2011年6月4日土曜日

ドラッカー 「5 イノベーションと企業家精神」

 本書『イノベーションと企業家精神』は、一九八五年、ドラッガー七五歳のときの著作である。イノベーションと起業家精神が誰でも学び実行することができるものであることをあきらかにした世界最初の方法論である。



まえがき

 本書はイノベーションと企業家精神を生み出すための原理と方法を示している。企業家の性格や心理ではなく、姿勢と行動について述べた。実例を使っているが、それは単に成功物語を紹介するためではなく、重要なポイント、基本的なルール、注意すべき点を明らかにするためである。したがって、ほかの文献とはイノベーションと企業家精神の重要性についての認識は同じであっても目的と内容は大きく異なる。

 イノベーションと企業家精神は才能やひらめきなど神秘的なものとして議論されることが多いが、本書はそれらを体系化することができ、しかも体系化すべき課題すなわち体系的な仕事としてとらえた。

 本書は実践の書である。しかし、ハウツーではない。何を、いつ、いかに行うべきかを扱う。すなわち方針と意志決定、機会とリスク、組織と戦略、人の配置と報酬を扱う。

 本書はイノベーションと企業家精神を、イノベーション、企業家精神、企業化戦略の三つに分けて論ずる。これらはいずれもイノベーションと企業家精神の「側面」であって「段階」ではない。

 イノベーションの部では、イノベーションを目的意識に基づいて行うべき一つの体系的な仕事として提示する。また、イノベーションの機会を、どこで、いかに見出すべきかを明らかにする。その後、現実の事業として発展させていく際に行うべきことと、行ってはならないことについて述べる。

 企業家精神の部では、イノベーションの担い手たる組織に焦点を合わせる。そこでは三種類の組織、すなわち既存の企業、公的機関、ベンチャー・ビジネスにおける企業化精神扱う。これらの組織が成功するための原理と方法は何か、企業家精神を発揮するには、いかに人を組織し、配置すべきか、その場合の障害、陥穽、誤解は何か、さらには、企業家の役割とその意志決定について述べる。

 企業化戦略の部では、現実の市場において、いかにイノベーションを成功させるかについて述べる。結局のところ、イノベーションが成功するかどうかは、その新奇性、科学性、知的卓越性によってではなく、市場で成功するかどうかによって決まる。


 企業家精神は科学でもなければスキルでもない。実務である。もちろん知識は不可欠である。本書はそれらの知識を体系的に提示する。しかし、医学やエンジニアリングなどほかの実務の知識と同じように、企業家精神に関わる知識も目的を遂行するための手段である。したがって、本書のような著作は実例による裏づけがなければならない。

 イノベーションと企業家精神に関わる私の仕事は、一九五〇年代半ばに始まった。まず最初に、ニューヨーク大学ビジネススクールの夜間セミナーを週一回、二年間にわたって受け持った。学生はほとんどがすでに仕事で成功している人たちだった。

 セミナーで議論したことは、彼らの実際の仕事において、あるいはそれぞれの属する組織において試された。また、私自身のコンサルタントの仕事において試され、確認され、洗練され、修正されていった。

 本書は、それらの観察、研究、経験のエッセンスである。実際にあったケース、すなわち戦略と実践における成功例と失敗例の両方を紹介している。組織名を出しているもは私のクライアントではなく、周知のケースであるかもしくはその組織自らが明らかにしたものである。私のクライアントの場合は、私の他の著書と同じように実名は出していない。しかしケースそのものはすべて実際に起こったものである。

 本書はイノベーションと企業家精神の全貌を体系的に論じた最初のものである。この分野における決定版ではなく最初の著作である。私は本書が嚆矢となることを望んでいる。

   カリフォルニア州クレアモントにて
                  ピーター・F・ドラッカー

目次

  • 第Ⅰ部 イノベーションの方法
    • 第1章 イノベーションと企業家精神
      • 企業家の定義
      • 変化を利する者
      • 企業家精神のリスク
    • 第2章 イノベーションの七つの機会
      • イノベーションとは何か
      • イノベーションの体系
      • 七つの機会
    • 第3章 予期せね成功と失敗を利用する(第一の機会)
      • 予期せぬ成功
      • イノベーションへの要求
      • 予期せぬ成功が意味するもの
      • 予期せぬ失敗
      • 分析と知覚の役割
      • 外部の予期せぬ変化
    • 第4章 ギャップを探す(第二の機会)
      • 業績ギャップ
      • 認識ギャップ
      • 価値観ギャップ
      • プロセスギャップ
    • 第5章 ニーズを見つける(第三の機会)
      • プロセス・ニーズ
      • 労働力ニーズ
      • 知識ニーズ
      • 五つの前提と三つの条件
    • 第6章 産業構造の変化を知る(第四の機会)
      • 産業構造の不安定性
      • 自動車産業の場合
      • 外部者にとってのイノベーションの機会
      • 産業構造の変化が起こるとき
      • 単純なものが成功する
    • 第7章 人口構造の変化を知る(第五の機会)
      • 人口構造の変化
      • 人口構造の変化はイノベーションの機会
      • 人口構造の変化の分析
    • 第8章 認識の変化をとらえる(第六の機会)
      • 半分空である
      • 黒人、女性、中流階級意識
      • タイミングの問題
    • 第9章 新しい知識を活用する(第7の機会)
      • 知識によるイノベーションのリードタイム
      • 知識の結合
      • 知識によるイノベーションの条件
      • 知識によるイノベーションに特有のリスク
      • ハイテクのリスクと魅力
    • 第10章 アイデアによるイノベーション
      • あまりの曖昧さ
      • その騎士道
    • 第11章 イノベーションの原理
      • イノベーションの原理と条件
      • イノベーションの三つの「べからず」
      • イノベーションを成功させる三つの条件
  • 第Ⅱ部 企業家精神
    • 第12章 企業家としてのマネージメント
      • 企業家のための手引き
    • 第13章 既存企業における企業家精神
      • 企業家たること
      • 企業家精神のための経営政策
      • 企業家精神のための具体的方策
      • イノベーションの評価
      • 企業家精神のための組織構造
      • 評価測定の方法
      • 企業家精神のための人事
      • 企業家精神にとってのタブー
    • 第14章 公的機関における企業家精神
      • イノベーションを行えない理由
      • 公的機関の企業家原則
      • 既存の公的機関におけるイノベーションの必要性
    • 第15章 ベンチャーのマネジメント
      • 市場指向の必要性
      • 財務上の見通し
      • トップマネジメント・チームの構築
      • 創業者はいかにして貢献すべきか
      • 第三者の助言
  • 第Ⅲ部 企業家戦略
    • 第16章 総力戦略
      • 総力による攻撃
      • 成功への道
      • リスクの大きさ
    • 第17章 ゲリラ戦略
      • 創造的模倣戦略
      • 柔道戦略
    • 第18章 ニッチ戦略
      • 関所戦略
      • 専門技術戦略
      • 専門市場戦略
    • 第19章 顧客創造戦略
      • 効用戦略
      • 価格戦略
      • 事情戦略
      • 価値戦略
    • 終章 企業家社会
      • われわれが必要とする社会
      • 機能しないもの
      • 企業家社会における個人
      • 訳者あとがき
      • 索引



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