年の瀬も迫った25日土曜日の昼下がりに、助手席に妻を乗せて国道6号線上をノロノロと走っていた。道路は年の瀬の影響なのかいつもより混雑しているようだ。目的地は大洗町であります。あくる26日の日曜日の午後から開かれる、大洗高校マーチングバンド・ブルーホークスの定期演奏会を鑑賞するためであります。
高速道路を使えば1時間半といった道のりを、一般道路をのろのろと走ってたっぷり5時間ほどをかけていきます。別に高速料金をけちっているわけでありません。1000円の休日割引料金を払ってシャカリキになって走ってもひとつも面白くはありません。最近はすっかりインドア化してしまって、まったく表に出かけていなかったので、たまにはドライブなどを楽しみ、途中で食事をしたり、露天風呂どっぷりと浸かって目一杯楽しもうという魂胆であります。娘の演奏も楽しみなのですが、この大洗町までの小さな旅も楽しみなのであります。音楽もJazzとブルースを中心にどっさりと準備してきました。
結局この日は渋滞気味だったこともあるのですが、寄り道も多く、特に温泉の露天風呂が気持ち良くてついつい長湯をしてしまい、大洗に着いた時にはどっぷりと日が落ちておりました。娘に電話をしたら、夕食を一緒に食べられるということなので、急遽大洗町のスーパーエコスに買い物にいって、自宅での食事よりは数倍豪華な食材を用意しました。久しぶりに見る娘はなんとはなしに逞しくなっており、3人で星を見ながら食事半分会話が半分の時を過ごしました。私も妻も酔ってしまったので、妻が歩いて寮まで送っていきました。私はそれからも妻が帰ってくるまで飲み続けまして、久しぶりのアウトドアを心から楽しみました。明日の朝はまた露天風呂に浸かることにしているので多少呑み過ぎてもへっちゃらであります。空には満天の星で外は凍てつくような冷気で覆われています。最高です。
演奏会当日腫れ上がっていい天気であります。演奏会は昼からということで、ここはひとつ朝風呂っていうのも洒落てるのではないかと、さっそく昨日の温泉に寄りましたが、8時から10時まではお風呂の掃除ということで入れませんでした。それでは娘に頼まれていた花束を購入しようということで、常陸那珂にある大型スーパーへと向かい、花束を調達したり、朝ご飯を食べたりしていたら、10時近くなったので、再び露天風呂へ向かうのでありました。
12時開演ということなのに、11時30分にはすでに長蛇の列ができていて、慌てたのなんのって、とりあえず妻を列に並ばせて駐車場探しであります。これがまた市役所の駐車場も文化センターの駐車場もとっくの昔に満車状態のようでありました。露天風呂があまりに気持ち良かったのでついつい長湯をしてしまったのであります。露天風呂はやはり寒い冬に限りますね。ということは置いておいて、ようやく大洗の温泉の駐車場をみつけてそこに車を置いて3分ほど歩いて事無きを得ました。
悩める放浪者ぽーの「うろんな日々」を綴っています。放浪とアウトドアが好きで東北・北海道を中心に散々彷徨うが、アウトドアの究極は農業ではないかと思いはじめて、単身秋田市のド田舎にある荒れ地に理想郷を実現せんと乗り込んだ。が、しかし意気負い込んで乗り込んだまでは良かったのだが・・・・・
2010年12月30日木曜日
2010年12月28日火曜日
今頃年賀状の印刷をしています。
もう年賀状の元日配達には間に合いませんね。毎年思うことなのですが、もっと早めに年賀状を作っておけば、こんなに焦らなくても済むはずなのにと。しかし、その反省はこれまで一度として生かされたことがなく、毎年切羽詰まってからの作業となっています。図案は昨年に引き続き今年も娘の演奏姿であります。これを使えば図案に苦しむことがなくて大助かりであります。しかし、来年はまだこのネタ持ちますけれども、卒業してからは無理ですね。ま、そん時はそん時でしょう。
2010年12月23日木曜日
アウトドア的ココロなのだ!
昨日の続きになるが、夕方の5時ともなれば周囲はすっかり闇のなかに包まれてしまう。どうにかこうにか単3エネループ3個使用のランタンの限りなく頼りない光の下で酒を呑む。この場合予備のランタンを追加しても大局的には大差はない。自宅の居間の目映いばかりの蛍光灯には、まったく太刀打ちできないのだ。
最初は「気の持ちようだ」などと強がってみる。「このさい人間の生き様が重要なのだ!」なんてことにも思考を巡らせてみて、それを頼りにしてみたりする。
ふ、ふ、そんな思いは3日と持ちはしない。
しかし不思議なものである1週間もすれば12時間も続く暗くて限りなく寂しい闇の生活があたりまえになっていく。と、同時に己の高邁な思想(独り合点ともいう)も、いつしかその漆黒な闇ななかに埋もれてしまっていく・・・・・。
「人間は何のために生きるのか」ではなく、「生きるために生きるのだ」ということを初めて理解する。(ナサケナイ)なんてことは今だから言えることであって、それすらも思いめぐらす余裕はなくなってしまう。
早い話が自分の姿は生存するだけのための自己保身に終始するジツに浅ましくも極めて格好が悪いものであることを思い知らされたりするのでありました。
最初は「気の持ちようだ」などと強がってみる。「このさい人間の生き様が重要なのだ!」なんてことにも思考を巡らせてみて、それを頼りにしてみたりする。
ふ、ふ、そんな思いは3日と持ちはしない。
しかし不思議なものである1週間もすれば12時間も続く暗くて限りなく寂しい闇の生活があたりまえになっていく。と、同時に己の高邁な思想(独り合点ともいう)も、いつしかその漆黒な闇ななかに埋もれてしまっていく・・・・・。
「人間は何のために生きるのか」ではなく、「生きるために生きるのだ」ということを初めて理解する。(ナサケナイ)なんてことは今だから言えることであって、それすらも思いめぐらす余裕はなくなってしまう。
早い話が自分の姿は生存するだけのための自己保身に終始するジツに浅ましくも極めて格好が悪いものであることを思い知らされたりするのでありました。
2010年12月22日水曜日
もはやそのアウトドアスピリッツなどはことごとく打ち砕かれてしまって胡散霧消してしまった
蛇口をひねれば水がでるのはあたりまえだ。スイッチを押せば電気がつくのもあたりまえだ。そのあたりまえでない生活を4ヶ月も続けたら、自宅にいるのがウレシクてウレシクてしょうがない。自宅の場合は蛇口を押せば水がでてくるどころの話ではなく、一番右にまわして押せば浄水がでて、一番左にまわして押せばなんとお湯まででてくる。スイッチを押せば赤々と照明が灯り、冷暖房までスイッチひとつで済んでしまいます。長年住んでおっても、まったくその有り難さに気がつかなかった。
もはやそのアウトドアスピリッツなどはことごとく打ち砕かれてしまって胡散霧消してしまってどこへやらの状態であります。
秋田の農園では最初の2ヶ月は電気さえなかった。電気のない心細さと不便さを骨身に沁みて無理矢理理解させられた。夕方の4時頃から夜の準備をすっかり整えておかなければ、やがて訪れる真正の暗闇のなかで何もすることができなくなるのだ。あれからまだ半年も経っていないのに、もう記憶は懐かしさの範疇にあり、よくあんな生活ができたものだと自分自身に感心する有様であります。
もはやそのアウトドアスピリッツなどはことごとく打ち砕かれてしまって胡散霧消してしまってどこへやらの状態であります。
秋田の農園では最初の2ヶ月は電気さえなかった。電気のない心細さと不便さを骨身に沁みて無理矢理理解させられた。夕方の4時頃から夜の準備をすっかり整えておかなければ、やがて訪れる真正の暗闇のなかで何もすることができなくなるのだ。あれからまだ半年も経っていないのに、もう記憶は懐かしさの範疇にあり、よくあんな生活ができたものだと自分自身に感心する有様であります。
2010年12月20日月曜日
キャベツ1個100円 なんというシアワセ
近所にソメヤさんという農家があります。どうでもいいけどご近所にはソメヤとかマツマルさんなんていう苗字がやたら多いのであります。私の周囲の農家はすべからく立派な家屋敷を持っております。そして例外なくアパートを経営したり、駐車場を経営したりと、怒られるかも知れませんが、まぁいうてみれば土地成金です。ベンツを乗り回して、ロレックスの金時計をして、首には高そうで太い金のネックレスをしているなんて知り合いも実際にいらっしゃいます。ま、絵に書いたような成金オヤジですね。その様は私が生まれ育った東北の寒村とは比べ物にならないくらいに豊かな様相であります。おかしなことさえやらなければ一生安泰のような近隣の農家でありますが、つい3年ほど前になりますかね。その農家も確かソメヤさんという名前だったと思いますが、それはそれは大きなお屋敷でありまして、コンモリとした屋敷林で覆われておりまして、屋敷があまりに広すぎて母屋が見えないくらいのところでありました。ある時その広大なお屋敷の屋敷林が跡形も無くきれいさっぱりと伐採され、大きな母屋も付随する作業小屋も取り壊されて広大な更地になっておりました。それからあれよあれよと言う間に、立売住宅が40棟近く建てられあっと言う間に売り切れてしまいました。風の噂に漏れ聞いた話では愚息が博打に手を出してどうにもならなく田地田畑根こそぎ持っていかれたと話でありました。
さてキャベツを売っている農家のソメヤさんはどんな人なのかはまだ一度も会ったことがわかりませんけれども、とにかく今回はそんな事とはまったく関係のない話をするのでありました。
そのソメヤさんのお屋敷の入り口の立派な門のところに、箱が置いてあり、その中にキャベツとか人参とかネギなどの農産物が入れられて販売しております。置いてある野菜はその時によって違いますが、どの野菜も新鮮で安いのです。特にソメヤさんちは私が歩いて買い物に行くスーパーの途中にありますから、スーパーに行く途中で今日はどんな野菜があるかを確かめてから行きます。それでスーパーで売られている野菜の値段を見てから、スーパーの帰りにソメヤさんの野菜を購入して帰るわけであります。それでね1個100円のキャベツにはいつも感激してしまいます。だからついつい買いすぎてしまって、台所にはキャベツがゴロゴロ転がっている状態がしばらく続いてしまっています。それにまだ使い終わっていないキャベツあるにもかかわらず、「キャベツ 1個100円」というボール紙に書いた看板をみると逆上してしまいまして、発作的に買ってしまいます。だから本日もたくさんのキャベツが台所に転がっているのであります。
さてキャベツを売っている農家のソメヤさんはどんな人なのかはまだ一度も会ったことがわかりませんけれども、とにかく今回はそんな事とはまったく関係のない話をするのでありました。
そのソメヤさんのお屋敷の入り口の立派な門のところに、箱が置いてあり、その中にキャベツとか人参とかネギなどの農産物が入れられて販売しております。置いてある野菜はその時によって違いますが、どの野菜も新鮮で安いのです。特にソメヤさんちは私が歩いて買い物に行くスーパーの途中にありますから、スーパーに行く途中で今日はどんな野菜があるかを確かめてから行きます。それでスーパーで売られている野菜の値段を見てから、スーパーの帰りにソメヤさんの野菜を購入して帰るわけであります。それでね1個100円のキャベツにはいつも感激してしまいます。だからついつい買いすぎてしまって、台所にはキャベツがゴロゴロ転がっている状態がしばらく続いてしまっています。それにまだ使い終わっていないキャベツあるにもかかわらず、「キャベツ 1個100円」というボール紙に書いた看板をみると逆上してしまいまして、発作的に買ってしまいます。だから本日もたくさんのキャベツが台所に転がっているのであります。
2010年12月17日金曜日
料理修行はまだ続いていますよ
今週の料理当番は一応本日で終了です。なんかほっとします。以前は何を作ればいいのか毎日パニックになってしまいそうでありましたが、諦めずに毎日料理をやり続けた結果、どうやら、コンスタントに月曜から金曜日までの5日間の料理を作ることができるようになったようなのであります。
土日はまったく料理をしないかといえば、そうではなく次の週のために下ごしらえができるものはやっているのであります。特に冷凍できるものを作っては貯蔵して、どうしても料理したくないっていう日に備えておくのです。こうしておくと気も楽になります。いざとなれば冷凍してある餃子やコロッケやメンチカツを登場させるわけであります。
それからオヒタシっていうのもなかなかいいです。ブロッコリーや卵なんかもあらかじめ茹でておきますと、いろんな場面で使えます。日曜日に茹でて大きなタッパーにいれておくのです。それを小分けにして出すのです。そうそう小分けにして出すってなかなかいいですよ。小さな器にオヒタシとかきんぴらごぼうとか、オカラを使ったモノとか、漬物とかちょっとだけ保存が効くものを妻にも協力してもらってかなり多めに作っておくのです。それを大きめのタッパーにいれて冷蔵庫に保存です。にわか料理人に成り立てのころはメーンディッシュだけを考えていましたが、これは大きな間違いです。まずは3品から4品の小物というか脇役の料理を考えてあらかじめ用意しておくのです。それに何かメーンになるものを一品作れば済んでしまうのです。メーンになるものが野菜炒めなんてなるともうそれはそれは簡単すぎて申し訳ない気持ちになってしまいます。うーーんかなり余裕がでてきたぞ。
そうするとそれだけで3品から4品揃ってしまいます、こんな感じですから時には5品とか6品になる場合も多々有ります。私一人だけであったら3品もあればそれだけで充分だと思えます。
以前は大皿にドッカンドッカンと出していたのですが、そうすると奴らはあまり好きでないものには手を出しません。へたすると大量に残ってしまう場合もありました。料理するがわにとってみますと誠に気分が悪い話であります。それに冷蔵庫になんでもかんでも詰め込んでおくっていうのが大嫌いなのであります。以前の私はなんでもかんでも冷蔵庫のなかは一杯であればいいのだと考えていましたが、最近は冷蔵庫のなかも整理・整頓・清掃を断行しておりまして、冷蔵庫のなかはスカスカで見通せる状態が最高なのだという結論に達しております。ですから残った料理を再び冷蔵庫に戻すということは絶対にやりたくないことなのです。出した料理はその場で消化というのが鉄則になっております。そうしますと自然と作る量も考えるようになりますから、節約にもつながるわけであります。
だから家族には出されたものは絶対に残してはならないと厳命してあるわけであります。それを守らなければどうなるか、私の性格からすればもうお判りでしょう。
さて本日の料理は、以前に大量に作りおきしていた餃子を焼きます。これも料理が嫌になったときの用心にと作っておいたのですが、ここ2週間は毎日順調にやってきましたので、一度も使うことがなかったのです。本日はその餃子を全部使いきって一旦リセットです。日曜日にでもまた大量の餃子を作ればいいのですから。それからマーボー豆腐ですね。これも実に簡単で便利な料理なのですが、この2週間ほど一度もやっていませんでした。そろそろやっておかないと忘れてしまいそうですから復習のためにやろうと思っています。なんだか中華料理屋さんみたいですね。
土日はまったく料理をしないかといえば、そうではなく次の週のために下ごしらえができるものはやっているのであります。特に冷凍できるものを作っては貯蔵して、どうしても料理したくないっていう日に備えておくのです。こうしておくと気も楽になります。いざとなれば冷凍してある餃子やコロッケやメンチカツを登場させるわけであります。
それからオヒタシっていうのもなかなかいいです。ブロッコリーや卵なんかもあらかじめ茹でておきますと、いろんな場面で使えます。日曜日に茹でて大きなタッパーにいれておくのです。それを小分けにして出すのです。そうそう小分けにして出すってなかなかいいですよ。小さな器にオヒタシとかきんぴらごぼうとか、オカラを使ったモノとか、漬物とかちょっとだけ保存が効くものを妻にも協力してもらってかなり多めに作っておくのです。それを大きめのタッパーにいれて冷蔵庫に保存です。にわか料理人に成り立てのころはメーンディッシュだけを考えていましたが、これは大きな間違いです。まずは3品から4品の小物というか脇役の料理を考えてあらかじめ用意しておくのです。それに何かメーンになるものを一品作れば済んでしまうのです。メーンになるものが野菜炒めなんてなるともうそれはそれは簡単すぎて申し訳ない気持ちになってしまいます。うーーんかなり余裕がでてきたぞ。
そうするとそれだけで3品から4品揃ってしまいます、こんな感じですから時には5品とか6品になる場合も多々有ります。私一人だけであったら3品もあればそれだけで充分だと思えます。
以前は大皿にドッカンドッカンと出していたのですが、そうすると奴らはあまり好きでないものには手を出しません。へたすると大量に残ってしまう場合もありました。料理するがわにとってみますと誠に気分が悪い話であります。それに冷蔵庫になんでもかんでも詰め込んでおくっていうのが大嫌いなのであります。以前の私はなんでもかんでも冷蔵庫のなかは一杯であればいいのだと考えていましたが、最近は冷蔵庫のなかも整理・整頓・清掃を断行しておりまして、冷蔵庫のなかはスカスカで見通せる状態が最高なのだという結論に達しております。ですから残った料理を再び冷蔵庫に戻すということは絶対にやりたくないことなのです。出した料理はその場で消化というのが鉄則になっております。そうしますと自然と作る量も考えるようになりますから、節約にもつながるわけであります。
だから家族には出されたものは絶対に残してはならないと厳命してあるわけであります。それを守らなければどうなるか、私の性格からすればもうお判りでしょう。
さて本日の料理は、以前に大量に作りおきしていた餃子を焼きます。これも料理が嫌になったときの用心にと作っておいたのですが、ここ2週間は毎日順調にやってきましたので、一度も使うことがなかったのです。本日はその餃子を全部使いきって一旦リセットです。日曜日にでもまた大量の餃子を作ればいいのですから。それからマーボー豆腐ですね。これも実に簡単で便利な料理なのですが、この2週間ほど一度もやっていませんでした。そろそろやっておかないと忘れてしまいそうですから復習のためにやろうと思っています。なんだか中華料理屋さんみたいですね。
2010年12月16日木曜日
家のなかでアウトドアなのじゃ
北国からは積雪の情報が次々に届きます、いよいよ本格的な冬に突入したようであります。温暖な千葉県といえどもさすがに外で酒飲むのも寒いから、アウトドア用のランタンを2つ持ってきて、アウトドア用の椅子も持ち込んで、アウトドア用のカセットコンロも持ち込んで、それからアウトドア用のラジオも持ち込んだ。周囲の雨戸をしっかり閉めて外部の光が入らないようにして、居間の電気もすっかり消してしまう。完全に闇に近い状態を作り出し、鍋をつついて酒のんだ。ランタンの周囲は暗闇だし、ラジオの音量は絞ってあるし、電波の入りも悪いのでじっとして酒のんでいる限りはアウトドアに近い雰囲気を味わえる。これで星が見えればいうことはないのだけれど、確か天井に星座を映すというものがあったということを思い出した。今度はどこかで星座製造機を探して手に入れよう。エアコンの赤い小さなランプが気になるが、なるべく見ないようにする。そうだ、「今度は2人用の小さなテントを横に張ればもっともっと雰囲気が盛り上がるな」などということを本気で思いながらチビチビ呑んでいたら本格的に酔っぱらってしまった。
冗談ではなくて、本当にあるんですね人工星空製造機。これさえあればいつでも自宅の居間でアウトドアの雰囲気に浸れますね。
「ちょ!ちょっとまった!それはなんかおかしいだろう。5万円近くかけるなら、そのまま星を見にでかけるのが正しい姿ではないのか」
「おっしゃることはわかりますよ。でも居ながらにして毎日のように満天下の星を眺めることができるんですよ。ロマンチックではありませんか。それにランダムに流れ星もみることができるんですよ。」
「ふふ・・・そんなもん、購入した当座だけ見るに過ぎないよ、かなり早い時期に高価なゴミと化してしまうのはわかりきったことじゃないか」
こうして自称アウトドア大好きぽーはあらぬ方角に突き進みつつあるのです。
冗談ではなくて、本当にあるんですね人工星空製造機。これさえあればいつでも自宅の居間でアウトドアの雰囲気に浸れますね。
「ちょ!ちょっとまった!それはなんかおかしいだろう。5万円近くかけるなら、そのまま星を見にでかけるのが正しい姿ではないのか」
「おっしゃることはわかりますよ。でも居ながらにして毎日のように満天下の星を眺めることができるんですよ。ロマンチックではありませんか。それにランダムに流れ星もみることができるんですよ。」
「ふふ・・・そんなもん、購入した当座だけ見るに過ぎないよ、かなり早い時期に高価なゴミと化してしまうのはわかりきったことじゃないか」
こうして自称アウトドア大好きぽーはあらぬ方角に突き進みつつあるのです。
2010年12月15日水曜日
北国は雪だというのに
本日は暖かいです。こういうのを小春日和というのでしょう。日当たりのいい居間にしばらくの間仕舞い込んでいたノートパソコンを引っ張り出してきてヌクヌクとして仕事であります。居間と台所は一続きですから、台所仕事をするのにも都合がいいです。いつもは自分のパソコン部屋に篭りきっていますので、なんだか新鮮な感じがします。たまには場所を変えて仕事をするのもいいものです。と、ここまで書いたら、北国は雪が降っているようです。秋田ではすでに6cmも積もっているらしいです。それに今夜から本格的な寒波が襲ってくるとのニュースです。たまには雪を見てみたいと思うが、スタッドレスタイヤを持っていないのであっさりと諦める。雪のそぼ降るなかの露天風呂なんて最高にいいのですが。
2010年12月14日火曜日
寒いのは当たり前だよね
気づいてみれば12月も半ばに差し掛かっている。まだ年賀状は作っていない。近年は誰でもがパソコンを利用して印刷してくるから、どれもおんなじような年賀状ばかりだ。毎年、こんなもの時間と金をかけて出す意味があるのかと思うのだが出してしまっている。たぶん今年も同じ疑問を抱きながら出すことになるのでしょう。やれやれ
ここ数日連日のように買い物に出掛けている。本日もさきほど行ってきたばかりだ。いくところは業務スーパーという安売り店であります。ここで調味料とか冷凍の肉とか海産物なんかを仕入れてくる。3ヶ月ほど前にも毎日のようにこの店にいっては大量の調味料を揃えたのだが、容器が他のスーパーの3倍はあるとはいっても少しずつ在庫がなくなり始めてきたからだ。最近はあまりひとつのパッケージが大きいというのも考えものだなと思うようになってきている。確かに量が多くて安いのはいいのだが、物によっては半年かけても使い切れないものもたくさんあるということであります。でっかいマヨネーズのチューブを買ってもなかなか使い切れない。サラダ油とかごま油なんてのは多くて安いに越したことはないけれども、唐辛子を2年分も買ってもしょうがないのだ。ここらあたりは良くよく考えないと失敗してしまう。底をつきそうになっていた、調味料とか保存が効く食料もひと通り揃った感じがするのでしばらくは行かなくも済みそうである。
ついでに行っていたのが100円ショップであります。これが100円かと思われるようなものが、結構たくさんあって見ているだけ楽しい。最近購入したのがフタ付きのバケツ10個です。これは生ごみを熟成して肥料にして使う計画の道具です。生ごみを分離して処理すると思ってた以上の量が出てくるのです。それを処理するには相当大きなバケツを必要とします。生ごみもかなりの日数をかけなければ熟成はしないので、最終的には30個ほどを用意してやってみようと思っています。生ごみといえどもなんでもかんでもが肥料になるわけではなく、塩分を多く含むものは除外して一般ゴミとして捨てています。主に野菜の切れ端だとか果物の皮とか種になってしまいます。それにコーヒーの絞りカスですね。それらを風と日光に2、3日晒して水分をある程度取ってからフタ付きのバケツに枯葉や少量の土それに米ぬかを混ぜて熟成するようにしています。これらの入れ物がかなりの数になってしまっており、家庭菜園というよりは家庭培養土生成のようになってしまっています。植えつけるのは来年の春あたりから土が最高に熟成するのを待ってからにしようと思っています。
ここ数日連日のように買い物に出掛けている。本日もさきほど行ってきたばかりだ。いくところは業務スーパーという安売り店であります。ここで調味料とか冷凍の肉とか海産物なんかを仕入れてくる。3ヶ月ほど前にも毎日のようにこの店にいっては大量の調味料を揃えたのだが、容器が他のスーパーの3倍はあるとはいっても少しずつ在庫がなくなり始めてきたからだ。最近はあまりひとつのパッケージが大きいというのも考えものだなと思うようになってきている。確かに量が多くて安いのはいいのだが、物によっては半年かけても使い切れないものもたくさんあるということであります。でっかいマヨネーズのチューブを買ってもなかなか使い切れない。サラダ油とかごま油なんてのは多くて安いに越したことはないけれども、唐辛子を2年分も買ってもしょうがないのだ。ここらあたりは良くよく考えないと失敗してしまう。底をつきそうになっていた、調味料とか保存が効く食料もひと通り揃った感じがするのでしばらくは行かなくも済みそうである。
ついでに行っていたのが100円ショップであります。これが100円かと思われるようなものが、結構たくさんあって見ているだけ楽しい。最近購入したのがフタ付きのバケツ10個です。これは生ごみを熟成して肥料にして使う計画の道具です。生ごみを分離して処理すると思ってた以上の量が出てくるのです。それを処理するには相当大きなバケツを必要とします。生ごみもかなりの日数をかけなければ熟成はしないので、最終的には30個ほどを用意してやってみようと思っています。生ごみといえどもなんでもかんでもが肥料になるわけではなく、塩分を多く含むものは除外して一般ゴミとして捨てています。主に野菜の切れ端だとか果物の皮とか種になってしまいます。それにコーヒーの絞りカスですね。それらを風と日光に2、3日晒して水分をある程度取ってからフタ付きのバケツに枯葉や少量の土それに米ぬかを混ぜて熟成するようにしています。これらの入れ物がかなりの数になってしまっており、家庭菜園というよりは家庭培養土生成のようになってしまっています。植えつけるのは来年の春あたりから土が最高に熟成するのを待ってからにしようと思っています。
2010年12月13日月曜日
ご無沙汰いたしておりました。
昨日田舎から大量の野菜が送られてきました。にわか主夫としてはウレシイかぎりであります。送られてきたダンボールをもどかしい気持ちで開けます。ギッシリと詰め込まれた野菜を取り出すと同時に、料理の回路が動き出すのを感じることができます。1年ほど前の私であれば、どんなに新鮮で大量の野菜をみてもなんにも感じ無かったでしょうが、今年の私は違います。頭のなかにいろんなレシピが出現しては消えていきます。それに早めに処理しなければいけない材料も瞬時にピックアップしていることに気づきます。
変われば変わったもんだと、自分の変化に人事のように驚いています。とりあえず、今日からしばらくは仕事の合間に処理しなければいけない食材がたくさんあるので退屈はしないでしょう。
変われば変わったもんだと、自分の変化に人事のように驚いています。とりあえず、今日からしばらくは仕事の合間に処理しなければいけない食材がたくさんあるので退屈はしないでしょう。
2010年11月26日金曜日
ど、ど、どうも 元気です。まったく元気です。
ど、ど、どうも 元気です。まったく元気です。
> ここのところ怒涛の更新が止まっていますが、お元気でしょうか?
書きます。書きます。今すぐに書きます。
これで昨日から「なんでブログ更新しないんだ」のおしかりが4人目です。うわーーーマイッタ
あのーー、毎日毎日「今晩のご飯は何にしようかな」って考えていたら、いつもブログの更新のタイミングを逃してしまいまして、いやはやです。明日からはまじめに更新することにします。やっぱり晩飯のモンダイよりもブログを更新しないとね。マイッタ
> ここのところ怒涛の更新が止まっていますが、お元気でしょうか?
書きます。書きます。今すぐに書きます。
これで昨日から「なんでブログ更新しないんだ」のおしかりが4人目です。うわーーーマイッタ
あのーー、毎日毎日「今晩のご飯は何にしようかな」って考えていたら、いつもブログの更新のタイミングを逃してしまいまして、いやはやです。明日からはまじめに更新することにします。やっぱり晩飯のモンダイよりもブログを更新しないとね。マイッタ
2010年11月17日水曜日
2010年11月12日金曜日
スキあらばゴミは即座に処分すべし
一日休んだので筋肉痛はだいぶ和らいだ。少しぐらいまじめに家事をこなしたからってすぐに筋肉痛になるぐらいだから、自分の体力はかなりヤバい状態にあることが身にしみてわかった。今朝は一般ゴミの日であります。忘れずに大きなゴミ袋3つを必ず出さなければと玄関前に用意する。昨日は資源ゴミを出す予定だったのだが、体がいうことを効かず寝ていて出すタイミングを誤ったと思っていたら、妻が知らない間に出してくれていて助かった。
アウトドアにおいて案外大変でやっかいなのがゴミの処理であります。まさかその周辺に放置するなんてことはできないし、絶対にやりたくないことでありますから、自然車のなかに貯めこむことになります。最近は公園等でも「家庭ゴミはお持ち帰りください」なんて看板がでていて、ゴミ箱そのものがないというところが増えてきました。そこで助かるのがコンビニのゴミ箱であります。ところがアルミ缶やペットボトルの類だったら心置きなくポイポイと捨てられるのですが、普通のゴミとなると結構気が引けてしまって、何か買い物をした上で捨てなければなんて気持ちになってしまうのであります。
車中泊でのゴミなんてものはほとんどがビニールや発泡スチロール類の食品の包装に関するものでありますが、それでも気が引けてしまいます。それでも捨てずに車のなかに置いておくと、車の中は結構暖かいものですから匂ってくることになります。
北海道を車で1ヶ月近くさまよっていた時に困ったのがこのゴミの処理であります。都会周辺のコンビニの場合は本州と同じように店頭にゴミ箱は用意されていますが、奥地にいくにしたがってゴミ箱が見当たらなくなってしまうのです。これ3年ほど前の話しですから現在はどのようになっているのかはわかりませんが、まさか人気のない原野に放り投げることもできずに少しずつゴミの袋が蓄積していってたくさんのゴミのなかに生活するはめになってしまったのです。旅行の終り頃にようやく、ゴミ箱のあるコンビニを発見してほっとしたのですが、まさか一挙に蓄積したゴミ袋を捨てるのもためらわれ、少しずつ複数のコンビニに捨てて歩いたという経験があるのです。
「チリも積もれば山となる」を本当に経験したしだいであります。一昔前なら燃やしてしまうという手段もありましたが、そんなことをしたら、すぐに通報されてパトカーがやってきて厳重注意をされるのが常であります。ましてビニール類を燃やしたなんてことならばただでは済まないことになるでしょう。
秋田の農園でサバイバルのような暮らしをしていた時も常に頭を悩ませたのがゴミをいかにして処分するかという問題であります。住民登録をしているわけではないので近所のゴミ捨て場に捨てることもできずに困り果てました。そこで生ごみは堆肥にして、資源ごみは完璧に分別をして、いつも買い物にいくスーパーに捨てました。ビニール類はコンビニのゴミ箱に捨てました。これが毎日のことだったのでかなり気を使ったことは確かであります。
生活する上では確かに電気・ガス・水道も重要なのですが、ゴミの処理というのも同じぐらいに重要なインフラであるということを身を持って知ったわけであります。
ゴミは絶対に溜め込まない。機会があれば少量であってもすぐに処分するという癖をつけることが大事であります。またすぐにコンビニが見つかるとか、サービスエリアがあるよとか道の駅で、なんて甘い考えは捨てなければなりません。スキあらばすぐに捨てるのです。たとえアルミ缶一個でもです。これは家庭でもそうです。次のゴミ捨て日まで待つなんてことをやってはいけません。すぐに捨てられる準備を怠ってはいけないと思うべきです。
数日前から生ごみは堆肥にすることにしているので、その分かなり気は楽になりましたけれどもね。
アウトドアにおいて案外大変でやっかいなのがゴミの処理であります。まさかその周辺に放置するなんてことはできないし、絶対にやりたくないことでありますから、自然車のなかに貯めこむことになります。最近は公園等でも「家庭ゴミはお持ち帰りください」なんて看板がでていて、ゴミ箱そのものがないというところが増えてきました。そこで助かるのがコンビニのゴミ箱であります。ところがアルミ缶やペットボトルの類だったら心置きなくポイポイと捨てられるのですが、普通のゴミとなると結構気が引けてしまって、何か買い物をした上で捨てなければなんて気持ちになってしまうのであります。
車中泊でのゴミなんてものはほとんどがビニールや発泡スチロール類の食品の包装に関するものでありますが、それでも気が引けてしまいます。それでも捨てずに車のなかに置いておくと、車の中は結構暖かいものですから匂ってくることになります。
北海道を車で1ヶ月近くさまよっていた時に困ったのがこのゴミの処理であります。都会周辺のコンビニの場合は本州と同じように店頭にゴミ箱は用意されていますが、奥地にいくにしたがってゴミ箱が見当たらなくなってしまうのです。これ3年ほど前の話しですから現在はどのようになっているのかはわかりませんが、まさか人気のない原野に放り投げることもできずに少しずつゴミの袋が蓄積していってたくさんのゴミのなかに生活するはめになってしまったのです。旅行の終り頃にようやく、ゴミ箱のあるコンビニを発見してほっとしたのですが、まさか一挙に蓄積したゴミ袋を捨てるのもためらわれ、少しずつ複数のコンビニに捨てて歩いたという経験があるのです。
「チリも積もれば山となる」を本当に経験したしだいであります。一昔前なら燃やしてしまうという手段もありましたが、そんなことをしたら、すぐに通報されてパトカーがやってきて厳重注意をされるのが常であります。ましてビニール類を燃やしたなんてことならばただでは済まないことになるでしょう。
秋田の農園でサバイバルのような暮らしをしていた時も常に頭を悩ませたのがゴミをいかにして処分するかという問題であります。住民登録をしているわけではないので近所のゴミ捨て場に捨てることもできずに困り果てました。そこで生ごみは堆肥にして、資源ごみは完璧に分別をして、いつも買い物にいくスーパーに捨てました。ビニール類はコンビニのゴミ箱に捨てました。これが毎日のことだったのでかなり気を使ったことは確かであります。
生活する上では確かに電気・ガス・水道も重要なのですが、ゴミの処理というのも同じぐらいに重要なインフラであるということを身を持って知ったわけであります。
ゴミは絶対に溜め込まない。機会があれば少量であってもすぐに処分するという癖をつけることが大事であります。またすぐにコンビニが見つかるとか、サービスエリアがあるよとか道の駅で、なんて甘い考えは捨てなければなりません。スキあらばすぐに捨てるのです。たとえアルミ缶一個でもです。これは家庭でもそうです。次のゴミ捨て日まで待つなんてことをやってはいけません。すぐに捨てられる準備を怠ってはいけないと思うべきです。
数日前から生ごみは堆肥にすることにしているので、その分かなり気は楽になりましたけれどもね。
2010年11月11日木曜日
本日は臨時休業だい
にわかに台所のゴキブリ男と化して、一日中台所を中心として徘徊することが多くなってきたのだが、数日前から調子に乗って家の周囲の掃除もやりはじめた。というのも、精米機で精米をすると、当然「米糠」という副産物がでてくる。今年の夏まで百姓をやっていた私の考えつくことは当然有機肥料を作るということになる。そこで、さっそく有機肥料作りに着手した。自宅の庭は、裏側が無用に広いのだ。そこに落ち葉がたくさん落ちていてまったく掃除されていない状態になっていた。まずはそれを集めて堆肥を作ることにした。それで急遽庭の掃除と相成ったわけであります。
集めてきた落ち葉に少し土を入れて、それに米ぬかを混ぜあわせた。こうなってくると当然のごとく、台所で出る生ごみに目をつけることになります。肥料を作ると決意した時点から、それはゴミではなく宝に豹変することになるのです。自宅では全員がコーヒー好きときているから、コーヒーの残滓もバカにならないぐらいの量になることを発見する。当然それらも宝物に変身することになるわけであります。今年の冬はひたすら土づくりに励んで、来年の春からは本格的な菜園を出現させようと目論んでいるのです。秋田での百姓は挫折したが、今度は都会での本格的百姓を目指すことにします。始めは家の周囲でプランターでどこまで野菜が作れるのかの実験を行います。
なんだか、台所のゴキブリ男が都会の百姓に変身をしていくというストーリーに自ら酔ってしまいます。そんなこんなで一日中自宅の内外の掃除をやり続けていたら、筋肉痛で体が動かなくなってしまった。それで本日は臨時休業となったしだいであります。それでも先日餃子を200個ほど作って150個ほどを冷凍にしてあったので、今夜のメニューは餃子ということになります。他にカレーも冷凍にしてあります。こうして少しずつだけでも家事の要領が良くなっていくような気がします。
これまで妻と長男がプランターや植木鉢で花木を育てていたのですが、私はそんなチマチマしたものは好きでないので、まったく関わりあうことをしてこなかった。しかし、あのやり方はいずれ破綻するなと思っていた。なぜかというと肥料の大部分を化学肥料で補っているのです。だから土はいつしかカチンカチンになってしまっているのです。そうすると花木に勢いが無くなる。自然さらに化学肥料を補うという悪循環に陥ってしまうのです。まずは豊かな土を作らなければならないのですが、そんな面倒なことには思いもよらないことなのでしょう。本格的に農業をやっていると、成功失敗は土づくりにかかってくるというのを思い知らされるのです。ですから、秋田では相棒のやっちゃんとともに、コイン精米機を探し回って米ぬかを集め回ったということもありましたし、山の麓まで一輪車で行って枯葉を集め回ったということまでやったのです。あの苦労に比較しても今回やろうとしていることなどなんでもないことであります。
集めてきた落ち葉に少し土を入れて、それに米ぬかを混ぜあわせた。こうなってくると当然のごとく、台所で出る生ごみに目をつけることになります。肥料を作ると決意した時点から、それはゴミではなく宝に豹変することになるのです。自宅では全員がコーヒー好きときているから、コーヒーの残滓もバカにならないぐらいの量になることを発見する。当然それらも宝物に変身することになるわけであります。今年の冬はひたすら土づくりに励んで、来年の春からは本格的な菜園を出現させようと目論んでいるのです。秋田での百姓は挫折したが、今度は都会での本格的百姓を目指すことにします。始めは家の周囲でプランターでどこまで野菜が作れるのかの実験を行います。
なんだか、台所のゴキブリ男が都会の百姓に変身をしていくというストーリーに自ら酔ってしまいます。そんなこんなで一日中自宅の内外の掃除をやり続けていたら、筋肉痛で体が動かなくなってしまった。それで本日は臨時休業となったしだいであります。それでも先日餃子を200個ほど作って150個ほどを冷凍にしてあったので、今夜のメニューは餃子ということになります。他にカレーも冷凍にしてあります。こうして少しずつだけでも家事の要領が良くなっていくような気がします。
これまで妻と長男がプランターや植木鉢で花木を育てていたのですが、私はそんなチマチマしたものは好きでないので、まったく関わりあうことをしてこなかった。しかし、あのやり方はいずれ破綻するなと思っていた。なぜかというと肥料の大部分を化学肥料で補っているのです。だから土はいつしかカチンカチンになってしまっているのです。そうすると花木に勢いが無くなる。自然さらに化学肥料を補うという悪循環に陥ってしまうのです。まずは豊かな土を作らなければならないのですが、そんな面倒なことには思いもよらないことなのでしょう。本格的に農業をやっていると、成功失敗は土づくりにかかってくるというのを思い知らされるのです。ですから、秋田では相棒のやっちゃんとともに、コイン精米機を探し回って米ぬかを集め回ったということもありましたし、山の麓まで一輪車で行って枯葉を集め回ったということまでやったのです。あの苦労に比較しても今回やろうとしていることなどなんでもないことであります。
2010年11月10日水曜日
雑巾フェチ?
昨日7分つきに精米していた米をいよいよ今朝は炊くときである。無難に5倍粥あたりにしようと思ったが、たとえ炊飯に失敗したとしても食えないことはないだろうと腹をくくり普通に炊いてみることにした。白米の場合は沸騰して圧力がかかってから、蛍火にして6分を目安にしていた。バリバリの玄米の場合は20分であります。今朝は7分つきということで10分ぐらいに設定してみようと思う。この設定にはなんらの根拠はない。この目安を基準にしてこれ以降調整を続けることにする。さてどうなるか楽しみであります。
昨日は久しぶりに買い物にでかけた。各種調味料が不足してきているのであります。以前の私であれば考えられない行動であります。気まぐれに妻の買い物についていくことはあっても、自らの意志で、しかもひとりで買い物に出向くことなどアウトドアでもやっていないかぎりありえないことであります。
もろもろの買い物のなかで笑ってしまうのは、真新しい雑巾が10枚含まれている。台ふきや雑巾は今のところ間に合っている。むしろいつの間にか溜まってしまって洗濯したものが台所の隅に山のように積み重なっているほどだ。それでもついつい買ってしまう。金額にしたらたいしたことはないのだが、基本的に真新しい雑巾がかなり好きらしい。これってかなり異常かも知れないと独り笑ってしまった。この性癖は思い出してみるとかなり前からのものかも知れない。ほうぼうでいらなくなったタオルを集めていたのです。だから私の部屋のダンボールのなかにはまだ使ったことのない新しいタオルが山のように詰め込まれているのです。だったらそのタオルを使えばと言われそうなのですが、タオルをそのまま雑巾に使うと実にだらしなく感じられて嫌なのです。タオルは体を拭いたりするにはちょうどいい長さでありますが、雑巾にして使うには長すぎて使いにくいし、また、その中途半端な長さがとてもダラシなく感じられて許せない気持ちになってしまうのであります。そうです、タオルを半分に切ってミシンで縫えばいいのです。いや切らなくていいな、半分に折ってミシン縫いをすればいいんだよね。家にはミシンはあるけど使ったことがないな。でも小学校の頃に雑巾を縫うってのをやったことあるよな。ヨシ!こんどは俺の趣味の雑巾作りをやってみよう。本気だかんね。
とここまで書いて思い出した。小学校で雑巾を縫ったときは、ミシンではなく針と糸で手縫いをしたのだった。ミシンを使っての授業はずーっと後だったような気がする。でもそれは中学校ではなかったような。小学校高学年だったのではないかと思われる。だったらそれでいいじゃない。針と糸で手で縫ってみれば。
そうか、この年になって、料理に掃除に家事と始まってとうとうお裁縫の世界に足を踏み入れることになるのか。なるほどね。
2010年11月9日火曜日
憧れの自家用精米機 「精米御膳」がやってきた
午後からようやく我が家に精米機が届けれられた。箱から出すのももどかしい感じだが、取り出してみると、思っていたよりも存在感があり、重さもどっしりとしたものでありました。
値段が値段だからもっとちゃちいものと思っていたが、なかなか立派なものである。すぐに試してみたいのだが、さて、どの精米を選択していいものか、大いに迷う。
実は精米済みの新米が、まだ15kgほど残っており、白米にする意味はない。しかし玄米で7分つきだの5分つきだのをやってもこれまで炊いたことがないので炊き上げ時間がわからない。胚芽米にもできるらしいのだが、胚芽米などはこれまで見たこともないから益々わかないのであります。
こういう時は粥にするのが一番無難だろうと思い、明朝の朝ご飯用に取り敢えず2合の7分つきを試してみる。専用の計量カップで2合分を機械に入れてスイッチを入れる。音は覚悟していたが、それほどのものでもなく、これなら夜中に精米しても誰も気づかない程度であります。スイッチを入れて3分ほどするとあっけなく精米は終わってしまった。注意書きには精米後すぐに炊くと米が割れることがあるとの注意書きがあった。どっちにしても明朝分であるからそのまま放置することにした。
さて、これからいろいろ玄米の炊き方を試さなければいけないので忙しくなる。そのうちに玄米を炊かせたら日本一なんてことになれるだろうか。
値段が値段だからもっとちゃちいものと思っていたが、なかなか立派なものである。すぐに試してみたいのだが、さて、どの精米を選択していいものか、大いに迷う。
実は精米済みの新米が、まだ15kgほど残っており、白米にする意味はない。しかし玄米で7分つきだの5分つきだのをやってもこれまで炊いたことがないので炊き上げ時間がわからない。胚芽米にもできるらしいのだが、胚芽米などはこれまで見たこともないから益々わかないのであります。
こういう時は粥にするのが一番無難だろうと思い、明朝の朝ご飯用に取り敢えず2合の7分つきを試してみる。専用の計量カップで2合分を機械に入れてスイッチを入れる。音は覚悟していたが、それほどのものでもなく、これなら夜中に精米しても誰も気づかない程度であります。スイッチを入れて3分ほどするとあっけなく精米は終わってしまった。注意書きには精米後すぐに炊くと米が割れることがあるとの注意書きがあった。どっちにしても明朝分であるからそのまま放置することにした。
さて、これからいろいろ玄米の炊き方を試さなければいけないので忙しくなる。そのうちに玄米を炊かせたら日本一なんてことになれるだろうか。
寝てもいられない
かなり眠かったので、よし、少しだけ本格的に寝よう(ん?なんかへん)ってことで寝室の布団に潜り込んだのだが、ほどなくしてピンポーン・・・・「宅急便でーーす」、「そうか、そうか、精米機がきたかな?」とヨロコビいさんで玄関へ、あれ??精米機にしては小さすぎる。なんだ長男にきた荷物だった。まったく人騒がせなと、また布団に潜り込んだのだが、体が暖まるヒマもないほどにピンポーン・・・・「郵便局でーーす」ひやーー、郵便局からの荷物などまったく心当たりがないな。そこに封筒が良くみるとクレジット会社からの商品券7000円が入っていました。寝られなかったけど7000円はなかなかだ。どれ本気で寝ようっと・・・・・・・
ピンポーン・・・・「佐川急便どぇーーす」ひやーーーーーーーーーーーーーーーー。
もう寝るなんて雰囲気はどこかへ飛んでしまっていて・・・そんでもってこのブログ書いています。それで私が待っている肝心な精米機はまだこないのです。Amazonによればすでに昨日発送して、千葉県内に到着しているはずですが。ん?大体にしてAmazonの配送センターそのものが市川市行徳にあるのだから最初から千葉県内ってことじゃんか。
ピンポーン・・・・「佐川急便どぇーーす」ひやーーーーーーーーーーーーーーーー。
もう寝るなんて雰囲気はどこかへ飛んでしまっていて・・・そんでもってこのブログ書いています。それで私が待っている肝心な精米機はまだこないのです。Amazonによればすでに昨日発送して、千葉県内に到着しているはずですが。ん?大体にしてAmazonの配送センターそのものが市川市行徳にあるのだから最初から千葉県内ってことじゃんか。
2010年11月8日月曜日
とうとう内緒で精米機を買ってしまったわい ドーショ
もうすでに注文してしまったんだから、今更「ドーショ!」なんてビビッたってしょうがないことなんだけど。しばらくは自分の部屋に隠して置くことに決めた。そして、昼間の誰もいなくなった時間帯にこっそりと心置きなく精米作業をすることにした。だってカスタマーレビューには「音は掃除機程度はしますので、掃除機をかけて迷惑な時間には精米しない方がいいと思います。 」また「ダイソンの掃除機程度の音がします」なんて書かれているのを発見して、そうか結構大きな音がすることをはじめて知ったしだいで、これを私の生活時間帯の夜中っていうか朝方にやったら絶対にバレてしまうし、顰蹙をかうと思ったからです。実は密かに自分の部屋に隠してあるのは他にもあるのですが、これはここで明かすことはできません。壁に耳アリですからね。それって皆さんが想像するような怪しげなものではないですよ。ジツに健全な調理道具のひとつですが、今、絶対に必要かと問われれば黙るしかないのですが、いずれにしてもいらぬ波風は立てぬようにしたほうが精神的には互いにヨロシイかと考えたしだいであります。
かなり前に圧力鍋に凝りまして、考えてみれば圧力鍋に凝るというのもおかしな話ですが、短期間に3個もの圧力鍋を購入してしまいまして、大顰蹙をかった前科があるのであります。各家庭に必ずしも圧力鍋があるわけではありません。あっても1個あればいいほうでしょう。それを3個も所有する贅沢を味わいたかったのであります。なんてことは決してなく、なんで3個も立て続けに購入したのかは今もって謎といえば謎であります。ま、それから数年がたち、現在はその圧力鍋が大活躍しているのですから、良かったといっていいのではないでしょうか。
今回の精米機購入はその圧力鍋で米を炊くから端を発しているのですから、世の中すべからく因果応報といえるのではないでしょうか。どこよりもおいしい白米を炊くから出発して、玄米を炊いたらどうだろうに至る過程で、玄米というのは5分つきか7分つきというのがあるのを知り、さらに白米に比べて、お米の胚芽部分をできるだけ多く残す『胚芽モード』胚芽モードのお米は、玄米や分つき米よりも食べやすく、白米よりも栄養が豊富であることを知ったのであります。ここまで知ってしまうと、もう誰も精米機を購入することを止めることはできません。(そんなもん誰も止めないって)
それにだAmazonには以下の文が載っていた。
しかし、自分でもつくづくバカだとは思いますけど、なにかやりだすと止まらなくなってしまうんだね。最近料理を作っているといっても、そのほとんどが、「なんだい、その程度のモノかい ケッ!」なんて歯牙にもかけられないものばかりのレパートリーなのですが、それでもご飯を炊くことには自分なりに、かなりの力が入っているのであります。だから取り敢えずご飯を炊くことの技術向上に精力を一心に傾けたいと思っているのであります。たぶん明日には着くと思うのでありますが、楽しみで夜も寝られません。
かなり前に圧力鍋に凝りまして、考えてみれば圧力鍋に凝るというのもおかしな話ですが、短期間に3個もの圧力鍋を購入してしまいまして、大顰蹙をかった前科があるのであります。各家庭に必ずしも圧力鍋があるわけではありません。あっても1個あればいいほうでしょう。それを3個も所有する贅沢を味わいたかったのであります。なんてことは決してなく、なんで3個も立て続けに購入したのかは今もって謎といえば謎であります。ま、それから数年がたち、現在はその圧力鍋が大活躍しているのですから、良かったといっていいのではないでしょうか。
今回の精米機購入はその圧力鍋で米を炊くから端を発しているのですから、世の中すべからく因果応報といえるのではないでしょうか。どこよりもおいしい白米を炊くから出発して、玄米を炊いたらどうだろうに至る過程で、玄米というのは5分つきか7分つきというのがあるのを知り、さらに白米に比べて、お米の胚芽部分をできるだけ多く残す『胚芽モード』胚芽モードのお米は、玄米や分つき米よりも食べやすく、白米よりも栄養が豊富であることを知ったのであります。ここまで知ってしまうと、もう誰も精米機を購入することを止めることはできません。(そんなもん誰も止めないって)
それにだAmazonには以下の文が載っていた。
参考価格: ¥ 31,500なに!?値引きが23,456円もしてくれるのか。それに売れ筋ランキングNO1ときているではないか。こりゃあ急いで買わなきゃ売れ切れてしまうのではないかと焦ってしまったのでありました。うーん俺って単純なことで簡単に騙されてしまう。たぶんこんなもん来年になってもこの値段で売ってるんだよね。それでもいいのだ、前から自家用の精米機を持つことが夢だったのだから。
価格: ¥ 8,044 国内配送料無料 Amazonプライム特典
OFF: ¥ 23,456 (74%)
しかし、自分でもつくづくバカだとは思いますけど、なにかやりだすと止まらなくなってしまうんだね。最近料理を作っているといっても、そのほとんどが、「なんだい、その程度のモノかい ケッ!」なんて歯牙にもかけられないものばかりのレパートリーなのですが、それでもご飯を炊くことには自分なりに、かなりの力が入っているのであります。だから取り敢えずご飯を炊くことの技術向上に精力を一心に傾けたいと思っているのであります。たぶん明日には着くと思うのでありますが、楽しみで夜も寝られません。
懐かしいねぇ Be My Baby & California dreamin
午前9時前に本日の夕ごはんの準備はすっかり終わりまして、今からいただいた大根のあく抜きをして明日に備えます。今週は始めから順調なのであります。ほっとしてラジオを聞いていたら偶然流れてきたのがこの曲です。もう一度聞きたいのでYuTubeでBeMyBabyで検索したらでてきました。あれ?これ途中で切れているよ。ま、いいか。個人的にですが、これを聞くとどうしても「夢のカルフォルニア」が聞きたくなってしまうけど、まったく関係ないよね。あるのかな。ないと思うよ多分。
↑これも私の環境では途中結構トギレてしまいますけど。ま、いいかあ。
2010年11月2日火曜日
鍋の季節であります
昨夜、おでん鍋を作りました。その中味の大半はスーパーで買ってきた練り物をそのまま鍋にぶち込んで温めるだけにしか過ぎない。ただ楽といえばかなり楽ではありますけれども。それでも「ゆで卵」をつくり、大根の皮をむき隠し包丁を入れ、米のとぎ汁で一回あく抜きをして鍋にいれて、ジャガイモの皮をむいて、あまり早く入れると形が崩れてしまう恐れがあったので最後のほうで入れた。これはどうやったって失敗するわけがないし、手間いらずだしそこそこのボリュームもあるし良いことづくめのような気がするが、なんだか料理を作ったっていう満足感に欠けるような気がする。
練り物を自分で作るのはさすがにできないが、もっともっと工夫の余地があるような気がした。昆布を煮て昆布巻きを作り、その煮汁を出汁にしたり、自家製の餃子を水餃子として入れるのもいいだろうし、ロールキャベツを作りそれをぶち込んでも悪くはないかも知れない。小麦粉を練ってチクアブの代わりにぶち込んでもかなりいけるかも知れない。ま、自分としては初めての鍋だから今回は仕方ないが次回はもっともっと周到に準備をすることにする。練り物を自分では作れないなんて言ったが、ツミレぐらいは作れるかも知れない。今後週に1回程度は鍋物がレパートリーに加わることになると、献立を考えるのがかなり楽になると思った。
今朝妻が「今日は豚汁でも作ったらと・・・」といっていた。悪くはない発想である。しかし、しかしだ豚汁だけでは食卓の格好がつかない。まさか、豚汁とご飯だけというわけにもいかないのではないか。でもサービスエリアとか道の駅なんかでも確か豚汁定食というのがあったのを思い出す。豚汁とご飯とお新香と後何か一品ついていたような気がするけど思い絵出せない。お新香がついているぐらいだったろうか。そうか、昨夜のおでんの残りを大きなタッパに入れて取ってあるから、それを大きなドンブリに盛って一緒に出せばなんとか格好がつくかも知れない。良し今晩は豚汁に決定だ。まずはネットで豚汁の作り方を調査してみよう。
毎日のように書いているブログですが、一体いつも何文字ぐらい書いているのかわかりませんでした。まさか一文字一文字を数えるなんてこともナンセンスですからね。簡単なツールがあったので調査してみました。以下はこの文を含めての数字であります。
サイズ 1950b
改行数 6
文字数
(空白有) 970
(空白無) 966
原稿用紙換算 3枚
おいしいご飯を追求してきたら、行き着いたのはお櫃です。お櫃って調べてみるとかなりいろんな種類があるのがわかる。今のところどれがいいのかさっぱりわからない。セラミックなんていうのもあるけど、昔ながらの木のほうがいいような気もするのだが。このあたりの情報をお持ちの方よろしくお願いします。
練り物を自分で作るのはさすがにできないが、もっともっと工夫の余地があるような気がした。昆布を煮て昆布巻きを作り、その煮汁を出汁にしたり、自家製の餃子を水餃子として入れるのもいいだろうし、ロールキャベツを作りそれをぶち込んでも悪くはないかも知れない。小麦粉を練ってチクアブの代わりにぶち込んでもかなりいけるかも知れない。ま、自分としては初めての鍋だから今回は仕方ないが次回はもっともっと周到に準備をすることにする。練り物を自分では作れないなんて言ったが、ツミレぐらいは作れるかも知れない。今後週に1回程度は鍋物がレパートリーに加わることになると、献立を考えるのがかなり楽になると思った。
今朝妻が「今日は豚汁でも作ったらと・・・」といっていた。悪くはない発想である。しかし、しかしだ豚汁だけでは食卓の格好がつかない。まさか、豚汁とご飯だけというわけにもいかないのではないか。でもサービスエリアとか道の駅なんかでも確か豚汁定食というのがあったのを思い出す。豚汁とご飯とお新香と後何か一品ついていたような気がするけど思い絵出せない。お新香がついているぐらいだったろうか。そうか、昨夜のおでんの残りを大きなタッパに入れて取ってあるから、それを大きなドンブリに盛って一緒に出せばなんとか格好がつくかも知れない。良し今晩は豚汁に決定だ。まずはネットで豚汁の作り方を調査してみよう。
毎日のように書いているブログですが、一体いつも何文字ぐらい書いているのかわかりませんでした。まさか一文字一文字を数えるなんてこともナンセンスですからね。簡単なツールがあったので調査してみました。以下はこの文を含めての数字であります。
サイズ 1950b
改行数 6
文字数
(空白有) 970
(空白無) 966
原稿用紙換算 3枚
おまけ
ゆうべ、子供らの帰りが遅いので、妻と二人で鍋をつついて晩酌をした。最近は焼酎のお湯割りにしているのですが、そこで気がついたのは、「あれ?これって車中泊でやっている道具のオンパレードだね」ってことでありました。まずはカセットガスコンロがそうです。それにお湯割りのお湯を入れている象印のステンレスポットもそうだし、たまたま割り箸を使っていたので、これもそうだしってことになり、どうせならランタン持ってきて同じようにしようかということになり、ランタン3個を持ってきて部屋の照明を消してランタンだけにして、アウトドア定番のビルエバンスを聞きながら時を過ごしました。これからの車中泊には鍋料理が最高かも知れない。おいしいご飯を追求してきたら、行き着いたのはお櫃です。お櫃って調べてみるとかなりいろんな種類があるのがわかる。今のところどれがいいのかさっぱりわからない。セラミックなんていうのもあるけど、昔ながらの木のほうがいいような気もするのだが。このあたりの情報をお持ちの方よろしくお願いします。
2010年10月30日土曜日
次は玄米かゆに挑戦かな
| From 2010-10-30 |
近年ネットが普及してきて、紙の出版物が売れなくなったという話をよく聞く。実際週刊誌や月刊誌も廃刊になったものも多く、iPadやキンドルといった電子書籍が普及してきて、紙の書籍は無くなるという話も聞く。実際私も新聞の購読を廃止してかなりの年数になる。これからも購読するつもりは一切ない。紙媒体の文字を読むこともメッキリ少なくなっているのも確かであるが、でも紙の書籍がなくなってしまうのは困ってしまう。最近思うのだがディスプレイの文字を追ってるのと紙の書籍を読んでいるのでは理解力がまったく違う気がしてしょうがない。一日の大半をディスプレイの前で過ごしているのだが、そこで読んでいることはどうも表面的な字面だけを追っているように感じられてしょうがないのだ。だから何かを本当に理解しようと思ったら昔ながらの紙の書籍を読むことにしている。どうもそのほうがより良く理解できるような気がするのである。私のように感じる人もたぶんたくさんいると思うがどうだろうか。
| From 2010-10-30 |
| From 2010-10-30 |
| From 2010-10-30 |
2010年10月29日金曜日
玄米を炊いてみようか
今年の夏は半端なく暑かった。もうこれ以上の暑さには耐えられないなぁ、なんて思っていたら、ストンとなんの前触れも無くいきなり寒くなってしまった。夏が終わったらすぐに冬がきてその冬が終わったらすぐに夏がくるなんていう2季なんていう時代に入ってしまったのだろうか。
30kgほどの精米をしてない今年の玄米があります。これまで玄米を炊いたことはありません。食べたことはたぶんあるのでしょうが、その味はというとほとんど記憶にありません。ここまで白米を炊く技術はしっかりと身につけたのだから今度は玄米に挑戦してみるべきではないかと思ったのです。これ失敗した目も当てられない状況になると思いつつも今晩から仕込んで明朝炊いてみようと思います。玄米はたぶん硬いから、一晩ぐらい水に漬けておいたほうが失敗がないように思えたからです。さてどうなることやら
一番最初に手打ちうどんを打ったときの感激を今思い出しています。最初は恐る恐る作ったのでありますが、その旨さは絶品でありました。そのコシの強さや、喉越しの良さは市販のものの数倍から数十倍おいしいものでありました。その感激は何度作っても同じでありました。逆に市販のうどんはどうやればこれだけマズくできるのだろうかと思ったほどです。確かに麺の太さや長さはバラバラではありましたが、それを補って余りあるものがありました。また道具を出してきてやってみたいと思います。
30kgほどの精米をしてない今年の玄米があります。これまで玄米を炊いたことはありません。食べたことはたぶんあるのでしょうが、その味はというとほとんど記憶にありません。ここまで白米を炊く技術はしっかりと身につけたのだから今度は玄米に挑戦してみるべきではないかと思ったのです。これ失敗した目も当てられない状況になると思いつつも今晩から仕込んで明朝炊いてみようと思います。玄米はたぶん硬いから、一晩ぐらい水に漬けておいたほうが失敗がないように思えたからです。さてどうなることやら
手打ちうどんもそろそろやってみたい
かなり前には手打ちうどんを作って楽しんでいたのです。ホームセンターにいってうどんを打つための合板を買ってきて、長い丸棒も同じホームセンターで購入して、休日に手打ちうどんを打っては食して楽しんでいたのですが、いつの日からかうどんの道具はしまわれてしまって、ここ何年かは打ったことがなかった。餃子の皮も手作りで作っていた時期はあったのです。それもいつしか忘れ去られていました。一番最初に手打ちうどんを打ったときの感激を今思い出しています。最初は恐る恐る作ったのでありますが、その旨さは絶品でありました。そのコシの強さや、喉越しの良さは市販のものの数倍から数十倍おいしいものでありました。その感激は何度作っても同じでありました。逆に市販のうどんはどうやればこれだけマズくできるのだろうかと思ったほどです。確かに麺の太さや長さはバラバラではありましたが、それを補って余りあるものがありました。また道具を出してきてやってみたいと思います。
そこには予想だにしなかった家族という強力な伏兵が立ちはだかったのです
昨晩は結局野菜炒めも作らずに、ご飯と味噌汁だけを作って轟沈してしまいました。一夜明けた今朝はまた元気が戻ってきたようであります。そこで、いつもどおりに、まずは台所の大掃除から始めました。居間の大きなテーブル・台所のカウンターに自分の部屋の大きめなパソコンディスクは、一日に一度は必ずリセットするように決めているのです。リセットするとは上に置いてある読みかけの本や書類に台所の炊事道具及び諸々小物類やその他余分なものは元あった場所にきっちりと返却収納し、処分するものはゴミ箱へ捨てて、きれいサッパリと何もないいさぎ良い状態にしてから、必ず拭き掃除をするのです。
この拭き掃除というのが特に重要だということが最近わかってきたのです。ただ単に片付けるだけでは駄目なのです。きっちりと固く絞った台拭きで拭かなければ不完全だということです。少なくても一日一回これをやると整理整頓清掃という3Sが行われることになります。これを毎日やりますと、掃除の時間がものすごく短くて済むことになります。それは一日や二日やっただけでは簡単には成就しません。毎日少しずつ積み重ねることによって自然と整理整頓清掃が本物に近づいてくるのであります。
要はリセットの際に片付けるものが極端に少なくなっていますので、拭き掃除が実に簡単になってくるのです。最近は3分から5分ぐらいで済ますことができるようになっています。最初の頃は半日かけても終わらないなんてことは普通でありました。毎日やり続けてきたおかげで片すものがほとんど無くなってきているからです。片すものがほとんどないということはある程度整理整頓ができてきたということです。しかし、それは表面的なものであります。棚な引き出しの中まできっちりと整理整頓されているというところまではいっていません。それでも、これこそ私が理想としていた整理整頓清掃に近づいたことであります。
以前にも書きましたが、3Sにはゾーンディフェンスという考え方が必要不可欠です。最初から全部をやろうとして気負っても深い挫折を味わうだけであります。世の中には私と違って生まれついてから整理整頓が得意で掃除好きなんて方もたくさんいると思いますが、私はその真逆です。まず、実に怠惰な性格でありますし、別に整理整頓などなされていなくも何も困らないと考えている奴でありまして、いや、その整理整頓という言葉自体が私のなかにはまったくと云っていいほど無きに等かったのでありす。まして掃除などはどうでも良くて、いくらゴミやホコリのなかにいても人間は死にはしないということを信念にしていたくらいであります。実際死ななかったしね。これからも死ぬことはないでしょう。たぶん。
あれ?話がいつものようにアラヌ方角にいってしまいました。そうです、一挙に整理整頓掃除をしようとしても、それは絶対に無理なのです。だから最初はほんの小さなスペースだけをやるのです。そこだけが片付いていれば良しとするのです。他がいくら汚れていても乱雑に散らかっていても一切気にしないのです。そかし、いったんその場所を確保したならば徹底的に維持していくのです。例えば自分の部屋の机の上とか、台所のシンクとか、玄関の踊り場とか、どこでもいいのです。そのゾーンを魔の手から守りぬくのです。そうしたのちにその周辺に少しずつ守るべきゾーンを広げていくのです。これを短期間でやってはいけません。1週間とか2週間でもいけません。1ヶ月2ヶ月場合によっては半年から1年ぐらいの期間を取るのです。
いくら自分の部屋が短期間で整理整頓掃除がなされたとしててもその時点ではたいした意味を為さないのです。それは見た目が短期間に良くなっただけで、自分のなかに、しっかりと3S(整理整頓掃除)の精神が根付いていないのです。3Sの精神がしっかりと身につくまでには膨大な時間を必要とするものなのです。スポーツでも習い事でも人間は何度も何度も反復訓練することによってしか、その技術を身につけることができないから、自分のなかで格別意識しなくても自然と余分なものを整理し整頓するというところまで持っていって本物に成り得るのです。
それで、偉そうにおしゃべりしている私の場合はどうなのかといいますと、これまで思っても見なかった伏兵がいたのです。それは何かといいますと、家族という侮りがたい強力な伏兵であります。自分独りだけで生活しているのであれば、自分の考えだけでなんとかなりますが、他の人間が多数関わってくるとなりすと、もう自分自身だけを習い性に改革しても、どうしょうもないことだということに直面することになるのです。このことについてはまた別の機会にお話することにします。
この拭き掃除というのが特に重要だということが最近わかってきたのです。ただ単に片付けるだけでは駄目なのです。きっちりと固く絞った台拭きで拭かなければ不完全だということです。少なくても一日一回これをやると整理整頓清掃という3Sが行われることになります。これを毎日やりますと、掃除の時間がものすごく短くて済むことになります。それは一日や二日やっただけでは簡単には成就しません。毎日少しずつ積み重ねることによって自然と整理整頓清掃が本物に近づいてくるのであります。
要はリセットの際に片付けるものが極端に少なくなっていますので、拭き掃除が実に簡単になってくるのです。最近は3分から5分ぐらいで済ますことができるようになっています。最初の頃は半日かけても終わらないなんてことは普通でありました。毎日やり続けてきたおかげで片すものがほとんど無くなってきているからです。片すものがほとんどないということはある程度整理整頓ができてきたということです。しかし、それは表面的なものであります。棚な引き出しの中まできっちりと整理整頓されているというところまではいっていません。それでも、これこそ私が理想としていた整理整頓清掃に近づいたことであります。
以前にも書きましたが、3Sにはゾーンディフェンスという考え方が必要不可欠です。最初から全部をやろうとして気負っても深い挫折を味わうだけであります。世の中には私と違って生まれついてから整理整頓が得意で掃除好きなんて方もたくさんいると思いますが、私はその真逆です。まず、実に怠惰な性格でありますし、別に整理整頓などなされていなくも何も困らないと考えている奴でありまして、いや、その整理整頓という言葉自体が私のなかにはまったくと云っていいほど無きに等かったのでありす。まして掃除などはどうでも良くて、いくらゴミやホコリのなかにいても人間は死にはしないということを信念にしていたくらいであります。実際死ななかったしね。これからも死ぬことはないでしょう。たぶん。
あれ?話がいつものようにアラヌ方角にいってしまいました。そうです、一挙に整理整頓掃除をしようとしても、それは絶対に無理なのです。だから最初はほんの小さなスペースだけをやるのです。そこだけが片付いていれば良しとするのです。他がいくら汚れていても乱雑に散らかっていても一切気にしないのです。そかし、いったんその場所を確保したならば徹底的に維持していくのです。例えば自分の部屋の机の上とか、台所のシンクとか、玄関の踊り場とか、どこでもいいのです。そのゾーンを魔の手から守りぬくのです。そうしたのちにその周辺に少しずつ守るべきゾーンを広げていくのです。これを短期間でやってはいけません。1週間とか2週間でもいけません。1ヶ月2ヶ月場合によっては半年から1年ぐらいの期間を取るのです。
いくら自分の部屋が短期間で整理整頓掃除がなされたとしててもその時点ではたいした意味を為さないのです。それは見た目が短期間に良くなっただけで、自分のなかに、しっかりと3S(整理整頓掃除)の精神が根付いていないのです。3Sの精神がしっかりと身につくまでには膨大な時間を必要とするものなのです。スポーツでも習い事でも人間は何度も何度も反復訓練することによってしか、その技術を身につけることができないから、自分のなかで格別意識しなくても自然と余分なものを整理し整頓するというところまで持っていって本物に成り得るのです。
それで、偉そうにおしゃべりしている私の場合はどうなのかといいますと、これまで思っても見なかった伏兵がいたのです。それは何かといいますと、家族という侮りがたい強力な伏兵であります。自分独りだけで生活しているのであれば、自分の考えだけでなんとかなりますが、他の人間が多数関わってくるとなりすと、もう自分自身だけを習い性に改革しても、どうしょうもないことだということに直面することになるのです。このことについてはまた別の機会にお話することにします。
2010年10月27日水曜日
ロバート・プラントを聞きながらの餃子作り
ということで、昨日は夕方の突然変更もなく、餃子作りに突入しました。ロバート・プラントはいいですね。確かにツエッペリン時代の派手さはないのですが、実にしっとりとして気に入りました。しばらくは聴き続けるだろうと思います。
私がセッセと餃子を作っている傍らで、休みだった長男がセッセとネットで手に入れた部品を駆使してエレキギターの改造をしています。抵抗がどうのこうのと言われても、単に音がでればいいじゃんと思っている私にはさっぱりわからずであります。最近長男の所有しているギターの数が増えたので、そのうちのエレキギター一台を借り受けまして毎日少しずつコードをかき鳴らして練習をしています。いくらエレキといってもしっかりと握らないと音がでません。やはり鬼門はFコードですね。一番上の弦は親指で握るだけのミュートにしているのですが、そうすればしたで音が濁ってうまくでないのです。正当なコード(人差し指で全弦を抑える)で引くと音はいいのですが握力がないから右手が疲れてしまいます。いつになったらまともな音が出せるのでしょうか。
なんだかんだいっているうちに約100個ほどの餃子を作りました。すかさず焼きに入ったのですが、フライパンだと焼きあがってから、上手く皿に載せられないということがわかりました。プロが使っているような四角のフライパンなら上手くフライ返しが入ってストンと裏返しで皿に盛りつけることができるのでしょうけども、どんなに工夫しても上手く皿にストンと盛りつけることができないことがわかったので、かまわずに大皿にドンドンと置いていきました。これはこれでありですね。できあがったものから、さあ食えどんどん食えと煽りながら焼きました。熱々の大量の餃子はさぞうまかったでしょう。料理というものは作っている本人はそんなに食べなくも良くなるもんなんですね。ほんの2,3個つまんだだけで満足してしまいました。
昨日は餃子作りで燃え尽きてしまいまして、本日はなにか料理を作るという気力がまったく無くなってしまいました。ここがプロの主婦との違いであります。ご飯と味噌汁だけは作りますけども、後は妻に任せたいと思います。野菜炒めぐらいは作っておこうかな。味噌汁も今は「カツオだしの素」なんていうものを使っていますけども、本当は本物の鰹節でダシを作るべきなんですよね。一番出汁とか二番出汁とかとったりして料理に使うべきだとは思っています。そういえばコブがあったので昆布だしを取ってもいいのだけれでもね。ご飯に凝ったんだから、こんどは味噌汁に凝るべきなのかも知れない。味噌だって全国には様々な美味しい本物の味噌が存在するわけでありますから、一つ一つ試してみて、自分専用の合せ味噌なんてものを開発できたら、それはそれで楽しいのかも知れない。すぐにはできないなぁ。なにせ先立ものがないからね。しばらくハナマルキ味噌で我慢するか。それはそれで大量の調味料が入っているから旨いもんね。でも私的には違和感があるんだよな。
鍋やヤカンってどうして汚れで黒ずんでしまうのでしょうか。この黒ずんだ汚れってなかなか落ちないのであります。ヤカンはどうにかピカピカにしましたけれど、何十年って使っている安物の鍋の黒ずみを落とす気力はありませんね。どうせならプロが使っているような厚手の鍋に買い換えたほうがいいような気がします。たぶん安物のブリキのような素材でできているから、ああなるのかとも思っています。台所用品もプロ仕様のものを揃えようとすると結構なお金がかかりますね。なあに焦る必要はひとつもありません。コツコツと手が出せるものからひとつひとつ揃えていけばいいだけの話でありますけれども。
私がセッセと餃子を作っている傍らで、休みだった長男がセッセとネットで手に入れた部品を駆使してエレキギターの改造をしています。抵抗がどうのこうのと言われても、単に音がでればいいじゃんと思っている私にはさっぱりわからずであります。最近長男の所有しているギターの数が増えたので、そのうちのエレキギター一台を借り受けまして毎日少しずつコードをかき鳴らして練習をしています。いくらエレキといってもしっかりと握らないと音がでません。やはり鬼門はFコードですね。一番上の弦は親指で握るだけのミュートにしているのですが、そうすればしたで音が濁ってうまくでないのです。正当なコード(人差し指で全弦を抑える)で引くと音はいいのですが握力がないから右手が疲れてしまいます。いつになったらまともな音が出せるのでしょうか。
なんだかんだいっているうちに約100個ほどの餃子を作りました。すかさず焼きに入ったのですが、フライパンだと焼きあがってから、上手く皿に載せられないということがわかりました。プロが使っているような四角のフライパンなら上手くフライ返しが入ってストンと裏返しで皿に盛りつけることができるのでしょうけども、どんなに工夫しても上手く皿にストンと盛りつけることができないことがわかったので、かまわずに大皿にドンドンと置いていきました。これはこれでありですね。できあがったものから、さあ食えどんどん食えと煽りながら焼きました。熱々の大量の餃子はさぞうまかったでしょう。料理というものは作っている本人はそんなに食べなくも良くなるもんなんですね。ほんの2,3個つまんだだけで満足してしまいました。
昨日は餃子作りで燃え尽きてしまいまして、本日はなにか料理を作るという気力がまったく無くなってしまいました。ここがプロの主婦との違いであります。ご飯と味噌汁だけは作りますけども、後は妻に任せたいと思います。野菜炒めぐらいは作っておこうかな。味噌汁も今は「カツオだしの素」なんていうものを使っていますけども、本当は本物の鰹節でダシを作るべきなんですよね。一番出汁とか二番出汁とかとったりして料理に使うべきだとは思っています。そういえばコブがあったので昆布だしを取ってもいいのだけれでもね。ご飯に凝ったんだから、こんどは味噌汁に凝るべきなのかも知れない。味噌だって全国には様々な美味しい本物の味噌が存在するわけでありますから、一つ一つ試してみて、自分専用の合せ味噌なんてものを開発できたら、それはそれで楽しいのかも知れない。すぐにはできないなぁ。なにせ先立ものがないからね。しばらくハナマルキ味噌で我慢するか。それはそれで大量の調味料が入っているから旨いもんね。でも私的には違和感があるんだよな。
鍋やヤカンってどうして汚れで黒ずんでしまうのでしょうか。この黒ずんだ汚れってなかなか落ちないのであります。ヤカンはどうにかピカピカにしましたけれど、何十年って使っている安物の鍋の黒ずみを落とす気力はありませんね。どうせならプロが使っているような厚手の鍋に買い換えたほうがいいような気がします。たぶん安物のブリキのような素材でできているから、ああなるのかとも思っています。台所用品もプロ仕様のものを揃えようとすると結構なお金がかかりますね。なあに焦る必要はひとつもありません。コツコツと手が出せるものからひとつひとつ揃えていけばいいだけの話でありますけれども。
2010年10月26日火曜日
今日は家族を餃子責めにするゾーーーー!
冷凍餃子をはじめ市販の餃子の値段をみるとその安さに驚いてしまいます。食べてみるとそれがまた結構旨いのですから参ってしまいます。私が餃子を作るには大変な苦労がつきまとうのですが、市販の餃子はそんな苦労をあざ笑うかのような存在であります。私はここで「餃子は手作りに限る」なんてことを決して言わないのであります。安くて簡単で美味しいならそれでいいではないかという立場にたっています。ふふふ最近はかなり余裕を持っているのであります。というのも餃子を包むときのヒダヒダつけがかなり上手くなったので出てきた余裕なのであります。以前にはなかなか上手く包めなくてイライラの四苦八苦て、その部分に多大な時間を取られていたのですがそれが挑戦するたびに解消されて今では餃子作りが楽しくさえあります。
ということで前回餃子を作ったのが水曜日あたりだったのですが、本日一日早いのでありますが、再び餃子作りに挑戦してみたいと思っています。仕事の合間にコツコツつくりますから、やはり一日かかります。それでも以前よりは10倍は大げさですけれどもそのぐらい早く作ることができるだろうと思っています。餃子の皮は市販のものを使います。これも自分で作ることができたならば完全自家製になりますが、まだそのゆとりがありませんので今後の課題ということになります。
その餃子の皮づくりなのですが、これは手打ちうどんにつながるものだと思っています。途中までの過程がうどん作りにそっくりなのです。餃子の皮作りをやり始めるということは手打ちうどんに挑戦する前段階ということになります。これはこれで楽しみなことであります。そしてその次が豆腐つくりだね。これは絶対にやってみたい。
すでに包丁もピッカピッカに研ぎ澄まされていますし、台所はガスレンジをはじめてとして調理台・シンクとピッカピッカに磨きこんでありますし、ステンレスの鍋類もピッじゃピッカです。どうも最近はこのピッカピッカというのに拘りすぎているような気もしますが、しばらく結構疲れるけど独りピッカピッカ路線を一途に突き進むのであります。だあれ?そこで「いつまで続くかな?」って思っている人は。心外な
そうだここでご飯炊きのことを報告しておかなければいけません。私の圧力鍋におけるご飯炊きにはいよいよ磨きがかかり、炊飯器で炊いたものなんかおかしく食えねぇってぐらいまでのレベルに達しました。というのも昨夕久しぶりに炊飯器でご飯を炊いてみたのですが、良くこんなもんで満足していたなってぐらい違うのです。はっきりいってそのウマさは100倍ぐらい違うと思います。たぶんに主観的ではありますが。
それで最近は美味しく炊けたご飯をおにぎりにするべきだろうと思い立ちやってみたのですが、これがどうにもうまくできません。もちろん初心者らしくラップでもやってみましたが、満足のいくおにぎりがどうしてもできないのです。本当は三角のおむすびを握りたいのですが、まん丸のおにぎりすらできないのにそれには絶望的なものを感じます。今朝も少し余分にご飯を炊いて挑戦してみようと思っています。
ということで前回餃子を作ったのが水曜日あたりだったのですが、本日一日早いのでありますが、再び餃子作りに挑戦してみたいと思っています。仕事の合間にコツコツつくりますから、やはり一日かかります。それでも以前よりは10倍は大げさですけれどもそのぐらい早く作ることができるだろうと思っています。餃子の皮は市販のものを使います。これも自分で作ることができたならば完全自家製になりますが、まだそのゆとりがありませんので今後の課題ということになります。
その餃子の皮づくりなのですが、これは手打ちうどんにつながるものだと思っています。途中までの過程がうどん作りにそっくりなのです。餃子の皮作りをやり始めるということは手打ちうどんに挑戦する前段階ということになります。これはこれで楽しみなことであります。そしてその次が豆腐つくりだね。これは絶対にやってみたい。
すでに包丁もピッカピッカに研ぎ澄まされていますし、台所はガスレンジをはじめてとして調理台・シンクとピッカピッカに磨きこんでありますし、ステンレスの鍋類もピッじゃピッカです。どうも最近はこのピッカピッカというのに拘りすぎているような気もしますが、しばらく結構疲れるけど独りピッカピッカ路線を一途に突き進むのであります。だあれ?そこで「いつまで続くかな?」って思っている人は。心外な
そうだここでご飯炊きのことを報告しておかなければいけません。私の圧力鍋におけるご飯炊きにはいよいよ磨きがかかり、炊飯器で炊いたものなんかおかしく食えねぇってぐらいまでのレベルに達しました。というのも昨夕久しぶりに炊飯器でご飯を炊いてみたのですが、良くこんなもんで満足していたなってぐらい違うのです。はっきりいってそのウマさは100倍ぐらい違うと思います。たぶんに主観的ではありますが。
それで最近は美味しく炊けたご飯をおにぎりにするべきだろうと思い立ちやってみたのですが、これがどうにもうまくできません。もちろん初心者らしくラップでもやってみましたが、満足のいくおにぎりがどうしてもできないのです。本当は三角のおむすびを握りたいのですが、まん丸のおにぎりすらできないのにそれには絶望的なものを感じます。今朝も少し余分にご飯を炊いて挑戦してみようと思っています。
2010年10月25日月曜日
Robert Anthony Plant
「胸一杯の愛を・・・」ってことで今回はRobert Anthony Plantになります。今回iTunesにぶちこんだ3枚のアルバムはいずれもRobert Plantが独立後の全て始めて聴くモノばかりでしたが、オレ的にはいずれもストンと胸に納まったものばかりであります。いずれのアルバムも値段を見てください。(汗)
以下はウィキペディアから
出生 1948年8月20日(62歳)
イングランド、ウェストミッドランズ、ウェストブロミッジ
出身地 イギリス
ジャンル ロック
活動期間 1965年〜現在
共同作業者 ザ・クローリング・キング・スネイクス
バンド・オブ・ジョイ
レッド・ツェッペリン
ハニードリッパーズ
ペイジ・プラント
ロバート・アンソニー・プラント CBE(Robert Anthony Plant CBE, 1948年8月20日 - )は、イギリスのロックシンガー。レッド・ツェッペリンのリードヴォーカリストとして特に有名である。レッド・ツェッペリン時代のニックネームは「パーシー」。
ヤードバーズのメンバーが脱退し、ヴォーカリストを捜していたジミー・ペイジは、テリー・リードの紹介によりバーミンガムで「ホブストウィードル」のシンガーとしてステージに立つプラントに出会う。ペイジはその歌を聴いてプラントに興味を抱き自宅へと招待(ペイジ曰く「人間性を確認するため」)。新バンドのサウンド・アイデアを語り合い、バンドを組むことを決める。同時にプラントからジョン・ボーナムを推薦され、更に当時既にアレンジャーとして名を成していたベーシストのジョン・ポール・ジョーンズを加えた四人は、幾つかのセッションを経た後、「ニュー・ヤードバーズ」としてツアーを開始。スカンジナビア・ツアーの後、その名前をレッド・ツェッペリンと改める。
詳細は「レッド・ツェッペリン」を参照
その派手な外見やオフ・ステージでの型破りな行動から彼らを認めないものは多く、音楽雑誌「ローリング・ストーン」は彼らを「イギリスのレモン絞り[1]」と呼んでいたが、結果としてバンドは極めて大きな人気を得、その活動は多忙を極めた。 しかしながら、周囲では暴力事件や麻薬常用などが後を絶たず、健康上の理由や事情聴取などでツアーがキャンセルされることも起こるようになった。1975年8月4日にはギリシャ・ロードス島でレンタカーを運転中に交通事故に遭い、1975/1976年ツアーが中止されることとなる。また、プライベートでの不幸も多く、1977年のアメリカ・ツアー終盤には息子のカラックをウィルス感染症で亡くしている。そして1980年のジョン・ボーナムの死と共にツェッペリンはその活動の幕を閉じる。
1994年にはペイジと共にペイジ・プラントとして活動、2001年からはロバート・プラント & ストレンジ・センセイションとして精力的に活動を続けている。
2007年10月にはブルーグラスシンガー、アリソン・クラウスとのコラボレーション・アルバム『Raisng Sand』リリース。2008年5月末まで彼女とライヴを行う。このアルバムの収録曲「Gone Gone Gone(Done Moved On)」は第50回グラミー賞のベスト・ポップ・コラボレーション・ウィズ・ヴォーカル部門を受賞した。
2008年1月に、ペイジが来日記者会見で「レッド・ツェッペリンの再活動は、ロバート・プラントが9月まで別の仕事が入っていて、その後に」と話した。
2009年2月8日の第51回グラミー賞でも前年に引き続き『Raisng Sand』がノミネートされ、主要5部門のレコード・オブ・ジ・イヤー及びアルバム・オブ・ジ・イヤーを始め、5部門で受賞した。
2009年、音楽界への貢献が認められ、CBEを授与されることが発表された。同年7月10日、バッキンガム宮殿にてチャールズ皇太子から授与された[2]。
以下はウィキペディアから
ロバート・プラント(2007年)
基本情報
出生名 Robert Anthony Plant出生 1948年8月20日(62歳)
イングランド、ウェストミッドランズ、ウェストブロミッジ
出身地 イギリス
ジャンル ロック
活動期間 1965年〜現在
共同作業者 ザ・クローリング・キング・スネイクス
バンド・オブ・ジョイ
レッド・ツェッペリン
ハニードリッパーズ
ペイジ・プラント
ロバート・アンソニー・プラント CBE(Robert Anthony Plant CBE, 1948年8月20日 - )は、イギリスのロックシンガー。レッド・ツェッペリンのリードヴォーカリストとして特に有名である。レッド・ツェッペリン時代のニックネームは「パーシー」。
レッド・ツェッペリン加入以前
バンド・オブ・ジョイなど様々なバンドで活動。リッスンというバンドで1枚、ソロで2枚のシングルを発表していた。ヤードバーズのメンバーが脱退し、ヴォーカリストを捜していたジミー・ペイジは、テリー・リードの紹介によりバーミンガムで「ホブストウィードル」のシンガーとしてステージに立つプラントに出会う。ペイジはその歌を聴いてプラントに興味を抱き自宅へと招待(ペイジ曰く「人間性を確認するため」)。新バンドのサウンド・アイデアを語り合い、バンドを組むことを決める。同時にプラントからジョン・ボーナムを推薦され、更に当時既にアレンジャーとして名を成していたベーシストのジョン・ポール・ジョーンズを加えた四人は、幾つかのセッションを経た後、「ニュー・ヤードバーズ」としてツアーを開始。スカンジナビア・ツアーの後、その名前をレッド・ツェッペリンと改める。
レッド・ツェッペリン活動期
レッド・ツェッペリン時代のロバート・プラント詳細は「レッド・ツェッペリン」を参照
その派手な外見やオフ・ステージでの型破りな行動から彼らを認めないものは多く、音楽雑誌「ローリング・ストーン」は彼らを「イギリスのレモン絞り[1]」と呼んでいたが、結果としてバンドは極めて大きな人気を得、その活動は多忙を極めた。 しかしながら、周囲では暴力事件や麻薬常用などが後を絶たず、健康上の理由や事情聴取などでツアーがキャンセルされることも起こるようになった。1975年8月4日にはギリシャ・ロードス島でレンタカーを運転中に交通事故に遭い、1975/1976年ツアーが中止されることとなる。また、プライベートでの不幸も多く、1977年のアメリカ・ツアー終盤には息子のカラックをウィルス感染症で亡くしている。そして1980年のジョン・ボーナムの死と共にツェッペリンはその活動の幕を閉じる。
解散後とソロキャリア
レッド・ツェッペリン解散の2年後、プラントはソロ活動を始める。ハードロックに別れを告げ、独特の新しいスタイルを志向した。82年のデビューアルバムから90年までの各アルバムは全米トップ5に入り、アリーナクラスでのツアーも盛況であった。しかしながら、ソロキャリアにおいてのレッド・ツェッペリン楽曲、特に「天国への階段」は過去の栄光を象徴するためか、歌詞の出来が気に入らないとしてライブ演奏を嫌っており、滅多に演奏をしていない。1984年の2月には日本でコンサートツアーを行った際にも、ソロアルバムからの曲ばかりであった。プラントはレッド・ツェッペリンとしての過去に誇りを抱きつつも、その過去に縛られることを良しとしなかったのである。その後もプラントはブルース、フォーク、アフリカの民族音楽など様々な音楽に関心を示し、ロックやポップと遠ざかった1993年のアルバム「フェイト・オブ・ネイションズ」では初めて商業的に芳しくない結果となっている。1994年にはペイジと共にペイジ・プラントとして活動、2001年からはロバート・プラント & ストレンジ・センセイションとして精力的に活動を続けている。
2007年10月にはブルーグラスシンガー、アリソン・クラウスとのコラボレーション・アルバム『Raisng Sand』リリース。2008年5月末まで彼女とライヴを行う。このアルバムの収録曲「Gone Gone Gone(Done Moved On)」は第50回グラミー賞のベスト・ポップ・コラボレーション・ウィズ・ヴォーカル部門を受賞した。
2008年1月に、ペイジが来日記者会見で「レッド・ツェッペリンの再活動は、ロバート・プラントが9月まで別の仕事が入っていて、その後に」と話した。
2009年2月8日の第51回グラミー賞でも前年に引き続き『Raisng Sand』がノミネートされ、主要5部門のレコード・オブ・ジ・イヤー及びアルバム・オブ・ジ・イヤーを始め、5部門で受賞した。
2009年、音楽界への貢献が認められ、CBEを授与されることが発表された。同年7月10日、バッキンガム宮殿にてチャールズ皇太子から授与された[2]。
こんどは鍋磨きだと
気づいてみれば、今週で10月も終わるのですね。月日の流れるのは早いのか遅いのか。いつのまにか読もうと思っている本が傍らに山積みになっております。そして、その量はいっこうに減ることもなく、少しずつ増えていっているような気がします。読書の秋といいますからね、少しは積ん読の量を減らさなければとは思うのですが。本といえば近くの文教堂書店国分店が閉店してしまったそうです。そういえばここ1年ほど足を運んでいなかったのでまったく知らずにいました。私の周辺ではそこそこ大きな店舗だったのですが、私が興味を持っている分野の品揃えは少なくていつしか遠ざかっていました。それはそうです、ビンボーな私に合わせて書籍を揃えたって儲かるはずはないですからね。ちょちょっと立ち読みして終わりですから、そんな奴のために書籍を揃えてもね。本屋さんにいくというとなると、秋葉原か神田神保町にいくしか選択肢がなくなったような気がします。神保町だったらわざわざ足を運ぶ価値はあると思いますけど。
昨日(日)は完全休養日というか、疲れて何もする気になれずに、テレビを見るともなくつけて一日中居間に寝っ転がり、ただただ無為に過ごしてしまいました。あまり大きな声ではいえないのですが、先週1週間は大まじめに家事をやってみたのです。その結果本当にマジで疲れました。筋肉痛すら覚えましてダウンしたしだいであります。本気で家事をやったら本当に疲れるということを身を持って体験したしだいであります。こんなことをやるから男は長続きはしないのです。女の人はその点黙々と投げ出すことなくやり続けますから、ホントにエライと感心してしまいます。
先日、餃子包みとか草むしりとか、食器洗いってのはやってみると結構嵌(ハマ)ってしまい、面白いものだと書きましたが、ガスレンジの掃除とかもなかなか嵌ってしまい、ピカピカにするヨロコビを味わってしまいました。それに今回は鍋磨きってのが加わりました。これもはまると結構生き甲斐が湧いてくるというか、かなりの満足感を得られるものだということを知りました。そんなことばかりをやっているから疲れるのであります。でもやりはじめると結構やめられなくなってしまうのも確かであります。
昨日(日)は完全休養日というか、疲れて何もする気になれずに、テレビを見るともなくつけて一日中居間に寝っ転がり、ただただ無為に過ごしてしまいました。あまり大きな声ではいえないのですが、先週1週間は大まじめに家事をやってみたのです。その結果本当にマジで疲れました。筋肉痛すら覚えましてダウンしたしだいであります。本気で家事をやったら本当に疲れるということを身を持って体験したしだいであります。こんなことをやるから男は長続きはしないのです。女の人はその点黙々と投げ出すことなくやり続けますから、ホントにエライと感心してしまいます。
先日、餃子包みとか草むしりとか、食器洗いってのはやってみると結構嵌(ハマ)ってしまい、面白いものだと書きましたが、ガスレンジの掃除とかもなかなか嵌ってしまい、ピカピカにするヨロコビを味わってしまいました。それに今回は鍋磨きってのが加わりました。これもはまると結構生き甲斐が湧いてくるというか、かなりの満足感を得られるものだということを知りました。そんなことばかりをやっているから疲れるのであります。でもやりはじめると結構やめられなくなってしまうのも確かであります。
2010年10月23日土曜日
「大草原の小さな家 Little House on the Prairic DVDコレクション1」
おはようございます。本日も午前1時半に起きてしまいました。昨日は3食ともきちっと家族の食事を作りまして、午後9時前には疲れはてて寝てしまいました。すっきり目覚めて明け方かなと思ったら、まだ深夜でありました。せっかく早く起きたのだから勿体無いということで、台所の整理整頓と掃除をしていましたら、テレビ朝日で「朝まで生テレビ」をやっているのを発見しまして、何年ぶりかに台所仕事をやりながらみましたが、やっぱりつまらないので、最後まで見ることもなく消してしまいました。
「大草原の小さな家 Little House on the Prairic DVDコレクション1」かなり前からこのブログを読んでくださっている方は「やっぱりね、買うと思ったよ」と思ってるでしょうね。期待に沿いまして、やっぱり買ってしまいました。数日前に何気なくテレビをみていましたら、懐かしい映像が流れておりました。あれ?また再放送されるのかな、こんどは民放でながすのかと思っていましたら、デアゴスティーニのCFでありました。わざわざ書店まで行くのも面倒だったので、Amazonで販売されていたら初回(790円)だけ購入してみようと思ったわけであります。デアゴスティーニの商品は初回だけは安いんですよね。それで2回目から倍から3倍ぐらいの値段になって、全部揃えたら大変な金額になっているという素晴らしい戦略であります。ま、それはそれで満足のいく商品であればなんていうことはないのですけれども。
午前中に注文しましたら、午後から届きまして、早いですね。なんだか最近特に配送されるのが早くなったような気がします。それに790円の定価で送料が無料ですから驚きます。一体どういう仕組になっているのか不思議でありますが、そのうちにわかるでしょう。これでは本当にわざわざ書店にいく手間が省けてしまいます。書店は書店でぶらぶら本を物色する楽しみはありますが、それは大型店舗の場合であって、近所の小さな本屋さんなんてのはまったく行く価値がないと思ってしまいます。
さて早速開封しまして、中味を見てみました。DVD1枚と薄ペラい解説書が同梱されています。どっちかというとDVDで主流で解説はおまけっていう感じであります。私としてはもう少し詳細な解説を期待していたのでありますが、これはこれで私がこれまで知り得無かった貴重な情報も書いてあったので、許すことにしました。
テレビドラマ「大草原の小さな家」はシーズン9までありまして、それぞれが22話から24話あり、合計136話もあるのですね。これ全部配本されますから、1つに3話入っているとして約46回買わなければ全巻揃わないということですね。実際は創刊から68巻になるようであります。創刊が790円+67巻×1490円=102110円となるわけであります。(計算合っているかな?)6万円から7万円あれば以前から欲しかったサブバッテリーシステムが完全に購入できるわけであります。考え込んでしまいました。しかし、実にユニークで面白くエグい商売だと思いますね。
「大草原の小さな家 Little House on the Prairic DVDコレクション1」かなり前からこのブログを読んでくださっている方は「やっぱりね、買うと思ったよ」と思ってるでしょうね。期待に沿いまして、やっぱり買ってしまいました。数日前に何気なくテレビをみていましたら、懐かしい映像が流れておりました。あれ?また再放送されるのかな、こんどは民放でながすのかと思っていましたら、デアゴスティーニのCFでありました。わざわざ書店まで行くのも面倒だったので、Amazonで販売されていたら初回(790円)だけ購入してみようと思ったわけであります。デアゴスティーニの商品は初回だけは安いんですよね。それで2回目から倍から3倍ぐらいの値段になって、全部揃えたら大変な金額になっているという素晴らしい戦略であります。ま、それはそれで満足のいく商品であればなんていうことはないのですけれども。
午前中に注文しましたら、午後から届きまして、早いですね。なんだか最近特に配送されるのが早くなったような気がします。それに790円の定価で送料が無料ですから驚きます。一体どういう仕組になっているのか不思議でありますが、そのうちにわかるでしょう。これでは本当にわざわざ書店にいく手間が省けてしまいます。書店は書店でぶらぶら本を物色する楽しみはありますが、それは大型店舗の場合であって、近所の小さな本屋さんなんてのはまったく行く価値がないと思ってしまいます。
さて早速開封しまして、中味を見てみました。DVD1枚と薄ペラい解説書が同梱されています。どっちかというとDVDで主流で解説はおまけっていう感じであります。私としてはもう少し詳細な解説を期待していたのでありますが、これはこれで私がこれまで知り得無かった貴重な情報も書いてあったので、許すことにしました。
テレビドラマ「大草原の小さな家」はシーズン9までありまして、それぞれが22話から24話あり、合計136話もあるのですね。これ全部配本されますから、1つに3話入っているとして約46回買わなければ全巻揃わないということですね。実際は創刊から68巻になるようであります。創刊が790円+67巻×1490円=102110円となるわけであります。(計算合っているかな?)6万円から7万円あれば以前から欲しかったサブバッテリーシステムが完全に購入できるわけであります。考え込んでしまいました。しかし、実にユニークで面白くエグい商売だと思いますね。
2010年10月22日金曜日
真夜中の包丁研ぎ
先日天ぷらにしたカボチャの残り半分を使ってパンプキンスープにした。作り方はいたって簡単で、カボチャを圧力鍋を使って蒸します。蒸し終わったら、皮を取って竹べらでぐちゅぐちゅに潰します。できればここで裏ごしをしたかったけれども、我が家には裏ごし器がないので、そのまま牛乳とバターで煮ました。朝方に急に思いついたので家族の朝食に出しました。その他にパスタを茹でて、ジャガイモを蒸して、湯で卵を作ってそれらをマヨネースで合わせてサラダを作りました。これも朝食用であります。
これらすべてに共通するのは、全部圧力鍋で蒸したということであります。なんのことはない圧力鍋で蒸すとどうなるのかをたんに試して見たかったのであります。これまで一度も圧力鍋で蒸すということをやったことがなかったものですから。
しかし、これらのことを夜も開けぬ薄暗いなかで、ガサゴソとやっている自分はかなり異常だなと思わないわけでありませんが、思いついたらすぐにやりたくなるものであります。今朝はそんなこんなで自分用のご飯を炊くことができなかったので、家族にあわせてトースト・ハムエッグ・カボチャスープ・イモサラダという、何十年ぶりのパン食をしてしまいました。
昨夜は久しぶりにマーボー豆腐を作りました。家人は気づいていませんが、失敗でした。テンメンジャンという中華甘味噌をうっかり入れ忘れたのです。気がついたのが片栗粉を溶いていれた後だったのでどうしようもありませんでした。だから辛さは充分だったのですが塩っぱ味が今ひとつパンチに欠けるマーボー豆腐でありました。なかなか思ったものが作れないものだと今更ながらに思い知らされました。
本日は朝、昼と作り続けまして、かなり疲れてしまいましたので、簡単に豚鍋丼でごまかそうと思っています。これなら20分もあればできてしまいますからね。
最近は調理するのが手早くなってきたのを感じます。それに応用というものがなんとなくできるようになってきました。以前だと冷蔵庫の食材をみて、それから料理を考えるということができませんでした。だから、これを作ってみたいというのが最初にありきだったのです。こうなると、全部買い物に行って食材を揃えてというところからはじめなければなりません。だから、私の無け無しのお小遣いはドンドンと減っていくのであります。妻からしてみれば別に頼んだわけでもないし、勝手に気まぐれに作っているわけですから、支払おうなんていう気はこれぽっちもありません。それに妻の買い物は1ヶ月分の食費がまずありきでありまして、どこのスーパーがどのタイミングで行けば安いとか高いとかを散々比較検討して買っているわけですが、私の場合は最終的に作りたいものが作れれば値段がどうのこうのなんてのはまったく眼中に無いわけでありまして、だから買い物のレシートなんてのを後で点検されて、高いだの安いだのと言われると腹がたちますから、レシートなんてものは即座に破棄しまして、証拠隠滅をはかるわけであります。自分でお金をだしているわけでありますから、一切文句も言われないし、言わせません。
余談になりますが、最近欲しいのは100均で購入したザルとかボールを捨て去って、プロが使っているようなステンレスのザルとかボールが欲しいのであります。揚げ物をする時のステンレスのトレーは以前に欲しくて欲しくて3枚ほど自前で購入しました。男というものはこういうところがバカでありまして、まずは道具に凝りたくなるものなのですね。当然包丁は欲しいですよ。ただこれだけはおいそれと簡単に買うことはできません。値段もいいものはかなりしますし、どういうのがいいのかまだわかりませんからね。
良い包丁を買うには研ぎが重要だと考えて2年ほど前から包丁研ぎの練習を重ねてきました。今ではかなりの腕に達していると自負しております。最近では自宅にあった3本の安物包丁を毎日のように研ぎ続けていますから。どうせ安物だから駄目にしてもいいと思っているのですが、なかなか駄目にはなりませんね。最近では自分でも怖いぐらいに切れるようになっています。夜中にムフフなんていいながらひたすら包丁を研いでいる中年オヤジなんてものもかなり怖い絵柄だとは思いますが。
今回はいつまで続くかな料理というマイブーム。ある日突然ぴたっとやめてしまうなんてのは普通ですから。私の場合は。
最近はおかしなものでアウトドアなんてどうでも良くなってきています。外で料理を作るのは大変です。やはり設備の整った自宅で料理を作ることにヨロコビを見出してしまっています。ん?どこかおかしい。そもそも料理をやろうと思ったのは快適なアウトドア生活をするには、まずは料理だと思ったのがキッカケだったんだけどな。これじゃあ本末転倒ではないか。
これらすべてに共通するのは、全部圧力鍋で蒸したということであります。なんのことはない圧力鍋で蒸すとどうなるのかをたんに試して見たかったのであります。これまで一度も圧力鍋で蒸すということをやったことがなかったものですから。
しかし、これらのことを夜も開けぬ薄暗いなかで、ガサゴソとやっている自分はかなり異常だなと思わないわけでありませんが、思いついたらすぐにやりたくなるものであります。今朝はそんなこんなで自分用のご飯を炊くことができなかったので、家族にあわせてトースト・ハムエッグ・カボチャスープ・イモサラダという、何十年ぶりのパン食をしてしまいました。
昨夜は久しぶりにマーボー豆腐を作りました。家人は気づいていませんが、失敗でした。テンメンジャンという中華甘味噌をうっかり入れ忘れたのです。気がついたのが片栗粉を溶いていれた後だったのでどうしようもありませんでした。だから辛さは充分だったのですが塩っぱ味が今ひとつパンチに欠けるマーボー豆腐でありました。なかなか思ったものが作れないものだと今更ながらに思い知らされました。
本日は朝、昼と作り続けまして、かなり疲れてしまいましたので、簡単に豚鍋丼でごまかそうと思っています。これなら20分もあればできてしまいますからね。
最近は調理するのが手早くなってきたのを感じます。それに応用というものがなんとなくできるようになってきました。以前だと冷蔵庫の食材をみて、それから料理を考えるということができませんでした。だから、これを作ってみたいというのが最初にありきだったのです。こうなると、全部買い物に行って食材を揃えてというところからはじめなければなりません。だから、私の無け無しのお小遣いはドンドンと減っていくのであります。妻からしてみれば別に頼んだわけでもないし、勝手に気まぐれに作っているわけですから、支払おうなんていう気はこれぽっちもありません。それに妻の買い物は1ヶ月分の食費がまずありきでありまして、どこのスーパーがどのタイミングで行けば安いとか高いとかを散々比較検討して買っているわけですが、私の場合は最終的に作りたいものが作れれば値段がどうのこうのなんてのはまったく眼中に無いわけでありまして、だから買い物のレシートなんてのを後で点検されて、高いだの安いだのと言われると腹がたちますから、レシートなんてものは即座に破棄しまして、証拠隠滅をはかるわけであります。自分でお金をだしているわけでありますから、一切文句も言われないし、言わせません。
余談になりますが、最近欲しいのは100均で購入したザルとかボールを捨て去って、プロが使っているようなステンレスのザルとかボールが欲しいのであります。揚げ物をする時のステンレスのトレーは以前に欲しくて欲しくて3枚ほど自前で購入しました。男というものはこういうところがバカでありまして、まずは道具に凝りたくなるものなのですね。当然包丁は欲しいですよ。ただこれだけはおいそれと簡単に買うことはできません。値段もいいものはかなりしますし、どういうのがいいのかまだわかりませんからね。
良い包丁を買うには研ぎが重要だと考えて2年ほど前から包丁研ぎの練習を重ねてきました。今ではかなりの腕に達していると自負しております。最近では自宅にあった3本の安物包丁を毎日のように研ぎ続けていますから。どうせ安物だから駄目にしてもいいと思っているのですが、なかなか駄目にはなりませんね。最近では自分でも怖いぐらいに切れるようになっています。夜中にムフフなんていいながらひたすら包丁を研いでいる中年オヤジなんてものもかなり怖い絵柄だとは思いますが。
今回はいつまで続くかな料理というマイブーム。ある日突然ぴたっとやめてしまうなんてのは普通ですから。私の場合は。
最近はおかしなものでアウトドアなんてどうでも良くなってきています。外で料理を作るのは大変です。やはり設備の整った自宅で料理を作ることにヨロコビを見出してしまっています。ん?どこかおかしい。そもそも料理をやろうと思ったのは快適なアウトドア生活をするには、まずは料理だと思ったのがキッカケだったんだけどな。これじゃあ本末転倒ではないか。
2010年10月21日木曜日
ますます料理らしきものにのめりこんできた・・・・・
昨夜は鬼門の餃子を作りました。それもたった独りで作り終えました。「おー、それは凄い!!」なぁんてことには決してならないのでありまして、家庭の主婦なんかは、朝から晩まで料理を独りで黙々と作り続けているわけであります。ごく当たり前のことを、いかにも大業を成し遂げたように勝手に喚いているわけであります。しかし、これまで上げ膳据え膳の生活に何の疑問を持つことなく暮らしてきたものにとっては驚天動地・自画自賛・白髪三千丈の偉業ということになるわけであります。特に餃子作りは餡を皮に包み込む作業が実に面倒でありまして、特に合わせ目のところの折り返しがなかなかクネクネクネとならないのであります。この表現もいまいちわかりにくいが餃子を知っている人にはこの説明だけで充分でありましょう。
昨日は一人あたり20個分の4人分ですから80個をテレビ朝日の「相棒」の再放送を見ながら黙々と包み続けたわけであります。最初はなかなか上手く包めなかったのですが、以前の経験も後押ししてくれまして、最後にはかなり上手に包むことができるようになっていました。妻に餃子を焼いて出すときは一番上手くいったものを選りすぐったものを焼いてだしたら、「本当にお父さんが作ったの?なんだか買ってきたもののようだ」とまで言わしめるものを作れるようになっておりました。当然のことでありますがしてやったりとニンマリしましたね。
餃子の餡を包む作業を続けていて思い出したのが、秋田で百姓をやっていた時の草むしりであります。畑作をやるということは、ある意味草との闘いなのであります。草むしりが大変だというのは、家庭菜園等をやっている人から何度となく聞かされていたことでありますが、いざ自分がやってみると案外楽しい作業であったのです。最初は炎天下のなかで嫌だなと思いながらも、草むしりをやらなければ、植えた作物は雑草にやられてしまいますから仕方なく始めたのですが、畑に座り込んで日がな一日のんびりと草むしりをやりましたら、これがことの他自分のなかに入り込めるというか、もう一人の自分を見つめているというのか、逆にいうと没頭することによって、無我の境地になるような気がして、これまでの煩雑な世界からの脱却のようで、実に貴重な体験を味わうことができたのです。
なんだかいまひとつうまく表現できないな。秋田までの630kmを独り夜の道を黙々と運転しているような。うーんますますわからんか。ま、とにかくそのような気持ちを味わうことができたのであります。そうか!単純な労働も時としてかなり充実した精神生活を味わわせてくれるということを発見したわけであります。
同じようによく「料理を作るのは好きだけど、後始末が嫌でね」ってことを良く聞きます。これまでは深く考えもしないで、そんなもんかも知れないなと思っていましたが、料理らしきものをやり始めてそれは不思議なことだと思うようになってきたのです。私の場合は「料理は苦手だけど、後片付けのほうが好きなんだ」というふうになってきています。
私が料理をやる場合は、台所周辺をキレイに掃除することから始めます。食器も道具も洗い場も調理台もガスレンジ周りもきちんと掃除してからでないと料理を始めません。どうもそうなっていないと作る気になれないのです。だから、時々レンジ周りのちょっとした油汚れが気になってしまって、それを掃除していたら疲れはててしまって、肝心な料理はできなかったなんてことがシバシバありました。
最近は夕食の後にいくら酔っていても必ず洗い物だけは終してから寝るようにしています。いつもそうであるとは限りませんけども、極力、次の料理までにはピカピカというわけではありませんが、少なくても食器や道具を元の場所に収納するようにしています。洗い物や後片付けもコツコツとやり始めますと忘我の心境に入ることができるのであります。
またこれは多分にアウトドア仲間のMの影響が大きいと思うのですが、Mは料理上手です、そして大変な大酒呑みであります。二人で呑むとなるときはまずは二人で買い物にいって、Mが料理をします。私は呑みたい気持ちをぐっと抑えてMの料理が終わるのをじーっと待ちます。Mは料理ができても「さあー、できたぞ、ぽーさん呑もう」とは決してならないのであります。まずは、料理に使用した道具類はすべて洗って拭きとってもとあった収納場所にきっちりと収めて、さらに生ごみを処理してと、完全に後片付けが終わるまで決して宴会に突入しないのであります。最初のころは待ちきれずにイライラしていたのですが、最近は慣れてしまってMの料理をする傍らで私が洗い物や後片付けを手伝うようになりました。それを見てたものですから、自分でも料理をやるようになってからは、実践するようになりました。同じ時間をかけるのですが、後でやるのか今やっておくかの違いはかなり大きな問題だと思います。
料理とはたんに食べ物を作るというものではなく、買い物から始まって、整理・整頓・清掃・調理・反省・満足という一連のものを指していうものだということを大悟したわけであります。
うーん。餃子を作った話がサトリまでにいくとは本日のブログは大成功といえますね。呵々大笑
昨日は一人あたり20個分の4人分ですから80個をテレビ朝日の「相棒」の再放送を見ながら黙々と包み続けたわけであります。最初はなかなか上手く包めなかったのですが、以前の経験も後押ししてくれまして、最後にはかなり上手に包むことができるようになっていました。妻に餃子を焼いて出すときは一番上手くいったものを選りすぐったものを焼いてだしたら、「本当にお父さんが作ったの?なんだか買ってきたもののようだ」とまで言わしめるものを作れるようになっておりました。当然のことでありますがしてやったりとニンマリしましたね。
餃子の餡を包む作業を続けていて思い出したのが、秋田で百姓をやっていた時の草むしりであります。畑作をやるということは、ある意味草との闘いなのであります。草むしりが大変だというのは、家庭菜園等をやっている人から何度となく聞かされていたことでありますが、いざ自分がやってみると案外楽しい作業であったのです。最初は炎天下のなかで嫌だなと思いながらも、草むしりをやらなければ、植えた作物は雑草にやられてしまいますから仕方なく始めたのですが、畑に座り込んで日がな一日のんびりと草むしりをやりましたら、これがことの他自分のなかに入り込めるというか、もう一人の自分を見つめているというのか、逆にいうと没頭することによって、無我の境地になるような気がして、これまでの煩雑な世界からの脱却のようで、実に貴重な体験を味わうことができたのです。
なんだかいまひとつうまく表現できないな。秋田までの630kmを独り夜の道を黙々と運転しているような。うーんますますわからんか。ま、とにかくそのような気持ちを味わうことができたのであります。そうか!単純な労働も時としてかなり充実した精神生活を味わわせてくれるということを発見したわけであります。
同じようによく「料理を作るのは好きだけど、後始末が嫌でね」ってことを良く聞きます。これまでは深く考えもしないで、そんなもんかも知れないなと思っていましたが、料理らしきものをやり始めてそれは不思議なことだと思うようになってきたのです。私の場合は「料理は苦手だけど、後片付けのほうが好きなんだ」というふうになってきています。
私が料理をやる場合は、台所周辺をキレイに掃除することから始めます。食器も道具も洗い場も調理台もガスレンジ周りもきちんと掃除してからでないと料理を始めません。どうもそうなっていないと作る気になれないのです。だから、時々レンジ周りのちょっとした油汚れが気になってしまって、それを掃除していたら疲れはててしまって、肝心な料理はできなかったなんてことがシバシバありました。
最近は夕食の後にいくら酔っていても必ず洗い物だけは終してから寝るようにしています。いつもそうであるとは限りませんけども、極力、次の料理までにはピカピカというわけではありませんが、少なくても食器や道具を元の場所に収納するようにしています。洗い物や後片付けもコツコツとやり始めますと忘我の心境に入ることができるのであります。
またこれは多分にアウトドア仲間のMの影響が大きいと思うのですが、Mは料理上手です、そして大変な大酒呑みであります。二人で呑むとなるときはまずは二人で買い物にいって、Mが料理をします。私は呑みたい気持ちをぐっと抑えてMの料理が終わるのをじーっと待ちます。Mは料理ができても「さあー、できたぞ、ぽーさん呑もう」とは決してならないのであります。まずは、料理に使用した道具類はすべて洗って拭きとってもとあった収納場所にきっちりと収めて、さらに生ごみを処理してと、完全に後片付けが終わるまで決して宴会に突入しないのであります。最初のころは待ちきれずにイライラしていたのですが、最近は慣れてしまってMの料理をする傍らで私が洗い物や後片付けを手伝うようになりました。それを見てたものですから、自分でも料理をやるようになってからは、実践するようになりました。同じ時間をかけるのですが、後でやるのか今やっておくかの違いはかなり大きな問題だと思います。
料理とはたんに食べ物を作るというものではなく、買い物から始まって、整理・整頓・清掃・調理・反省・満足という一連のものを指していうものだということを大悟したわけであります。
うーん。餃子を作った話がサトリまでにいくとは本日のブログは大成功といえますね。呵々大笑
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