2015年4月16日木曜日

体内時計が完全に狂っている午前1時前

本日も朝の1時近くに起きだしてしまいました。これじゃあ、昼間に眠くなるのは当たり前のことであります。どうもこの習慣から抜け出せなくなってしまっています。ま、通勤しているわけではないのでこれといって支障はないのですけれども。
ただこれで車中泊の旅に出たりすると困ってしまうのです。周囲が寝静まっているのに、ひとりごそごそと起きだしてきて、暗い中にパソコンなんかをいじっているわけですから、ちょっとなぁと思わんでもないです。
最近特に思うのは時間の使い方がへただなということであります。何にそんなに時間が取られているのか自分でもわからないのであります。録画しているテレビ番組も見る機会もなくてどんどんと溜まる一方であります。もう、ハードディスク残り15%なんていう表示が出ています。
それに、これは読まなくてはと購入してある電子書籍は、これもひとつも消化されずに蓄積されていう一方であります。
また、締め切りのある仕事が2つほどあるのですが、やりはじめればなんてことないのでしょうけれども、まだ日にちはあるからと一日延ばしで、まったくやる気がありません。いくら仕事とはいえども面白くもなんともないものはやる気が起きないものであります。今頃になって受けなければ良かったなんて心底思っているのですからたちが悪いです。ま、次回からはできるだけ逃げまわることにしたいと考えているのです。
サラリーマンだったら、まったく使い物にならない問題社員であることは間違いないですよ。おそらく1ヶ月もしないうちにリストラの対象になることは間違いないですね。それか若いできる社員にパワハラいじめを受けることは必須ですね。わかっていますよそんなことは。
ふふふ、でもね、私はサラリーマンじゃないからね。だから首にもならないんだよね。そのことに今さらながら気がついてほっとしているってのも、たんなるバカな証だね。

でも現実的には、今日あたりからそろそろ本気にならないと非難轟々雨嵐になりかねないからね。嗚呼やだな。どれファイルだけでも開いてみるか、のんびりとブログなんか書いている場合ではないのかもね。しかし、気持ちが向っていかないのには閉口してしまいます。

2015年4月15日水曜日

我ら糖尿人、元気なのには理由(ワケ)がある。 ――現代病を治す糖質制限食

私が、糖質制限食に出会った一番最初の書籍が我ら糖尿人、元気なのには理由(ワケ)がある。 ――現代病を治す糖質制限食というものです。これは友人のIさんが「ぽーさんこんな本が出ているよ」とメールで紹介して下さったものであります。
10日間の入院とそれ以降の通院外来でその治療法に疑問が生じていた時期でありましたから、すぐに購入してむさぼるように読み、なんの疑義を差し挟むことなく即座に実行していったのであります。
作家宮本輝さんと病院長の江部康二さんの対談の形をとっています。この本は直接私を糖尿病地獄から救い出してくれたのであります。
あのまま、糖尿病専門医のいうことを聞いていたら、今の私はいなかったと強く思っています。おそらく必死に努力は続けていたでしょうけれども、病状は次第に悪化して、腎臓透析をしなければいけないぐらいまで追い詰められていたのではないかと思うとぞっとしてしまいます。
基本的に私の主治医は、大量のインスリンを渡しただけで何もしなかったのです。これほど儲かる商売はないと思います。だから、その病院を逃げ出すことを考え、いろいろ調べたのですが私の住む関東には見つからなかったのです。江部さんの病院は京都にある高雄病院であります。2ヶ月に一度ぐらいであれば通院するのも面白いかもと思わんでもなかったのでありますが、そこまで実行するにはいたりませんでした。
高度な検査をして、入院までして保険も含めればかなりの医療費を支払っても一向に回復するどころか徐々に悪化して現在の糖尿病治療にあの悪名たかい「原発ムラ」と同じ体質をこの「医療ムラ」に感じてしまいました。
私が購入したのはKindle版ですから、たった700円で救われたわけであります。こんなことってあるんですね。心の底から感謝せざる得ません。

我ら糖尿人、元気なのには理由(ワケ)がある。 ――現代病を治す糖質制限食 目次

  • はじめに
    • 身をもって体験した厳然たる事実  宮本輝
  • 第一章 糖尿病が教えてくれた、糖質制限食の絶大な効果
    • ちょっとしたコツで糖尿病が劇的に改善
    • 主治医との奇しき縁
    • 主治医も驚く糖質制限食の効果
    • 玄米食でも抑えられなかった発病
    • 常識を覆す食事療法に行き着いた経緯
    • 糖質制限食を始めた影響
    • 持続的なスタミナがつく
    • 糖質制限食のダイエット効果
    • 続けることの難しさ
    • 食事療法は実際の生活に合わせて
    • コラム(1)危険な「グルコース・スパイク」
    • コラム(2)初期の糖尿病は健康診断で見つからない
  • 第二章 糖質制限することの重要性
    • 勘だけで主食を断って病気を治した人
    • インスリンと肥満の深い関係
    • 子供の糖尿病と現代の食生活
    • 人体機能に合っていない現代型食生活
    • 糖質制限食でインスリン注射の量を減らす
    • 高血糖がもたらす細菌感染
    • 高血糖が引き起こした「痔瘻物語」
    • 弱い酒だから良いという間違い
    • ケトン体のことは医者の多くがよく知らない
    • 生理的なケトン体上昇は問題ない
    • 一二種類あるグルットの違い
    • 糖質なしで生きていける
  • 第三章 現代医療の深刻な問題点
    • 良い治療法を健康保険制度が認めない
    • 小泉改革で医療が崩壊
    • 普及を阻む「常識の壁」
    • 事実を直視しない専門医
    • トータルで見ることの大切さ
  • 第四章 現代の食生活が及ぼす心への影響
    • 食の現代化が統合失調症をひどくする
    • 添加物を食べるから遺体が腐らない?
    • 天然塩の禁止と病気の増加
    • グルコース・スパイクと精神の不安定
    • 3999万年VS.1万年---インスリンに代わる機能はない
    • コラム(3)「天才と分裂病の進化論」が示す現代食の危険
  • 第五章 糖質制限食の可能性
    • 糖質制限食でがんの進行が止まった
    • 糖質制限食でがんを予防できる可能性
    • 高血糖が血流を悪くしてアトピーを悪化させる
    • 皮膚病にも効く
    • カロリー制限食では糖尿病は減らない
    • アルツハイマーにも効果がある
    • 血流が良くなり、病が治るケースが増える
    • 自然治癒力を高める糖質制限食
  • 付記 糖質制限食の考え方とやり方
    • 制限のゆるやかな治療食
    • 明確になったカロリー制限食の限界
    • 食後高血糖血をもたらすのは糖質だけ
    • 薬剤に頼らず、膵臓を休ませる
    • 糖質制限食で避けるべき食品
    • 糖質制限食のやり方
  • 食べてよい食品、避けるべき食品一覧
  • 食品糖質量
  • ♦注一覧
  • あとがき

読者のタケチャンからコメントをいただきました。

タケチャン さんが投稿「糖尿病から逃れるには糖質制限食しかありません。今のところ」にコメントを書き込みました。 
このブログのコメント欄は目立たないのでそのまま見過ごされてしまう可能性がありますので、そのままここに掲載しておくことにします。タケチャン さんありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。


松村様
いつも記事を拝見させて頂いております。
私も、糖尿病の改善についてブログに書きましたが、現在、糖質制限のみで血糖値やHbA1cは、正常値を維持しています。
一年半前、手術の必要からそれまでほったらかしだった糖尿病を先に改善する必要があり、いきなりインシュリン注射と、食事改善から入りました。3週間インシュリンを打った後、手術前にストップ。それ以降、様子を見て薬を処方と言われましたがインシュリンも、経口薬物も一切なし。手術も胸を開いたので骨折同様のため必ず痛くなるから我慢するなと言われたのですが、退院前に痛み止めは止めて現在まで痛くも痒くもありませんで、手術もまるで他人事でした。
医師からの食事指導もなし。入院前の看護師からの従来の食事指導だけでしたので、各種参考書を見て炭水化物制限をし、現在にいたります。コレステロールがちょっと高め、と言うことで、3ヶ月にいっぺん検査はしていますが、心配したり薬が必要になるような値ではありません。いつも、「お、いいね!」で診察は終わりです。
糖質制限も、時に、弁当や、おやつで、糖質や甘いものも食べますが、本当にたまーにです。完璧ではありませんが気楽にやってます。毎食、生野菜サラダに卵を混ぜて先ず食べることは徹底しています。
インシュリンは残っていますが不使用、血糖値は、保険適用外なので、自前で、針と試薬は調達、様子を見るために時々測定はしています。一回分120円ほどです。
周囲の糖尿病や予備群の人たちにも話しているのですが、素人の言うことはなかなか聞きいれません。薬が無いと治らないと信じている人が多すぎます。
調子が良いと気が緩むのは人の常、ついつい食べ過ぎて、体重はなかなか減りませんが、BMIもやや多め(26~29.9)のぽっちゃり型の方が長生きという統計もありますのであまり気にしていません。
私の場合、周囲の人と比較して本当に上手くいきました。いわゆる成人病と言われる症状はほぼ全部改善してしまったのです。
長々と失礼いたしました。
今後も参考にさせて頂きます。 

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コレステロールが高めとありますが、糖質制限食を続けますとコレステロールは高くなりますが。まったく気にする必要はないそうです。それに最近の話ですがアメリカの2つの医療団体がコレステロール悪玉説を全否定する声明を出したようです。今その記事を探したのですが見つけることができませんでした。見つけ次第アップしておきたいと思います。
こんな事がたちどころに調査できるというのはネット時代だからですね。一昔前でありましたら、いくら間違っていても医者のいうことをそのまま信用するしかなかったのですから。

糖尿病から逃れるには糖質制限食しかありません。今のところ

自分がこれまで糖尿病であったことを公表するのに躊躇ってきたのですが、昨日思い切って書いてしまいました。おかげで気持ちはすっきりとしています。これからは糖尿病で苦しむ人たちのために何か少しでも助けになればと思い自分の経験をここにできるだけ詳細に書いていく決意をしています。
何度もいいますが、高価な健康食品を売りつけようとか、特別な薬を勧めようとか、アヤシイ宗教の勧誘でもありません。単に糖質を制限しなさいということを繰り返ししつこく云っている他ありません。
炭水化物の80%は糖質です、20%は繊維質です。ですから糖質を制限するということは炭水化物を制限するということです。炭水化物を制限するということは主食を食べないということです。

実に単純で簡単な方法です。特筆すべきは酒は呑んでもいいです。ただし醸造酒は決して口にしてはいけません。日本酒・ワイン・紹興酒(老酒)の類は呑んではいけません。そうそうビールなんてものは最悪であります。最近は発泡酒で糖質0なんていうものが出てきていますので、どうしてもビールが飲みたかったらそちらを呑むようにしましょう。私はもっぱら焼酎の水割りを呑んでいます。私のブログが少しでも役にたったと思った方は焼酎の贈り物なんてのはヨロコンデ受け付けていますのでよろしくお願いいたします。

酒を呑んでもいいというのは特別な意味があります。酒にだってカロリーがあります。しかも結構な量のカロリーがあります。そんなカロリーなんか無視しなさいということを云っているのです。カロリー制限食なんてのは、何の効果ももたらさないし、空腹というストレスだけが蓄積してしまい簡単に挫折してしまいます。
とにかく糖分(炭水化物)だけを摂らなければ腹いっぱい食べていいのです。
そう云われても何を主に食べればいいのかわからないという方が大半だと思います。後で詳しく調べてアップしますが、MEC食事法という本を上梓したお医者さんがいます。
炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学 (光文社新書)に書かれていたことだと思うのですが、自分の記憶には結構アヤシイものがあります。

そのMEC食事法というのは、Meet肉・Eggたまご・Cheeseチーズの3種類で人間に必要な栄養素すべてを賄えるというものであります。基本的にこの3つを食べておけばいいという話であります。
確かこの本に書いてあったと思うのですが、後で調べてみます。間違っていたら後に訂正します。これまで、あまりにたくさんの文献を読んで、そのまま放置してあるのであやふやになってしまっています。ごめんなさい。

やはり私の記憶違いでありましたMEC食事法について書かれていた書籍は日本人だからこそ「ご飯」を食べるな 肉・卵・チーズが健康長寿をつくる (講談社+α新書)というものでありました。お詫びして訂正しておきたいと思います。後にこれらの参考文献のすべてをアップしておきたいと思います。

糖尿病外来からもうこなくていいと云われた記念スべき日

受付番号「229」が私の糖尿病外来受診の最後の記念スべき番号であります。2015年4月13日であります。
「かなり改善されていますね。血糖値も普通の人と同等になっていますし、HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)の値もかなり低くなっています。」
「ああ、そうですか」
「そろそろ、インスリンを止めてみましょうか」
「先生、実は黙っていて申し訳なかったのですが、もう4ヶ月ほど前からインスリンを打つのはやめていたのですが・・・・・・」
よほど驚いたのでしょう、しばらく沈黙の時間が過ぎました。2ヶ月ほどまえの受診でも次回の検診の様子をみてインスリン注射をやめましょうという話はあったのです。

「そうですか、それが本当ならもう何も治療する必要がありません。」
「え、???」
「すべて正常値になっています。今日から血糖値も測る必要はありません」
「????????!」
「通院もしなくていいですよ。まだ血糖値を測るものが残っているはずですから、趣味で測定するのは構いませんよ。(笑)ご苦労様でした。今日の処方箋はありません。」
「ただ、コレステロールの値がちょっと高いようですけれども」
「先生、コレステロールなんて悪玉だろうが善玉だろうがまったく気にしていませんので・・・・・」
前回もコレステロールを下げる薬を処方されたのですが、薬局から戻ってすぐに捨てました。別に医者と喧嘩をする気もなかったので事を荒立てることを避けたのです。

先生が云うように趣味で血糖値を測るなんて気はまったく無いです。これまで、一日一回食事をする前に空腹時の血糖値を測って手帳に記帳しなければならなかったのです。それを私は多い時は一日五回ほど測りました。糖質制限食を始めた頃は何を食べれば血糖値が上がるのかを自分の体を使って試してみる必要があったのです。それに一番怖いのは低血糖になった場合のことであります。
だから空腹時だけでなくて、食後2時間以内の食後血糖値とか酒をじゃんじゃん飲んだ後だとか、1食抜いた超空腹時だとかの血糖値を事細かに調査し続けたのです。検診時に提出する手帳にはかなり綿密な血糖値が記載されていたので、先生は嫌味のつもりで、趣味で血糖値を測っても構いませんよといったのだと思います。私にすれば真剣でありました。だって主治医の云うことと真逆のことを秘密裏に行なっていたわけでありますから。

血糖値を測るには、指に針をさして血を出さなければいけません。それほどの痛みがあるわけではないのですが、結構これは負担になってしまいます。最低でも一日三回ほどを最近まで続けてきたのです。まずこの煩わしさから解放されただけで天国であります。これを散々やり続けたおかげでどの食べ物を食べたら危ないかということを徹底的に知ることができました。これは私の財産だと思っています。

インスリン注射はほとんど痛みはありません。でも、食事の前に必ず打たなければならないのは結構負担になります。時には忘れたりしたこともありました。一番大変なのは外食する時であります。まさか、店のテーブルに座って腹を出して打つわけにもいきませんからね。絶対にアブナイ人に見られてしまいます。

先生にはこの四ヶ月ほどインスリンは打っていませんといいましたが、それは嘘です。どうしても寿司が食べたくて余っているインスリンばんばん打って食べに行ったことが2回で、日本蕎麦が食べたく食べたくて我慢できない時も一度打ちましたし、ラーメンを食べに行った時もじゃじゃん打って腹いっぱい涙を流しながら食べたのです。だから四ヶ月の間四回はインスリンを打っていたのでありました。
決して炭水化物が嫌いなわけではありません。むしろ炭水化物中毒だったわけであります。だからこそ糖尿病などという忌まわしい病に冒されることになったわけでありますから。まだ山ほどインスリンは残っていますから、どうしても炭水化物が食べたくて我慢できないという状態になったら、また実行すると思います。あまり無理して我慢するのは心身に良くありませんからね。

2015年4月14日火曜日

私が糖尿病地獄から生還した奇跡の男です。

昨年のちょうど今頃、体を壊して10日以上の入院生活そして退院当初は1ヶ月に一度、そして2ヶ月に一度ぐらいの割合で通院することを余儀なくされていたのだけれども、昨日の検診では、もうこなくていいですよと宣告されてしまいました。

これには正直自分でも驚きました。もう一生病院とは縁が切れない体だと覚悟をしていたのです。それが、まったく通院しなくていいと云われたのですから驚天動地、欣喜雀躍、雨あられであります。
あまり、自分の病名を公表するのは好きではないので躊躇われるのですが、もし、この対応の方法をせめて一年半まえに知っていれば、ここまで自分の体をぼろぼろにすることはなかったと正直思っています。
だから、そんな私と同じ病気の人々のために少しずつ書いていこうと決意しました。
まだ、躊躇していますが、私の病名は「糖尿病」であります。
当時はインスリンを日に6単位を3回打っていました。その他に朝に4単位遅効性のインスリンを打ち続けました。相当重症だったのです。それはそうです、糖尿病が原因で合併症である緑内障になり、左目はまったく見えなくなってしまったのですから。

それが昨日、今後一切インスリンの投与および投薬をすることもないし、血糖値の測定をすることもないし、通院することもないと云われたのです。
これは自分でも信じられないできごとでありました。自分の周りで糖尿病になって、病院と縁が切れたなんて人を誰一人知らなかったから、もう一生インスリンを打ち続けなければならないものだと覚悟していたのです。これから追々と私の治療法を公表していくことにします。なにせ自分を実験材料にして治療してきたのですから、かなり確実なものであります。

治療法なんていいますが、実に簡単な方法だし、誰にでもできる方法です。
それは糖質制限食の実行だけであります。たったそれだけのことです。別に高価な健康食品を購入しろとか、特別な薬を服用しろとかといった類の詐欺めいた話ではありません。強いて云えば少しだけ食費がかかるぐらいの事であります。
その間、酒はばんばん呑んでいましたし、いつも満足するぐらいに食事も摂っていましたから。昨日も祝杯をあげたのですが、ちいと呑み過ぎたようで二日酔いのていたらくであります。こんな調子の治療法ですから、ストレスも少なくて済みましたよ。極端にストレスが溜まるような治療法は絶対にダメです。続けられるわけがありませんから。

もういちどここに書いておきます。「糖分を摂取しない」たったこれだけの話でありました。なんとも単純で拍子抜けするような方法であったのです。これをせめて1年半前に知っていればこれほど苦しむこともなかったのにと思います。糖尿病の方もその予備軍の方もこの方法はすぐに実行できますから、やってみてください。詳細はまたここに書いていきます。

2015年4月13日月曜日

人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫) 目次


この人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)は、現在自分が実践している「炭水化物0食事」の理論的背景を研究している最中に偶然に出会った書籍であります。
以前にも紹介しましたが、日本の近現代史も調べている時にいきなり、飛躍してしまい、唐突に縄文時代以前まで遡ることになってしまったという、自分としても少々範囲を広げ過ぎの困った状態に追い込まれる元になった書籍でもあります。
もろろん、この書籍に出会う前の伏線となった書籍も数冊あるのですが、それらも少しずつ紹介していこうと考えています。と、いうのもただ読んだだけでその感想が「ああ、面白かった」だけでは、あまりにもナサケナイような気がしまして、もっともっと理解を深めて味わわないと著者にも失礼にあたるような気がしてならないのであります。
一冊の書籍を著すのにどれほどの資料を集めて分析し、思考を構築するという作業を繰り返していることかを想像するによもやおろそかにしてはならないような気がしてならなくなってきたわけであります。
実際、こんな愚にもつかない、拙いブログひとつを書くにしても、毎日四苦八苦七転八倒している私としては強く思ってしまうわけであります。
そこで思いついたのは、できるだけメモを取りながら、その都度丁寧に調査してゆっくりと読み進めていくというスタイルを確立することにしました。もちろんそれは自分のためだけの作業であります。それぐらいしないと、とてもこのスカスカ頭には入って行かないのであります。
その試みのひとつとして、まずは目次だけでも自分で書き出して、全体を把握しようと考えたわけであります。どうせ書きだしたものだからコピーして張り付けてしまえばブログにも掲載できるし、中には参考になったと思う人が出てくるとも限らないと思ったわけであります。以下の目次はあくまでも私自身のためのメモ書きのひとつであります。

人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)目次
  • 学術文庫版まえがき
  • まえがき(原本)
  • 第一章 定住革命
    1. 遊動の意味
    2. 定住生活の条件
    3. 定住の動機
    4. 定住化の環境要因
  • 第二章 遊動と定住の人類史
    1. 狩猟技術の発達
    2. 温帯森林の拡大と定住
    3. 定住民優越主義の誤り
    4. 移動する理由
  • 第三章 狩猟民の人類史
    1. 人類サバンナ起源説の検討
    2. 熱帯の狩猟採集民
    3. 文明以前の人類史の枠組
    4. 中緯度に進出した人類の戦略
  • 第四章 中緯度森林帯の定住民
    1. 農耕以前の定住者
    2. 生活様式の分類
  • 第五章 歴史生態人類学の考え方---ヒトと植物の関係
    1. 焼物産業とアカマツ
    2. 行動と環境
    3. 農耕の出現
  • 第六章 鳥浜村の四季
    1. 湖のほとりに村を作る
    2. 照葉樹の森の中に開けた空間
    3. 鳥浜村の生活カレンダー
    4. 男の仕事と女の仕事
    5. 自然のリズムと一体の生活
    6. 今日につながる縄文時代の食事文化
  • 第七章 「ゴミ」が語る縄文の生活
    1. 先史時代は裏口から
    2. 縄文のイメージ
    3. イメージから分析
    4. 生活の変化
    5. 人間と植物
    6. 採集から栽培へ
    7. 渡来から自生へ
  • 第八章 縄文時代の人間 植物関係---植物生産の出現過程
    1. 向笠における人間-植物関係
    2. 人間-植物関係の空間的構造
    3. 縄文時代のクリ、クルミ
    4. 人里植物の集中と経済的効果
    5. 豊かな環境における栽培の伝統
    6. 中部山地における「農耕化」
    7. 新石器時代の人間-植物関係
  • 第九章 手型動物の頂点に立つ人類
    1. 手と口
    2. 脊柱動物の進化
    3. 視線の回転
    4. 霊長類の手型化
    5. 二足歩行と視線
    6. ホミニゼーションの背景
  • 第十章 家族・分配・言語の出現
    1. 危険な社会
    2. 争いのテーマ
    3. 分配と家族
    4. 言語
  • あとがき(原文)


「俺、本だけ読めればいいもんね、他に何にもいらないもんね」

ダメだ!もうほどんど病気だ。実際本物の病気で昨年10日以上入院したのだけれども、それとは別の病気が発症してしまった。それは電子書籍買いなのであります。いつ、そんなに読める時間があるのかとも思わんでもないのだが、ついつい購入のボタンを押してしまう。紙の本なら「積ん読」という言葉もあるのだろうけれども電子書籍の場合はなんていえばいいのだろうか。
もう、パソコンを立ち上げて購入履歴の一覧をみないと自分でもわからない状態になっています。困ったもんであります。
いつの頃だっただろうか、Windowsパソコンても購入した書籍を読めるようになり、ノートパソコンとディスクトップの2台にアプリをインストールして、同時に読めるようにしてあります。また最初に購入したKindleは妻に取られてしまったので、最近さらに1台追加購入しました。iPhoneでもiPadでも読めるようなのですが、タブレットはまだ持っておらず、iPhoneでは文字が小さすぎて読む気にならないのでやめています。
電子書籍というマイブームはしばらく続きそうであります。これほどドツボにはまったことは近年になく、購入のクリックボタンを押す時は、「俺、本だけ読めればいいもんね、他に何にもいらないもんね」と思ってしまいます。それは、その時だけのことでことで、やっぱり他の欲しいものが出てくると、ちょっとだけ贅沢してもいいんじゃないなんていうとんでもないいいわけをしながら購入するバカでありました。

2015年4月12日日曜日

散歩のついてに県会議員選挙に行ってきました。

久しぶりに春らしい暖かで穏やかな天気でありました。午後からのんびりと妻とふたりで県会議員選挙の投票にいきました。いつもの事ですが、立候補者もわからず、当然誰に投票するかも決めていないので、近所のポスターを見て決める始末です。これじゃあ投票率も低くなるのは理解できますね。私達でさえ、投票にいこうかどうしようか迷ってしまいましたから。

投票を終えてそのまま帰宅するのも勿体無いような天気だったので、そのまま二人でぶらりぶらりと散歩であります。もうハナミズキの花も咲いていました。木蓮の花も満開であります。

鮮やかに目に飛び込んでくるのは群生する菜の花です。たぶん観賞用だろうなと思う。群生しているとはいいながらも油を絞るには少なすぎると思うのです。おひたしにして食するには育ち過ぎていますしね。
はたして菜種油を絞る機械というのは売っているものなのだろうかなどという疑問が頭をかすめる。そういえば菜の花の実というものを手にとって観たことがないことを思い浮かべた。大量の菜の花の実を収穫するというのも、手作業ではそれなりに大変な労働だろうし、刈り取ったからといってすぐに絞れるのだろうかなどという疑問が次から次へと湧いてきてしまった。

その他に目についたのはチューリップでありますが、結構美しくて感動してしまった。チューリップの球根は食べることができるだろうかなどとまたまら菜の花の延長のような疑問が湧いてきてしまった。
その昔(詳しい年代は忘れた)オランダではチューリップバブルというものがあって、ヨーロッパ全土から凄まじい投機資金が集まり、はじけたという話をどこかで聞いたようなような気がする。
なにもこんなことは考えずに、単に花々を美しいなと感動して鑑賞しておけばいいのにね。

2015年4月11日土曜日

終わらざる夏 上 (集英社文庫) 浅田次郎

ここ一週間ほどは完全に昼夜逆転したままに暮らしているので、今頃(昼12時)からが結構つらい時間になってしまいます。
ま、そのうちになにかのきっかけで世間並みの生活に戻るでしょうから、別段気にもしていないのだけれども。それに桜が散ってからはウジウジとした天気も続いているので、いっそのこと夜の闇のなかに溶けこむようにひっそりと生きているのも悪くはないものであります。


終わらざる夏 上 (集英社文庫)
久しぶりの浅田次郎作品であります。Kindleの本日のおすすめ本で目にしてちょっとだけ迷ったのでありますが、その値段をみたら199円でありましたので思わずクリックしてしまいました。
ところがです、これは上中下と3巻セットでありました。中下はそれぞれ545円ほどするのでありました。なんとAmazonはエグい商売をするのでしょうか。おそらく他の2冊はいくら待ったって決して199円では販売しないことでしょう。
どうしてくれんのよ、このペースで読み進めばおそらく今日一日で読みきってしまいますよ。そしたら、絶対に続きだって読みたくなるじゃないですか。もっとも娯楽としての小説ばかしを読みふけっているわけにはいかないのですが、それにしたって時間の問題ですからね。うーん、なんだか旨くやられたなという感じですね。

最近はプログラムのマニュアル本や、医療関係や歴史本が続いていたので、たまには毛色が違っていて、面白いです。
もともと浅田次郎は好きな作家ですから最初から彼の世界に引き釣りこまれてしまいました。ただ彼の場合は時々禁じ手を使いますから要注意だと思います。
それは天国だとか、あの世だとかいきなり現実でない世界を引っ張りだしてきたりしますからね。それでも、ま、いいかと思って許してしまうのでありました。

「次郎さんはズルいな。それでも面白いから許してしまうもんね」といつも独り負けてしまうのでありました。



2015年4月10日金曜日

人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)

時々昼夜が逆転してしまう時期があります。もともと朝型人間なので、普段でも朝の2時3時に起きだすなんてことは普通なのですが、その起きる時間がちょっとずれてしまって日付が変わる前に起きだしてしまうと、完全に昼夜逆転してしまいます。
どちらかというと、そのほうが何でも順調に進むような気もするのですが、実際はどうなんでしょうか。ただ昼間よりは数倍も集中力がでるような気がしますが、これも単なる錯覚かも知れません。たんに自分で思い込んでいるだけなのかも知れません。

歴史に興味があるということを以前に書いた覚えがあります。それで嫌中本や嫌韓本等を読んでいるうちに、近代の日本史ってのを本当はほとんど知らないで生きてきたことを知りました。まずはそのあたりを知りたいと思って、明治維新以降の歴史を中心に読み進めていたのですが、突然昔読んだ、徳川家康(13) 侘茶の巻 (山岡荘八歴史文庫)を読み始めたのです。明治維新も偉大な革命ではあったのですが、その前の江戸時代というものにも興味がでてきたのであります。うーんこのあたりから日本の近現代史からちょっとだけ離れていったのです。
そして昨日購入したのが、人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)という、なんと人類が狩猟採取生活から定住するまでの学術論文であります。
しかし、いくら歴史に興味があるといっても、なんでこんなにも昔(1万年から1万2000年ほど前)まで遡らなければならないのかと思わんでもないですが、もともと放浪癖のある私には人類が定住生活に至るまでの課程に興味があって仕方がないのであります。
基本的にノマド的な生活に憧れる自分というのは原始世界の心の風景を色濃く持っているのではないかと思われます。
うーん、この調子だといつ日本の近現代史まで戻ってこられるのかはわからなくなってきました。
ね、ね、バカでしょ。

2015年4月9日木曜日

すべての出版物が電子書籍化される日を願っています。

今朝もかなり寒いらしいのですが、どうやら、ようやく晴れ間がみえる天気になりそうですね。久しぶりの洗濯日和になるかも知れませんね。
ちょっとでも寒かったり、雨模様であったら、にこにこして散歩はやらないことにしています。ということで、ここのところの空模様でだいぶ歩いていないことになります。なあにそのうちに暖かくて晴れる日々が必ずきますから、焦らずに待つことにしているのです。

朝一番にAmazonの電子書籍であるKindleの本日のおすすめ本をチェックをするのが癖になってしまっているのですが、最近は自分の分野の書籍でないのが掲示されていると、ホッとしてしまいます。
どうもここのところ書籍を購入しすぎてしまったので、とても通常のペースでは読みきれない量になってしまっています。これはほとんど病気ですね。いつか、旅にでもでてじっくりと読書三昧をやろうとは思っているのですが、それでもたぶん追いつかないような気がします。
それでも、読みたい本が次から次へと出てくるものですから、どうしようもないですね。ただ救われるのは紙の本と違って場所を取らないということであります。何年かかかってようやく本棚にホコリをかぶっていた大量の書籍類を大処分したのに、それでも自然とまた溜まってきていたのです。これはこれで結構プレッシャーになるもので、電子書籍は普段まったく目につかないし、かさ張らないし、重くもありません。私にとっては素晴らしい媒体であります。
ただ問題はすべてが電子書籍化されているわけではないので、あ、これ読んでみたいなと思った本でも紙でしか出版されていなかったりします。私の感じではこの問題もおそらく2,3年後には解消されているような気がします。と、いうかそうなることを心から願っているのでありますけど。

2015年4月8日水曜日

結論からいえば、根気と集中力に欠けるということでは

またしても、ブログをさぼりがちになってしまいました。別段書けない大きな理由などはないのですけれども、今日こそは書こう、ちょっと手が空いたから書くなら今だ!なんて思いながらも気がついてみると一日があっさりと過ぎていることが多いのです。

もっとも最近は体調が少しだけいいので、調子にのって勉強する範囲を広げすぎて、持て余し気味であることも確かなのであります。
そのひとつひとつはその場の思いつきでやり始めているわけでありますけれども、そのなかの何ひとつとして、片手間で覚えられるものはなくて、根底に自分はなんでもできるのだという変な誤解がどこかにあるらしく、その割には成果がひとつもあがらず勝手に苛ついているというものはあります。若い時だったら無鉄砲な力で押し進むという手もあったのですが、年を取ってしまうとそれもままならず、途方にくれるなんてことになってしまいます。ナロメー
現在どんなものに手を出しているのかということを公開したいのですが、それをあからさまにすると、あまりにも無謀でアホな自分を晒すことになってしまいますので、口は固く閉ざしておくことにしました。

ただ、あれこれとダボハゼのごとくに手を出し始めたというのは、そのぶんだけ元気になってきた証拠なのではないかと、その成果には目をつぶって満足することにしております。

2015年4月5日日曜日

春は命の芽生えでもあるけれど

夕べの晩酌の酒がまだ少し残っているようで、すぐに仕事に入る気がしなかった。テレビのスイッチを入れてぼーっとしていたら、どこのチャンネルを回しても、みるべきものも見当たらず、VTRはどうだろうと切り替えてみたが、最近は録画する番組もぐんと減らしてあったから、ここにもみるべきものが見当たらなかった。うーん
見るべきものがないのに、テレビにへばりついているのは、かなり虚しいもので、仕方なくスイッチを切ってしまった。時計をみるとちょうど丑三つ時でありました。

昨年から今年にかけて、私のおじさん、おあさん関係がたてつづけに逝ってしまった。そのたびに自分の記憶のなかの懐かしく親しい顔ぶれが大きく欠落していく感じがして、悲しかったし、その喪失感も大きかった。
考えてみれば当然のことなんだが、自分が齢(よわい)を重ねるにしたがって、自分と関係した人々も伴に老いていくという現実を今さらながらに思い知らされます。

私は昔からおじさん、おばさんを相手に話をするのが好きで、おかげで親族のなかで自分達のルーツに一番詳しいのではないかと思われます。
特に3年ほど前に94歳で亡くなったヨシエさんとは、郷里に帰れば、時間を忘れて話を聞いたものであります。悪いことに実家の手前に彼女の自宅があり、ちょっとのつもりで、立ち寄ってそのまま夕食まで馳走になってしまい、「泊まっていけよ」とヨシエさんはいうのだが、実家までは歩いても5分ほどの距離なのでありました。

そういう相手がぽつりぽつりと姿を消していくのは、必然だとは理解しているけども、やはりそこはかとない寂寥感に襲われてしまいます。
ただ、私も旅立てば、向こうの世界には懐かしく優しい人々が笑顔で待っていてくれると思うと、なんとなく心がやすらぐ気がします。


2015年4月4日土曜日

桜前線異常なし

日一日と夜の明ける時間がはやくなってきています。それにともなって私の散歩も早い時間にシフトしていきます。
外にでると、黒いアスファルトの道路に白い花びらがびっしりと敷き詰められていました。夕べの風にのって、桜の花びらが舞い散ったのでしょう。しばらく歩いていると、どこにも桜の木はみあたらないのに、空を花びらがしきりに舞って、ひらひらと落下してきました。
いつもの公園の桜はすでに散ってしまったのだろうかと、気になって行ってみると、まだまだ誇らしげにたくさんの花々とつけていました。

それでも桜前線は北に向って北進中であります。もう桜前線を追いかけるほどの若さを失って久しい私は、以前に追いかけ続けた頃の風景を思い浮かべています。
北の果てまで追いかけて、さすがに飽きたころに急に里ごころがついて、一目散に自宅に帰り着いたら、そこは若葉の頃で、季節は一目散に夏を目指していました。

まだ朝もやが立ち込める公園の桜をながめて、たばこをくゆらせた。公園の立木や灌木を自然とはいわないが、今の私が自然に浸れたような気になる唯一の場所であります。
ワン公は動きそうのない様子にあきらめたのか、ベンチの裏側に隠れて這いつくばっている。また明日もきてみようかと・・・・・・。

2015年4月2日木曜日

180円の極細サインペンにシアワセを感じました

「おやじ、買い物に行くけど・・・・」と次男が声をかけてきた。ここ数日散歩もサボっているから、ほとんど外にでていないので、ワンワンと2度返事をしてしまった。おまえは、ソフトバンクの犬おとうさんか。
まずは本屋に行くというので、「おおお、何年ぶりの本屋さんだろうと懐かしく思い」またワンワンと2度返事をしてしまった。
じっくりと書棚を見て回ったが、欲しいなと思われる本は1冊もありませんでした。この書店は私にとっての本屋さんではないんだなと思った。厳密な意味でいえば書籍ではないのだろうけれども、最近は毎日のように電子書籍を購入している。今のところ紙の本とたいして値段は変わらないが、どっちを選ぶと云われたら迷わず電子書籍を選んでしまいます。
そんなもんで、すぐに諦めて文房具売場に向った。ここ数日手書きで文字を書くことを楽しんでいるので、なんか目新しい筆記用具が欲しかったのであります。別にこれが欲しいというものがあるわけではないのです。ただいろんな筆記用具を試してみたいだけなのであります。180円で極細のサインペンのようなものを1本購入した。これで大満足なのであります。
自宅でさっそく試してみて、思った通りにジツに書きやすいのであります。ワンワンワンと3度ほど外に向って吠えると自然に意味なく微笑みがこぼれてくるのでありました。
こんどはなんだな、ひとつ、色のついているものがいいなぁなどと夢はとめどなく広がるのでありました。なんとまあ、小さくてささやかな夢だこと

2015年4月1日水曜日

ペンと紙に手書きするってのも結構楽しい

散歩をサボり、ブログをサボりしているこの二日間でありました。そして、本日も散歩はサボることを決めていた。潔くサボるってのも気持ちのいいものであります。
今朝はどんよりとした空模様ですね。昼過ぎから雨もこぼれてくるらしいのですが、散歩をサボるって決めているから、なんてことはないのであります。

読書だけはまじめに続けています。これもサボりたくなったら即座にサボってしまいますけどね。その読書も、ただ読むだけでは、なかなか頭に入ってこないということで、メモを取りながらやるようにしました。しかも筆記具を持って紙に書くというここ数十年やったことのないことをやっているのです。パソコンばかりやっていると漢字を忘れてしまって書けなくなってしまうのは、本当のことだと思ったのですが、まてよ、そもそも最初から漢字が書けたのかとなってくると甚だ心もとないことになってしまう。
手書きをやってみると、それはそれで結構楽しいもんだと思えるようになってきました。いつまで続くのかはわかりませんが、これはしばらく続くような気がします。

2015年3月30日月曜日

良い天気だけど今日の散歩はおやすみ

今日は願ってもないほどの良い天気ですね。おそらく近所の桜も満開となることでありましょう。あれほど待ち焦がれた春も、こうして呆気なく過ぎ去っていきます。一抹の寂しさを覚えないこともないですが、こうして歳を重ねてきたのですから、また来年も満開の桜を見られるようにと願うことにします。

今朝はかなり早い段階で散歩の中止をきめていた。起きた時に散歩のことが頭に浮かんふと同時に憂鬱になってしまった。そんな時はあっさりと中止するに限るのだと思います。そうしないと、体の健康のためと思って続けている散歩が、心に悪影響を与えるようでは本末転倒になってしまう。休養も必要だとさかんに自分に言い訳をするのだが、その言い訳自体がすでに悪い影響だと思うのでありました。「よし!今日は歩くぞ!!」と心が叫ぶまではやめておこうと思った。

2015年3月29日日曜日

散歩をしていて今の時期が一番胸がわくわくする

いつの間にか、時計の針は5時を指そうとしています。あと30分ほどでお日様がほっかりと顔をだします。私はそれにあわせて、散歩にでかけます。今日あたりからもう少し距離を延ばしてもいいかなと昨日ちらっと思ったのですが、また5日目とあってそれは思いとどまることにした。ちょっとだけ体がシンドイ感じがするのです。しばらくの間あまり無理せずにできるだけ長い期間散歩を続けれることが大事だと考えたのでありました。
外に出た途端に桜の開花の様子が気にかかりました。ここ数日の散歩コースには桜の木が一本も見当たらないことに気がついたのです。急遽コースを変更していつも歩いていた公園のひとつを目指したのです。一足先にひと目だけでも今年の桜を愛でてみようと思ったわけであります。
途中、真白き木蓮に目を奪われました、コブシよりは大ぶりの花でその白さは心に突き刺さってくるような鋭さを持っていました。
散歩をしていて今の時期が一番胸がわくわくする季節だと思います。そして今朝の仕上げは七分咲きの桜が旭に照らされて無言で咲き乱れていました。
この一年生きていて良かったと心から思った瞬間でもありました。


あらたな購買意欲? アホか

暖かいですね。私のオツムも暖かいです。そんなもんだから、いろいろと考えます。読書・作文・体力つくり・整理・整頓・清掃なんてものを順次考えて、ヨタヨタだけどもそれなりに実行してきました。
そして、本日は、あまり踏み込んではいけないと思っていたけれども、料理にまで手を出そうとしています。
これまでだって、キャンプに行った時とか、気が向いた時は本当にたまーーにだけど料理のまね事ぐらいはやっていました。
こんどは料理を作ることを特別ではなくて、普通にやれるまで自分のステージをあげてみようかと思い始めたのです。どこまでできるかはわかりませんけど、やはり挑戦することは大事ですよね。


「死ぬほど沢山の本を読みまくる」というのが、ここ数ヶ月の私の目標のひとつでありました。実際は死ぬほどなんて読めませんけど、その目標に少しでも近づこうと努力を重ねてきました。
でも最近は、数量だけこなしてもしょうがないのではないかと思い始めたのです。できれば書評とまでとはいかなくても、小学生レベルぐらいの読書感想文程度は書くようにしないと、読んだ本を深く理解できないのではないかと思い始めたのです。

それというのも、電子書籍にしてから、何度も同じ本を読み返すようになりました。そこで驚くのは、つい最近読んだ本でもほとんど覚えていないなんて事が多すぎるということであります。
そこで考えついたのが、気に入った言葉とか難しい言葉等々をその都度メモを取ったらどうだろうかということであります。そうすれば、後に読書感想文を書くにしても資料として役にたつではないかと思ったわけであります。因みに「死ぬほど作文を書く」というのも私的目標のひとつでもあります。

メモ用紙はたくさんあります。それを用意したまでは良かったのですが、気づいてみれば私の周囲には筆記用具というものが1本もないのでありました。それでさんざん探しまわりましたら、サインペン1本とボールペン1本が見つかりました。
この万全の体制で再び読書の世界に入っていったのですが、どの筆記具もまともに書けないのであります。いやはやこれには参りましたね。

ここで、料理の話とつながるわけであります。今晩は久しぶりにもつ煮込みを作ろうと思いました。その材料を買いに出たついでに筆記用具を購入しようと思ったわけであります。
1階の食品売り場はとりあえずパスして、2階にある文房具売場に直行しました。自ら文房具を選んで買うなんてのは、何十年ぶりのことでしょうか。
どうせ購入するのであるのなら、少々値段が高くても書きやすいものをと思って探したのですが、試し書きができるわけでもなく、これまでの経験も無きに等しい私に取っては選択などできるはずもなくて。結局極細の筆ペンというやつを選びました。結果は大失敗であります。普段ボールペンすら握ったことのないものが、筆などというものは難しすぎて使えないのでありました。たかだか190円ほどのものですから、こんどはサインペンあたりを買ってきて試してみようと闘争心をたぎらせているのでありました。

たかだか筆記具ひとつで大げさな話だと思いますけど。私にとっては大事件なのでありました。

2015年3月28日土曜日

こんどは「第10次3S運動」をやることにしました。

今朝の本格的且つまともで且つ早足で且つ正統的な散歩50分は無事何事もなく終了した。4日目ともなるとさすがに余裕がでてきており、途中でもう少し距離を延ばすべきではないかとも思ったのだけれども、調子に乗りすぎて続かなくなってしまうというのはいつもの事なので、さすがに今回は抑えておいた。エライのだ。少しは学習能力が身についてきているのであります。
実際は50分もかからず、最初の日に比べたら10分ほど短縮しており40分ほど終了していたのでありました。明日あたりにはもう少し距離を延ばしてもいいのかも知れない。ほとんど疲労もしてないし、こうしてブログも書いているのでありますから。

「継続は力なり・・・」とは良く聞くことばではあります。食器洗いを始め台所掃除も毎日続けてきたおかげで、だいぶ様になってきました。最初はこれもかなり負担に感じていたのですが、仕事の合間の気分転換として捉えてひつこくやっていたら、知らないあいだに要領が良くなってきて、かなり手早く済ませてしまうことができるようになり、あっという間に終わってしまうようになりました。
そうなると気分転換としては些か物足りなく感じるようになり、次に手を出し始めたのが仕事場の整理整頓であります。整理・整頓・清掃はこれまで何度もやってきたので、大物の不溶物はほとんど処分されております。これまで体調の悪さもあったのですが、小者の整理・整頓・清掃には目をつぶってきました。こんどは第10次ぐらいになるのでしょうか、良く覚えてはいないのですが、ま、いいでしょう「第10次3S運動」をやることにしました。

正統な散歩4日目 成功するのか本当に心配であります。

ここ数日、朝起きた時から結構緊張している。それは今日の散歩ははたしてうまくいくのだろうかという不安がよぎるからであります。ようやく50分ほどを途中休むこともなく、また以前のようにヨタヨタ歩きでもなく完遂できるようになったのです。だからこそ心配になってしまうのです。
なんだか、散歩ごときで大げさなことを毎日のように書き続けているものだと思われる方もいるでしょうが、実際私もそう思っていることは確かなことであります。
本日は昼の公園のベンチを目指してのごまかしの散歩もやめて、早朝5時半からの正統な散歩に切り替えて4日目になります。ここまでの体に持ってくるまでに覚えているだけで3ヶ月ほどかかっているような気がします。他人からみれば実につまらないことに映るでしょうけれども、シアワセを感じる要因などというものは人それぞれであり、今のところ私が一番、幸福感および充実感を感じるのはこの1時間にも満たない朝の散歩なのであります。
だから、途中で、交通事故に遭ったり、体に異変を感じたり、急にやる気がなくなったりして挫折してしまわないかと心配になってしまうのであります。特に急につまらなくなり途中で投げ出してしまうなんてのはよくある話であったりしますから。
実際基本的に「まじめ」という言葉を持ちあわせていない、ウスラバカですから余計に心配になってしまうのでありました。

2015年3月27日金曜日

連続散歩50分を3日間 僕はエライのだ

どうやら、今日あたりから本格的に暖かくなるらしいと、どこの放送局でも触れ回っています。そうあって欲しいなと私も思っていますけど。
そうなってくると桜の見頃は来週あたりがピークということになりますね。これまで散々梅はエライと褒めそやしてきましたけれども、桜の豪華さ、艶やかさには負けてしまうと思わんでもないのですが、だいたい桜と梅を比較するところが間違っていますね。どちらもそれぞれに美しいのであります。

ようやく、まともに散歩ができる体になってきました。ブログをこの2日間サボりましたが、まともに歩けるようになったおかげで、その分疲れてしまって作文をしようという気が起こりませんでした。作文なんてのは、キーボードを押すだけの力があればできそうなものですが、どうもそうではないらしいのです。体が疲れた状態にあっては、面倒なことを考える力も失せてしまうようであります。
まともに散歩ができるようになったと云っても、せいぜい50分ほどのことでありますけど、自分の体をここまで持ってくるのに、本当に苦労しました。ただここで安心して中断してしまったら、すぐに元の木阿弥になってしまうのはわかり過ぎていることでありますけど。

最近は、公園までいって読書したり、作文したりという誤魔化しはやらなくて済むようになりました。体力ついてくるにしたがって、散歩に半日かけるのは勿体ないと思えるようになってきたのです。自分の心なんていうものは、そういうもんなんだなと、なんだか新たなことを発見したような気持ちであります。
どうせ体力つくりの時間は必要なわけでありますから、それならば早朝の人も車も少ないなかを歩いたほうが合理的と思うようになったし、一日の初めの元気のあるうちに済ませてしまったほうが基本的に楽だということで、5時半ぐらいから歩き始めるようにしました。

連続散歩50分を3日間続けて、ようやくブログも更新できたようであります。明日も頑張ろうっと

2015年3月24日火曜日

主婦には十二分に敬意をはらうことが大事なのです

フロアーには先ほど取り込んだ洗濯物が山のように折り重なっています。畳んで収納までやってやれば妻も喜ぶのだろうけど、どうもこれは苦手であります。だいたい畳み方が遅いですし、Yシャツのような形態の服を畳んでいると面倒でパニックになりそうになります。それにアイロンも使ったことがないですしね。
収納するにも、誰の服なんだかが判別がつかない物も多いし、収納場所の家族の区分けとなると、それこそまったくわからないのですから、これには手をつけないことにしております。干して取り込んだだけでも妻には凄い貢献をしているのだと自画自賛しておわることにしています。もちろん口に出してはいいませんけど。

過去の経験から云えば、家事は、なんでもかんでも自分でやろうとすると、必ず失敗しますね。だからやれるところから、少しずつ、控えめに、こつこつとやるのです。
そして、ここでオヤジどもが陥りやすいのは、たまに気が向いてやっただけなのに「どうだやってやったぞ」と偉そうにすることです。これも失敗の大きな原因であります。だって主婦の家事能力なんてものは、オヤジ共が気づかないでしょうけれども、ド素人のオヤジの数倍、いや数十倍の能力を持っているのであります。しかも、しかもですよそれを毎日淡々とやり続けているのであります。
これは驚嘆に値します。だからね、たまに家事を手伝ったからって決して大きな顔をしてはいけないのです。


少しだけ主婦感覚になってきたかな

4時近くになって、今朝干した洗濯物の乾き具合が気になる。どっちにしても日が傾きつつあるのだから、取り込まなければいけない。こうなってくるとかなり主婦の感覚に近づいてきたのではないだろうか。
洗濯物を取り込んだら、晩酌のための簡単なつまみを用意することにする。あまり遅くなると、まったく作る気が失せてしまうから、ここはなるべく早く準備しておくに限るのであります。これは主婦感覚というよりも、キャンプの時の感覚ですね。

車中泊やキャンプにでかけた時には、午後の2時から3時を過ぎた頃から、まずは買い物する場所や、日帰り温泉を探し始めることになります。どちらが先かは、その時の状況にもよりますが、とにかくこの2つを早めに済ませておかないと安心できません。時に寄っては午前中でどちらかが済んでしまっている場合もありますけど。
今はいたるところに大型のスーパーやコンビニがありますし、日帰り温泉も探すに困らないほど林立していますから困ることはありません。そうそう、その前に宿泊する場所も探しておかなければいけませんが、これも道の駅やキャンプ場がこれでもかというぐらいにありますから、なんら心配する必要はないのであります。
ただ宿泊地は、まだ陽のあるうちに確認しておいたほうが安心ではありますけれども。そして夕御飯も真っ暗になる前から、準備をはじめゆっくりと余裕を持って呑み始めるのであります。当然音楽は、つきものであります。iPhoneから小さい音量でラジオを流すなんてのも結構オツなものでありますが、大概の場合は電池式の外部スピーカから流します。これが我が家にとっての最高の贅沢なのであります。

前にも書きましたが、日常とメンバーが変わらないのに、なぜか会話は弾むのであります。おそらく屋根や壁を取り払った環境にいるからなのでしょうね。時には息を呑むような夕陽であったり、夜景の凄さであったり、迫り来る闇の恐怖等々がそうさせるものだと思います。

何が一番大事なのかということもないのでは

昨日桜が咲いたというのに、北国ではまた冬に逆戻りだそうです。こういうのを花冷えというらしいのです。関東も木曜日ぐらいまでは寒さが戻ってくるとはいうけれども、北国の寒さと比較したらなんでもないことだと思う。どことなく故郷に対して後ろめたさを感じてしまうのは、私だけではないだろうと思います。

今日も順調に家事労働・読書・作文・お絵かき・そしてお仕事を、細かく分割して続けています。別にローテーションを決めているわけではないのだけれども、やはり洗濯物を干すというのが最優先されてしまいます。この季節干す時間が短くなってしまうと夕方までは乾かない可能性があります。それでは絶対に避けたいのです。乾かない分を部屋干しするなんて面倒でしょうがありません。懇親の一発干しであります。
後は適当に気分のままに作業を進めていきます。まだいい加減な体力でありますから、立っている時間が長いと、腰から背中にかけて疲れてきますから、その時には休憩をかねてパソコンの前に座ります。
こうなってくると、自分の一日のなかで何が一番重要なのかがわからなくなってきます。これまでは、自分の仕事が何を置いても大事だと思い込んでいました。でも本当にそうだろうかと思うようになってきたのです。ま、簡単にいえば、それほど重要な仕事をやっているわけでもなく、忙しくもないと云ってしまえば、それまでのことでありますけれども。
自分でも笑ってしまいますけど、人が生きていくのに、一体何が一番重要なのかという話になっていくのであります。金が必要だという人もいれば、仕事が重要だという人もいれば、食わなければ死んでしまうじゃないかという人もいます。
早い話がその語るレベルによりますよね。だから全部必要であるし、それらが決して独立して重要なわけではなく、すべて連動しているということだと思います。
うーん、今回はなんとなく、これだという結論にいたりませんでしたが、ま、こんなもんでしょう。

「Kindleの日替わりセール毎日1冊 本日限りの特別価格 」



いつも朝起きだすときまったように、録画してあったテレビ東京のWBSを数時間遅れで見るともなしに観ています。テレビ番組で毎日のようにみるのはWBSだけになってしまいました。それすらもみるのを忘れて、何日経った後でみることもあります。そのWBSによれば昨日東京でも桜が咲いたそうであります。
ついに開花予報が、開花情報に変わった一日でありました。これから1周間から10日ほど、テレビでは決まりきった映像が、これでもかと流されることになりますね。もっとも例年と大幅に違った映像が流れるというのも、それはそれで困った状態なのでしょうから、あまり好ましくないことなんでしょうけれども。

さて本日もいつものように、「Kindleの日替わりセール毎日1冊 本日限りの特別価格
」をよせばいいのにチェックしてみました。本日のおすすめは、なんとダメな文章を達人の文章にする31の方法 なぜあなたの文章はわかりにくいのか?文章の書き方が分かる本(横組版)とあります。こういうタイトルは私を異常に刺激してしまいます。最近は毎日のようにブログを更新して感じていることズバリなのでありますから。
ただ以前にも、なんとかまともな文章を書けないものかと悩みに悩んで数冊の類似する書籍を読み漁ったのでありますが、その結果は惨憺たるものでありました。どう惨憺たるものかは、現在このブログをみれば一目稜線のことでありますけれども。
ひとつも上達しなかったのはいいとしても、それらの書籍を読みこめば読みこむほどまったく文章が書けなくなってしまったのでした。私の場合は旨い文章を書くとかなんとかの以前の問題ではないのかと、悩みは益々深みに嵌っていったような気がします。

ただ本日はその値段199円に惹かれましてクリックしてしまいました。後でやめておけば良かったかなと後悔しきりであります。


2015年3月23日月曜日

炭水化物0生活 たまには寿司も喰いたいよー!

本日はこれといった目立った成果物がないのだけれども、いつしか日も沈み、いつもの夜が訪れようとしています。もう少し頑張り用もあったのかも知れないけれど、何ヶ月か前の自分と比較すればかなりましになったのではないかと自分で慰めてみたりもします。

これから簡単なつまみを用意して、独り静かに晩酌を楽しみ、おそらく家族が帰宅する前には深い眠りのなかにいることでしょう。そしてまた家族が深い眠りのなかにある時に独り起きだしてゴソゴソとなにかをやり始めている。これがいつものパターンであります。気がついてみればこのパターンが定着しちゃっていますね。いいもわるいも、これが一番楽な生き方なのですからこれでいいのだと思います。たぶん。

糖分と炭水化物を一切口にしないという食生活を続けています。これはやってみるとかなり難しく、研究の余地がなりあります。最近はかなり慣れてはきていますが、ごはんもうどんも、パスタも食べたいです。これは泣き言であります。
炭水化物の80%は糖質です。後の20%は植物繊維であります。炭水化物を食べれば2時間以内に糖分になって、体に吸収されてしまいます。人類が誕生してから700万年です。炭水化物を食するようになってからは、せいぜい1万年しかありません。まして精製された糖分を大量に摂るなんてことはここ数十年だけの話であります。これでは現代病と呼ばれる病気が蔓延してくるのは当然の話しであります。
狩猟採集だけの食生活だけでは、多くの人口を養うことはできませんでした。そこに栽培するという人類最大の革命が起きたわけであります。麦と米が代表的な作物でありますね。ではそれらのものを大量に摂取していても現代病が蔓延しなかったのはなぜなのかといえば、現代とは比較にならない労働量があったからです。まして、精製された砂糖なんてものはなかったのであります。
現在読み進めている、山岡荘八の徳川家康は食生活には格別気を使った人であります。白米などというものはほとんど口にしなかったし、麦飯をまぜこんだものを食べていました。白米よりは玄米のほうが、同じ炭水化物と云いながらちょっとだけましなのは、植物繊維が大量に含まれているために糖分の摂食が遅くなるという点であります。

しかし、寿司も食いたいし、カレーライスも食いたいし、天丼、牛丼も食べたいなぁ。いかんいかんこんな風に書いているとすぐにも挫折してしまいそうだ。


歴史をまじめに勉強してみたいと思っています

以前にもどこかに書いたのだが、最近は歴史というものに興味がでてきました。以前に時代小説が好きだと書いたのですが、確かに時代小説も好きなのでありますが、歴史小説というものにも興味があります。

最近は嫌中論とか嫌韓論なるものが大流行であります。そのなかの数十冊を読んでもみました。確かにそれらの中には納得できる事もたくさんあったような気がします。しかし、それら数十冊の本だけで納得してはいけないような気がしてきたのです。ま
た私の周りには左翼系の人もいますし、右翼系の人もいます。それぞれの言い分を聞いています、それぞれになるほどなとも思います。でも私の中には、本当にそれだけの話しであろうかという大きな疑問が存在するようになったことも確かなことなのであります。
これはやはり、自分の頭で徹底的に考えてみるべきなのではないかということになったわけであります。それには、歴史を知らなければならないような気がしてならないのであります。歴史書というのは書く人の立場によって大きく違ってくるものだと思います。だからこそ、できるだけたくさんの歴書を読んでみる必要があると思いいたったわけであります。
人の言葉の受け売りではなくて、自分の頭で考え、自分の言葉で話せるようになるまでは、寡黙であるのが一番のような気がします。
そうはいってはみたけれども、しょっぱい頭ではどこまでできるかはわかりませんが、最初に頂を見てしまってはやる気も失せてしまいますから、これも最近の手法である小分けにして実行するようにしたいと考えているのです。

思い出してみると、はじめて歴史小説に出会ったのが、司馬遼太郎の「国盗り物語」だったと思います。果たしてこれを歴史小説というのかどうなのかはわかりませんけれども。それからは一連の司馬遼太郎ものを読みふけりました。「坂の上の雲」・「龍馬がいく」等々としばらくの間、司馬遼太郎の歴史の世界にどっぷりと浸かっていたわけであります。
それと同時に吉川英治のものにもハマりましたね。「平家物語」・「宮本武蔵」等々であります。そして今ふたたび、Kindleを購入して「平家物語」がKindle版であるのを発見して購入して読みました。なかみはほとんど忘れてしまっていたので、新しく読んだのと同じぐらいですね。
そしてまた、懐かしい本を発見したのです。それが山岡荘八の「徳川家康」であります。これ全部で何巻あるのか、まだ調べていません。どうせ読むと決めたのですから、何巻あろうが関係ありません。ただただ愚直に読み進めていくだけの話でありますから。ようやく13巻目まで読み進んできました。先はまだまだ遠い気がします。


やたら工事が多いのは年度末だからか

沈丁花の花も、いつの間にか満開になっており、匂い立つような芳香を四方八方に放っております。

最初に高い山の頂を見上げてしまうと、登る気が失せてしまうので、最近は何事も小分けにして行うことにしている。そして、さきほど小分けにした散歩に行ってきた。20分ほどと思ってでかけたのだが、20分で戻ってくるとなると、いくらの距離を歩くこともなく、それを3回も繰り返すというのは結構面倒なことになる。
結局40分ほど歩いて帰り着いた。結構いい運動にはなったと思う。理想からいえば午後からも同じような距離を歩くことができればいいのだが、たぶん今日はこれで終わりかも知れないと思う。とにかく、歩くには歩いたのだからという達成感が先にたってしまっているのだから仕方がない。

自宅の路地の入り口付近で建て替え工事をしていたアパートが完成に近づいてきており、ガス会社や水道会社それに電気工事会社の車両が道を塞いで、必死に工事を行なっている。この外部とのインフラの接続が終われば完成となるのだけれども、決して駅に近いわけでもないこの場所にはたしてどれだけの人が入居してくるのか興味津々であります。実際私の自宅の前のテラスハウスという名前のアパートは5軒分まるまる空いているのであります。

工事で思い出したが、散歩の途中やたら道路工事に出くわしてしまった。最近はおおげさにガードマンを配置しており、その誘導がへただと却って邪魔になってしまう。そうなんだ、役所は年度末だから、予算を消化しなければいけない時期になっているのでありました。まだこんなことをやっているんですね。その工事が正しいのかどうなのかの判断など私にはつくわけもないのだから、別に批判するわけでもありませんけども。

散歩の前に台所の掃除および食器洗いをするかどうか、迷ったのだが家仕事はいつでもできる。機会を逃してしまえば、散歩にサボってしまう危険性があったので、エイヤァと掛け声をかけてでかけた。よって、これから仕事の合間を縫って家事労働をすることになります。