2012年10月28日日曜日

独りで旅にでかける前の心境は結構複雑

 今日は朝からノートパソコンを取り出してきて触ってみた。時々ディスクトップと同じように操作をして置く必要がある。そうしないといざ外を持ちだして使い始めた時に余計な作業を勝手にやりはじめてすぐには使えない状況に追い込まれてしまうからだ。一番頭にくるのは勝手にウイルスチェックをやり始めてなかなか終わらないのであります。次にWindowsのアップデートを初めインストールしてある各ソフトウェアのバーションアップであります。
 旅に出た時の初日はいつもこれらの事を勝手にやられてしまって、いつも頭に血が登っていたのであります。
 さすがの私にも学習能力は少しだけありますから本日一日かけてそれらの事を勝手にやらせておいて、自宅のディスクトップと同じ環境になるように各ファイルも同期をさせて置きました。これでいつでも旅には出られるのだけれども、なにせ先立つものがない。いくら車を利用しての貧乏旅でもそれなりにお金はかかるものなのであります。
 とは云いながらも、何故かカメラの準備をしたり、下着を揃えたり冬物の防寒着を引っ張りだしたりしています。極め付きは電気毛布も押入れの中から出してきました。ダウンの寝袋があればこの季節は大丈夫だとも思うのだが、備えあれば憂いなしというではないですか。

 独りで旅にでかける前の心境は結構複雑なものであります。普通の人よりはかなり旅慣れているし、装備も長い年月の中でかなりの失敗を重ねながらも最上と思われるものを用意はしていても、なんかつまらんことが不安になったり家でやらなければならない仕事を思い出したりと二の足を踏んでしまいます。これは本当に何百回も経験しているのに同じ思いになるものであります。

 一旦車に乗り込んで出かけてしまえが、そんな思いをしてことなど雲散霧消になってしまって、田舎の風景に溶け込んで流れるBluesやJazzに酔いしれることになるのですけれども。

2012年10月20日土曜日

無線LAN設置完了・久々の都内での呑み会・休まない娘

 無線LAN配備計画も無事に終了してやれやれの状態であります。と言ってもディスクトップはLANケーブルで繋いでいますので、何か変わったかと云われてもiPhoneが常時Wi-Fi接続になっているぐらいだし、ノートパソコンを使う時にLANコードを一々引っぱり出さなくて良くなったぐらいであります。
 現在ノートパソコンが2台ですが、近々息子のがもう1台増える予定だということです。またこれも近々のことでしょうけれどもタブレットPCも購入予定らしいのであります。子供たちのゲーム機器やスマートフォンの状況を把握しているわけではないからわかりませんけども、この無線LANによって恩恵を受けるのは私よりも家族のほうだということであります。

 本日は珍しく都内で呑み会です。高校の同級会であります。案内が来た時にすぐにその案内を捨ててしまったのであります。まったく参加する気持ちがなかったのであります。その高校というのはバリバリの男子校でありまして、集まってくるのは汚い野郎しかいません。そんなところにノコノコ顔を出しても面白いわけがありません。そんなところに無駄金を使うくらいなら旅にでたほうが何百倍か楽しめるのですから当然の選択でありました。
 ところがどこにもお節介な奴というものが数名おりまして、どこぞの呑み屋で集まって呑んでいるところから電話をしてきて無理矢理出席させられることになりました。しょうがないのでせめて2次会だけということにしてトボトボとでかけることにしました。

 今朝の一時ごろ目覚めたらまだ妻が起きていた。娘は帰ってきたかと尋ねると今日は学校に泊まりだよという。そうか金曜日は一晩中学校を解放しているので所属しているサークルの3DCGの作品作りに没頭している日でありました。
 いつも早寝早起きなのですっかり娘の帰宅時間のことなど忘れてしまっていました。そういえばしばらく娘に会っていないのでありました。土日祝日関係なしに学校に行っているようです。帰りは決まって終電のようです。たまに朝の7時頃顔を見ることもあるけど慌ただしくバタバタと出かけていきます。
 若いってのは本当に疲れを知らないのだとほとほと呆れてしまいます。しかし、そこまでどっぷりとパソコン漬けになってしまっていささか心配になってしまいます。

2012年10月17日水曜日

無線LANにしようとしたのね。IP電話が使えなくなるのに気づかなかった。タワケ

 我が家にもiPhoneやらiPodやらゲーム機等々のWi-Fiに繋がなくてはいけない小物がやたら増えてきたので遅ればせながら無線LANを導入したのであります。そこで


を注文したまでは良かったのですが、これを使えばIP電話が使えなくなってしまうのでありました。梱包から出して交換作業をしている時に「ところでこの電話線どこへ繋ぐの????」ってことにようやく気がついたのだ。
 それで調査した結果(もっと前に調査しろよ)IP電話を繋げられるルーターはNTT東日本でしか販売してなくてということになった。
それで急遽NTT東日本に電話したら、内蔵カード型と外付けのアダプターがあるという外付けは買い取り型で6000円ほどだという、どちらが飛距離が出るのだと聞いたら外付けということになってそれに決定した。後2日ぐらいでくるそうであります。

 ところで新品の無線ルーターがまるまる余ってしまうことになった。誰か安く引き取ってくれないだろうか。いやはや

2012年10月16日火曜日

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)

 最近マスコミのいうことを信じることが無くなってしまった。特に3.11以降その傾向が顕著になってきているように感じる。マスコミは権力の批判者であるなどというが、それはまったくの嘘デタラメな類だと思ってもいる。そして権力の批判者であったことなど何時の時代にもあったためしが無かったのだと確信している。
 ネットが無かった時代なら案外素直にマスコミの垂れ流す嘘デタラメな報道を真に受けていたような気もする。だからといってネットを信じきっているわけでもない。早い話しがより一層疑り深くなっているということなのだろう。


 この本7月25日に購入したのにまだ読み終わっていない。ようやく3分2ほど読んだだけである。中味が面白くないから進まないのかといえば、その逆なのであります。あまりに面白くて勿体無くてなかなか先へ進めないのであります。
 以前にもどこかに書いたけど私の読書の仕方は、一挙に読み飛ばしてしまうやり方なのです。とにかくスピードが大事で量だけをどんどんとこなしていくというまったく無味乾燥な読書なのでありますが、この本だけはその読書方法を変更せざるを得ないようなインパクトを与えてくれたような気がします。

2012年10月15日月曜日

ガソリンの備蓄はしてますか?

喉元過ぎれば熱さ忘れるとは良くいったもので、最近ついついガゾリンの買い貯めをサボることが多くなってきました。あの震災直後にガソリンがまったく無くてかなり苦労したことを忘れそうになってしまいます。少なくても常にゲージの半分以上は入れておくようにはしているのですけれどもね。
 ガソリンを入れるというのは結構面倒なもので以前ならタンクをカラカラにしておいて、まとめて入れるという方式を取っていたのですが、3.11以来はさすがにそれは避けてはいますけれども。普段は本当に車に乗らない生活をしていますと、一回乗ってもほんの少ししかガソリンは減りません。そこで一々補給しておくのも面倒なものですから、まだいいか、まだいいよなって感じで先延ばししてしまいがちであります。さすがに別の容器に買い貯めまでする気はないのですけれども、いつも大目な量をタンクに入れておくというのは必要なことだと思います。皆さんはどうでしょうか。

2012年10月13日土曜日

木犀と彼岸花と秋桜の頃なのだ

 散歩をしているとなんともいえない金木犀良い香りがどこからともなく漂ってきます。そうかいつの間にかそういう季節になったのかと毎年思ってしまう。
 私の勘違いなのかも知れないけれども、郷里の山形には金木犀なる樹木はなかったような気がする。だから上京してはじめてこの香りを見つけた時には何か異国の地にきたような思いに囚われたことを今でも思い出す。果たして郷里に金木犀が今でもないのか、元々無いのかは未だに不明であります。
 金木犀が大木になるというのを知ったのは始めて木犀の存在を知ってからかなり後のような気がする。それまでは庭に植えられている小ぶりな植木ぐらいのものしか知らなかったのだが、ある時に7,8メートルもあろうかという大木に小さな黄色花を大量につけてギャインギャインと芳香を放っている様を目の当たりにして、あまりの意外性に恐れをなしてその場でうなだれてしまったのでありました。

 木犀が芳香を放つ季節になると、曼珠沙華が咲いてもおかしくないと思うのだが。別名彼岸花ともいうのだが、名前がかなり抹香臭いのだが、私の好きな花のひとつであります。これも郷里山形ではほとんど見たことがない花であります。広い田んぼのあぜ道に真っ赤な彼岸花が一輪咲いている図などは、なんだか印象派の絵を思い起こさせてしまうのだが、後になって群生している彼岸花を知って一輪のものもいいが、群生しているのもなかなかのものだと思ったものである。

 群生しているといえば秋にはやはりコスモスの花でありましよう。小春日和のおだやかな秋の日に少しだけ色づいた山々を背景にコスモスの花が群れ咲いている光景を目にするのは奥会津方面にキャンプに行った時だったりする。キャンプをするにはいい季節だと思う。それほど寒くもなく過ごしやすい時であります。でもフクシマや北関東にはまったく出かける気にならないのはいささか寂しい。なあにまだ信州や信濃が残っているではないか。ちょっとだけ出かけてみるかな。

新型ポメラを外部ディスクとして使うと超便利

 私の大好きなポメラでありますが、最近出かけることもなくなり活躍する機会がグンと少なくなっているのであります。普段はパソコンの前に座っているのでメモや日記のためにワザワザポメラを立ち上げるというのも面倒です。新しくなったポメラはメモだけでなく、本格的に文章を編集することも違和感なくできるようにはなっていますが、パソコンの大画面で編集する快適さには及ぶべくもなくポメラである程度書いた文章の最終の仕上げは当然パソコンで行うことになります。

 ポメラとパソコンとの接続はUSBケーブルになります。ファイルのやりとりは通常のファイル操作で行います。通常はポメラのテキストファイルをPCのハードディスクにコピーもしくは移動してからPCのエディタを通して行なっていました。

 で、ある時気がついたのです。これってファイルのやり取りが普通にできるということは直接ポメラ側にあるファイルを編集できるのではないかと。私の感は当たっていました。通常の外部ディスクにあるファイルと同じように編集できたのです。これは便利であります。一々PCとポメラでファイルのやり取りをすることが無いのです。USBケーブルでつなげばすぐにポメラ側のファイルを編集することができるのです。

 そこでひとつの問題がありました。それは編集したファイルが保存できる場合とできない場合があったのです。最初どうしてこんな事になるのかわかりませんでした。様々な実験を重ねた結果、ポメラ本体で使用状態になっているファイルをいくらPCで編集保存しても、ポメラ側の排他制御によって反映されないということです。
 ですからポメラ側にダミーのテキストファイルをひとつ用意しておいて、PCで使う場合はポメラ側ではダミーのテキストファイルを編集状態にして置くのです。そうすると編集したいテキストファイルは編集保存が思いのままできるようになります。
 これは便利です。いつも使うメーンのファイルをポメラ側に置きっ放しにして置き、ポメラ単体で使う場合はUSBケーブルを引っこ抜けばそのままポメラで編集できてしまうのでありました。

 ただし、このような使い方はポメラのマニュアルのどこにも書いていないので、あまり勧められた使い方ではないのでしょう。もしやるのであれば自己責任にてお願いします。

 そしてこの使い方のもっと無精なことを考えついたのです。パソコンのスイッチを切るときには、ポメラも「外部ディスクの安全な切り離し」なんてことを一々やって物理的にUSBケーブルも外していたのです。取り付ける時もPCが立ち上がってからUSBケーブルをつないでいました。これも毎日の事となると結構メンドイのであります。

 ある時ポメラが接続されているのを忘れていて、そのままPCのスイッチを切ってしまっていて、立ち上げる時も忘れていてスイッチを入れたら何事もなく使えたのであります。いつの間にかポメラがPCの普通のディスクとして使っていたのでありました。それをやりはじめてすでに1ヶ月ほどになりますが、ポメラ本体の電気を使用するのが少ないためか、まだ一度も電池交換をやったことがありません。これは超便利であります。

まずますポメラが好きになってしまいました。まだ新型ポメラ発売のアナウンスはありませんが、でたらすぐに購入するだろうなと思うのです。すでに3台のポメラを所有しているのにもかかわらずにですよ。その3台は全部使えるのです。壊れたから購入したわけでないのです。好きになるというのはこういうことなんですね。オタクの気持ちが少しだけわかったような気がします。

酒量がグンと減った話 テレビの見方の話 です。

 酒を呑まない日がグンと増えてきた。自分でも信じられないことだ。これが果たして良いことなのか、悪いことなのかの判断はにわかにはできない。呑んでも缶ビール1本だけなんていうのも珍しくなくなった。まったく呑まないというのも珍しくなくなってしまった。
 だからというのではないが、「いつもは控えているのだから今日は呑むぞ!」なんて思いながら呑むとテキメン翌朝は頭が痛くて集中力が無くなってしまう。酒量をコントロールするのは誠に難しい。
 お気に入りの音楽を聞きながら呑むのが好きなのだが、これは酒量を過ごす最大の原因になるというのがわかってきた。いつの間にか酒に酔い音楽に酔ってしまうから相乗効果でドンドンと深みに入っていってしまう。
 家酒に慣れてしまうと、わざわざ出かけていって店で呑むというのが面倒で仕方なくなってしまう。それは呑み屋にもよるのだが最近はどうしてもという時以外はフラフラと出かけるということがなくなった。これには小遣いが減らないという効用もあるみたいだ。店で呑むとどうしても気が大きくなってしまい、呑み過ぎたり他の客を誘って他の店にハシゴしたりとなっていつもはケチケチして暮らしているの私にとっての大金が一夜にして消えてしまう。悪い癖である。

 最近の事だが、テレビはニュース番組意外に直接見ることがほとんどなくなってしまった。昨年やむなく購入した液晶テレビは思いの外良くできていて、外付けの1テラバイトのハードディスクをつけたら録画ができるようになった。それを最大限利用している。以前のVTRのように録画予約の面倒くささもなくなり、配信されている番組表から見たい番組を選択するだけで見終わったらじゃかすか削除していくだけであります。そしてCMの部分をどんどん飛ばしたり、つまらないと思う部分も飛ばして見る。そうすると録画でなくテレビを見ているとリモコンに手が行って無意識にCMやくだらない部分の早送りしようとして、はじめて、あ!これはライブだったと気がついて苦笑するのであります。また録画してあった番組でも意に反してつまらない番組だったりするとなんの躊躇いもなく削除してしまう。すでに垂れ流された番組を無条件に見るという時代は終わったし、CMも見なくなってしまったのです。
 むしろ私の場合は垂れ流された番組をそのまま受け入れているのはラジオであります。極力CMとしゃべりが少なく音楽の多いところを選んで流し放しにしています。これまで外遊びのためにラジオは3台ももっているので仕事部屋にひとつと居間にひとつおいて仕事をやっている時はもちろん家事労働をやっているときも流しています。別に聞き惚れているわけでありません。
 音楽に聴き惚れるのは晩酌の時だけであります。うーんこれをやると酒を飲み過ぎてしまうという弊害はあるのですけれども。

2012年10月12日金曜日

涙の親子鍋



一般的に親子鍋というらしいのです。名前からして実にわかりやすいですね。親子丼を作るものです。これ以前から欲しかったのですが、なかなか買えなかったのです。ホームセンターなんかに買い物に行って目の前にあるのにどうしても手がでなかったという不思議なシロモノなのでありました。それほどの決意をして買わなければいけないような値段でもないのだけれども、また今度にしようということで買うことはしなかった。
Amazonで購入した日付をみると2012/9/12となっています。購入してからちょうど1ヶ月になったわけでありますが、まだ一度も使っていません。居間のテーブルの上に飾ったままになっているのです。親子丼なんてのは作ろうと思えばそれほど難しいものではないと思うのですがなぜか1ヶ月あまり手をつけていません。今度の週末あたりに家族に振る舞ってやろうかなと思っています。
この鍋で作りたいのは親子丼もそうですが、煮カツ丼ってのも作りたいと思っています。そういえば煮カツ丼?カツ煮丼?ってのもウン十年食ってないような気がする。
購入してから1ヶ月あまり放おって置かれるようなものだから、欲しいと思ってもなかなか買えなかったのだと思います。

この文を書いていてふとそうだ今晩あたりに試してみようと台所に行ったら、妻が圧力鍋のなかに大量のモツ煮込みを仕込んでいた。圧力鍋に凝りはじめたきっかけが、友人のIが作ってキャンプに鍋ごと持ってきたことだったのです。これがまた寒い夜に体が温まってこの上ないごちそうだったのを今でも覚えていますね。モツ煮込みがあるのなら何も他のものを作らなくてもということでまた親子丼を食するのは先延ばしになってしまいました。

寒い季節になると鍋というのが急速に復活してきますね。鍋は簡単でいいですね。これを多用するようになると急速に料理人魂というものが減退していきますね。いいのいいの、あたしゃ元々料理人なんかじゃないですから。

2012年10月11日木曜日

論理的でない文章

 あれほど「アジイ!アジイ!!」と叫んでいたのが、一転して「サミュイ、サミュイ」と呟くようになってしまった。なんかこの変化があまりにも性急過ぎてついていけないように感じてしまう。そしてあの「アジイ!アジイ!!」と叫んでいたことがバカバカしくなってしまいます。

 論理的に文章を組み立てるというのはあまりにも難しすぎて自分にはとてもできるものではないと泣きを入れてしまう。やればやるほどボロボロに崩れ落ちてしまう。その残骸をみて、自分のバカさ加減にただただ呆然としてしまう。
 「俺は理系じゃないから、論理的な文章なんてとても書けないんだよ」なんて嘯いて見るが、これってなんか変?。文章を書くのは文系なんじゃないか、そうすると俺は理系でダメ、文系でもダメってことにならないか。思わず「うーーん」と考えこんでしまったが、頭の悪い奴がいくら考えこんでみたってどうなるもんでもないことだけはわかった。

 「親父、買い物にいくけど、何か用事はないか?」家族は親切で言ってくれるのだが、そうすると俺の密かな目論見が簡単に瓦解してしまうのだ。
 密かな目論見というのは意識して体を動かさないとどんどんと退化していくので食料の買い出しはその都度やることにして少なくても一日一回は近所のスーパーへ歩いていくというものであった。そうすれば朝のまとまった散歩にプラスして歩くことになるではないかというものである。ところが生来の怠け者であるゆえに、家族に声をかけられた途端に「おお!それでは、あれとこれとそれを買ってきて・・・・」なんてことに簡単になってしまう。

 論理的でない文章はまだ続く。郷里で買い物に行くとなると車で行くしかない。だから車のない人は生活にかなりの支障をきたすことになる。ここで自宅から歩いていけるスーパーを数えてみた。少なくても5軒はあるのである。それにドラッグストアーが2軒である。案外あるものである。ところが気軽に入れるコンビニが見当たらないのである。以前には2店舗ほどあったのだがいつの間にか消えてしまっていた。ファミレスがかろうじてガスト1店舗あるのでこれはこれで重宝する。普段はほとんど使うことはないだが。

2012年10月9日火曜日

3連休は長時間DVDを見続けました。

3連休であったのだが、どこへも出かけず。ただ家で過ごした。そういえば初日から息子が借りてきたDVD「24」シーズン4を12枚をただただ見続けた。1週間ほど前にシーズン3を12枚見たのだけれども、見始めるともうやめられなくなってしまって、しまいには妻も引き込まれるようにして一緒に見た。
1枚に2話はいっていて、1話が1時間ぐらいあるのだろうか、そうするとタイトルどおりに24時間ほどかかることになる。
最近はDVDを鑑賞するにも体力を必要とするのである。聞いたところによると、このシリーズは8まであるそうだ。やめてくれ。もう俺の目に入らないようにして貰いたいと思う。
シーズン3から見始めたのだがシーズン1と2も見るかというので、丁寧にお断りした。かなり前に「プリズン・ブレイク」というDVD全シリーズを一挙にみたのだが、あの時もハマってしまって、フラフラになってしまった。

今は無料の動画サイトGyaoで「大漢風 項羽と劉邦」を毎日1話ずつ見ている。これは何年か前にGeoだったかTutayaだったか失念したが借りてきて一挙に見た覚えがある。それを現在毎日1話更新でやっている。このぐらいのペースがちょうど良い。
中国の歴史映画つながりで、同じ動画サイトGyaoで大秦帝国-QIN EMPIRE-を一話ずつ見ていたのだがあまりの面白さに配信を待ちきれずに1話240円だったかで残りの50話ほどを金を出して一挙に見てしまった。それをまだGyaoでは一話ずつ無料で配信を続けている。ちょっと勿体無かったかなとも思うけども続きがみたくてしょうがなかったのだから仕方がないのだ。
大秦国というタイトルにはなっているが、始皇帝が統一する話ではなくて、それのずーっと前の春秋戦国時代の秦の話であります。法整備による国の運営に至るまでの話であります。この時の制度が戦国時代から秦が脱却して始皇帝が統一する礎を作るわけであります。
そして時代は飛んで「大漢風 項羽と劉邦」はその繁栄を極めた大秦帝国が衰えてしまい、その後の国盗り物語になるわけであります。中国の歴史はなかなか分かりにくいです。それに同じ国の名前がいろんな時代にでて来たりして頭の中は大混乱します。でもこのあたりの歴史のつながりが少しだけ理解できたような気がします。

中国には行きたくないけど、中国の歴史は結構好きですね。

2012年10月7日日曜日

ボロボロヨレヨレな文章って俺そのものなのだ

 ちょっと長い文章を書く必要があって冷や汗を流しなから作業を続けています。書きなれていないものだから、最初と最後の辻褄があわなかったり、言い回しが途中で違っていたり、その矛盾を訂正すると今度は他の文脈と齟齬をきたしたりと、推敲すればするほどボロボロなものになっていくのはかなり参った。
 文は人なりというけど、このボロボロヨレヨレな文章って俺そのものだなと妙に感心してしまった。そんなところに感心してしまっているものだから、一向にその作業は進まず途中で投げ出してしまいたくなっているのであります。
 投げ出しては見たもののやらなければならないのは変わらないわけでありまして、再び心を新たにして挑むのだがまた同じ現象に襲われてしまって、しまいには自分は何を言いたかったのかさえわからなくなってくる始末であります。


2012年10月4日木曜日

どういう風にケジメをつけるかが問題なんだよな

 その場では一言も発してないことを持ちだしてきて罵倒され続けられるのには参った。それに対して百倍ほどの反論はあるのだけれども、その結果は徒労に終わることが予想されるので、ここは黙るしかない。
 たとえ私を罵倒した人間を論破して勝つことができたとしても何ほどのこともない。そういう人間を相手にするだけエネルギーの無駄であることをこの年になってようやくわかってきたからなのだ。
 以前の私であったなら、頭に血が上り、理論(口)で勝てなかったら暴力を行使することさえ持さなかったに違いない。ところが最近は行使するほどの暴力はすっかり衰えてしまって相手に簡単に逆襲されかねないのである。
 これは笑い事ではない。若いころは喧嘩は強かった。そして相手を暴力で叩きのめす研究を常に続けていた。愚かなことにそれが男の強さだなんて思い込んでもいたのである。おかげで何度となく警察のお世話になったこともある。愚かさはそれに拍車をかける、それが男の勲章だぐらいに思い込んでいたのである。小心もののなせる技である。
 物事には必ず2面性があるということがわかってきた。少なくとも表と裏があり、それに諸要素が加わり斜めだの、上だの下だのと条件が重なり、どれが真実かなんてわからない場合のほうが多いし、ひょっとしたらどれも真実かも知れない。
 彼の罵倒する言葉を聞いているとマスコミが垂れ流しぱなしのことを鵜呑みにして、安ぽい訳のわからんようなコメンテーターの発言よろしく責めてくるのである。こういう類の奴を相手にしてはならない。彼はすでに見切られていることを自覚してないのだから。
 60歳周辺の老人は実に切れやすく危険なのである。ワイドショーの事件を見ていてもそうでしょ。ようやく体力の衰えに気が付き愕然とするのはわかるのだが、残りの人生に対して自分のなかでまだ処理ができていないのだからかなり始末が悪い。
 誰しも普段から自分の生き死にのことを考えているわけではない。でもそろそろ旅たちの準備を始めなければいけないのではないかと思う。
 その準備というのはなにもどこの葬儀社を使うとか墓はどうするかとかという話ではない。そして宗教の話でもない。いくつまで生きるかは神のみぞ知ることではあるが、自分の人生のケジメということを考えはじめてもいいのではないかと思っている。

なんていうことをたまには考えるのだが、どうも性根が座ってないものだから、相変わらずのうろんな日々を送るのみなのだが。

2012年10月3日水曜日

10月になりましたね

また、更新をサボり続けてしまいました。そしてお叱りの電話を受けてしまいました。

「なんでもいいから書け」
「誰も立派な文章など期待してないから、書け」
「・・・・・・・」
「とにかく書け」
「うーーーん」

そして、私はまたしても考えこんでしまって書けなくなってしまうのでありました。結局内容は何も期待されていないということなのですね。しかし、しかしだよ、何も期待されていない文章を書くというのもなかなか難しいもので・・・・・・・。
かと言ってなぁ、何かを期待されている文章なども最初から書けないのはわかっているので、これまた考えこまざる得ない状況が現出してくるわけでありまして、はい。

9月は最初の頃は今月こそはまじめにブログを書くぞと強く決意して臨んだのでありますが、それは最初の頃だけでありまして、段々の尻つぼみどころか、途中からぷっつり状態になってしまいました。
ブログなどは書かなければこれほど楽なものはないなと思いつつも、いざ止めようかなと思う結構寂しいという感情が湧き上がってくるものでありまして、なんだかわけのわからない世界に迷いこんできてしまいます。
それで9月の後半には「来月こそはまじめにブログを書こう!」などと鮫脳頭で強く決意したにもかかわらず、もう3日になってしまいました。
優柔不断・意志薄弱という私の性格の良いところがモロにでてしまっています。
ま、今日はこんなところでいいかな。

書いたぞー!! →K2殿

2012年9月12日水曜日

しつこくやっていれば重大な発見をすることもある。かもね

 完璧に近いご飯の炊き方をどうやらマスターしたようであります。一昨日と昨日に炊いたご飯は自分が理想とするご飯にかなり近かったような気がする。本日も炊いてみて様子をみることにするが、たぶん大丈夫だろうという気がする。
 自分の炊いたごはんを最上のものだなどと思い上がってはいない。世の中には上には上がおり、特にプロだと思われる人たちの造るものは、私達素人が造るものとは一線を画していると感じている。彼らプロには適わないまでも少しでも近づきたいと願っているのであります。
 その為には勉強もするし努力も惜しまない覚悟もしているのであります。そのほうが生きていて絶対に楽しいのであります。自分の持っている5感を最大限働かせて自分の頭で考えることがより大切だと思っているのであります。

 一時期は圧力鍋でご飯を炊いていたが、次第にそれが面倒に思われて、いつの間にか電気炊飯器で炊くようになっていた。
 それが今年の春頃から、再び圧力鍋で炊くようになったことは以前に書いたとおりであります。またひととおり圧力鍋でご飯は炊けるようになったのですが、わざわざ手間暇かけて炊いた割りには不満の残るものでありました。
 それは、抜群のモチモチ感はありますが、それが米一粒一粒が独立しているモチモチ感であったら許せるのですが、炊いた米全体がモチモチになってしまっていました。理想からすれば全体がパラリとしているが、一粒 一粒はモチモチとしている状態なのです。
 これをなんとかしようとかなり努力したのですができませんでした。家族はおいしいとお世辞だかなんだか知らないけれどいってくれますが、自分的にはまったく満足のできるものではありませんでした。水加減を変えてみたり、炊く時間を長くしたり短くしたり、水に浸しておく時間を工夫したりと散々悪戦苦闘を重ねましたがまったく改善されませんでした。

 それがひょんな事で劇的に改善されたのであります。どうせなら炊きたての暖かご飯を食べさせたいと思うのが人情であります。しかし、いつも食べるタイミングに合わせてご飯を炊くというのはかなり面倒な作業であります。それに私のところの家族の帰宅時間はバラバラでそれに一々対応することなど不可能なことであります。そこで考えついたのが炊飯は圧力鍋でやり保温はこれまでどおりに炊飯器でやるということでした。
 こうすればご飯の炊く時間を気にする必要がありません、夕方の都合の良い時間に炊いて後は電気炊飯器に放り込んで保温のスイッチを入れておけばいいのです。
 この方法は案外旨くいって大変満足のいく結果を得ることになったのです。そしてその副産物として、これまで願っていた全体がパラリとしているが、一粒 一粒はモチモチとしている状態を実現することになったのです。理屈は簡単なことでありました。炊き上がったら蒸らして、そして圧力鍋の蓋をあけて天地返しをやり余分な水分を逃してやるという一手間が必要であったのであります。 
 これはまったく気が付かなかった。気がついてみればなんだそんな事かというものですが、電気炊飯器はそんな事をしなくても良いように何度も実験を重ねてプログラミングがされているのだと思います。

2012年9月7日金曜日

私だけの理想郷 その6


 今月になって「私だけの理想郷」を何気なく書き続けてきた。そしてもう息切れを起こしてしまっている。その顛末を「結局、現在自分の住んでいるところが理想郷なのです。」なんていう「青い鳥」のような結末には決して持って行きたくないものだと思っています。ただ圧倒的に力が無いからその安易な結末が一番いいかなとも思ってしまっています。

 私は田んぼよりも畑のほうが好きです。と書くと余程農業が好きなんだなと思われかねませんが、それほど農業が好きだとはいえません。
 本当に農業が好きなら自分の近くに貸し農園がたくさんあるので、それを借りて家庭菜園をすでにやっていたと思うのです。それも考えないことも無かったのですが、必死にそれをやったとしても、どうも自分の中で家庭菜園に面白さを感じることはないだろうなと思ったのです。
 私の判断基準は実に単純でありまして、やって面白いか面白く無いかだけなのであります。

 早朝の散歩をしていると、毎日毎日出勤前のサラリーマンと思われるお父さんが一心不乱に土いじりをしている姿をみかけます。その畑は当然他の区画とは一線を画しています。こういう人こそ本格的に農業をやれば幸福になるのだろうと心から思ってしまいます。

それと比較しますと、私の畑を見る条件は明らかに違います。上の写真はクリックして大きくして見ますと。右の木々の上にアンテナが見えます。そうです携帯電話の基地局であります。しかも2本も立っているのです。ひとつはdocomoでしょう。もうひとつはauかsoftbankなのでしょう。この畑では無線Wi-Fiがびゃんびゃん使えるということであります。それにこのあたりの人がそれほど頻繁に無線Wi-Fiを使うとは到底思われないのでいつもガラ空きの通信を使えるということが予測できます。このあたりの目の付け所がプロの農業者と違うところであります。
 この畑は現在山椒の木を植えてあるそうなのですが、どこに植えられているかは雑草が多くてわかりません。義弟はこの荒地に山椒を植えて幾ばくかの収益につなげようとしたのだそうですが、この目論見は見事に失敗しています。何故かといいますと、関東や東北では山椒を料理に使うという文化が希薄なのであります。山椒を使うといってもせいぜいうなぎの蒲焼にかける粉山椒ぐらいのものであります。それに山へいけば野生の山椒って結構みかけるのであります。秋田で百姓の真似事をやっている時に地元の人に教えられて結構山椒の木って多いと知ったのであります。それを切り出してきてスリコギを作って売りだしてはどうだろうかという話もでたのですがそれもそれほど面白そうではなかったので立ち消えになってしまいました。
 この畑はかなり広大です。土いじりを少しでもやった人ならわかると思いますが、たとえ40坪ほどの畑でも真剣にやろうと思ったらかなり大変です。特に機械力に頼らないとなると・・・・・。で、そこから上がる収益なんてものは話になりません。ここは少なく見積もっても300坪いやそれ以上の広さだと思います。ここで真剣に農業をやろうとしても無理です。農機具に金をかけて燃料に金をかけ肥料に金をかけ苗や種に金をかけ、指の骨が透けて見えるほど働いても収益はひとつもあがらないと思います。
 世の中というものは昔からそういう仕組になっているのです。私の話は間違っているかも知れません。やりようによってはやっていけると思っている人もいるかとも思うし、実際成功している人もいると思います。ただ現実の自分を重ね合わせて考えれば農業という単独の事業はなりたたないと思うのであります。

 自分の中でもどうやればいいのかはさっぱりわかりません。しかし、この畑の通信環境は抜群なのであります。自分でもバカな事をいっているなと思いますが、結構面白いのではないかと思うのです。ただそれだけなのですが。

100w相当/消費電力9W LED電球 E26口金/電球色 [LK-810-Y]

 昨日あたりから少しだけ涼しさを感じるようになりましたね。もう少しの我慢なのかも知れませんね。


 昨日LED100w相当/消費電力9W LED電球 E26口金/電球色 [LK-810-Y]を2個購入しました。明るさと値段を比較するとこれが一番安いように思われたのです。このランプは以前に車中泊用に購入して何ら不都合が無かったので、机のスタンド用にも追加購入したものです。そしてこの度居間の照明として使われていた白熱電球4個の器具の残り2個部分を追加したのです。
 どこのメーカーか良くわからないのですが、たぶん中国製だと思います。これで我が家のLEDランプは5個となりました。前に購入した値段を覚えてはいないのですが、大雑把に計算すれば1万円ほどになるでしょうか。これで元が取れるのかどうかはわかりませんが気分的な問題だと思います。毎月少しずつ買い足していって最終的には全てLEDにしてしまおうと考えています。
 これを一挙にやろうとしたらやらないほうがいいっていう金額になってしまいます。まだシーリングを購入していませんが、まだまだ高額で簡単に手が出せるような値段にはなっていないようであります。

2012年9月6日木曜日

私だけの理想郷 その5

 山形に帰省してから、どうも体調が悪くて一切の家事を放棄していたのだが、昨日からノロノロとやり出した。当然散歩もやっていなかった。まずは家事労働で体調を整えてから様子をみて散歩を再開しようと目論んでいるのであります。

 さて自分だけの理想郷としての好条件は揃ったのだが、私はそこで端と考えこんでしまった。一体何が好条件なのだろうか、そしてまず自分は何をやろうとしているのだろうかという疑問がムクムクと頭を持ち上げてきたのです。

 これまで車中泊を唯一の趣味として、いろんな場所をフラフラと気ままな旅をすることを生きがいにしてきた。そこで掴んだ哲学のようなものは、「決して一箇所に定住しない。決して土地にしがみつかない。」というものです。それは人生のかなり後半部分で得たものですから、その哲学に行き着いた時にはすでに住居を抱えると同時に大きな借金までも抱えこんでしまっていたのであります。それはそれで仕方のないことだと諦めることにしている。でも執着しないことによってより大きな自由を得るという確信を得たのであります。
 また無駄なものは一切所有しないという鉄則のようなものが生まれつつあったのです。無駄なものを所有しないから、その分自由に生きていけるだということを悟ったようなものなのです。といいながらも結構たくさんの無駄と思えるものを持っていますけれど。

 いつのまにか理想郷の話が理想的な生き方の話になってきてしまっていますが、ま、たいした話でもないからそれでいいのだ。

2012年9月5日水曜日

私だけの理想郷 その4

 前回の話では水源が確保できないという話であったが、小さいけれど清水が湧いている池のようなものを発見した。この場所をもっと掘ってみれば簡単に井戸のようなものを作れるのではないかとも思った。
 注意深く観察して歩けば何か打開策というものはでてくるものだと思ったのであります。
 この写真が清水が湧いている小さな小さな池というか水たまりのようなところであります。草を刈って周囲をきれいにしてみないとどのようになっているのか判別がつかないけれども、飲料水は別にしても洗い物ぐらいはできそうであります。
 猛暑で雨がほとんど降らなかった今夏でも水が枯れていなかったというのは心強いものを感じます。

 さて話は1年前の秋に帰省した時にさかのぼる。いつものように兄弟が集まり宴会が始まった。ひょんなことから私の発見した理想郷◯山の話になったのであります。
 「その◯山に少しだけど畑を持っているよ」と義弟がいうのです。
 「まじに本当に持ってるの?」私はかなり驚きました。あのような場所にまさか私の親族が土地を持っているとは思いもつかなかったのです。
 「さくらんぼ畑と桃畑と、数年前に植えた山椒の荒れた畑とか数カ所持っているよ。もっとも忙しくて果樹の畑はほとんど手入れが出来ないから出荷するほどの果樹は取れないけどね。」
 「その畑、タダで貸してくれないかな?」
 「ああ、いいよ好きなだけ使っていいよ」
 「ひえーーー」偶然とはいいながらこんなことってあるんだと本当に嬉しかったのであります。

 それで今年の夏帰省した時にその畑を案内して貰うことになったのであります。数カ所の畑を妹に案内してもらい、どの場所も中々のもので、まだちょっと早いだろうと思われる桃を数個もぎってきたのであります。それを持ち帰って自宅で食してみたが、その味は予想に反して甘露でありました。
 義弟の所有している畑地の広さは数カ所に分かれているとはいうもののかなりの広さで少しだけなどという表現は適していないように思われたが、プロの百姓と素人の私の感覚の違いであろうと思われる。

 今夏唯一の水源らしきものは、義弟の所有している畑内にあることが判明しました。ますます話は面白い方向に行きそうなのでありますが・・・・・・。

2012年9月4日火曜日

私だけの理想郷 その3

 最近発見した自分だけの理想郷なのだが、ここに水場があれば最高なのだが、今のところ見つけられないでいる。きれいな水が豊富に湧き出ているところだったら文句はないのだが。アウトドアを続けていると豊富な湧き水を使って素麺を茹でて食べるということがいかに贅沢なことかを痛感することができる。

 何年か前に秋田市から20分ほど車で登った畑と田んぼに囲まれた山の中に半年ほど百姓の真似事をして暮らしたことがあった。
 最初の3ヶ月は電気も水もない状態であった。後の3ヶ月は電気だけはたくさんの電柱を建てて引き込むことができたが、水は相変わらず無くて近所の家からペットボトルでもらい水をするという生活を続けていた。
 今あの生活をやれと云われてもできないだろうと思う。自分でも良くあんな生活ができたなと不思議に思うと同時に感心してしまう。
 その時に強く思ったのはお昼に素麺を食べるということがいかに贅沢なことなのだろうということであります。麺類を食するには大量の水を必要とするのです。
 長い原子耐乏生活に見切りをつけて自宅に帰ってからは毎日のように麺類を食べ続けたのであります。またそれと同時に食器や調理器具を丹念に洗い続けたのであります。食器を洗うことを嫌がる人も多いのですが、ああいう生活をしていると水をフンダンに使って食器を洗うということに限りなく大きなヨロコビを感じるものなのであります。
 蛇口をひねれば、(自宅のは上下すれば)水が豊富に出てきます。おまけにお湯さえでてくるのですから感動ものであります。トイレにはウンコを流すためにも清水が用意されています。私達現代人は気が付かないうちにかなり贅沢な生活をまったく意識することなくやっているのです。

アウトドアでの最高のごちそうは、カレーライスやバーベキューではなくて、麺類を食べることなのです。この事を知っている人は特級のアウトドアマンなのであります。
 中々条件の合う場所が見つからないので滅多に使うことはないのですが、茹でた麺類を洗うためのザルだけはいつも車に放り込んであるのです。
そういえば最近やったことがないな。
 水であったらなんでもいいというわけではありませんよ。放射能マミれなんてのは番外ですからね。こんなささやかな私の楽しみすらも原発村の奴らは奪ってしまった。
 山から豊富に湧き出てくる清水なんてのを発見したら、いくらスーパーが遠くても麺を買いに走りますね。それだけ価値のあることなのだとわかっているのであります。

 3,4日ぐらいの車中泊では、さほど水のことは心配することはありませんが、10日以上のアウトドア生活となりますと、水源の確保は必須となってきます。その水源を発見できないことが私のトップレベルの別荘地になっていないのであります。もっとも車で3分ほど走ったところに妹が経営する美容室があるので、そこで貰い水をすればなんていうことはないのですが。

2012年9月3日月曜日

私だけの理想郷 その2


さて、7年ほど前に散歩をしていて偶然に見つけた私にとってはユートピアのような秘密の場所でありますが、今回妻と娘に見せるために再び訪れました。
 そこの地名は〇〇山といいます。山と云っても、それほど急ではなくなだらかな丘陵が折り重なって続いているようなものであります。
 おまけに道は舗装までされています。これは農道なのか私道なのか市道なのかも私にはわかりませんが、なかなかのものであります。
 「な、静かでノドカでなかなかいいだろう」
「この傾斜の仕方なんかは最高だね」
「あそこにあるのはさくらんぼの木だね。ほら、まだ桃が収穫されずに残っているよ」
「あれは林檎の木だね。まだ収穫には早いね」
などと自慢げに二人に盛んに話しかけるのでありました。私のいつもの癖で、その風景や場所が気に入ってしまうと、もうそこは自分の物になってしまっているのであります。だからこれまで旅したところのお気に入りの場所は私の物なのです。それが方々にあるものですからシアワセなのであります。

 フクシマにも私のお気に入りの場所が5箇所ほどあったのですが、それが原発のために全てダメになってしまいました。当時はあんなに近くに原発があったのも気が付かずに結構な頻度で利用していたのです。特に飯舘村周辺は気に入っていました。それというのも山形に帰省した時には、まともに高速道路や4号線を使うことがつまらなく思えて、福島市から太平洋側に抜けて走るのが好きだったのです。そしてあの高原地帯と呼んでもいいような場所を発見したのでした。そこにはのどかな里山の山村風景が展開していたのです。
 一度は山の中で若い美女独りを拾って物の怪ではないかとビビったこともあったのです。確かその顛末をこのブログにも書いたような気がします。
 ま、失ってしまったものを今更嘆いてみても仕方のないことですから、フクシマの私の秘密の場所は全て捨てることにしました。もう一生足を踏み入れることはないでしょうね。

2012年9月1日土曜日

私だけの理想郷

 9月に入っても暑さはちっともその手を緩めてはくれない。私の勘違いか記憶違いかも知れないけど昔はお盆を過ぎると急速に秋めいていったような気がするのだが。そんなことを愚痴ってみても誰の責任でもないのだからしょうがないことだけれども。

 7,8年前のことだけれども、約2ヶ月ほど初秋の郷里山形に滞在したことがありました。別にやることも無かったので毎日4,5時間かけて散歩をしていたことがあります。今の自分とは違ってまだまだ体力のあった頃のことでありました。それでも毎日4,5時間歩くというのは結構きついもので、最後には腰に痛みが走ってしまい、中々回復しないというアクシデントに見舞われてしまいました。
 その時の散歩で偶然に発見したユートピアのような場所があります。具体的に地名を上げてもどれほどの影響があるのかはわかりませんが、それはとにかく当分の間自分だけの秘密にしておきたいので敢えて云わないことにします。言っても絶対にわからないとは思いますけれども。
 そこは盆地の中に離れ小島のようになっており、小高い山々が少しだけ続いています。
 その山はすでに開墾されつくされており、さくらんぼや桃・梨・りんごの果樹の畑や家庭菜園のようなのどかな畑地に覆われているのです。

 幹線道路からは大きく外れているので、その山に畑を持っている人以外はほとんどやってこないから、いつ行っても聞こえるのは鳥の鳴き声ぐらいなもので世の中から完全に隔離された別世界のようなところであります。

 そこを妻と娘に見せてやりたいという気持ちが湧いてきまして、今回の帰省中に連れて行ったのでありました。そこを発見した時は秋ということで木々の葉っぱは幾分紅葉を始めておりましたが、今回はまだ暑い夏真っ盛りと云っても良いような状況で、自分でもちょっと心配でありましたが、以前に私が感じた通りのユートピアそのものの風景を展開しておりました。

2012年8月30日木曜日

さすがに疲れて何もヤル気がしない

 郷里山形に行って来ました。金曜日(24日)の夜に出かけて昨日(29日)に帰ってきました。本日はまだまだ疲れが取れなくて終日ダラダラと寝転がっていました。

 原発が爆発してからはフクシマには近寄ったことがない。いつも新潟県を経由して山形を目指しています。これは正直いってかなりシンドイです。帰りは疲れもあったのでフクシマを通るかとも散々迷ったけれども、また新潟を通って帰ってきた。これで柏崎あたりの原発が爆発したら、郷里には帰れなくなってしまうなと思ったりもした。
 マスコミは何も言わなくなっていつものバカ番組を何も無かったように垂れ流しているが、フクシマは何ひとつ終わっていないのだ。
 フクシマの県民を守ることさえできないのに、「何が竹島だ尖閣だ北方領土だ」ちゃんちゃらおかしい。
 郷里の広い空と変わらね緑の洪水を眺めていて沸々と怒りが湧いてきた。自分のところがそうなってしまったら、どんな思いだろうかと。人ごとではないのだ。
 でもフクシマには近寄らない。それとこれとは話は別だと思っている。国策で原発を推進してきたのだから、国と電力会社は最後まで責任を持ってフクシマを救う義務があると思う。全力をあげてやるべきだと思う。でもあのバカ政治家では無理か。それを選んだのもバカな俺だもんね。ナサケナイ。

2012年8月23日木曜日

ヨロコビのチャーハンなのだ


 いつも夜が明け切らない頃に家をでて散歩をする。具体的には鳥や蝉が鳴き始めるのを合図に活動を開始するわけだ。さすがにこの時間になると気温も申し訳程度に低くなりこれまでの闇を支配していた爛れたような空気が少しだけ引き締まったように感じる。そう感じるのも完全に太陽が顔を出してしまえばいつもの灼熱のグデグデな夏に戻ってしまう。
 そうなる前に散歩だけは終わしてしまおうという魂胆である。最近はどうにか1時間弱の散歩に耐えられる体力はついてきたと思っている。こんどはせっかくつけたこの体力を何とか持続しなければならないと躍起になっている。
 何をやるにしても一番先にくるのは体力だということを痛感しているのだ。だからかなり真剣に取り組んでもいるのだ。

 この予定された一時間弱の散歩だけをやれれば疲れ果てて、その日は一日中ダウンしても構わないぐらいの気持ちでやっている。

 それで最近少しだけ散歩には自信を持てるようになってきたような気がする。こうして少しだけでもいいから何か自分で自信が持てるように仕向けていくってのは大事なことだと思う。
 俺的には散歩もそうだが、毎朝の圧力鍋による玄米粥作りとか、夕食用の白米炊きとかを毎日続けることによって出てくる自信というものが大事だと思うようになってきた。
 それはなんであってもいいと思うのだ。他人にとっては取るに足りないようなことであっても自分にとって大事だと思えるものなら何でも構わないのだと思う。

 そういえばもう一つ懸案だったことがひとつできるようになった。これも俺の自信につながっていくことは確実だと思う。

 夏休みで必然的に、昼の間子供たちが家にいることが多くなる。普段の日の昼ご飯は自分の分だけ簡単に作って済ませているが、最近は子供たちの分も一緒に作ってやることが多くなった。逆に自分が疲れて作りたくない時は子供たちに作ってもらう。さながら合宿をやっているような気分に襲われる。
 子供たちを小さい頃にキャンプで煮炊きを鍛えたので基本的なものはそれぞれ作れるようになっている。小さい頃からキャンプに連れ歩いた利点はこんなところに現れている。

 で、その日は娘が中途半端な時間に台所にきたので、チャーハンを作ってやることにした。それというのもチャーハンでは試したいことがあったのだ。都合のいい事にちょうど余り物のご飯をタッパーに入れて冷蔵庫に入れてあった。
 試したいことというのは、予め炒り卵を作るのではなく、冷ご飯に直接生卵を溶いて混ぜ合わせてしまう。そうすれば米自体が卵でコーディングされてうまい具合に炒めることができるというものだ。かなり前に確かテレビ番組でやっていたものである。いつか試そうと思っていたのだ。
 でそれは旨くいったので、これからはチャーハンを作る時はこれでいこうと思っている。そこで思わね収穫があったのだ。それはフライパンの上の米の天地返しであります。その時はたまたま娘一人分のチャーハンであったから、分量も少なくそれが大きく貢献したのだと思ったのだが、フライパンを左手に持って手首を返して、炒めている具材を空中に放り投げてひっくり返す技である。これがどうしてもできなかった。と同時にどうしてもやれるようになりたかったのであります。これができるかどうかで、なんとなくプロとアマの違いのように感じられ、味なんかどうでも絶対に格好がいいと思う。これができないんだったら料理なんかやらなければ良いというぐらいに思いつめていたのであります。なななんと、これが別に意識しなくてもなんなくできてしまったのです。

 これは嬉しい。限りなく嬉しいです。それからこれでもかというぐらいに何度も何度もひっくり返してみました。そして娘をわざわざガス台の近くに呼んでやっと修得した技を何度も披露したのであります。
 当然その日の昼ご飯は全員チャーハンということになり、自分の手首が痛くなるほど何度も何度も天地返しをやり続けたのです。やっているうちに段々と高く舞い上がるようになって、同時に自分の高揚した気持ちもチャーハンと一緒に高く空中に舞い上がり続けるのでありました。

2012年8月21日火曜日

目指すは日本で一 番の飯炊き男


 昨日はまさかのアクシデント(二日酔い)で一日中ダウン状態であった。散歩もできなかったどころではなく、激しい頭痛に襲われて、午前中は完全に死んでました。午後からはどうやら持ち直したが、到底ブログなど書く気にもなれなかった。おいおい二日酔いでなくても最近のブログはサボリ気味ではあるが、書けないという明確な理由があるだけまだましという理屈もあるが。

 一転して今朝の気分は爽やかである。旅に出る前に2時間とちょっとかかっていた散歩コースを今朝はなんと半分の1時間で歩き切ることができた。出だしからオーバーワーク気味だったので、必死にペースを落とすことに努めていたのだが、いつの間にかオーバーワーク事なんてまったく気にならなくなっていた。気がついてみたら半分の時間だったというわけであります。
 今朝は実に気分がいい。しかし、明日以降これ以上ペースを上げるのは危険だと思う、調子に乗りすぎると後のしっぺ返しが怖いのである。ぼちぼちがいい。別にオリンピックに出るわけじゃないんだから。明日からまたスローダウンして超ノロノロ散歩に切り替えることにする。

 散歩から帰ってきてシャワーを浴びて、昨日から水に浸して用意してあった玄米1合と冷凍庫にある骨付きの鶏肉の塊2個を圧力鍋に放り込んでガスに火をつける。ここのところ自宅にいる時は毎朝のように鳥玄米粥になっている。旅から帰ってからは尚更その腕を磨くように努めている。それというのも次回の旅から朝ごはんに玄米粥を採用しようかと考えているからだ。旅先で料理に失敗するとかなり惨めで悔しいものなのだ。だからそれを避けるために普段から調理の練習を重ねることにしている。アウトドアだからといって普段やり慣れていないことをニワカにやってはいけないのだ。

 玄米粥をアウトドアに持ち込むことを決めてから急速に浮上してきたのは現在の旅ではパックご飯を常用しているのだが、これを何とか普通の米から炊くことが出来ないかということであります。
 玄米粥の場合は誰がやってもほとんど失敗をすることはない。かなり多めの水を入れるので焦げ付く心配もないし、少々水ぽくてもそれは粥なんだから決して失敗にはあたらない。しかしこれが普通のごはんを圧力鍋で炊くとなるといきなり事情が違ってきてしまう。以前このブログに書いたことがあったが、一時期圧力鍋ての炊飯には絶対的な自信を持つまでになっていたが、最近は電気炊飯器に任せきりになってしまっていて、もうまったく自信を持てないような状態になっている。やはり何事もサボってはいけませんね。多少圧力鍋で炊いたものよりも味が劣っても、電気炊飯器の利便さに負けた形になっていたのです。この旅行中にある車中泊の方との会話から再び圧力鍋でご飯を炊く必要性を感じたわけであります。
 というのも先日のブログで「こんなところまできてもテレビが見たいのか!?」に登場してきた大阪ナンバーの軽のワンボックスの旦那さんと話をしていた時に、サブバッテリーを装備しており、2合炊きの電気炊飯器を使っていると聞いた。彼によると、これがかなり便利で車中泊には欠かせないという話であった。サブバッテリーで炊飯器を使うには普通の炊飯器では容量が大きくてダメなのです。ですから小さな炊飯器を探さなければなりません。私の場合はAC・DCコンバーターが最大800ワットですからそれ以下の炊飯器を探さなければならないわけであります。帰宅してからさっそくネットで探してみました。確かに小さな容量の炊飯器はたくさん売られていました。でもよくよく考えてみれば、電気炊飯器は莫大な量の電気を消費します。せっかサブバッテリーを装備していても、ご飯を炊くだけに蓄電したエネルギーの大半を消費してしまいかねません。私のサブバッテリーはあくまでもパソコン用なのでそれはどうしても避けなければなりません。そこで思いついたのが圧力鍋でごはんを炊くことであります。電気炊飯器で炊けば30分ほどもかかるところを圧力鍋であればたったの5分ほどで済んでしまうし、エネルギーの消費量はかなり少なくて済んでしまいます。
 そこで2日ほど前から再び圧力鍋での白米を炊く練習を始めました。昔取った杵柄といいいますか、最初の頃はちょっと水加減が多くて柔らかめだったのですが、最近は以前にも劣らぬ旨いご飯を炊くことができるようになってきたのであります。毎日のようにご飯を炊くわけでありますから、毎日が練習になるわけであります。これがまたやってみると結構面白いのであります。

目指すは日本で一番の飯炊き男であります。いやはや

2012年8月17日金曜日

車中泊での旅行は究極の節電でもあるのです。

 ある程度高さのある場所に旅に出ていると、ついつい日本全体が涼しくなったように錯覚してしまう。そして帰宅して愕然とするのは自宅周辺の気温は旅に出る前と比較してひとつも下がってないことです。散々涼しさを味わった後ですから精神的には却ってきついものがあります。
 夜中でも28℃よりも下がらないのだから恐れ入ってしまう。そんなこんなで、そろそろ4時を過ぎようとしています、周囲が殺人的に暑くならないうちにいつもの散歩を済ませてしまおうと家を出た。

 6日ぶりの散歩です。旨く歩けるか少し心配であったが順調に歩けた。自宅に戻ってから始めての散歩であったので、いつもの半分の距離にしておこうと思ったのだがあまりに調子がいいのでついつい予定をオーバーしてしまった。
 しかし、敢えてそこでやめにして引き返すことにした。このついつい調子に乗るというのが往々にして命取りになるのだ。
 人間頑張りすぎてはいけないということをこの年になってようやく理解できるようになった。何事もぼちぼちでいいんだよ。それでも毎日続けることによって、最初のぼちぼちとはあきらかに違うぼちぼちなるのだということを理解したのであります。

 近所の鎮守の森にかなりの数の蜩(ひぐらし)が「カナカナカナカナ・・・・」と鳴いていた。お盆前と暑さはほとんど変わらないようにも思えるが、季節はあきらかに秋に向かっていることを感じた。

 どうにか散歩を終えて帰宅した。汗だくであるが、まだ動悸が収まらないのでシャワーに入るのは少し待つことにする。旅行中アクセルとブレーキを踏みすぎて筋肉痛になった右足ふくらはぎは大分回復しており、ほとんど痛みを感じることはなかった。

 シャワーで汗を流した後に1合の玄米を洗って水に漬けた。久しぶりに明日の朝は玄米粥を食べてみようと思った。玄米粥は一昼夜ほど水に浸しておいたほうが、表皮のエグ味も無くなってよりおいしくなるような気がしてならない。試すのは当然鳥玄米粥であります。これ旅行で作ってもいいなと思うようになった。旅行の時のために徹底的に試行錯誤を重ねることにする。

 野外生活をしていると、電気のありがたさや大切さを心から感じるものであります。それと同時に人間最小の生活をしようと思えばそれほどエネルギーを必要としていないことも理解できるのであります。車中泊時のエネルギー源は完全に独立型であります。東京電力にも東京ガスにも県の水道局にもほとんど頼ってないことに気づきます。車中泊での旅行は節電に協力するどころではありません、まったく電力会社の電気を使ってないのでありますから。

 私の持っている旅行用の電気機器は、まだサブバッテリーを備える前に少しずつ揃えたものばかりですから、そのほとんどは単3か単4の充電式電池で稼働させるものばかりであります。各電池の充電は車のバッテリーからエンジンを回している時にやります。その他の電池も全て車が走っている間に満充電をして置きます。それでも充電できなかった場合はサブバッテリーからやります。当然サブバッテリーも走っている間じゅうに充電をして置きます。
 車というのは高性能な発電機でもあるのです。このことにまず気が付かなければならないのです。ただアイドリングしながらの発電はガソリンも無駄に消費するというのが難点ではありますが。
 現在の私の旅のスタイルでは、たぶんサブバッテリーそのものもオーバースペックだと感じてはいますが、実験として安いソーラパネルを1枚をつけてみようかと思っています。たぶん何日の間も車のエンジンを回さずに生活はできるのではないかと思っているのです。案外やってみると簡単なことではないかと。何も大げさなソーラー発電システムなんて必要ないのではないかとさえ思えてきているのです。
 この考えをもっと発展させると、一日のほとんどを過ごしている4畳半の仕事部屋を東電の電線から切り離して、ソーラパネル2枚にサブバッテリー1個で賄えるのではないかと考えています。
 稼働しているのはエアコン・パソコン・扇風機・電話・空気清浄機・照明・パソコン用外部スピーカーぐらいのものですから現在車に積んでいるシステムにソーラパネル1枚加えるぐらいで稼働するのではないかと思っているのです。

 今回の旅行中にずーっとこれらのことを考えていたのです。ただ私は電気の知識がまったくありません。電気の知識をお持ちで近くにお住まいの方で力を貸していただける方がいらしゃったらよろしくお願いいたします。

ワンタッチ テントが案外安いので心が動いた

現在の私の旅のスタイルではテントをまったく必要とはしていません。それでもアウトドア用品というものは心惹かれるものがあります。以下の動画はTwitterで偶然見つけたものです。これひとつ持っているといざという時に楽かも知れないと思いました。




3人用で7290円だから、これまで物色していたテントは全て40000円以上でありましたから。なんだか却って心配になってくるところも無きにしもあらずですね。
基本的には面倒くさがり屋なのです。テントを貼るなんていう作業もできれば避けたいことなのです。これぐらいに簡単であれば貼ってもいいかなとも思うのだけれども。
しかし、基本的に面倒くさがり屋の人間はアウトドアなどはやってはいけないような気もするのだけれども、人それぞれの野外生活というのはあるのだろうから、それでいいのだと思う。

2012年8月16日木曜日

私の移動する狭小住宅

一見すると普通の車のように見えますけども、それは私の居間・食堂・寝室・仕事場を兼ねる動く狭小住宅なのであります。以前は折りたたみ椅子とかタープとかテントなんかを持ち運んでいましたが車の椅子ほど座り心地がいいものはないと思いそのようなものは持ち歩かなくなりました。
またこの車は運転席から3列目のシートまで倒すと真っ平になってかなり広い空間が出現するのです。滅多にそんな面倒なことはやりません。全部のドアを開け放して風通しを良くして外にいるような気分を味わいます。ドア閉めればすぐに出発できる気軽さが好きであります。荷物も最小限にしてありますから軽いです。軽いですからスピードも普通に出ます。

 写真奥の方に見えるのが、きちんとした水栓トイレなのです。最強のクーラボックスも積んでいますが、通常はコンビニやスーパーが私の冷蔵庫であります。そこには常に冷たいビールが私の為に用意されています。お風呂は日帰り温泉という贅沢さです。自宅ではのんびりと風呂に入るなんていう考えはありませんが、一旦旅にでると毎日温泉に入ります。しかも毎日のように違う温泉に入るのです。洗濯機はコインランドリーであります。以前は地方に行くとコインランドリーがなかなかなくてオートキャンプ場を探して、管理人に交渉してコインランドリーだけを使わせてもらっていました。最近はちょっとしたところにもコインランドリーを見つけることができますので、ひとつも困ることはありません。現金が足りなくなったらどうするかって、私はネットバンクを利用していますので、郵便局・ファミリーマート・セブンイレブンを使用すれば出し入れが無料であります。他にクレジットカードもありますから困ることは無いですね。

 ひとつの場所に飽きたら移動して気に入った場所を探します。その場所が気に入ったら飽きるまで同じ場所に居座ります。その時は同じ温泉に入り続けるしかありませんけれども。気に入った場所というのは、当然温泉も気に入ることになりますから別に不都合はありません。

 写真の場所は山の中ですが、意外にもWi-Fiがばっちり入るのであります。電話・テレビ・インターネットが完備しています。そうそう特筆すべきは冷暖房までついているのです。(車だから当たり前か)ただ夏の間は高度の高い涼しい場所を狙って行きますので滞在中は冷房を使うことはありません。暖房は電気毛布を使います。これを敷いて床暖房にするとかなり暖かいです。寝る時はダウンの寝袋と電気毛布を併用すると汗を掻くほどであります。
 大好きな音楽はiPhoneとパソコンに5万曲入れてあります。車のラジオとは別にもう一台ラジオを積み込みます。車のラジオやステレオはエンジンをかけてないと稼働しないので電池でも聞けるようにしています。音楽を聞くためだけにエンジンを始動するなんてガソリンが勿体無いじゃないですか。

 だから理論上どこででも仕事ができるはずなのです。自分でもいつもその気持ちになってノートパソコンなんかも積み込むのですが、あまりにもその放浪生活が楽しくてとても仕事なんかやる気持ちになれません。以前はパソコンを開かないとメールのチェックはできなかったのですが、今はiPhoneに他のメールアドレスも集約しているので開かないでも済むようになっています。いいんだか悪いんだかこのあたりは良くわからないところであります。

夫婦の時間

 年に2回ほど夫婦で旅に出る。娘が高校生で大洗の寮にいる時は、学校の行事で日帰りが出来るにもかかわらず、それを利用して1泊ないし2泊の旅をした。昨年までの3年間は年間10回以上の旅をしていたと思う。

 一人旅と違って夫婦での旅はひとつも寂しくなく、家にいる時とほとんど変わりがないようなところもあるからだ。
 ただお互いの口数は必然的に多くなる。普段は互いに会話らしい会話もしていないが、旅の途中は結構饒舌になり、あれこれと話す。ああ!仲が良くていいですねとなる。

 だがしかし、これが一旦険悪になると始末に困る。だって怒って途中で別れるわけにもいかないから、互いに黙りこくることになる。最悪の雰囲気である。だから、夫婦で旅するときにはなるべく険悪な雰囲気にはならないように気を使ってしまう。大概の場合はそうならないで助かってはいるが。

 車中泊の旅に出た時にストックしてある、非常食を消費しようと思って持っていくのだが、これがひとつも減らない。できるだけこういう機会を利用して非常食の賞味期限を新しいものにしようと計画はしているのでありますが。毎日どこかのスーパーに寄ってしまうのだから、非常食など無くなるわけがないのです。

 私と妻にとっては買い物もひとつの娯楽になっているのかも知れない。どんなところに行ってもかなり大型のスーパーがあります。田舎に行けば行くほど大型の店があるような気がします。

 午後3時頃になると、今晩の寝床を探すことになります。その前に夕ごはんの買い物を済ませるようにしています。目についた比較的大きなスーパーがあれば何も考えずに駐車場に車を入れます。普段滅多に二人で買い物をすることなどありません。だいたい私は普段からスーパーに行く事はありません。だから結構店のなかをブラツイているのが楽しいのであります。
 それでも大概の場合私は飽きてきて、先に車に戻って読書をしたり、昼寝をしたりネットを覗いたりしています。妻の買い物は長いというのを発見したのも二人で旅をするようになってからのことであります。
 それはそれで普通の日であったらいいのです。だが、普段より走っている時間が長くなって買い物をする時間が無いなんていう時には困ってしまうのです。最初妻の買い物が長いということに気づかなかったのでイライラのしどおしでありました。それに気がついてから、時間の無いときには私もついていって必要なものをドンドン買わせてしまうのであります。そうしないとまた無駄に時間が経ってしまうのです。買い物が終わった後は温泉に行かなければならないのです。だからモタモタしてはいられないのです。
 それで、レジで精算を済ませるまで待っていなければなりません。その精算が終わる前にあれを買い忘れたなんてことになって、また売り場に戻る可能性があるからです。おかげ様で私はここまで用心深くなったのであります。通常は妻のペースで一向に構わないのですが、これまで運転で疲れているし、夕方になったら私のビールタイマーが働くようでシュポっとプルトップを抜かなければならないからなのであります。

 温泉と冷たいビールのない旅なんて絶対にしたくありませんからね。

こんなところまできてもテレビが見たいのか!?

 今回の4泊5日の旅で、私の車中泊用の装備はかぎりなく完成形であることを実感しました。確かに車自体は普通のステップワゴンであり、何ら改造を施していません。購入する時に全周をカーテン張りにしたことと、100Vの交流電源が使えるコンセントをひとつ付けさせたことだけであります。それに一昨年に800Wがまで使えるサブバッテリーを導入しただけのことですが、これで1ヶ月でも2ヶ月でも旅して回れと云われたとしても何ら不自由なく回れると思います。
 むしろ家電らしいものをほとんど使ってないので800Wのサブバッテリーシステムはオーバースペックなのではないかと思ってるぐらいです。ま、これはノートパソコンを使用して旅先に長期滞在して仕事をやるためのものですから仕方ないことですけれども。

 白馬の野営地で会った京都ナンバーの軽ワゴンのご夫婦は変わっていましたね。屋根に見慣れない小さな箱型の金属がついているのです。こういう変わったものをみると、もうウズウズして話しかけないでいられないのです。普段は人見知りが激しくて始めて会った人に自ら話しかけるなんてことは絶対にありませんけど、こと旅に出てしまうと性格が変わってしまうようです。

「こんにちは、この屋根についている変わったものはなんですか?」

「ああ、これね地デジのアンテナんですよ。」
「現地に着いたらね、近所の屋根のアンテナの向きをまねして向けるとテレビが写ルンです。」

 一番後ろの荷室に棚が括りつけられており、縦に3つ横に3つの区画があり、一番下の棚に液晶テレビ30インチぐらいでしょうか、鎮座ましましておりました。テレビはどのように固定されているのか追求し忘れてしまいました。他の棚にはまるで合わせて作ったかのような箱が見事にピタっと収められていました。

「ここは、あまり映りが良くないんだよな。」

 といいながらリモコンのスイッチを入れてみせてくれました。デジタル放送の映りが悪いテレビというのを始めて見ました。映像自体はしっかり映るんですね。アナログの場合は画面が流れてしまうから、ああはならない。デジタルの場合は画像がブツ、ブツと途切れるんですね。

 一番後ろのハッチを開けて、夫婦二人は外に椅子を並べて仲良くテレビ鑑賞をしているのです。

「これはサブバッテリーを積んでいるんですか?」
「そう、軽だからバッテリーは小さいけどね」

 世の中自分とは違う価値観念の人はいてもいいと思うし、むしろそのほうが多いのかも知れない。確かにここまでやるには知識と技術が必要だと思う。それには本当に感心してしまう。いや尊敬までしてしまいます。しかし、私は次の言葉に完全に打ちのめされてしまった。



「やはりここは映りが悪いから他の野営地に移動することにするよ」



 いやはや、京都くんだりからこんな山の中までわざわざやってきた理由というのはテレビを見るためだったとは、いささか力の抜ける話であります。