいて目覚めるのは午前3時前後なのであります。これでは絶対的に睡眠時間は足りてないように思うのだか、一日のなかでちょこちょこと朝寝、昼寝、夕寝などを挟み込んでいるので全部を足し算すれば人並みの睡眠がとれていることになるのです。
それが夜の9時に眠りについて6時近くまで途中一度も目がさめることなく眠りこけていたことが今朝の目覚めの戸惑いにつながったわけであります。
週のはじめなのに、最初から生活のリズムが狂ったような状態で始まったこと自体に少しの不安を感じたのですが、それ以降朝寝をする必要も感じることもなく、おそらく昼寝、夕寝もしなくても済みそうであります。これが本来のまともな睡眠のあり方に違いないと良い方向に無理やり思うことにしての月曜日であります。

3月11日を中心にして東日本大震災の特別番組を中心にして見られるかぎり見続けました。日曜日の夕方頃まで見続けて精も根も尽き果てて、精神的にはボロボロな状態になってしまいました。この5年の間はマスコミの震災報道をたんに聞き流していたに過ぎませんし、決して自分のこととしては捉えてはおらず、やはりどこまでも他人事であったのです。
また、無意識にがっちりと組み合って受け止めるのが、心のどこかで懸命に拒否していたのかも知れません。
だからこの時期に毎年放映される3.11の特集的な番組は敢えて見ようとは思わなかったし、実際見てもいなかったのです。
テレビ局を始めとするマスコミはたんに視聴率や売上を稼ぐためであったら、その材料はなんでもいいのだし、それが同胞の不幸や悲しみであってもセンセーショナルに仕上げて流せばある程度の視聴率は稼げるぐらいしか考えていないのも確かなことですから。
あれから、5年も経ったのか5年しか経っていないのかはわかりませんが、その5年の間に私の身にも自業自得的な病が襲い、健康を失うことの悔しさと老いていく悲哀を存分に味わいました。そのことが自分の心境に一番大きく影響をしていることが容易に想像がつきます。
昨年までのひねくれた心は、いつしかどこかに雲散霧消しており、できるだけ被災者の言葉を、その記録を真摯に向きあって聞こうと心がけました。

あまり旨くはいえませんが、それがたまたま被災者にならずに済んで、この5年間なんの苦労もせずにぬくぬくと生きてきた私の努めだろうと思ったのです。せめて、せめてテレビに映し出される姿や証言の数々を黙って聴くべきだと。
それをやったからって、別に世の中が、日本が変わるわけではありませんが、見れば見るほど聞けば聞くほど、涙が溢れて出てきて、その重さに耐え切れなくなってしまいます。
冷暖房完備の暖かい部屋で、ふんぞり返ってテレビを見て泣かれても・・・・・・。そうは思いました。なんども思いましたが、今の私にできることせいぜいそのぐらいの事しかないのも確かなことであります。
そのような欺瞞に満ちた行為であって、最後はあまりにもその震災のもたらしたことの重さに、正直これ以上はもうたくさんだなと思っていたら、日曜日を境に手のひら返しのようにいつものバカ番組を垂れ流すようになっておりました。これでいいのかも知れない。なんとなくテレビ局の手のひら返しに安心している自分を見たりしたのです。

こんなフザケタ奴のフザケタ行為であっても耐えられなくなってしまうわけでありますから、簡単にマイナスからの出発だなんていいますけれども、出発ってなんなんでしょうか。勝手に出発なんて・・・・・。

2016年3月11日金曜日

「せやみ」の意味がわかった

母は郷里山形県村山市の小さな村で生まれ、そこで育ち、結婚し、そして今静かな老後を送っている。
そんな母の言葉はテレビやラジオの影響を多少受けてはいるが、生粋のズーズー弁である。私というバイリンガルな通訳を介しないと県外の人びとにはほとんど理解できないのである。もちろん私の家族も、ほとんど彼女のいわんとすることを理解できないでいる。だから各自曖昧な笑顔を浮かべて聞き流したりしているのであります。

私は高校を卒業してまもなく、石をもて村を追われた人間である。(ここはかなり嘘が入ってるけど流れからしてこのほうがしっくりくるのだ)その私が飛んで来る石を避けながら首をすくめて暮らしていたころ、母は私の怠惰な生活ぶりを指して「せやみだなー」と良く口にしていたことを思い出した。たぶん怠け者を指しての蔑みの言葉であろうぐらいのことは理解できたが、深くその意味を知ろうなどとは思わず、そのまま聞き流しており、郷里を背にして都会に逃れると同時にそのふるさともその言葉も恩讐の彼方に忘れ去っていったのでありました。

最近はやたらセンテンスが長くなっていることに気がつくが、ま、これでいいのだ。

さて時は一転して現代にワープする。病み上がりのリハビリのひとつとして、生活の中に家事労働を積極的に取り入れるようにして、もう半年ぐらいになるだろうか。そしてその家事労働をやり始めた頃ににわかに出現してきた言葉が「せやみ」である。
食器洗いを習慣づけようと奮闘している時に、もじどおりに背中がイタイのです。腰のちょっと上の左右の背筋が痛むのです。
机にしがみつくだけの生活をウン十年も続けてきた。その結果立っていることが不得意になってしまっているのです。
洗い物はたんに食器洗っただけでは終了しない。それをきれいに拭きとり、食器棚の所定の位置にきっちりと収納して終わるのです。ま、このあたりはどうでもいいのですが。
全部の食器を洗うまで立っていられないのであります。それこそ背が病んでしまって、洗剤で洗ったら一休み、全部をすすいで一休み、布巾で水滴を拭きとって一休み、食器棚に収めて、「ふーっ、ようやく終わった」とタバコに火を点けて本格的な休憩といった具合であります。

方言を馬鹿にしてはいけないな、それなりの意味があるのだなとこの時しみじみ感じ入ったわけであります。
最近はさすがに半年も続けてきた結果、食器洗いでのインターバルは少なくなってきました。ただまだ一挙にというわけにはいかないようであります。

2016年3月10日木曜日

まっこと裏切りの季節なのだ!

3月の陽気ほどあてにならないものはないですね。時に暖かくしておいて、いきなり後頭部を鈍器で殴りつけるような行為を平気でやります。
「いきなりなにすんだよ、コノヤロ!」なんて怒鳴りつけても「めんご、めんご、イタカッタ?ごめんね、ふふふ・・・」
奴はひとつも悪がってなんていないのさ、一度裏切った奴は何度でも裏切るのは古来からの真理であります。
そして間髪をいれずに、「また4月上旬の天気であります」なんていうことを気象予報士のお姉さんもしくはお兄さんの口を借りていわさしめるのでありました。
人びとの油断が絶頂に達したころをみはからって、三度、四度とくりかえすのは、半島や大陸の人びとと同じなのであります。孫子の兵法を「平気で嘘をつくことだ」なんて曲解して実行するのも同じ輩なのでありました。
あれ、話があらぬ方向にいきそうになりましたけれども、とにかくこの時期は裏切りの季節なのであります。

関東の春は年があけたあたりからはじまります。最初は梅の花がちらほら咲き出して、すこしずつその辺りの花々が咲き始め、桜の花が頂点になり、うかれはしゃぎまわった後も次々に花が咲いていきます。
そのてん雪国の春は遅い。じれったいくらいに遅い。その代わりに野山に雪がなくなった頃を見計らって、それこそ「満を持した」という言葉がぴったりとあてはまるように、桜だろうが梅だろうが、梨だろうが、桃だろうが、さくらんぼだろうが、それこそ一斉に花開き、ヨロコビを国土いっぱいに咲き誇るのであります。
このあたりのメリハリが好きなのであります。ただそのような光景を目にできたのは五十数年前のことなのが、悔やまれるところではありますけれども。

2016年3月8日火曜日

しだれる梅にしだれる桜・・・しだれる男なんていうのはいけませんね

6時ちょっと過ぎにシャッターをあけると、周囲は激しくけぶっていました。近くの日枝神社の木々も濃霧の中にうっすらと浮かび上がっており、幻想的な様相をていしておりました。
それでも3月のはじめとは思えないぐらいに暖かく、室温は20℃ちかくもありました。寒いよりは暖かいほうがずーっといいし、冬の間に縮こまっていた細胞がそれぞれニカニカと伸びをしていることを感じます。

しばらくの間ブログを休んでおりました。別に体調が悪かったこともないのですが、なんとなくこのまったく中味のない空疎でヘタクソな文章を晒し続けることがとてもつらくなってきたからに他なりません。
だからブログをサボっていたからといって、誰にも迷惑をかけるわけでもないし、本人の精神にいちじるしく異常をきたすなんてことはまったく無かったわけであります。
誰にもなんの影響を与えない、空疎なシロモノなのだから、別段なんの考えもなく書き散らしても誰かに「厳重注意をされる」なんてこともないわけでありますから、再び空疎な言葉を垂れ流していくことにしました。

いささか時を悦してしまった感がないわけはないのですが、買い物途中でみるしだれ梅というものがあります。だいぶ白い花は落ちてしまっていますが、まだまだなんとかの深情けよろしく咲き続けております。
もうすこししますと「しだれ桜」なんていうのが登場してきますね。ここ市川では真間山弘法寺の境内に、その存在感をどーんと現して咲き誇るのが「伏姫桜」という銘木であります。しだれ桜とはいいますが、かなりの大木でありますから、それこそ姥桜と呼んでも失礼にあたらないぐらいのお年を召しているようであります。
どうも「しだれる」なんていうのは女の人に似合うのであって、しだれる男なんてのはいけません、やはり男というものは、時としてしだれたくなるのではありますが、そこでしだれてはいけません。男にはやはり直立不動というものが似合っているものなのであります。