2009年8月18日火曜日

今回は料理4品作ったぞ その1「芋煮」


 これまで怪しい面々隊の集まりでは一度も料理などを作ったことがなく、メンバーの手際の良さにほとほと感心し、舌をまき、かつ頼り切りになっていました。これではいかんとこれまで少しずつ密やかに料理の練習を重ねてきていたのです。もちろんそんなにたいした料理が作れるわけではありませんが、私にとっては大変な進歩であると思います。それで8月合宿には絶対に一品は作って驚かしてやろうと固い決意を胸に秘めて臨んだわけであります。

 農協のスーパーに買い物に行ったら、里芋を売ってました。このスーパーはレトルトとか乾き物以外の生鮮食品はまったく酷いのでありますが、ここしか買い物をする場所がないので仕方ありません。里芋があるということはもう私の料理は決まっております。郷里山形の「芋煮」であります。急遽献立を「芋煮」に変更します。あとは連想ゲームのように食材探しであります。長ネギ・コンニャク・豆腐と集めます。肝心な牛肉は冷凍ものしかありません。うーんとちょっと考え込みましたがそれしか無いのですから仕方ないですね。
 里芋も一部芽がでていたり、固かったりとまずロクなもんではありません。いろいろと店内で物色しているうちに目についたのがキノコの水煮の袋です。まさに渡りに舟であります。里芋の質の悪さをキノコでカバーしようという作戦であります。かなり大量のキノコが入っているのを2袋購入。本来の「芋煮」にキノコが入っているのかどうかは記憶にありませんが、「芋煮」は秋の料理ですから、キノコは入っていてもイイノダ。なにせあくまでも水煮でありますから、本来のキノコの風味は臨むべくはないのでありますが。とにかく「芋煮」なのか、里芋の入っているキノコ鍋なのか判然としないものを作り始めたのであります。

 「芋煮」では実に重要なのが大量の日本酒なのであります。これは必須なのです。案外これを知らない人が多く最近は都会でも「芋煮」を食することもあるのですが、何かが違うなと思っていましたが、最近ようやくわかったことが、日本酒を思いっきりよく投入していないのだということであります。普段日本酒を呑む習慣がないので、日本酒をあらためて手に入れなければならない。途中平野屋酒店に寄り、一番安い日本酒を購入。確か2リットルで980円であった。

 「芋煮」で一番面倒なのが、里芋の皮むきであります。最初一人でコツコツ剥いていたのですが、予想したとおりに困難をきわめる。いささか疲れてきた時に目にとまったのが掘っ立小屋の前に屯する「怪しい面々隊」であります。包丁3本と里芋を持っていっていって皮を剥くように命令する。ドレイ隊員が隊長以下正式隊員に命令できるところが怪しい面々隊の特徴なのであります。たまさかそこにいたのが、ヒビャさんの奥さんであります。結局高橋隊長以下の面々隊は温泉に逃げていき、最後まで責任を持って皮を剥いてくれたのはヒビャさんの奥さんなのであります。これがのちのち、皆さんに「旨いね」とか「最高の味だね」なんてほめられると、必ず「その里芋の皮むきをやったのは私です」といちいち訂正を入れられることになるのであります。うーーー結局、手柄を独り占めはできなかったのであります。
 でも概ね好評だったので、そうか料理って、自分一人だけが作って食べるってのではなく、他の人に食べてもらって、「おいしかったよ、ありがとう」っていわれるところに、つくる喜びってあるのかと深く理解したわけであります。料理を作る人は誉められたい感謝されたいという一心で努力を重ねているんですね。納得



ヒビャさんの奥さんの大きな誤解



 木陰になって涼しい小屋の前の椅子に座ってモトクロス関係の雑誌をのんびりと読もうと思って椅子に座ったとたんにウスラバカのぽーが大量の里芋と包丁を持ってきて、これを全部剥けという。仕方がないので懸命に皮むきして、なにげに管理棟の前の椅子に座っているウスラバカのぽーを見たら、なんと自分だけはのんびりと本を読んでいるではないですか!。まったく失礼しちゃうわ。

 ち、違います。(汗)ヒビャさんの奥さんが見たときはたまたま皮むきに疲れてほんの数分だけ気晴らしに読みかけの本を手にしていただけなのです。ここで真実をのべて置かないと一生いわれつづけてしまいますので。それは大きな誤解であります。汗汗汗汗汗汗汗汗汗



 所詮にわか料理人ですから、「芋煮」にしても自信を持って作っているわけでありません。一番わからないのは、最初に里芋を煮ます。その時にその煮汁を捨ててしまうのか、そのまま使うのかという問題です。今回は里芋の質が悪いので一旦ゆで汁を捨ててしまって、また最初から具材を入れて煮直しました。最近はこの方法が多いのですが、記憶を辿るとゆで汁を捨てないで醤油を少しいれて煮こぼれを防いで残りの具材を放り込んだほうが風味がでたような気もします。いったいどっちが正しいのかいつも迷ってしまいます。

 芋煮そのものは実に単純な料理なんて呼べないものだと思います。誰が作ったってほとんど失敗することはないしろものです。そもそもの起源は結構あたらしく明治期に牛肉を食べさせるために考え出されたものだとどこかで聞いたことがあります。ま、そのような学術的考察はどうでもいいのですが、単純明快なものでありますから、これこそ外で食するべきものでもあるのであります。
 話はまたとびますが、自宅で妻が作る芋煮や郷里に帰省したときに食べる芋煮はなんだか本来の野性味から大きくかけ離れているような気がしてなりません。はやいはなしが品が良すぎるのです。いえ決して不味くはないですよ。むしろ旨いです。でもこれって本来の芋煮とは違う料理のような気がします。野外で自然のなかで本来の芋煮を味わうためには少々軟弱なのではないかと思うのであります。

 怪しい面々隊のメンバーに偶然にも私と同じ山形出身のスーさんがいます。そのスーさんが、「これだよ、この味だよ。本当に懐かしいよ」と絶賛してくれました。やはり同じ郷里の出身者に誉められたことは実にウレシク、ヨロコバシク大きな自信になったのであります。

 芋煮は日本酒にあうと聞きます。汁物で酒を呑む文化ってないことはないんですね。これ間違っているかも知れませんが、「ヌキ」で日本酒をチビリチビリやるってのがツウっていうもんだってのをどこぞで耳に挟んだ記憶があります。この「ヌキ」ってのが日本蕎麦のソバを抜いてソバツユを肴に一杯やるのだそうです。なるほどそう考えていくと、怪しい面々隊の得意とする岩魚の骨酒なんていうものは芋煮にドンピシャマッチするのではないかと思うのでありますが、いかがでしょうか。


 郷里山形では里芋の取れる秋になると、「芋煮会」というものが盛んに行われる。私の「芋煮会」の思い出は小学校までであります。中学は部活に忙しく、高校からは実家を離れておりやった記憶がまったくない。田舎の人はアウトドアには感心がないとこれまでいってきたけれども、それはまったく間違いだったことに気がつく。米の収穫が一段落した時点で、それぞれ食材を用意して、ゴザと大鍋をリヤカーに積み近くの河原や湖沼や山や野原にいって「芋煮」を囲み遊ぶのであります。これこそ究極のアウトドアではないかと思うのであります。小学生の「芋煮会」では大人が加わった記憶はなく、子供達だけで薪を集め、鍋をつるす三脚を作り焚火を起こしてやっていたと思います。今の小学生よりも数段逞しかったとおもいます。今では大半の大人ですら焚火をつくるのは難しい状態でありますから。
 小学生の時に芋煮会を行った場所がどうしても思い出せない。山のほうに大勢でリヤカーを押していったことは確かだ、そしてそこには沼というか堤というかそのようなものがあったと記憶しているが、めぼしい場所を考えてみてもどうも違うような気もする。夢のような幼少のころの幻想であったのだろうか。ただ秋の日の枯葉の香りや焚火の臭いや破壊的な紅葉の色やそこで食した芋煮や梨や柿やリンゴの味や高く晴れ上がった空にたなびく煙とともに強烈に記憶に焼き付いていることは確かです。

 大人になれば、それに酒が入ります。残念ながら酒を呑む「芋煮会」に参加したことはありません。多い人は年に何回も参加せざる得ないようであります。職場や友人や地域等々それぞれの「芋煮会」があるわけですから、これはこれでさぞや大変なことだと思います。ご苦労さまであります。

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